第480話 第三の試練 その九

 金の種集めはみんなが頑張ってるおかげで割といいペースで進んでいる。

 やり方を工夫すれば更にペースも上がるかもしれないが、今日で二十個ほど手に入ったから、あと二、三日あれば十分な数が集まりそうなので、これなら試行錯誤する時間のほうがもったいないだろう。

 最適化より力押しのほうが効率がいい場合もあるのだ。


 で、当面の問題に目処がついたので、たまにはやる気を見せて今後の試練について調べてみてもいいかな。

 具体的には次の第四の試練について。

 もちろん俺が自分で情報収集などできるわけもなく、たとえば盗賊のエレンが足で集めたり、騎士団参謀のローンが組織力を生かして集めたり、僧侶のレーンが教会のコネを使って集めたり、古代叡智の結晶たるスポックロンがハイテク装置で集めたりした情報を、子供でもわかるぐらい完璧に分析しまとめ上げた上で拝見するわけだ。

 素晴らしい従者に囲まれて、俺も鼻高々であることだなあ。


 で、肝心の第四の塔は、シーナの街からも拝んだ山頂のウル神殿の隣にニョキッと生えているらしい。

 一般冒険者に開放されたのがつい先日なので、内部の詳しい情報はさすがにまだわからないんだけど、なんでも竜と連チャンするようなハード仕様のボスラッシュ面らしい。

 面って何だよという気もするが、試練は概ねクソゲーっぽいので、そういうスタンスで評価していきたい。


 また、ウル神殿には他の紳士を追いかけてきたホロアのお嬢さんも何人か控えているそうだ。

 先行している紳士連中とは相性の合わなかった余り物だとかいう品のない言い方をする輩もいるようだが、経緯はどうあれ最終的に俺の隣りにいてくれる子であれば誰でもウエルカムなので、頑張って挑みたい。


 紳士といえば、俺たちのあとに島にやってきた紳士はまだいないそうなので、うちの三人が最後尾だ。

 先行しているのは先日一緒に飲んだブルーズオーン君、あとは王様に坊さんにまだ会ったことのないネーチャンが一人か。

 このネーチャンが一番先行しているらしい。

 競争する気がないとはいえ、追いつけそうなとこまで来ると、ちょっと欲を出したくなるのも人情というものだ。

 俺に面と向かっては言わないものの、一部の従者はやる気満々だしな。

 そういう気持ちを汲み取ってやりたいなあと言う考えもないではないのだ、主人として。


 とはいえ、従者にブラック労働をさせるわけにも行かないし、何より俺がそんな事ができるような頑丈な肉体と精神の持ち主ではないので、午後は優雅にリラックスする。

 今日は釣りだ。

 先日、ばあさん人魚と遭遇した入り江のあたりからクルーザー風のボートで沖に出て釣り糸を垂らす。

 完璧な魚群レーダーなどが装備されてるので、理論的には入れ食いだ。

 今も隣で竿を振り回していたエットが立派なカツオを一本釣りしたところだ。

 フルンやガーレイオンもなかなかの釣果で頼もしい。

 そして俺は相変わらずの坊主だ。

 やはり女の子以外は釣れない星の下に生まれたのかもしれない。

 釣りは早々に諦めて、釣り上げたばかりのカツオをタタキにして食う。

 うめえな。

 酒は日本酒……と行きたいところだったが、今日はファーマクロンのところから送ってきた白ワインを開けている。

 こちらの白ワインは、白いぶどうを皮ごとつけて樽で熟成させる、いわゆるオレンジワインのようなものばかりで、美味しいものはちゃんと美味しいんだけど、俺の知ってる白ワインとはちょっと違ったんだよな。

