第470話 藪から棒
「ただ今より、第一回ブッシュクラフトキャンプ・イベントを開催したいと思います。手すきの方は、奮ってご参加ください。なお本日の試練は中止です。明日以降の予定は追って連絡します」
早朝のキャンプに謎の放送が流れる。
大半は聞き流していたようだが、興味を持った連中がぞろぞろと集まってきた。
集まったところで、掃除をしていたリカーソを呼び出す。
「あの、この集まりは一体」
ノコや斧、その他いろんな道具を担いだ集団にいきなり呼び出されて混乱するリカーソ。
毎日の祈祷に使う祭壇の掃除をしていたようだが、心にわだかまりを抱えたまま祈りを捧げても効果はあるまい。
まずは、彼女にとって居心地の良い場所を提供することが、主人の役目だといえよう。
「急に思い立って、今日から森に住むことになったので誘いに来たんだ」
「森に住むとは……もしや私のことで」
初対面のときとは違った意味で少しやつれているリカーソは、申し訳無さそうな顔で、そう尋ねる。
「まあ、それもない訳では無いが……、森で小屋とか作って暮らすの、楽しそうじゃん」
「はぁ」
混乱気味のリカーソをほっといて、さっそく近場の森に繰り出すことにした。
現在のキャンプ地は海に面した小高い丘に生い茂る森の中にある。
ここはかつてシーナ村の連中が木を切り出したりしてたらしいが、街が大きくなると、よそから船で運んできた資材を使うようになり、荒れ果てていたとか。
その中で比較的開けていて水源もあり、塔にも近いこの場所を整備して紳士向けのキャンプ地にしたそうだ。
うちに関して言えば、砂漠や雪原であっても快適なキャンプを設置できるけど、よその連中はそうでもないわけで、試練を事実上運営している神殿の連中も苦労してそうだな。
まあ、そんなわけで周辺の森はちょっとぐらい切り開いて小屋の一つや二つ立てても差し支えないだろう。
問題があれば、古代技術パワーで原状回復できるだろうし。
参加者は二十人ぐらいだろうか、騎士組と年少組が中心っぽい。
条件はあまりないんだけど、古代文明のハイテク装置は極力使わず、資材も人力で持ち運べる範囲を目安に、水や食料だけはキャンプから持ち込んでも良いことにする。
概要を聞いて、それぞれ数人ずつチームをくんだり、ソロで参加するようだ。
俺も最初はリカーソとくもうかと思ったんだけど、考えを改めて、ソロでやることにする。
理由は色々あるが、要領の悪い俺が誰かと組むと、全部丸投げすることになりそうなのと、なによりリカーソはたぶん落ち着くまでしばらく森で暮らすようにしてやりたいが、俺はすぐに飽きそうだから、というのが大きい。
己をよく知る物の考え方だといえよう。
装備は以前黒頭探索で使ったものを流用する感じで、手斧、折りたたみの鋸、ナイフ、ロープ、ランプ、毛布、火種と言ったところだ。
荷物を担いで、ブラブラと森の中を歩く。
まったく人が通らないわけではないので、比較的歩きやすい場所もある。
キャンプ向けの森だといえよう。
森を縦断するように流れる小川の辺に少し開けた場所があった。
見た感じ、雨で増水しても大丈夫そうだったので、大きな木の横でキャンプすることにする。
地面が湿っているのは、時折やってくる霧のせいだろう。
あまりひどいとキャンプどころではないが、天気予報によれば、数日は大丈夫らしい。
間接的にでも文明に依存していると先が思いやられるが、まあどうせ俺のやることだしな、適当でいいんだよ。
方向性としては小屋っぽいものを作りたい。
どうせすぐに飽きるだろうけど、ある程度長期滞在できるような方向が良いだろう。
とにかく、床に直接寝ることができないので、屋根と床が必要か。
南の海側から風が吹いてるので、そちらだけでも壁を作りたい。
今日中に完成しなくても、毛布とロープがあれば夜露はしのげるし、適当に行こう。
方針が決まったところで、資材集めだ。
あたりをうろついて、運べそうな倒木などをかき集める。
枝を手斧で切り落とし、その中で特に腐っておらずまっすぐなものを四本、柱として選ぶ。
小屋の高さは中腰で入れるぐらいでいいだろう。
立って入れる高さにすると、作るのが大変だからな。
一人用の小型テントを目安に地面に穴をほり、柱を立てて、骨組みを組む。
グラグラして頼りないんだけど、梁になる横材をロープで固定していくと、案外頑丈な枠組みになる。
あとは壁と屋根なんだけど……、どうしたもんか。
とりあえず、垂木と間柱になる柱を用意して、大きな葉っぱか、土壁にしよう。
なんか材料になるもんを探しに行くか。
近くで誰かがワイワイやってる気配は感じるんだけど、それなりに木が茂っていて、藪もあって直接は見えない。
気にせずウロウロするが、思ったよりいいものが見つからないな。
こういう時は他の連中のやり方でも見て参考にしよう。
ひとまず一番にぎやかな方向に向かうと、開けた場所でフルンたち年少組が走り回っていた。
いやまあ、ちゃんと小屋のようなものを作ってるんだけど、よく見るとてんでバラバラだ。
最初に目についたのは青白い氷の箱で、ドラゴン族のホロア、オーレが作ったものだ。
暑がりで氷魔法を好む彼女らしい、氷の城といえよう。
「あ、ご主人、みてみて、すばらしい氷の家、クール」
