第483話 お見舞い 前編

 午前中がっつりとドロップ狙いの戦闘を繰り返して、三十個近い金の種を回収できた。

 のこりは二十個もないので、おそらく明日には集め終わるだろう。

 それで即クリアできればいいんだけど、どうだろうな。


 午後は英気を養うために、海まで人魚を拝みに行こうかなと考えていたら向こうからやってきてくれた。

 先日、海上で遭遇した四人の人魚だ。


「紳士様が風邪を引いたって、昨日フルンちゃんに聞いたものだから、お見舞いに来たんですけど、元気そうですね」


 そういったのは以前から顔見知りの人魚ちゃんで、名前はルーソンというらしい。

 やっと名前を聞き出せたあたり、難易度の高そうな子だが、あらためてみると白肌黒髪でスレンダーなボインちゃんだ。

 上半身はしっかりしたネルシャツで、下半身はれいのごとく分厚い布でグルグル巻きになっている。


「ありがとう、もう元気なもんさ」

「私達が声をかけたせいで海に落ちちゃったから風邪引いたんじゃないかと思って、ちょっと心配してたんですけど」

「そりゃあ、すまなかったね。なに、紳士ともなるとゴロゴロしてるだけで治っちまうのさ」

「ほんとですかぁ?」


 どうもこの子はまだ俺が紳士だと信じていないフシがあるが、俺だって紳士とはなんぞやと問われても答えなど出せないので、これはもう仕方のないことなのだ。


「これ、お見舞いに持ってきたんですけど……」


 そういって大きな木箱を差し出す。

 中には小さな魚がいっぱい詰まっていた。


「おや、きびなごかい?」

「そうです、ハマイワシとかも言うけど、よくご存知ですね」

「こっちで見るのははじめてかな。俺の故郷じゃ刺し身で食うなあ」

「そうなんですよ、本土じゃ生ではあまり食べないって聞いたけど、漁師はとれたての頭をもぎって手開きで海水でさっと洗ってたべるんです」

「そりゃうまそうだ。さっそく調理しよう」


 そう言って箱を抱えあげる。


「もしかして、自分でするんですか?」

「たまにはね。せっかく来てくれたんだ、お礼になにかごちそうしたいが、時間はあるかい?」

「え、ええ、大丈夫……ですけど」


 ルーソンちゃんは警戒しているが、他の三人は乗り気なようだ。

 揃って食堂に併設された厨房に移動する。


「な、なにこれ、これが厨房!?」


 ここは超ハイテク厨房なので、普通の人間は中に入るだけで驚くもんなんだけど、うちではすっかり当たり前になってたので、こうして驚いてくれるとなんだか自慢したくなるな。


「ははは、どうだい。こいつも古代遺跡の技術を再現した、すごい厨房さ」

「遺跡って、女神様から賜った技術ですよね。それを普段の生活に使っちゃってるんですか?」

「いやまあ、そうだね」


 あれ、なんか思ってたのと反応が違うぞ。


「こういうのって、もっと世の中のためになることに使うべきじゃないかと思うんですけど。船も遊びに使ってたし」


 むう、そっちかあ。

 考えてみればこの子の俺に対する不信感は、紳士を理想化しすぎてることの裏返しみたいなとこがあったので、もっともな反応かもしれない。

 この島の連中は紳士を飯の種ぐらいにしか思ってないフシがあったので、むしろこういう反応は新鮮だなあ。

 よし、ちょっと軌道修正だ。


「ルーソンちゃん、君はいいことを言うなあ。だが、ここにあるのは、一度は人類が手にして、そして失ってしまったものなんだ」

「はあ」

「失った理由は色々ある。避けがたい天災であったり、戦や人の怠慢もあっただろう。いずれにせよ失うだけの理由があったのだ。俺はそうして失われた技術を再発見し、こうして利用しているが、これは今の人類がおいそれと手にして良いものではない」

「なぜです?」

「便利すぎるからだ。君は女神から授かったというが、実際はこれらの遺物は、古代の人々が自らの知恵で発明し、作り上げたものだ。そこに至る知恵を学ばずに、結果だけ享受していては、遠からず今ある知識さえなくしてしまう。身近なところで考えてみるといい、そうだな、君たちは生け簀で魚を飼っているだろう。あれも当然、生け簀を作り、維持する技術とともに受け継いでいるはずだ」

「もちろんです」

「それなくして、今ある生け簀の魚だけを採っていたのでは、すぐに魚はいなくなるし、たとえば嵐で生け簀が壊れたときに、直す方法もわからなくなるだろう。ここの道具も、同じものを分け与えることだけなら可能だが、世界中に無限に供給できるわけじゃない。その前段階として、こういうものを作る技術、それを理解する知識、そうしたものを教え広めなくちゃならないんだよ。それには何代にもわたって失われた古代の知恵を啓蒙する必要がある。そのための土台作りとして、こうして古代の技術を再構築し、実際に使いながら検証していくことは大切なんだよ」

