第477話 第三の試練 その七

 ピューパーのダイナミックな太鼓演奏で疲れた耳を癒やすべく、茶の間仕様の個室に移動する。

 以前は畳張りの馬車一つだったが、いつの間にか色んなパターンの和室が増えていて、ここもその一つだ。


 六畳間の南向きの壁が開放されて濡れ縁になっており、その先は三畳ほどの坪庭だ。

 趣のある部屋に、趣の高い露出度の従者を数人連れ込んで、趣にあふれた時間を過ごす。

 最近、忙しくてこういう時間が少なかったからな、自分らしさを取り戻すためにも、必要な行為だと言えよう。

 ちなみに本日のメンバーは、空手のできるメイド・キンザリスと、母乳に定評のある山羊娘カシムル、そして茶商人の娘ハッティだ。

 乳のサイズは標準的なキンザリスに、かなり大きめなハッティ、すごくでかいカシムルとなっており、全員スケスケの下着のようなドレスを装備してご奉仕レベルは高めだ。


「お疲れのようですけど、やはり試練は難しいものなのですか?」


 商人のハッティが、過剰な色気を振りまきながら、酌をしてくれる。

 彼女は商人らしいしたたかなタイプだと思うが、正直まだあまり性格を理解できてないのでこうして親睦を深めるのが急務だと言える。


「まあ、そっちはどうにかなってるんだけどな」


 おちょこになみなみと注がれた酒を一口に飲み干すと、ハッティに手渡し、俺も注いでやる。


「いただきます」


 といってクイッと飲み干す姿も過剰に色っぽい。

 プリモァ族は線が細くて綺麗だけど色気はほどほどなタイプが多いらしいんだけど、家のプリモァはだいたいエロさがマシマシだな。

 まだ幼さののこるアフリエールでさえ、今じゃすっかり色気が溢れてるので、たぶんもともとそういう種族なんだろう、たぶん。


「米のお酒は、こちらで初めて飲んだのですが、いけるものですね」

「そうだろう。南方ではエールをよく飲んだな。ホップの効いたやつが俺好みで良かったよ」

「私も好きですが、デルンジャの貴族はワインを好むので、私どものような商人も成り上がるとそちらを嗜むようになるのですよ。もっとも都の近郊では暑すぎてぶどうが満足に育たぬので、もっと南方が主な産地なのですが」

「こっちじゃワインは庶民向けだったな」


 実際、以前の長旅のときも、ワインの詰まった樽を常備していたんだけど、あれはワインが安くて運びやすいからだったそうだ。

 冒険者なんかも、革の水筒にいつも持ち歩いているが、酒場で出されるのはエールが中心だな。

 しかし、この国じゃあまりワインを作ってないのになんで安いんだろうな。

 そこのところを聞いてみたが、地元民のカシムルは知らないようで、南方出身のキンザリスも同様だ。

 一方、同じ南方でも商人であるハッティは、やはり知っていたようだ。


「ワインは南方の輸出品の定番で、かなりの量がスパイツヤーデにも入っているのでは? 特に西のボードーあたりから来る船は、空荷を避けるためにもつねにワインを積むはずですし」


 大航海時代のラム酒みたいなポジションなんだろうか、よくわからんけど、輸入品なら高そうな気もするが、量が多すぎて逆に安いのかなあ。

 こういう話題を追求すると社会のアレなところが見えてきたりするので、そっと耳をふさいで良識のある大人を演じたいところだ。


「聞けば、白ワインの良いものは、こちらの上流社会でも近年ブームだとか。昨日、お屋敷の方にお邪魔した際に、リアラが用意してくれましたが、あれはなかなかのものでしたね。よく冷えていたのが、実に素晴らしい。古代技術で温度を一定に保てると聞きましたが、その技術は持ち出せるものなのでしょうか」

