第471話 キャンプ飯
昼飯にするのはいいが、さすがに座る場所ぐらい欲しいな、ということで近くの立派な倒木から丸太を切り出して椅子にしてみた。
とはいえ、俺のへっぴり腰でこんな太い丸太など切れるはずもなく、ちょっとインチキして腰にぶら下げた護身用のビームサーベルでちょんと切断した。
切ったあとに転がして運ぶだけでも一苦労で、ひぃひぃ汗を拭っていたら、いつの間にかエセ幼女のオラクロンが立っていた。
「古代技術は使わないのでは?」
「極力使わないだけで多少は使うんだよ」
「線引が甘いですね、そんなことでリカーソに道を示せるのですか?」
「自然の厳しさと対話する中で、人の生み出した技術の素晴らしさを見直そうというのが今回のイベントの趣旨であり、まさに今、最大の困難に直面し、解決したと言っていいだろう」
「まあ、ご主人様はそれで良いでしょうが……、そろそろ音を上げたのではないかと様子を見に来たのですが、まだ余裕がありそうですね」
「当然だろう、ところで当のリカーソはどうした?」
俺の問には答えず、少し逡巡するふりをしてから、
「ご自分でご覧になっては? この川沿いに三百メートルほどのぼったところにいますよ」
「ふむ、まあ先に飯だな。お前も食うか?」
「いただきましょう」
転がしてきた丸太を更に切断して、椅子を二つつくる。
あとで薪割り台にでも転用しよう。
カバンの中からアルミホイルのようなものでくるんだおにぎりを取り出す。
焼き鮭をまんべんなく混ぜ込んだやつだ。
コンビニおにぎりみたいに真ん中に具が入ってるやつは、食べにくいんだよな。
天むすぐらい開き直って具をアピールしてくるとそれはそれでいいかもしれんが、やはりこうしてまんべんなく混ぜ込んであるほうがうまい。
湿気って柔らかくなった海苔も最高にいけてる。
うまいなあ。
俺がじっくりと味わう横で、オラクロンは満足したのかどうかわからない無表情な顔でぺろりと平らげた。
「ごちそうさまでした。そういえば、ピューパーが第三の試練が終わったらファーマクロンのところに連れて行けとせがんでおりましたが、よろしいのですか?」
「いいんじゃないか? あっちは順調か?」
「今のところは。ご主人様のお手を煩わすような問題は生じておりませんね」
「俺にできるのは夜泣きしてる美人をベッドで慰めることだけだから、そういう時だけ呼んでくれ」
「かしこまりました。では私はキャンプに戻ります。寂しくなったらご指名を」
などと小生意気なことを言ってエセ幼女は去っていった。
飯を食べ終わった俺は、再び小屋作りを再開する。
といってもまだ骨組みしかできてないんだよな。
しかも、昼飯を食って眠くなったときている。
前途多難だ。
誰か助っ人を頼もうかな。
いやしかし、いきなり白旗を揚げるのもいかがなものか、元々ない俺の貫禄がマイナスになってしまうぞ。
とりあえず木を集めよう。
数を集めて雑にくくりつければ勝手にできあがるだろう。
気を取り直して二時間ほどかけて大量に細めの丸木を集めてきた。
そいつを筏風につなぎ合わせて壁と天井用に二面作成し、雑に設置するとなにか小屋っぽいものが完成した。
風上に壁ができるだけで、十分寝床として機能するだろう。
いや、まだか、ベッドを作らんと土の上に寝ることになってしまう。
これは太めの丸太を脚にして壁と同じく組んだ材木でベンチサイズのものを作った。
壁と違って寝心地が悪くならないようにまっすぐで太さの揃った木を探していたらおもったより時間がかかってしまい、すでに時刻は六時だ。
すなわち森の中だとほぼ真っ暗だと言っていい。
あわてて余った枝などを薪にして火を起こす。
毛布を敷き詰めた特製ベッドに腰を下ろして火を眺めていると、急に気が抜けて、自分が何をやっているのかわからなくなってきた。
もっとも、昔から行き当たりばったりの人生だ、これぐらいのほうが自然かもしれんなあ。
納得したら、腹が減った。
飯だ飯、いやその前に汗だくなのでちょっと体を拭うか。
すでに周りは真っ暗で、焚き火の届かないところは歩くこともままならない。
荷物の中からランタンとバケツを取り出し、小川に向かう。
川まで来ると、木が途切れているせいか、月明かりで多少は視界がひらける。