「言ってることは、なんとなくわかるんですけど……」

「俺の胡散臭さのほうが勝っていると」

「そ、そういうわけじゃ」

「ははは、君は見る目があるなあ。まあ、ここにあるのがどういうものか、使ってみればわかるさ」

「はあ」


 俺とルーソンちゃんがくだらない問答をしている間に、別の人魚ちゃんたちは、シンクの前ではしゃいでいた。


「ちょっとルーソン、これみてよー。ここ触るだけでメッチャお湯でるんだけどー、まじどうなってんのこれ、ウケル」


 そう叫んでるのは褐色金髪の人魚だ。

 ってギャルじゃん。

 脳内翻訳の加減もあるんだろうけど、外見もあいまってまじでギャルっぽい。

 おじさんはギャルに弱いんだよ。

 しかもめちゃ巨乳で素肌に直接羽織ったベストから横乳がはみ出してるし。

 あれ、どっち狙えばいいんだ?

 両方か、やっぱ両方狙うべきなのか。


「ちょっとマレーソン、そんなにはしゃいだらみっともないでしょ」

「えー、いいじゃん。こっちなんて、テーブルの穴から火ー吹き出すんだけど、ちょーやばい」

「やばいのはあんたでしょ、まったく」


 残り二人の人魚ちゃんはと言うと、うちの年少組と同年代だろうか、だいぶ幼さが残る。

 こちらも片方は白肌黒髪、もう一人は褐色金髪だ。

 黒髪のほうが、指でイカナゴを捌く間、金髪の方は隣で干してあったグラスを手にして目をキラキラさせている。

 こちらも黒髪が真面目系で、金髪がギャル路線のようだ。


「オルーシン、勝手に触っちゃだめでしょ」

「でもみてよペースン、これメチャぴかぴか! こんなの見たことないっしょ」

「そ、そうだけど」

「ほんとヤバ、マジヤバいっしょ、あっ!」


 いじりすぎてグラスをポロリとこぼすロリギャルちゃんだが、後ろに控えたミラーがさっと拾い上げた。


「割れたら危険ですから、気をつけてくださいね」

「マジゴメン」

「わかればよいですよ、では、調理を続けましょう」


 少女人魚は見かけよりはなかなか素直なようだ。

 そんな様子を俺と一緒に見ていた黒髪人魚のルーソンちゃんは、


「ごめんなさい、オルーシンったら綺麗なものに目がなくて」

「ははは、かまわんよ。子供のうちはあれぐらいで普通だろう。そっちのお嬢さんだってここが随分お気に入りのようだ」


 金髪巨乳ギャル人魚のマレーソンは、棚に並んだお酒のボトルをあれこれ手にとって眺めている。


「ちょっとマレーソン! あなたまで何やってるの」

「だってこれ、すごいやばい、まじ綺麗じゃん、こんなボトル見たことないっしょ」

「ばか、見たことないってことは庶民には手が出ないほど高級ってことかも知れないじゃない!」

「あ、そうか、ルーソン頭いいね」

「あなたが悪すぎるんでしょうが」

「あはは、言えてる。ねえ、紳士様、これ味見していい?」


 静止するルーソンを押しのけるように、俺に尋ねるギャル人魚。


「君はいける口かい?」

「そりゃキハイカだもん、海の水と同じだけのお酒でも飲んじゃうって、まじで」

「頼もしいな。えーと、どれどれ、こいつはウォッカか。味見ならテイスティング用の……いや、ショットグラスかな」


 小さなショットグラスに透明な液体をなみなみとそそぐ。


「うわ、ボトルはキレイな青なのに、めっちゃ透明じゃん。しかもなんかいい匂いするし、このグラスもなんか宝石みたいにキレーじゃん」

「アルコールは強めだけどね」

「いっただっきまーす」


 ぐっとグラスを傾けて一気に流し込むと、かっと目を見開く。


「え、まじなにこれ、すっときて、とろっとして一瞬甘いのに喉がカッときて、すっごいいい匂いだけして、まじやば、なにこれやばいっしょ」


 ギャルなのにグルメ漫画みたいな感想がすっと出てくるところが面白いな。


「まじうま、ルーソンももらいなって、ほら」

「私は……じゃあ一杯だけ」


 そう言って恐る恐る口に含む。


「ほんとだ、きつめなのに癖がないっていうか、ウォッカって、あれですよねウイスキーの原酒を濾した安いやつ。冬場に海に入る時にがぶ飲みするアーシアルの漁師さんとかいますけど、これ全然別物で」