「いやあ古代技術は、基本的にうちで使うだけにしとかないと、色々とうるさいのもいてね」

「それは残念です。あの技術があれば、長距離輸送も様変わりするでしょうに」


 気持ちはわかるがなあ。

 レアリーもそうだが、商人はそういうところに目ざといな。

 俺なんか冷えたビールが飲み放題、ぐらいにしか考えてないというのに。

 でもまあ、どこまでこの技術を使っても良いものやら。

 最近、自制が効かなくなりつつある気はしてるんだけど、南極大人とかが顔を真赤にして怒りそうだ。

 そういや、あの南極大人ちゃんはどうしてるんだろな。

 他のカラムたちもそうだけど、あの子たちはノードとも女神ともまた違う、特別な付き合い方が必要な気もするし、ただの気のせいかもしれない。

 なんにせよ、こっちから会いに行ってあげないと、駄目なのかもなあ。


 その日は従者を堪能して滞りなく過ぎていったが、翌日はまた試練の続きだ。

 さっそく例の種を小部屋ごとにあるという祭壇に供えてみる。

 言われてみると、そういやこんなのあったなという気もしてくるんだけど、全然意識してなかったよ。

 祭壇の小鉢に金の種をそっと供えると、ふわっと種が輝きだし、光る蔓のようなものが伸び始めた。

 かと思うと、十秒程度で光の粒になってかき消えてしまった。

 あとには元通り、なにもない小鉢が残るだけだった。


「これでいいのかな?」


 と首を傾げると、レーンが自信満々に、


「実にありがたい光が溢れていたので、おそらくは成功でしょう!」

「だといいけどな。これを全部の祭壇で繰り返すのかな?」

「そうではないでしょうか」

「全部で何個あるんだ?」

「昨夜のうちに確認しておきましたが、六階までで四十四。各階平均七といったところなので、残りの階に同程度存在すると仮定すれば六十弱と言ったところではありませんかね。これから確認しますが」

「結構あるなあ、つまりそれだけ種がいるということか」

「そうなりますね」


 やはりこの試練もクソゲー寄りのバランスだったか。

 まあ、攻略の目処がついただけマシだといえよう。

 ひとまず方針としては、種のドロップ傾向を調べるために、パーティを分けて周回してもらう。

 今までも何度か戦闘はしているが、一回も種が落ちてこなかったので、同じ敵を何度も倒す必要がある可能性が高い。

 この回数は固定なのかランダムなのか、同じ敵が複数回落とすのか、種に種類があるのか、などを調べるのだ。

 その間に俺はひとまず最上階を目指す。


 というわけで、やってきました最上階。

 順当に行けばボスが居るであろう部屋には、代わりに大きな祭壇と石碑が置かれていた。

 石碑には網目状の幾何学模様が掘られていて、俺たちが部屋に入ると同時に、一部のラインが光る。

 よくわからんけど、これが全部光ったらクリア的な演出ではなかろうか。

 石碑には文字も掘られていて、レーンがありがたそうに読み上げてくれた。


(種を蒔け、種を蒔け。たとえ芽吹かず朽ちようとも、蒔かねばならぬ。いつの日か、あの春の日に、地に緑あふるるを、信ずるならば)


 またなんか変なポエムが出たな。

 もっとこう、ヒントってのは簡潔にわかりやすく、かつ誤解の生じないようにすべきだと思うんだけど、こういうクレームはどこに出すべきかな。

 などと考えていると、レーンがありがたそうに石碑を拝みながら、こういった。


「種といえば、聖書のパフ記にもこうあります、ネアルは世界の滅びを押し留めると、世界の隅々までに種を蒔いた。新たな生命に、新たな世界を支えさせるためである、と」

「それはどう解釈するんだ?」

「そうですね、女神様がこの世界に命の種を蒔き、我々人類という実が結実したのであろう、とまあ、そのように大雑把に考えられてきましたが」

「きましたが?」

「スポックロンさんなどによると、この宇宙には様々な星に様々な種族が文明を築き、交流していたとか。そのルーツを辿ると、リリーサーと呼ばれるある古代文明が生命の種、遺伝子などと言うそうですね、これをばらまいたがゆえに、異なる場所で似通った種族が誕生したと考えられていたそうです。そうした文明の一つであったこの星に伝わる神話もまた、その考えを踏襲したものであってもおかしくないわけですが」