冷たい水で顔を洗い、バケツに水を汲んで顔を起こすと、雲が出たのか月が隠れて視界が暗くなる。
その闇の向こうに、何かが居た。
静かに流れる水面の中ほど。
暗い闇が川底から染み出したような、真っ黒いその塊の中央で、赤い目玉が二つ、揺れている。
だが、不思議と恐怖はない。
なぜなら、それがもはや俺に危害を及ぼすものではないと、わかっているからだ。
なぜわかったのかと聞かれても、俺にもさっぱりわからんが、理解できなくてもわかることぐらい、世の中にはあるのだ。
だから、いつもナンパするときのように、軽薄に声をかけてみた。
「どうした、迷子かい、お嬢さん」
(……声、コエガ……聞コエナイ)
「声とは?」
(……帰レナイ、ドコニ、帰レ……ノカ)
「帰るところがなければ、ここに居ればいい」
(ソレハ、モハヤ……失ワレ……)
不意に雲が切れ、月明かりが差すと、暗い闇のような何かは消えていた。
気がつけばぐっしょりと汗に濡れていたが、美人を前にして緊張していたのだと思おう。
俺もシャイだからな。
それにしても、なんだろうな、今のは。
どことなく、従者になる前のプールのことを思い出す。
よくわからんけど、あの時のプールは、何らかの理由で存在が曖昧になって消えかけていたような感じだった。
今の美人、まあ美人じゃなくてもいいんだけど、今の彼女もそういった儚さを感じた。
アヌマールに感じていたような、言いようもない恐怖感は、微塵も感じなかったのだ。
つまりどういうことかというと、
「ナンパのしがいがある、ということでしょう」
振り返ると、ストームとセプテンバーグの幼女女神が、ふわふわと宙に浮かんでいた。
俺の心の声にツッコミを入れるとは、さすがは女神だけのことはある。
「まあね、勝率はどれぐらいだと思う?」
「ご主人様は、大事なところでポカをしますからね、予想はしないでおきましょう」
セプテンバーグがあらぬ方を見ながら答える。
「日和見は、俺の専売特許だと思っていたが」
「従者は主人に似るものですからね」
「らしいな」
「ところで、そろそろお腹が空いたのですが、夕飯の支度はまだですか?」
「そういや、腹が減ってたんだった。今から飯にするが、お前らも食ってくか?」
「ぜひ、よばれるとしましょう」
キャンプに戻ると、おもったより時間が経っていたのか焚き火が消えかけていたので、慌てて火をおこし直す。
さて、飯だ。
キャンプ飯といえば、肉だよな。
ハイテク保冷パックにくるまれた、凄いステーキ肉をとりだす。
どれぐらいハイテクかというと、ボタンひとつで常温に戻るのだ。
このまま低温調理もできたりするんだけど、今日のところは無骨に焼く。
すでに余計な脂はカットされて、筋も切られているので、このまま焼くだけだ。
ちょっと重いスキレットを取り出し、雑に火の上に乗せる。
十分に鉄板が温まったら、ちょっとだけ塩をまぶして肉を乗せる。
じゅわっといい音がする、確実にうまいな、これは。
向きを変えながら表面に焼き目をつけ終えたら、少し火から離してじっくり焼き上げる。
その間に酒かな。
今日はワインにしよう。
見た目は完璧なクリスタルガラスなのに、樹脂のように頑丈なアウトドアに都合の良いワイングラスを取り出し、分子レベルで状態を管理して完璧に開かせてあるワインをボトルから注ぐと、たちまち花のような香りが立ち込める。
自然の中にいると、文明の力が引き立つなあ。
どこからともなくマイグラスを取り出した幼女二人にも注いでやって、乾杯する。
「若い。鮮烈な香りですね、ご主人様も若さの魅力にはかなわないと見えますわ」
生意気なことを言いながらワインを口に含んだストームは、たちまち顔をしかめる。
「渋い。どうも体の調整がうまく言ってないようですね。アルコールの刺激が強すぎますわね」
そう言ってクルクルとスワリングすると、ワインがふわっとひかり、モヤのようなものが立ち上っては消えていった。
そうしてまだ光の残るワインをあらためて口にする。
「うーん、テイスティ」
満足そうにうなずくストームの横で、呆れた顔のセプテンバーグが、
「なにがテイスティですか、アルコールを抜いたら、ただのぶどうジュースでしょう」
