第479話 第三の試練 その八

 店を出ると、すでに外は真っ暗だった。


「もう夜じゃねえか、随分ゆっくりしちまったなあ」


 ほろ酔い気分でつぶやくと、ネールが慌てて、


「そういえば、日が暮れると船がないと言っていました。どうしましょう」

「どうって、迎えに来てもらえばいいだろう。とりあえず、誰かに連絡を……」


 そう言ってポケットに突っ込んであった携帯端末を探していると、後ろからぽんと肩を叩かれる。


「旦那、迎えに来たよ」


 振り返るまでもなく、声の主はエレンだった。


「おう、すまんな。残ってるのは俺たちだけか?」

「そうだよ、いつぞやの紳士君と飲んでたんだろう、有意義な話はできたのかい?」

「まあね、人生の先輩として紳士の道を説いてきたよ」

「彼も変なふうに道を誤らなきゃいいけど」

「誰か道を誤ったのか?」

「さっきガーレイオンがおっぱいのでかい街娼に声をかけて、危うく貞操の危機だったのさ」

「そりゃ大変だ」


 あいつも自称男の子とはいうものの、性自認が肉体と異なるとかそういうのじゃなくて、単に亡くなったじいちゃんの生き様に憧れてるだけみたいだからなあ。

 ちゃんと男らしい女の子として健全かつ健やかにすくすく育ってもらいたいものだ。

 エレンについてしばらく行くと、海岸に出た。


「あっちの入り江に船をまたせてるんだ」

「飛行機じゃないのか」

「ここじゃ目立つからね。潜水艦で一旦沖に出てから、飛んで帰るのさ」

「水陸両用か、かっこいいな」


 岩場に真っ黒いゴムボートが止めてあった。

 スパイ映画の上陸シーンみたいでかっこいいなあ、と思いつつボートに乗り込もうと踏み出した瞬間、足元で動いた何かに驚きよろめいて、海に片足を突っ込んでしまった。

 結構冷たい。

 ただのフナムシだったようだけど、薄明かりで突然虫みたいなものが動くとビビるよな。


「旦那もそそっかしいねえ、もう少し落ち着いて歩いてくれないかな」

「俺だっていつも心穏やかにいきたいとは思ってるんだけどな」

「そうは思えないけどねえ、ほら乗った乗った。少し先で潜水艦が待ってるよ」


 岸から少し離れたところで、潜水艦に乗り換える。

 大きめのワゴンぐらいの潜水艦で、乗り込むと中で待機していたミラーが濡れたズボンを着替えさせてくれた。


「海中には生簀などがおおく、速度が出せません。湾の出口にも密猟を警戒しているのか、船が出ているので、ゆっくり移動することになります」


 とのことだが、シートに腰を下ろして、窓越しの夜の海底を眺めると、見事な絶景で慌てる必要などまったくないという気がしてきた。

 窓越しの景色は、照明が使えないので若干明るさが補正してあるそうだが、僅かな月明かりに照らし出されて実に幻想的だった。

 よく見ると、漁礁と思われる幾何学的なブロックがいくつも設置されている。


「随分とけばけばしい漁礁だな」


 とつぶやくと、ミラーが水割りのグラスを手渡しながら、こうこたえる。


「腐食しない、という理由でステンレスの遺跡から発掘したものを、昔から漁礁として沈めているそうです」

「ははあ、そりゃあいいかもな」

「ただ、その中には生きた遺物もあるようですね」

「というと?」

「ジェネレーターのたぐいがいくつか生きていて、熱源となっているようです。その結果、水温が平均三度上がり、冬の間もこの湾だけ凍ることがなく、不凍港として島の生活をささえているそうです」

