第472話 夜歩き

 酔いつぶれて寝落ちした俺が寒さで目を覚ましたのは、まだ夜明けまで間がある時間だった。

 屋根と南向きの壁だけは作っといたんだけど、どうも夜は風向きが変わるようで、山から吹き下ろす冷たい北風を、構造的にもろに浴びることになってしまった。

 夜は風向きが変わるなんてよくあることなんだけど、文明に溺れて季節を問わず快適な生活を貪っていたせいで、そんなアウトドアの基本も忘れていたとは反省が必要だな。

 だが反省するためには体を温めねばならない。

 この状況で火起こしは面倒なので、カバンから小型のストーブを取り出しあたたまる。

 はあ、あったけえ。

 あったまったところで改めて焚き火を起こし、風上に非常用の大きな防水フィルムをタープのように貼って風を凌ぐ。

 最後に勝つのはやはり文明の力だな。

 まあ酒も抜けきってないし、そもそも眠いし、自力でやっただけでも褒めていただきたい。


 日が昇るまで、まだ三時間以上ある。

 寝直すには添い寝してくれる美人か寝酒が必要なんだけど、前者は珍しく切らしてるので後者でいこう。

 寝てる間に歪んできた手製ベッドに腰掛けて、スキットルのブランデーをぐびりとやる。

 まろやかなのにキュッとくる味でうまい。

 世の中、うまいものだらけだなあ。

 これもまた文明の積み上げてきた成果といえよう

 アルコールがまわってほどよく眠気が押し寄せてきたので、大きなあくびをしてごろりとベッドに横になったら、ガタッとベッドが壊れて崩れ落ちた。

 酷い話もあったもんだ。

 まあ、素人細工だ、致し方あるまい。

 怪我をしなかっただけマシだと思おう。

 とはいえ、二度寝が物理的に不可能になってしまったので、代替案が必要だ。

 火を囲んで歌うという手もあるが、一人でやるのはいささか物寂しい。

 こうしてグダグダ悩んでるうちに夜が明けてくれると助かるんだけど、こういう時に限って時間の流れは遅く感じるものだ。

 時計を見たけど、ベッドが潰れてからまた五分しか経っていない。

 しかたない、近場でキャンプしてる誰かの寝床にお邪魔しに行くか。

 そういえば、リカーソが川の上流にいると言っていたな。

 昨日は遊んでて顔を出せなかったので、今から行こう。

 寝てる気もするけど、夜這いもまた、趣がある。

 日本人の伝統芸と言ってもいいわけで、日本人代表の俺としてやらない選択肢はないのだ。

 などと寝ぼけた頭で考えながら、ランプ片手にふらふらと歩く。

 真っ暗なはずの夜の森は、案外キラキラ光ってて見通しがいい。

 それもそのはずで、梢に滴る夜露が虹色に輝いているのだ。

 どうやら、小さな妖精らしい。

 内なる館で暴れている連中ほど、生き物っぽい形はしてないが、ホタルみたいな光がふわふわと輝いており、顔を近づけると、ぱっと散っては笑い声のようなものがかすかに響く。

 ファンタジーだねえ。

 もう少し観察してやろうと、光の強い藪をかき分けて覗いてみると、中からなにか飛び出してきた。

 驚いて尻餅をつく俺。


「のぞき! えっち!」


 飛び出してきたのは自称妖精大魔王のパルクールだった。

 普段、鼻の穴とかから出てくるので、ちょっと油断したぜ。


「たしかに俺はエッチだが、お前はこんな時間に何やってるんだ? 覗かれて困るようなことか?」

「光ってる」

「なるほど、見たままだな。裏表がなくて清々しい」


 起き上がって尻についた泥を払うと、パラパラと精霊だか精霊だかわからんものが飛び散っていく。

 なんでこんなにいっぱい居るんだろう。

 答えてくれるとは思えんが、一応聞いておこう。


「なあ、なんでこんなに妖精が溢れてるんだ?」

「ごしゅじんさまが、性欲を持て余してるから」

「まじで? そんな理由?」

「そーかなー」

「まあいいか、俺はちょっとリカーソを冷やかしにいくが、ついてくるか?」

「どーかなー、せっかく暇なのにそんな事するのもなー」

「まあいいじゃねえか、そういや、ビジェンは一緒じゃないのか?」

「引っ張れば出てくる」

「ふぬ、このへんかな?」


 おもむろに自分の鼻に指を突っ込んで引っ張ると毛が抜けてくしゃみが止まらなくなった。


「へっくしょい、へーっくしょいっ!」

「あはは、まぬけー」

「うるへー、まったく、くしょいっ、なんでいつもこう、へーっくしょい!」


 しばらくくしゃみを連発して苦しんでいると、いつのまにか、周りで光っていた妖精たちがいなくなっていた。


「あーあ、デリカシーがないから」

「そうかもしれん、悪いことをしたな」

「後悔先に立たず、提灯と槍も先に立たず、転んだら杖を買え」

「お前は何を言ってるんだ?」

「わからん、わからんちんだなあ」

「そうな」

「はい、杖」

「杖?」


 どこからともなくパルクールが杖を取り出し、俺に手渡す。

 相変わらず行動に脈絡がないが、俺の理解力が足りてないだけかもしれない。

 俺ぐらいのできる男であれば、パルクールの奇天烈な言動も理解できてしかるべきじゃなかろうか。

 精進しないとなあ。


「せっかくなので、使わせてもらうよ」


 杖を突きつつ、夜道を歩く。

 かろうじて道と呼べる程度にひらけてはいるが、あちこち根っこも伸びてるし視界は悪いしで実に移動は困難だ。

 まあ、難易度が高いほうが夜這いもはかどる。

 そろそろリカーソのキャンプ地じゃないかと思うんだけど、気配を探ってみても、なんか近くにいるパルクールの気配がでかすぎて、よくわからない。

 従者の気配をなんとなく感じられるとは言え、新人は分かりづらいものだし、そもそも近くに何十人も点在してるとごちゃまぜになって、ぶっちゃけよくわからん。

 仕方ないのでARメガネを掛ける。

 リカーソの位置だけでなく、周りの景色も昼間のように明るく見えるようになった。

 これならもはや迷う心配もないなと勢いよく歩きだしたら、浮き石を踏んづけてコケかけた。

 杖がなかったらやばかったぜ。

 パルクールになにか突っ込まれるのではないかと警戒したが、どうやらパルクールはふわふわと飛び回るのに夢中のようだ。

 気を取り直して先に進むと、リカーソの寝床についた……のだが、なんとも言い難い寝床だな。

 森の中にある大岩に小さなくぼみがあり、そこで座禅を組んで座っていたのだ。

 達磨大師じゃないんだから、もうちょっとマシなやり方はないのかね。

 目はうつろに半開きのまま、起きているのか寝ているのかも分からないが、とりあえず声をかけてみようとメガネを外してよく見ると、リカーソの体はわずかに青白く光っていた。

 覚醒ってやつかな?

 話しかけたが返事はない。

 トランス状態ってかんじだ。

 塔の守り人の修行なんだろうか。

 仕方ないので、リカーソの姿が見える場所に携帯型の椅子を取り出し、見守ることにする。

 さっきの酒が残ってるので、これでも飲みながら待ってれば、そのうち起きるだろう。

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