などと言いつつ、口をつけたところ、ストームと同じ顔をして、同じように不思議パワーでアルコールを抜いていた。
双子だなあ。
おっと、そろそろ肉を寝かせないとな。
火からおろして、そのまま放置する。
ホイルでくるむとかしてもいいんだけど、鋳物の保温力に期待しよう。
フレッシュなワインをグビグビ飲んで、じっと待つ。
空を見上げると、生い茂る葉っぱの向こうに、星がきらめいていた。
星っていっぱいあるよなあ。
そういや、先日は宇宙にも行ったんだっけ。
宇宙はいいものだ。
今度また行こう。
そういや、フルンたちも連れてってやらんとな。
ボトル一本分のワインを開けたところで、肉が完成したようだ。
再びスキレットを火にかけて温め直し、ナイフで男らしく肉を切り分ける。
表面はこんがり、中はほんのりピンクの最高な焼き上がりだ。
大自然に囲まれて肉と酒。
これこそキャンプの醍醐味だよな。
だがこうして満喫できるのも、俺が能天気の極みで、日常の些事に惑わされない人格者だからだといえよう。
だからといって、そうじゃない人間を啓発したり導いたりできるわけじゃないんだけど、どうしたもんかな。
まあいいや、せっかくのステーキを堪能しよう。
「ステーキというのはこの上なく攻撃的な味ですわね」
とストーム。
「そうかな?」
「ええ、切って焼く、およそもっとも原始的な料理と言えるこの形のまま、一つの頂点まで上り詰めた食事と言ってもいいでしょう。その姿は、どこまでも他の料理に対して威圧的ではありませんか」
「どうした、筋が硬かったのか?」
「いえ、少々生焼けで、噛み切るのが難しいのです」
「ちょっとレアだったかな、俺のところはほどよく焼けてるんだが、肉が分厚いと火加減がむずかしいよな」
「そのようですね、まあ、せっかく主人が手づから振る舞ってくれたのですから、文句を言わずにいただきますが」
「いまのは文句じゃなかったのか」
「受け取る側の認識についてまで責任は持てません。ですが、やはり少々生臭さが……胡椒を頂きたいのですが」
「注文が多いなあ、フルンなんて皮ごと焼いたイノシシでも喜んで食ってくれるのに」
「フルンほどの純朴な乙女でも、私ぐらい年を取ればシニカルになるものです」
「前に大人になったフルンと会ったけど、今と変わってなかったぞ、スタイルはとんでもなかったけど」
「……まあ、極稀にそういう奇跡的な人格者もいることでしょう。ご主人様のようなエセ人格者とは大違いですね」
「そうやってすぐ自分のことを棚に上げるのは誰に似たんだろうな?」
「さあ」
ストームが己の性格の微妙さをひがんでいる間も、セプテンバーグは黙々と肉を噛み締めていた。
やはり噛み切るのが難しいようだ。
しかし、外見と同じぐらい性格も似てるようで居て、違うところもあるんだけど、違いを出そうとしてあえて差別化していってる気もするので、やはり似たもの姉妹なんだろう。
どうにか食べ終えた二人は手を合わせて、ごちそうさまとハモる。
ストームは立ち上がって俺を一瞥すると、
「ごちそうさまでした、私たちはそろそろ戻って休みます。何かあったらカラム1が飛んでくるでしょう」
「カラム1って、南極大人のことか」
「そうです」
「そうかあ、もうそんなにデレてたのか、ちょろいな」
「ご主人様に惹かれてしまうようなおっちょこちょいであれば、ちょろくないわけがないのですよ。それでは、おやすみなさい」
そう言って二人はふわりと消えた。
やかましいのが居なくなると、途端に森の静寂さが襲ってくる。
だけど落ち着いて目の前の火をいじればパチパチと爆ぜる音はやかましいし、耳をすませば森のあちこちから葉ずれの音はやまないし、聞いたことのない鳥の鳴き声も案外やかましい。
これこそ、キャンプの夜だなあ。
おそらくは今も一人で悩んでいるであろうリカーソには悪いが、今はキャンプを堪能させてもらおう。
となると、もっとアルコールがいるな。
カバンの中にはまだまだ酒のボトルが入っている。
あとは少しの孤独をアテに、いくらでも飲めそうな夜だ。
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