「うむ、実にお前の個性が感じられる立派な家だな」
「さいこう、最初からこれにすればよかった、普通の家、あつすぎ」
そう言って氷の床に頬ずりしている。
見てるだけで冷えてきたので隣を覗くと、こちらは遊牧民のパオのミニチュアみたいなテントだった。
中央にポールを一本立てて円錐状にロープを何本か張り、それを防水の毛布でくるんでいる。
簡単な作りだが、本格的だな。
作ったのは元遊牧民のウクレだ。
「どうですか、ご主人様。子供の頃、狩りで何日も旅をする時は、こういう簡易の天幕を張ってたんです」
「なるほど、本場の頼もしさがあるな」
「ご主人様はお一人で?」
「そうなんだ、ちょっと行き詰まってたんだけど、この毛布を天幕にするのはいいな」
「でも、故郷の高原と違って、ここは湿度が高いので、あまり向いてないかも。様子を見てみないと」
「ははあ、そういう問題もあるか」
ついで広場の中央に陣取ってるフルンたちの様子を見ると、こちらは泥だらけになって粘土をこねていた。
聞けばレンガを作るらしい。
本格的だな。
「家といえばレンガ! レンガ焼く」
そう言ってフルンが手で雑に成形した粘土を大きな葉っぱの上に並べている。
すでに百個ぐらいは作ってある。
そのとなりでは、エットが同じく粘土で竈を作っていた。
「レンガいっぱいつくる、昔やってた。レンガ釜のじいちゃんはいい人だった」
「レンガを焼くのって何日もかからないか?」
「うーん、二日ぐらい。すぐできる!」
端のほうでは、クメトスとスィーダの師弟コンビがひたすら石を積み上げていた。
どこから集めてきたのか、スイカぐらいのサイズの石をクメトスがひょいひょいと積み上げ、スィーダが隙間に泥を塗り込んでいる。
枯れ草などが泥に練り込んであって、それっぽい。
「なかなか本格的じゃないか」
作業中のクメトスに話しかけると、手を止めてほんのり汗ばんだ額を拭う。
「工兵の術は騎士に欠かせぬものですが、よい機会なのでスィーダにも見せておこうかと」
「そういや、エツレヤアンに住んでた頃は、オルエンがいつも大工仕事をしてくれてたな。今はカプルが全部仕切ってくれるけど」
「騎士には欠かせぬ能力ですよ。もっとも赤竜などは大所帯なので、専門の工兵部隊を抱えていますが、白象の場合はすべて自分でやるしかありませんから」
そこに手押し車いっぱいに石を積んだエーメスが戻ってきた。
「おや、ご主人様。もう支度を終えたのですか?」
「まさか、これから頑張るのさ。その前に視察にね」
「それはお疲れ様です。しかし気を抜くとあっという間に日が暮れますよ」
「そりゃそうだ」
サボりは打ち止めにして、自分の小屋に戻ろうとするが、道に迷ってしまった。
しばらくうろついていると、どこからかガーレイオンの叫ぶ声が聞こえる。
「すごい! でっかい!」
「きゃーっ、虫! 虫!」
「ちょっと、こっちに持ってこないでください」
「なんで! かっこいい! フルンにも見せてこよう」
「あ、ちょっと、この穴はどうするんですか!」
なにか楽しそうにやってるが、まあ邪魔しないでおこう。
更に森の中をさまようと、突然頭上から声がかかる。
「あれ、クリュウさん、だれか探してるの?」
見上げると大きな木の上に、小さな足場ができている。
そこから顔を出しているのは猫娘のピビちゃんだ。
「おお、ツリーハウスか、立派なもんだな」
「まだ、足場だけで、これから屋根もつくるんだけど、夜には間に合うかな?」
「そりゃすごい」
ピビちゃんは木の幹につかまると、するすると降りてきた。
「故郷でもこんな家だったのかい?」
「ううん、集落は森のはずれだから、普通のレンガの家。でも、森の中に狩り小屋を作る時は、こういうのが多かったの。ここはすぐ霧が出るっていうから、地面だと過ごしづらいだろうなあとおもって」
「たしかに」
「それより、これってどういう催しなの? なんとなくいつもの癖で一人で作り始めちゃったけど、フルンたちを手伝ったほうが良かったのかな?」
「いやあ、うちは適当な思いつきで好き勝手やるんで、一人でのんびり過ごすのもいいし、手伝いに行って騒ぐのもいいし」
「ふうん、都の偉い人とかってもっと堅苦しい生活してると思ってたけど、紳士様はそうじゃないのね」
「俺ぐらい偉くなると、偉いふりをしなくても良くなるのさ」
「貴族や金持ちは権威ぶってる人ほどつけいりやすいってオバサンが言ってたけど、クリュウさんはむずかしそう」
「俺なんて隙だらけでどこをつついてもぼろが出るけどな。実際、今も道に迷ってさまよってたんだ」
「あはは、そうなんだ。クリュウさんの小屋は川沿いのアレでしょ、そこを戻って右の細い獣道を……って案内してあげる。どうせ木と蔓を集めに行くところだし」
「そりゃあ助かる」
ピビちゃんはすでに森の中を把握済みのようで、歩きながらも、どこに誰がいるのかを教えてくれた。
盗賊の血筋だけあって、斥候スキルが高いなあ。
どうにか自分の小屋予定地に戻った俺は、再び作業を開始する。
とまあ、その前に昼飯かな。
用意してきた握り飯でもたべよう。
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