「ふうん」


 こんなところで古代文明の影響が残ってたりするんだなあ。

 そういや、島の北の海岸は、落下したバリアの影響とかで一年中凍ってるんだったっけ。

 近々取っ払っちまうと言っていたが、でもそうなると島の気候まで変わってしまうんじゃなかろうか。

 後でスポックロンにでも聞いとくか。

 やがて潜水艦はシーナ湾を出たのだろう、海底の景色が少し変わった。


「このまま一旦沖に出た上で、空路でキャンプに戻ります。揺れる可能性がありますので、しばらくお立ちになりませぬよう」


 ミラーのアナウンスと同時に、急に海底が深く落ち込んでいき、船も少し水深を下げたかと思うと速度が上がる。

 あとはなにもない海中の景色が続くだけだった。




 思いがけず海底散歩を楽しんでキャンプに戻ると、ガーレイオンがべそをかいて駆け寄ってきた。


「師匠! どこいってたの」

「どうした、いい男は人前で泣き顔など見せないもんだぞ」

「そんなこといっても、リィコォが怒るんだもん」

「ははは、まあ声を掛ける相手は選ばないとな」

「どうして、ああいうお姉さんはだめなの?」

「うーん、そうだなあ、お前がほしいのは従者だろう。つまり血の契約を交わす相手だが」

「うん」

「でも、ああいうお姉さんは、誰とでも金で契約して一晩だけ仲良くする仕事だからな、根本的に目的が違うんだ」

「でも、ピビはお金で手伝ってくれてるのに、お金は駄目なの?」

「ピビちゃんは、お金で従者になるんじゃなくて、冒険を手伝ってくれるんだろう。要するに冒険者の助っ人と同じだ。ああいうお姉さんとはまた別だよ」

「うーん、よくわかんない」

「そうなあ、難しいけど、世の中には従者にならない人も結構いるからな。少しずつ覚えていくしかないなあ」

「……うん」

「とにかく、一緒にリィコォちゃんたちに謝りに行こうか」

「師匠も謝ってくれるの」

「そりゃあ、弟子の失敗の責任を取らずに、どうして師が名乗れようか」


 というわけで、一緒に謝りたおしてきた。

 まあ、しでかして謝るのは俺の十八番だが、そういうところまで似てくるとなると、俺の弟子なんだなあと思ってよけいに可愛くなるのだった。




 継続は力なりというわけで、翌日も根気よく試練に挑む。

 と思ったら、レーンが懐から金の種を手のひらに取り出した。

 たぶん、十粒ぐらいはあるんじゃなかろうか。


「どうしたんだ、そんなにたくさん。俺が飲んだくれてる間に集めた……わけじゃないよな」

「半分正解でしょうか。昨日、御主人様がご友人と飲んでいる間に、土産物として売られているこの種をいくつか買い求めておきました」

「土産?」

「他の冒険者も、ここで稼ぐうちに一定の割合で金の種を入手していたようで、これは金と言っても、実際は黄銅でさほど価値はありません。よってそのまま他の財宝と一緒に売られていたようです。それが回り回って試練で入手できるお守り的な扱いで、露店に並んでいたと」

「ははあ、他の連中は祭壇に供えてみたりはしてないのかな」

「どうでしょうか、あるいは紳士以外には効果がないか。いずれにせよ安かったので試しにまとめ買いしてみました。探せばまだあるようですが、あまり買いすぎても訝しんで値が釣り上がるかもしれませんし、ひとまず」

「そもそも、自分でドロップした種じゃなくても使えるのかな?」

「そこも問題ですが、それ以前に、このような手段を神聖な試練に用いてよいのかという問題もありますね。お姉さまが聞いたらゲンコツが飛びそうです」

「なにをいまさら、金こそ最大の力じゃないか、金で解決する問題はまず金で解決するべきだし、そうじゃない問題も、金で解決できる問題に置換してから解決するべきだな」

「おや、日頃金銭に執着しない御主人様とは思えぬ発言」

「金で解決できる問題が俺のところまで回ってこないからだろう、お小遣いも子どもたちにおやつを買ってやるぐらいしか使い道がないんだぞ。たまには見知らぬねーちゃんに貢いだりしたいのに」

「昨日、ガーレイオンさんのために頭を下げていた人の発言とも思えませんね」

「頭を下げるのは得意なんだ」

「御主人様に平謝りされてリィコォさんも随分と困惑してらっしゃいましたが」

「ああいうのは癖になるから気をつけないとな」

「それがよろしいでしょう。ではさっそくこの種を試してみますか。お姉さまに叱られた場合は、私も御主人様譲りの謝罪を披露するとしましょう」

「それでこそ従者だねえ」


 というわけで、さっそく金で買った金の種を祭壇に供えてみたものの、なんの反応もなかった。

 女神様は思ったより厳格らしい。


「世の中、金じゃ解決できないこともあるんだなあ」


 とボヤきながら、アイテム集め作業に勤しむのだった。

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