第469話 第三の試練 その三

 大洋に面した崖の一部がポッカリと削り取られたような小さな入江は、周りを木々に囲まれた砂浜になっており、ちょっとエキゾチックなプライベートビーチって感じだ。

 崖の崩れたところをつたって砂浜まで降りていくと、朽ちかけた丸太小屋の横に、焚き火の跡がある。

 燃えカスの感じからしても、つい最近のものだろう。

 見れば小屋の脇に、薪が積んであったので、誰かが使っているものと見える。


「こっちには服が何人分か、かけてあるわね。海女さんが使ってるんじゃないかしら」


 エディの言うとおり、軒下に女物の肌着が無造作に引っ掛けてあった。

 ここは噂の人魚ちゃんたちが使う海女小屋なんだろうか。

 つまり、ここで待っていれば人魚ちゃんとお近づきに?

 と期待に胸を膨らませた瞬間、海の方から水音とともに声が聞こえる。


「おんや、誰か居なさるのかね?」


 少々干からびた声のする方に目をやると、だいぶ干からびたおばあちゃんが、シワシワの乳を揺らしながら、のそのそと海から上がってきた。

 くそう、どうせこういうオチだと思ってたんだ。

 失礼にならない程度に見てみると、上半身は老いてなお筋肉が盛り上がり、たくましい。

 でも、おっぱいは伸び切ってたれてるな。

 下半身は黒光りするナマズのような感じで、上半身の二倍ぐらいの長さがあり、ズルズルと砂の上を這い寄ってきた。


「こんにちは、奥さん。ちょっと散歩の途中に迷い込んでしまってね」


 俺が爽やかに答えると、ばあさんは俺たち二人をじろりと見てニヤリと笑う。


「ここの入江は逢引にはうってつけだが、二本脚向けじゃないね」

「そのようで」

「あんた、見かけはやわだが冒険者だろう、こんなところで遊んでていいのかい?」

「仕事は午前中だけですよ」

「なら、わたしらと同じだねえ」


 人魚の老婆は、小屋までズルズルと進むと、かけてあったタオルを手に取る。


「どれ、若いもんが上がってくる前に、火を起こさないとね。あんた、ちょいと手伝っとくれよ」

「そりゃあもう、喜んで」


 言われるままに薪をくべて火を起こす。

 といっても、半分以上はエディが運んで、火も魔法で付けたのだが。


「いいねえ、わたしも若い頃は魔法で火ぐらい起こせたんだけどね、この年になるとめっきり枯れちまって」


 魔力って加齢で衰えるのか。

 一瞬デュースの顔が浮かんだが、爽やかにスルーする。

 焚き火はたちまち燃え上がり、バチバチと爆ぜる音が入江に響く。

 やがて、海からぞろぞろと海女人魚が上がってきた。

 たしかに眼の前の老婆と比べれば若いだろうが、平均年齢六十歳ぐらいのベテラン集団だ。


「あらやだ、どこの色男さん?」

「すっぴんで、はずかしいわ」


 などと言ってはしゃぐところなど実にオバサンが極まってるが、両手いっぱいに海の幸を抱えていて、ごちそうしてくれることになった。

 聞けば、市場に卸す分とは別に、こうして自分たちの分を取っているのだとか。


「こういう形の悪い貝は、最近じゃ売れなくてねえ。これなんかも身が詰まってうまいんだけど、ほら、食ってみな」


 そう言って手渡された巨大な牡蠣を頬張ると、最高にミルキーでうまい。


「今年の牡蠣も、もう終わりだよ。たんと食っときな」


 きっぷのいいおばさんがそう言って笑う。

 むっちりした肌に薄い肌着一枚羽織っただけで、髪などは濡れたままで、若い頃はさぞ美人だっただろうなあ。

 若い人魚も拝みたいものだ。

 それはそれとして、酒が飲みたいな。

 そういや、散歩の途中で飲もうと、カバンに酒が入ってた気がする。

 担いでいたボディバッグを漁ると、ちょうど牡蠣に合いそうな魔界仕込の酒があった。

 ハイテク水筒に詰めてあるので、ボタンひとつでぬる燗になる。

