第482話 病み上がり

 病み上がりにしては妙にスッキリして踊り出したい気分だが、かえって心配されそうなのでおとなしく食堂にいくと、マダム連中が山積みのケーキを食べていた。


「旦那様、もうよろしいのですか?」


 温泉令嬢のリエヒアがこちらに気づいてケーキを頬張る手を止める。


「おかげさまでね、少し腹も減ったが、そのケーキは流石に重そうだ」

「では何か用意させましょう」


 そう言って後ろに控えたミラーに声をかける。

 こういう所作は実に自然でちゃんとしたとこの貴族なんだなあと思わせるが、同じくちゃんとした貴族のはずのカリスミュウルは、もぐもぐとバカでかいケーキを食べ続けている。

 お見舞いには最初に来たくせに治ったと見るとこの態度なんだから、実にかわいいものだ。


 用意されたお粥と味の薄い煮付けでさっぱりめに食事をとって中庭にでると、フルンやガーレイオンら年少組が泥だらけになって帰ってきた。

 俺の姿を見つけると、泥を撒き散らしながら駆け寄ってくる。


「ご主人さま、もういいの!?」

「おう、心配かけたな。ちょっと寝たら元気になっちまったよ」

「よかった!」

「ところで、そんなに泥だらけになって、どこ行ってたんだ?」

「みんなでナマズとってきた、元気出るってきいたから」


 みると手編みのびくにたっぷりとナマズが詰まっていた。


「大漁だな、大変だったろう」

「うん、でも楽しかった」

「ナマズといえば蒲焼きか、でも揚げ物もいいよな」

「何でもおいしいと思う」

「じゃあ泥抜きしといて、晩飯にくうか。そのまえに、体洗ってこい。そんな格好でうろついてると怒られるぞ」

「そうする!」


 バタバタと風呂場にかけていくフルンたちを見送ると、入れ違いにガーレイオンの従者であるリィコォ、従者候補でプリモァハーフのラティ、そして助っ人猫耳のピビがやってきた。

 この三人はうまくやってるようだが、ラティは契約をどうするつもりなんだろうな。

 難しいお年頃だから周りがあれこれ言うのは逆効果だろうが。

 ピビもガーレイオンとくっつけばうまくやれそうな気もするんだけど、どうだろう。

 スタイルもフラットな方なので、お似合いな気もするなあ、などとアレなことを考えていたら、リィコォちゃんが俺に気づいて驚く。


「クリュウ様、もう大丈夫なんですか?」

「おかげさまでね、君たちはガーレイオンと一緒じゃなかったんだな」

「今日は探索もなかったんで、洗濯とかいろいろやってまして」

「それもたいへんだな」

「うちにいた頃は洗濯は自動だったので、試練に出る前に桶で手洗いする方法とかおぼえてきたんですけど、結局こちらで洗濯機をお借りできて、助かってます」

「うちも自動になったのはつい最近だからな、手洗いは大変だよなあ」


 それを聞いたピビちゃんが、


「大変って言うけど、それが普通なのよね。あのセンタッキってやつ、大きな箱に突っ込むだけで、勝手に綺麗になって乾いて畳んだ状態で出てくるんだもの、びっくりしちゃった」

