第476話 第三の試練 その六
第三の塔攻略は順調というかスムースというか、普通にゲームバランスの良いダンジョンといった感じで、十分に強いうちのパーティでも探索気分を味わいつつすすめられるようだ。
少し行き止まりが多いかなという気はするものの、マップを書けば迷うほどではないし、敵も適度な強さで、戦闘組は張り切っている。
というわけで、今日は六階のボスを倒したところで引き上げてきたのだが、昼食後の食堂でリーダーである僧侶のレーンが、印刷されたマップを眺めながら、もんもんと考え込んでいた。
こうして思い悩んでいるときは、横から余計なちょっかいを出して思考を切り替えてやることで解決策を見出すのが俺の仕事であろうということで、そっと小ぶりなおっぱいをつつこうと手を伸ばすとピシャリと叩かれた。
「いたい」
「それはそうでしょう! ところでご主人様」
「はい」
「第三の塔に対して、なにか思うところはありますか?」
「そうだなあ、まあ綺麗にできてるよなあ、というか」
「そうですね、古い女神のお作りになる、お手本のような塔と言ってもいいでしょう。ですが、以前の二つと比べると、逆に腑に落ちかねます」
「ひねくれてるからじゃないか?」
「誰がですか?」
「誰だろう」
「まあ、誰でも良いでしょう。そもそも、順調に行けば明日にも最上階に到達してしまいますが、他の紳士が何ヶ月も足止めを食らったとは思えない順調さで、そこが怖いのです」
「つまり、なにか見落としがあるんじゃないかと?」
「そのとおりです。ひねくれ者のご主人様にしては、今日は随分とストレートに正解にたどり着きましたね。一周回って、たまたま正面を向いている日だったのでしょうか」
「そいつは俺の視点からはわからんな。もっと俯瞰的に見てみないと」
「そう、それなのですよ。こちらの地図をご覧ください」
そういって自分の見ていたマップをテーブルに広げる。
「きれいな迷路だな」
「ええ、バランス良く小部屋も配置され、適度に迷い込みやすい通路とあわせて、雑に進むとすぐ迷ってしまいそうですが、丁寧に地図を書き一歩ずつ進めば順にゴールである上階への階段にたどり着ける仕組みになっております」
「女神かくあるべしと言えるような、丁寧な仕事だな」
「女神様がどのようにあるべきかについて語る口は持ちませんが、次にこちらの地図もご覧ください」
「どれどれ」
みると通路がきれいに色分けされていた。
「これは分岐ごとに色彩を変化させて塗り分けたものです。こうして塗り分けるとわかりますが、程よく分岐し、最後には突き当りの小部屋で終わっています。またご主人様もお気づきかと思いますが、部屋には必ず小さな祭壇がありますね」
「お気づきじゃないが、あったのか」
「ありましたね。私かキンザリスがいつも祈りを捧げていたと思いますが」
「お気づきじゃないなあ」
「まあ、そういうこともあるでしょう。気になるのは祭壇には小さな空の小鉢が置かれておりまして」
「お供えスペースか?」
「一応、小銭や飴などを備えてみたものの、特に変化はありませんでしたね」
「ふうん、で、そいつが攻略の鍵になると思うのか?」
「最上階まで行かないとわかりませんが、意味のないものがいくつもあるとは思えませんし」
「試練自体が無意味だという可能性は……」
「ありませんね」
「ないか」
「そもそも、春にならねば攻略できぬという噂ですから、春らしいものを用意すべきではないかと考えておりました」
「春というと……なんだ?」
「やはり緑が芽吹き花が咲き乱れてこその春でしょう」
「ロマンチックなことを言うなあ」
「ご主人様に合わせておりますので」
「じゃあ、春っぽいものを探すか」
前向きな結論が出たところで、残って探索を続けていたガーレイオンたちが帰ってきたようだ。
「師匠! 変なの見つけた!」
端正な顔つきと腕白坊主のようなやんちゃさのギャップが可愛い弟子のガーレイオンが、飛ぶようにやってくると、握りしめた小さな粒を見せた。
汗ばんだ手に握りしめられていたのは、金ピカの豆のようなものだった。
なんだこれ。
「どうしたんだ、これ」
「敵をやっつけたら、宝箱にこれだけ入ってた。最初お金かと思ったけど、違うっぽい。大きな箱に一個だけ入ってたから、たぶん特別なやつだってみんな言うから持ってきた!」
「ふむ」
「豆っぽいけど、食べられるかな?」
「硬そうだな」
「ちょっとかじったけど硬かった」
「かじったのか」
「うん、ケーソツだってリィコォに怒られた」
つか、豆というか種というか……これじゃないのか?