「ふぬ」

「今こうして、女神様のお言葉の中にそれを裏付けるかのような言葉が見られるということは、そうした面からも今申し上げた仮説が裏付けられるのではないでしょうか」

「宗教が科学的解釈を都合よく取り込むのは感心しないなあ」

「人は説明さえあれば、証明など望まぬものです。大事なのは説明と納得、証明による矛盾は指摘されてから検証すればよいのです」


 日頃の言動からは信仰心のかけらも感じられないレーンだが、常に懐疑的に物事に当たるそのスタイルが、一見すると不信心に見えるだけで、その根底にはやはり揺るぎない信仰があるのではなかろうか、でなければ、人はもっと楽をして信じてしまうものだろう、と思ったりしないでもないんだけど、まあいいや。

 時刻はちょうど正午を少し過ぎたところで腹も減ったので、今日は打ち止めとしておこう。


 ドロップ狙いのパーティの方は、種を三つほど入手したそうだが、サンプルが少なくて傾向を把握するためにはもう少し続ける必要があるだろう。

 しかし、ある程度最適化できたとしても、まだだいぶかかりそうだな。

 長丁場に備えて精神の安定を図るために、午後は街に繰り出そう。

 とはいえ、暇そうなのはピューパーを筆頭に年少のお嬢さん方ばかりだったので、デートというよりお守りってかんじだが、まあいいだろう。


 塔の北東に広がるシーナ湾の対岸にシーナの街がある。

 海岸沿いは険しい崖で道がないので、街に行くには山を大きく迂回するか、船で渡ることになる。

 従来であれば、船は地元民しか持っていなかったので、観光客はグリエンドの街から直接船でシーナに向かうのが常だった。

 それゆえ、途中にあるラクサの町はなかなか観光客が呼べないと、ラクサ出身のカシムルなどは嘆いていたのだが、今は塔の冒険者を当て込んで、渡し船が出ている。

 五人も乗ればいっぱいの、木造の小さなボートだが、こいつを船頭ではなく、ムチムチの人魚が引っ張ってくれるというのだから、素晴らしい。

 ワクワクしながら順番を待ち、船に乗り込むと、海の中から声がかかる。


「おやこの間の色男じゃないかい、今日はまたかわいいのを連れてるね」


 声の主は、先日出会った、人魚の婆さんだった。

 くそう、前の船は若い人魚が立派なしっぽをぷりぷりさせてたのに。


「ちょいと街まで見学にね。奥さんも精が出ますね」

「稼ぎどきだからね、せいぜい、遊んでいっておくれよ」


 そう言って勢いよく体をうねらせると、飛沫を上げて船がすすむ。

 これじゃあ、渡し船じゃなくてウォータースライダーだよ。

 幼女たちがキャッキャとはしゃぐものだから、人魚の婆さんもますますスピードを上げ、木舟は軋みながら海面を跳ねる。

 正直、かなり怖かったんだけど、ピューパーたちが満足してるのでまあいいだろう。


「日が暮れると舟は終いだからね、気をつけなよ」


 人魚ばあさんに送られて、波止場に降り立つ。

 漁港の隅に臨時で作られた木組みの埠頭で、冒険者や商人がウロウロしている中を抜けて、街の方に向かう。

 途中すれ違った人魚ちゃんはみんな服を着ていたので残念だなあというのがこの街の第一印象だが、あとは磯の匂いというか、干した魚介類などのなんとも言えない匂いが充満している。

 これはこれで海に来た感じがするので悪くないな。

 さて、なんかうまいものでも探すかな。

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