「古代の叡智さまさまだよ」

「叡智って言うけど、凄すぎて自分でやることがなくなって、かえってだめになるんじゃないかしら」

「そうかもしれん。スポックロンなんかをみてればわかるが、あいつらは人間を極限まで甘やかして骨抜きにするのが趣味っぽいからな」

「クリュウさんは特別甘やかされるのが好きそうに見えるけど」

「それはある」

「でも、ああいう古代の人形だけじゃなくて、ホロアもあまあまだとおもう、リィコォなんてすっごいガーレイオン君を甘やかしてるもの」


 それを聞いたリィコォちゃんは慌てて否定する。


「そんなことはありませんよ、厳しくしてますっ!」

「そうかしら、ラティはどう思う?」


 急に話を振られたラティちゃんは、


「え、どうかな。でもうちのばあやもかなり甘いと思ってたけど、リィコォに比べれば全然厳しかったかも」

「そ、そんなはずは……。パーチャターチのように厳格に……」


 最強の魔女と恐れられるパーチャターチは世間の噂とは違って、過度な親バカなのでその教えを守ったリィコォちゃんがあまあまでも不思議はないだろう。

 この話題は不利と見たのか、リィコォちゃんは話題を変える。


「あ、明日は探索を再開されるんですか?」

「そうだな、せっかく攻略法も見えてるんだし、だらだらしててもしょうがないだろう」

「でも、大丈夫ですか? 病み上がりはしんどいものだと聞きますし。私は風邪を引いたことがないのでよくわからないんですけど」


 それを聞いたラティは驚いて、


「え、ないの? ないってことはないでしょ」

「少なくとも、物心ついてからは一度も」


 そこでピビが、


「ホロアはめったに病気にならないって話は聞いたことあるけど、ほんとなんだ」

「そうなんですか? まあでも確かに、自分に関してはそうみたいですね」


 うちはおおむね頑丈な感じで、たまに熱を出すのはピューパーやメーナといった幼女ぐらいだが、それでも頑丈そうなフルンが、初めて会ったときは病気で臥せってたからなあ。

 歳を取ると、だんだん健康のありがたみが分かるというが、俺もそろそろ気をつけなきゃならない年齢だよな。

 そういえば、俺より二回りぐらい上の知り合いが、若い頃は胡散臭さしか感じなかったテレビの健康食品の通販番組がすごく魅力的に見えてきて困ると言っていた。

 いずれそういう気持ちもわかるようになるのかね。


 リィコォらと別れて、スポックロンを探すと向こうからやってきた。

 本屋のネトックに頼まれていた捜し物についての相談だという。

 当初、紅にまかせていたが、今はスポックロンが担当しているはずだ。


「ちょうどよいところに。ネトックさんからの依頼の件に関して、当該オブジェクトとおぼしきシグナルを検知しました」

「だと思ったよ」

「おや、ご存知でしたか」

「ストームたちのおかげでね」

「なるほど、女神の皆様方は、なかなか私どもには力を見せてくださらないので残念です」

「信心が足りないんじゃないか?」

「自覚はありますが、御主人様をみているかぎり、信心は関係ないのでは」

「それはそうかもしれん。で、近いのか」

「はい。シーナ湾の東側、外洋に面した岬ですね。予備調査では海底洞窟があるようです。すぐにでも回収に向かいたいところですが、当地は人魚が海神を祀る祠になっているようで、住民とのネゴシエーションが必要かもしれません」

「説明しづらいな、こっそりやるわけにはいかんか」

「できなくはないでしょうが、もうしばらく調査を続けてから判断するということで」


 案件を一つ先送りしたところでのどが渇いたので酒でも飲もうかなと食堂に戻ったものの、病み上がりで飲むなどけしからんとマダム連中に怒られてしまったので、しぶしぶ個室に移動する。

 眠くはないし、酒も飲めないとなると、スケベか読書ぐらいしかやることがないんだけど、せっかくなので、もう少し従者の持ち味を生かした優雅な時間の過ごし方を考えてみたいと思う。

 うちで慰安アビリティの高い従者といえば、まず浮かぶのがチェス組の面々だ。

 まあ最近はあんまりチェスをやってない気もするが、チャンピオンのイミアを始め、エク、燕、プールあたりはボードゲームや会話などで俺を楽しませるスキルが特に高い。

 貴族の家庭教師を長くやっていたキンザリスも、そういう能力が高いようだ。

 これはテナやチアリアールも同様だと言えよう。

 茶商人の娘ハッティや、やり手商人のレアリーも、社交術の範疇で、それなりに相手をしてくれる。

 ちょっと毛色は違うが、元ガールズバンドもやっていたペルンジャは、太鼓以外にもそれなりに楽器演奏ができて、生演奏で楽しませてくれるので、こういうときには重宝する。

 というわけで、上記のメンバーのうち、ちょうど手の空いていた者を数人かき集めて遊んでもらうことにした。


 キャバクラみたいなソファーのある部屋で、左右に綺麗所を並べて魔族のお姫様だったプールと大工から万能エンジニアへと進化しつつあるカプルが一緒に作っていた新しいゲームの試作版をやっているのだが、人間に化けた飛び首がつぎつぎと村人を食べていくのでシラフでやるのはきついなあという気持ちでいっぱいになっているところだ。

 我が家のスケベ大臣エクは、穏やかな笑顔で次々と村人を食べていくし、イミアなどは目に涙を浮かべて無実を訴えたその口で、村人を食べまくる。

 俺が勝負事に弱いことを考慮しても、みんな強すぎるんだよな。

 ここが本物のキャバクラなら、俺は一晩でオケラになっていたことだろう。

 最後の村人として美味しく食べられて負けてしまったので、お酒のような味のするジュースをやけ飲みする。

 ノンアルコールってもっとまずい炭酸入り麦茶みたいな印象しかなかったけど、古代技術を持ってすれば、かなりいい感じに作れるものだな。

 とはいえ、物足りないのは確かだが、ちょっとエッチな衣装のペルンジャが、マンドリンのような楽器でムードたっぷりの曲を奏でてくれるので、シラフでもうっとりしてくる。

 それにしても生演奏はいいな。

 スケスケの羽衣みたいなのを纏って演奏してる所がなお良い。

 演奏家があと三人ぐらい増えると最高に良いのではないかという気がするので今後の最重要課題としておこう。

 その後も脱衣麻雀などをして優雅に過ごしたが、俺ばかりがひんむかれて風邪がぶり返しそうだったので、程々のところで切り上げた。

 腹も減ったし、フルンたちがとってきてくれたなまずでも食べるとするかね。

 食ったらさっさと寝て、明日からの試練に備えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る