 でも、今飲んでるのは、ほぼ日本で飲んでた白ワインに近い。

 要するにちゃんと皮と種を取りにぞき、金属製のタンクで熟成させているそうだ。

 キリッと辛くて、程よくフルーティで、刺し身にもよく合う。

 グラスもそれっぽいのを作ってもらってある。

 こっちのワイングラスは、なんというかゴブレットって感じのごついやつだからな。

 繊細な香りを楽しむにはちょっと無骨すぎたので、最近ちょっとずつ増やしているのだ。

 この辺は後日、フューエルらにきちんと評価してもらうつもりだが、俺は難しいことは考えずに飲むだけだ。


 美味いワインを飲みすぎたせいか、波に揺られたせいかはわからんが、いつの間にかうたた寝しており、目を覚ますと西の空が真っ赤に染まっていた。

 北の方にはルタ島が間近に見える。

 すでに釣りはやめて帰ってきたところのようだ。

 船の中央に設置された生簀には、大物のカツオが何匹も泳いでいる。

 大漁だな。

 生簀を覗き込んでいたエットに声をかけると、丸い耳をピクピク動かして嬉しそうに魚を指差す。


「あれ、あたしが釣ったやつ」

「ほう、随分大物だな」

「すごい重かった、みんなに食べてもらう、ご主人さまもいっぱい食べて」

「楽しみだな」

「ご主人さま、また釣れなかったの?」

「そうなんだ、下手だよなあ」

「すぐに諦めてお酒飲むからだとおもう」

「たしかに、それはあるかもしれん。大人になるとな、できない自分と向き合うのが難しくなるんだよ」

「ご主人さまはなんでもやればできるのに、やらないからもったいないってアンも言ってた」


 そんな小学生の通信簿みたいなこと言ってるのか、ただの酔っ払いなのになあ。

 少女のピュアな瞳で見つめられて、返す言葉を失い海を覗くと、水面下に巨大な魚影がいくつも見える。

 これだけ近けりゃ俺でも釣れるんじゃ、と思ったら、ブクブクと水面が泡立ち、にょきっと人の頭が生えてきた。

 いつぞやの人魚ちゃんじゃん。


「やあ、君か」


 と声をかけると、


「あれ、見たことない船だとおもったら、紳士様の船だったんだ」


 ついで他にも数人、若い人魚ギャルがニョキニョキと海面に飛び出してきた。


「紳士様って、どの紳士様?」

「なにこの船、帆もオールもないじゃん」


 みんな肩まで水に浸っているが、波間に時折胸の谷間が揺れて見える。

 もうちょっとよく見えないかなあと体を乗り出した瞬間、波で船が揺れて、海にボチャンと落ちてしまった。

 酔っ払ってるし服も着てるしで溺れるのは自明なんだけど、ガバガバともがいていると、すぐに人魚ちゃんたちがよってきて、すくい上げてくれた。

 デッキでむせる俺に、呆れた顔で人魚ちゃんが俺の背中を擦ってくれる。


「なにやってるんですか、紳士様ともあろう人が」

「ちょっと飲みすぎたみたいでフラフラと」


 おっぱいに吸い寄せられたとは言いづらい。


「飲んで海に出るとか、海をなめ過ぎなんですよ、まったく。ブルーズオーン様はあんなにキリッとしてたのに」

「いやあ、めんぼくない。おかげで助かったよ」


 人魚ちゃんたちは、船長をやってたスポックロンがどこからともなくとりだしたパーカーを羽織っているので、せっかくの生おっぱいは隠れてしまっているが、さすがの俺も命の恩人に欲情したりは、まあ、するかもしれないが、今のところは素直に感謝している。

 一方、助けた相手にそんな目で見られているとは思ってもいないであろう人魚ちゃんは、物珍しそうに船を眺めていた。


「でもこの船、すごいですね。魔法で動くんですか?」

「まあね、ちょっとそこいらにはない船だろう」

「あっちのカツオは、釣ってきたんですか」

「そうなんだ」

「沖まで出ると、何日もかけてまわるんですけど、日帰りですよね? そんなに速度も出るんだ。これって、どこで作ってるんです?」

「いやあ、こいつは古代遺跡から出てきた船でね、現代じゃちょっと入手は難しいかな」

「そっか、たしかに、こんな船って聞いたこともないし。こんなの持ってるなんて、噂通り、すごい紳士様なんだ……」


 彼女と一緒に居た他の人魚たちも、クルーザーのデッキに上がってナマズのような尾をニュルニュルさせながら、船を見学している。

 他の子は初対面だが、そういえばこの子はまだ名前も聞いてなかったな。

 とりあえず、会話を続けよう。


「ところで、君たちは仕事の途中じゃなかったのかい?」


 と尋ねると、


「ううん、ちょっと外海で遊んでたら、見たことない船が居たから、みんなで様子を見に来たんです。最近、本土の方から生け簀を荒らしに来る密猟者とかもいるし」

「そりゃあいかんなあ」

「この時期、男衆はみんな遠洋漁業に出てるから、私達が港を守らないと」

「男が船に乗るのかい?」

「そうですよ、アーシアルと違って、キハイカの男は船に乗って、キハイカの女は海に潜るの。他の種族とは逆なんです」

「ふうん、いわれでもあるのかい?」

「うーん、海底の神は男嫌いだから、男を潜らせないってよくいうけど、そもそも女のほうが潜るのうまいから、そのせいじゃないかなあ。でも私、船乗りにあこがれるんですよね。幼なじみのアーシアルの子も、三年前から船に乗ってて……」


 なるほど、だがここで船を餌にするような、幼稚なナンパはしないのだ。

 とはいえ、どのへんから攻めるべきか、気の利いたセリフの一つも出てこないので、だめかもしれん。

 他の人魚ちゃんはどうかといえば、フルンたちとなにやら盛り上がっていた。


 その後、人魚ちゃんたちを彼女たちの集落まで送って別れたのだが、フルンたちは、カツオとトレードで、今朝取れた鯛なんかを頂いたようだ。

 しっかりしてるなあ。

 俺はといえば、酔っ払って海に落ちたぐらいで、実に情けなく……、


「へっくしょい」


 出るのはくしゃみだけか。

 さっさと帰って、寝てしまおう。

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