レーンに見せると、彼女も納得したようだ。
「なるほど、種ですか。これは春っぽいですね」
「っぽいよな」
うなずく俺を見たガーレイオンが、
「え、なになに? これ大発見だった?」
「確かめないとわからんが、その可能性が高いな。どこの敵が落としたんだ?」
「えーと、どこだっけ?」
と首をかしげるガーレイオンの代わりにピビちゃんが教えてくれた。
「五階の小部屋のガーディアンよ、地図でいうとこれね」
携帯端末を使って地図を表示する。
もう使いこなしてるのか、若いものは飲み込みが早いねえ。
「どんな敵だったんだ、なにか違いはあったか?」
「うーん、違いは特にないんじゃないかしら。連携の練習に手頃な敵で、すぐにポップするから、ずっと張り付いて戦ってたんだけど、ちょうど十四戦目でそろそろ上がろうかって時にこれが出たの。どうみても他のお宝とは違ったから、特別なものじゃないかと思ったんだけど、これ、どういうお宝?」
「なに、塔をクリアする鍵になるんじゃないかと思ってな」
「なーんだ、そういうやつね。すっごい価値があるのかと思ったのに」
「ははは、塔のバーゲンでもない限り、そこまでめぼしいものは落ちないさ」
「ザンネン。でも、普通にやっててもいい稼ぎになるわよね」
「そうかもな。うまくやれそうか?」
「まあ、まだわからないわね。あの子、ぜんぜん言うこと聞かないし」
そういって笑うところなどは、余裕がある。
頼もしいな。
しかし、あれか、周回しないと駄目なタイプだったか。
ドロップ率を上げる魔法とか装備品ってないもんかな。
ねえだろうなあ。
もし祭壇の数だけ種を集める、みたいな展開だと、かなりしんどくなりそうだな。
しんどいことは先送りして、新人従者とイチャイチャして遊ぼうと手頃な相手を探していると、派手だが雑な太鼓の音が聞こえてきた。
ドラマーのペルンジャが、牛娘のピューパーたちに太鼓を教えているところらしい。
それにしてもギャンギャンと破鐘のような派手な音だなあと見てみると、中華鍋をひっくり返した感じの金属製の太鼓を全力で叩いているのだった。
スティールパンとかだともっと熱帯のあざやかな音色がするもんだが、これは随分攻撃的だなあ、と思いつつ様子を見ていたが、ペルンジャが見本を見せるといい音色がするので、ピューパーがアグレッシブなだけのようだ。
「おかしい、音が違う」
「腕の力ではなく、手首のスナップで弾くように叩くのです」
「こう?」
「いえ、もうすこし軽く」
「こう?」
「素早くスティックを離して」
「こう?」
「ああ、手を離してはいけません」
「こう?」
「いえ、それではかえって……」
ペルンジャは根気強く教えているが、ピューパーも割と根気強く頑張るな。
鉄棒やお絵描きも頑張ってるし、基本的に頑張れる子なんだろう。
しばらく様子を見ていると、温泉令嬢のリエヒアがフルーツを飾ったトロピカルドリンクをもってやってきた。
気が利くな。
ペルンジャとリエヒアは、実家の政治的な関係だと必ずしも良好とはいえないが、同郷で同じルジャ族、しかも俺の従者になるような変わり者でもあるので、うまくやっているようだ。
「ペルンジャのやるリズムは、デルンジャにおいても伝統があるもので、逆に貴族で嗜むものは少なかったのです。どちらかというと農民などに伝わるもので……」
「ふうん」
「ペルンジャは幼い頃に、屋敷の庭師から教わったそうですが、そのものが塔の守り手の信者で、ペルンジャ自身もそれとのつながりを疑われていた節があるそうです」
「ほう」
「同行していた侍女の中にも信者が居たそうですし、そのことが彼女の立場を不利にしていた可能性はあるのでしょうね」
「そんなもんか」
とうなずいていると、どこからともなくエセ幼女のオラクロンが現れて、俺の膝に座るとこういった。
「塔の守り手も一種のポピュリズムですから、貴族にとっては身内から信者が出ると困るのですよ」
「別にペルンジャは信者だったわけじゃないんだろう?」
「ええ、だからそれは後付の理由だったのでしょうね」
「つまり、結局は追い出したい連中が居たわけか」
「そういうことでしょう。預言者の巫女という立場は、おいしいもののようですから」
「なにか責任は感じないのかね?」
「感じたから、ペミエをつけていたのですよ」
「ペミエ?」
「同行していたベテランの侍女です。あなたが拘束していたでしょう」
「ああ、あのおばさんか」
「彼女は、私の用意した二重スパイだったのですよ」
「まじかよ、教えてくれればもうちょっと対応も考えたのに」
「それではスパイの役にたたぬではありませんか。それにこちらの大陸にもウェドリグ派は深く根を下ろしています。それとの繋がりも調査したかったのですよ」
「もしかして、ピビのおばさんのビコットに依頼してたのもお前なのか?」
「そちらは、もう少し複雑な関係になっておりますが、詳しくお聞きしたいですか?」
「いや、やめとこう。ジュースが不味くなる」
そういってトロピカルドリンクに突っ込まれたフルーツをモリモリ口に放り込む。
こういうめんどくさい話とは断固たる決意で距離を置かないと、どんどんめんどくさくなるからな。
手遅れじゃないことを祈りつつ、俺は甘ったるいフルーツを飲み下したのだった。
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