第475話 第三の試練 その五
ベースキャンプに戻り、ひと風呂浴びて乾杯していると、演出家エッシャルバンの弟子で俺の番記者まがいのことをやってるリーナルちゃんがやってきた。
試練の記録をとるべく同行してるわけだけど、俺がふらふらしていて試練が進まないので、ここぞとばかりに取材を張り切っているのだろう。
と思ったら、そういうわけでもなさそうだ。
なにやら、よその紳士の噂を聞きつけたらしい。
「先日、親愛の虎とハンドレッド・エンペラーの両紳士が第四の試練をクリアしたそうで」
「ほほう、でもちょっと追いつきつつあるのかな?」
「ここで何ヶ月も引っかからなければ、そうなりますね」
「今のところ、難しそうなところはないんだけどね」
「頑張ってくださいね」
「それで、その二人が今、先頭なのか?」
「いえ、クイーン・オブ・ザ・サンが一週間ほど先行している様子。ただ、第五の試練は立地がよくないようで、難航しているとか」
「というと?」
「ここから見えるウル神殿があるエトア山の北側は、夏でも溶けぬ雪原が広がっておりまして、ルタ島北東最先端の岬に第五の塔があるのですが、最寄りのターニアの町からは健脚でも半日はかかる悪路でここには荷運び人足も立ち入れず、長期の滞在が困難だそうです」
「なるほど、うちには有利そうだな」
「でしょうね。で、それは良いのですが、気になる話もありまして」
「ほう」
「親愛の虎ことブルーズオーンが何者かに襲撃されたと、噂に」
「襲撃? 魔物か?」
「いえ、わかりません。例のアヌマールではないかとの話もあって、騎士団が動いているのでは?」
「そうなのか、どうなんだ、エディ」
と隣で酒をラッパ飲みしていたお行儀の悪い姫騎士様に尋ねると、山賊みたいにダイナミックに口元を腕で拭いながら、
「もう聞きつけちゃったの? 箝口令を敷いてたはずなんだけど」
エディがリーナルちゃんをじろりと睨むと、こちらも見かけ以上に面の皮が分厚いようで、笑顔を崩さずにこういった。
「いやあ、教会側のスタッフに誠意を持って尋ねたら、ペラペラ教えてくれましたよ」
「これだからあの連中は……」
相手がアヌマールだと、いかにあの兄ちゃんが強くても厳しいかもしれないが、詳しく聞いてみると、こんな状況だった。
第四の試練を終えたブルーズオーンは、例のごとく報告のためにスタート地点のグリエンドにもどって、与えられた宿に宿泊していたところ、深夜に騒ぎが起きたらしい。
確認しようと外に出たブルーズオーンは、屋根の上を走り去る、尋常ならざる黒い影に気が付き、後を追ったが返り討ちにあったそうだ。
幸い、かすり傷程度であったが、ブルーズオーンはこの国でもトップクラスの剣士であり、その彼に傷を負わせたとなると、相手もただのこそ泥風情ではあるまい、などと噂になっているとか。
「一応、任意で聴取もしてるんだけど、よくわからないわね。あっちにはローンが行ってるから、戻ったら確認しておくけど、ハニーが気にするようなことはないんじゃないかしら」
「だといいけどな」
俺としても関わり合いになりたくはないので、その話は切り上げることにした。
午後は、フルンたちの小屋作りを見学する。
焼き上げたレンガを積み上げてるんだけど、ちょっともろくて割れてしまったとか途中で足りなくなったとかで一部が石や木になってはいたものの、出来上がったものはまごうことなきレンガ小屋だった。
見学に来ていた幼女軍団も口々に、素晴らしい、完璧な家などと絶賛している。
一方、現場を指揮していた棟梁のエットは、満足そうな中にも若干の不満も隠しきれないようだった。
「みつもりがあまかった、レンガ、おもったより割れたから、たりなかった」
「初めてにしては上出来だろう、次はさらにうまくやれるんじゃないか?」
「次あるの!? いつ?」
「いつと言われると難しいが、次の試練の場所で、手頃な空き地があれば……」
「やった、次はちゃんと型を用意しよう、ねえ、フルン、次もやるんだって!」
そう言って駆け出すエットの背中を見ながら、次は俺ももうちょっとマシな小屋を作ろうと思うのだった。
ちなみに俺の小屋はさっき見てきたら、すでに倒壊していた。
ついでガーレイオンの穴蔵を見に行くと、穴の入り口でガーレイオンが一人、しかめっ面で仁王立ちしていた。
「どうした、ガーレイオン。腹でも減ったのか?」
声をかけると、ぱっと笑顔になるので、かわいいもんだ。
「あ、師匠。エットの小屋みた?」
「みたみた、立派なもんだったな」
「うん、僕のもいいと思ってたけど、完全に負けた」
「まあ、人生は負けることのほうが多いもんだ」