「気に入ったかい?」

「はい。これ、すっごいまろやかで、いいやつはこんな味なんですか?」

「いけるだろう。こいつをベースに、フルーツやサイダーを使ってカクテルにしてもいい」

「カクテル?」

「いろんなアルコールやジュースを混ぜて楽しむお酒のことさ。後でご馳走しよう、その前に、お土産を料理してしまおうか」


 どうやらこの二人はお酒に目がないようだ。

 ここが狙い目だろう、慎重かつ大胆に攻めたい。

 幸いなことにうちには安酒から古代技術を駆使した超レアな酒まで豊富に揃っている。

 無論、俺も同量の酒を飲み、正面から挑む作戦だ。

 大量のきびなごを捌き終えた頃には以上のような作戦も決まり、場所を食堂に移して飲み比べ大会となる。

 そのまえに、きびなごかな。

 上等のお皿に綺麗に盛り付けてあり、うまそうだ。


「お皿がいいと、別の魚みたい」


 感動する黒髪人魚のルーソンちゃん。

 ギャル人魚のマレーソンちゃんは、すでにウイスキーをガブガブやっている。


「まじこんなウイスキーとかしんじらんない。前に島で一番のを飲んだときの百倍うまいんですけどー、匂いだけでもヤバ、ルーソンも早くのみなよ」

「ちょっと、そんな高いお酒をがぶがぶと」

「ばかねー、紳士様がごちそうしてくれてるんだよ、ガブガブ、恥かかしちゃ駄目じゃん、遠慮なく限界まで飲み干さないと、ガブガブ、あー、やば、これちょーヤバ、ガブガブ」


 ギャルだけあって、思い切りがいいな。

 そしてすでに圧倒的に飲み負けている。


「まったく、そんなんだから、ウワバミだの、海のマートルだの言われるのに」

「ははは、マートルもよく食べて飲むからね」

「マートルなんておとぎ話の魔族でしょう? そんなのと比べられても……」

「おとぎ話じゃないさ、今も少数だが魔界には住んでるし、家の従者にも一人いるからね。ちょっと呼ぼうか」

「え、まさか」


 半信半疑のルーソンちゃんも、マートル族の蛇女フェルパテットがウネウネと床を這ってやってくると、心底驚いていた。


「うそ、白い尻尾で、本物!?」

「お客様なんですね、はじめまして、マートルのフェルパテットと申します」

「すみません、ルーソンです、キハイカの」

「驚いたでしょう。私も亡くなった両親以外、生きたマートルとは会ったことがなくて。キハイカ族はマートルの親戚みたいなものだって言い伝えにもあるから、ぜひお近づきになりたかったんです、よろしくおねがいしますね」

「こ、こちらこそ。その、ほんとにいるって思ってなくて……」


 動揺してるルーソンとちがい、ギャルのマレーソンは、


「うわ、マートルじゃん、まじいたんだ、ちょやば、尻尾めちゃ綺麗じゃん、真っ白で、うわ、やば、まじヤバ。あっ、あたしマレーソン、よろしく」

「こちらこそ。キハイカの尻尾もキレイな黒だと聞いてます」

「そうそう、やっぱマートルも尻尾じまんすんの? あ、他のマートル知らないんだっけ、キハイカは男も女もめちゃ尻尾比べっていうか、尻尾の褒め合いとかするんだよ、ちょっと私の尻尾も見てよ、これ脱ぐから」


 そう言ってグルグル巻きの下半身の布地を取り払う。

 制止するルーソンの言葉も聞かずに脱ぎ捨てると、黒光りするつややかな下半身があらわになった。

 なんかちょっとエッチだ。


「どう、どう?」

「素敵です、背中側には鱗がないんですね。すごくなめらかな肌」

「でしょ、でもそっちもすっごいキレイ、マジつるつるじゃん」


 そう言って互いの生尻尾をなで合う。

 なんかかなりエッチだ。


「あれ、ここは怪我でもしたの? ちょっと痕が」

「そうなんです、以前、森の中で罠にハマって、その時に御主人様に助けていただいて、それが縁で従者にしてもらって」

「うわ、マジ? ちょーロマンチック、乙女じゃん、乙女の夢じゃん、マジやばくね?」


 などと盛り上がっており、意気投合したフェルパテットとマレーソンちゃんは、そのまま飲み比べへと突入したようだ。

 まあちょっとこのギャルは俺の手には負えないペースだったので、フェルパテットに任せよう。

 彼女も最初の頃は遠慮していたようだが、飲みだすとやばい量を飲むからな。

 スポックロンあたりに言わせると、腸が長いからでは、などと雑な説明をしていたが、肝臓とかも強いんだろう。

 本気だすと樽で飲むからマジヤバイ。

 ちょっとギャル言葉が伝染るぐらい、やばい。


「あの……、なんかすみません」


 と恐縮するルーソンちゃんだが、むしろここまでは俺の望むとおりの展開だ。

 フェルパテットがギャルをひきつけている間に、こちらを攻めよう。

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