「師匠でも?」
「負けるなあ」
「じいちゃんが、男は負けたときの行動で真価が決まるって言ってた」
「そうかもしれんなあ」
「師匠は負けたとき、どうするの?」
「難しいなあ、どうするだろうなあ」
「僕は悔しいから次は勝ちたいと思う」
「そうだな、そもそも勝ちたいことじゃないと、勝負したいと思わないもんな」
「うん、それで、小屋のこともそうなんだけど、さっきの戦闘も、勝つには勝ったけど、連携するって目標はぜんぜん駄目だったから、勝負としては駄目だったと思う」
「あの装備がないと、後衛のリィコォやエットは大怪我をしてたかもしれないな」
「うん、あのあと反省会もしたんだけど、フルンと分担? そういうのができてないのと、リィコォに魔法を撃ってもらうタイミングみたいなのを、全然うまくやれてなかったのが、駄目だった」
「たしかになあ、それでなにか改善案は思いついたか?」
「まだ」
「そうかあ」
「一応、思いついたのはあって」
「うん」
「連携できないからいっそ連携をやめて、僕がまず一人でばーって戦って、疲れたら今度はリィコォにばーって魔法撃ってもらう」
「ふぬ」
「その間に深呼吸して、また交代する」
「なるほど」
「最初はこれでうまくいってたし、いいと思う」
「でも、問題があるから、連携の練習をしようと思ったんだろう」
「うん」
「そもそも、なにが問題だったかわかってるか?」
「なんだっけ?」
「目標を見失ったら、場当たり的な解決策に頼って迷走することになるぞ」
「そうだった、でも、なにが問題だったっけ?」
「二人でバラバラに戦ってたら手に負えない敵が出てきた時に困るから、人数を増やしても戦えるようにするんだろう」
「うん、でもフルンと二人だとどうにかなる気もする」
「でも、フルンは俺の従者だからな」
「そうだよ?」
「つまりだ、フルンはいつもお前と一緒に戦えるわけじゃないし、この先さらにお前の従者が増えたときに、フルンみたいなタイプじゃなくて、連携しないと強みが活かせないタイプだと、一緒に戦えないぞ」
「そうか」
「どんなタイプを従者にしても大丈夫なように、お前が誰でも受け入れられるように準備する必要があるんだろう」
「そうだった、おっぱいの大きい人が来ても一緒に戦えないと困る」
ガーレイオンが納得していると、どこからともなく声が響く。
「そこで私の出番ってわけね!」
「え、だれ!?」
驚いてキョロキョロと周りを見回すガーレイオンの背後に、誰かが木の上から飛び降りてきた。
「私よ私、未来の大盗賊、ピビちゃんよ」
訳有で国を出て、現在うちで居候をしている猫耳少女のピビだった。
「出番ってなに?」
わけも分からず尋ねるガーレイオンに向かって、控えめな胸をぽんと叩いてこうアピールする。
「私を雇わないかってこと」
「え、なんで?」
「ズバリ、あなたのパーティに足りてないのは、全体を俯瞰して指示を出せる盗賊ポジションよ!」
「そうなの!?」
「そうよ! だから盗賊……とは名乗れないけど、冒険に必要なレンジャー系の能力は一人前だから、私をパーティに入れたら、あなたの悩みは万事解決ね」
「すごい! えっと、じゃあ、従者になってくれるの?」
「それはわからないわね、相性はあってないみたいだけど」
「試さないとわからないよ?」
「もう試したもの」
「え、いつ?」
「まだ、デルンジャにいる頃よ、あなたもクリュウさんも、光らなかったし」
え、俺も試されてたのか、気が付かなかったぜ。
「しらなかった」
「それぐらい、気づかれないうちにできないようじゃ、一人前とは言えないでしょう」
「すごい、じゃあ、雇うってことは、お礼がいるんだ。お饅頭でいい? さっき買ったやつ、すごく美味しい」
「そこは普通にお金にしてちょうだい。今、居候で肩身が狭いもの」
「僕も師匠の居候だけど、狭くないよ?」
「あなたはお弟子さんなんでしょう、私は自分の食い扶持ぐらい稼がなきゃね」
遠慮なく俺にたかってくれてもいいんだけど、ご婦人に搾り取られるのが趣味だと可愛い弟子にバレても困るので、ここは黙っておこう。
「えっと、じゃあ、リィコォに相談してからでいい?」
「その点は抜かりないわ。リィコォにはすでに話を通してあるもの、ね」
そう言って振り返ると、茂みの影からリィコォちゃんが出てきた。
根回しができてると、ガーレイオンみたいなタイプは押し負けるよな。
結局、ガーレイオンはピビちゃんを雇うことにしたようだ。
うまくいくのかな?
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