 同じく持ってきていた紙コップについでみなに振る舞うと、五合ほどの酒が一瞬でなくなってしまった。


「かわった酒だねえ、へえ、魔界の酒かい。本土の方じゃ、そういうのがあるのかい。時代もかわったねえ」


 酒が進むうちに、熟女連中もますます饒舌になる。


「私の婆さんの、そのまた婆さんの頃に神殿の工事がはじまってね。人も増えるから、養殖の手を広げるってんで、私らみたいなもんが移り住んできたのさ。私がうまれた頃にはもう立派なもんだったが、それでも街はまだ漁村のままだったのに、今じゃ陸の人間で漁をやるもんもへってきちまって」

「あの試練ってのもねえ、紳士様がやる分にはいいんだろうけど、急に冒険者が増えちまったせいで、街の若い子なんかが悪いのに引っかかっちまって」

「あんたは、人は良さそうだが女好きする顔だねえ、そっちの美人さんも、苦労するだろう」

「私らみたいなキハイカに手を出すようなもの好きは、さすがに居ないようだけどね」


 などと色々情報を得ることができた。

 まあ、ナンパに繋がる情報以外は役に立たないんだけど、旨い牡蠣も食えたので良しとしよう。


「さて、温まったし私らはそろそろ行くよ。あんたらも、次は市場の方を覗いとくれよ。若い子もいるからさ」


 そういって熟女人魚集団は海に戻っていった。

 ああして海の底で冷え切った体をここで一度温めてから、家に帰るらしい。

 まっすぐ帰ればいい気もするが、まあ現場の人間にしかわからない理由があるんだろう。

 俺たちもデートを切り上げて、キャンプに戻ることにした。


 戻ってみると、キャンプでは皆が思い思いに過ごしている。

 午後は特にやることもないしな。

 エディはさっきのデートで満足したのか、仕事に行ってしまったので、次の遊び相手を探していると、牛娘幼女のピューパーが仲間を率いてやってきた。


「ご主人さま、パマラはいつ帰ってくるの?」

「どうだろうな、久しぶりに故郷の友達なんかとも会えたし、もうしばらくはいるんじゃないか?」

「ほんとに? ちゃんと戻ってくる?」

「大丈夫さ」

「むしろ、パマラのお友達のところに、こっちからごあいさつに行くべきだと思う!」

「なるほど、それは良いアイデアだが、向こうもしばらくは忙しいだろうしなあ」

「あと、ファーマクロン! ファーマクロンに会ったことない! いつもお野菜いっぱい送ってくるのに! スポックロンがおっぱいでかいって言ってたから、見極める必要がある、モゥズとして!」

「なるほど、そういや、せっかくあいつも体を作ったのに、まだみんなと挨拶してないな。今の試練が一段落付いたあたりで遊びに行くか、そんなに遠いわけじゃないし」

「うん、それがいい!」


 ピューパーはそれで納得したのか、引き下がっていった。

 撫子やメーナ、クントらを引き連れて歩くさまは、未来の女帝っぽさを感じるな。

 一方、ガキ大将の風格があるフルンなどは、キャンプ地の外れで、剣の修業に勤しんでいた。

 声をかけると、手を止めて嬉しそうに寄ってくる。


「ご主人さま、お散歩じゃなかったの?」

「もうして来たよ、海が綺麗だったな」

「うん、探索が休みの日に泳ぎに行こうって、みんなで言ってたとこ」

「そりゃいいな。それで、調子はどうだ?」

「私は絶好調! ウクレやオーレも大丈夫だし、エットも今日はギアントを仕留めた!」

「そりゃ凄い、褒めてやらんと」


 エットの姿を探すが見当たらない。

 いつもフルンにべったりくっついてるのにな。


「さっき、アンに呼ばれてた。なにか手伝い」

「ふうん。じゃあ、それ以外はどうだ」

「ガーレイオンとの連携はダメダメ」

「だめか」

「ガーレイオン、今までずっと一人の戦い方しか知らなかったから、手伝うのが難しい。とくにリィコォが困ってる。リィコォもすごく強いけど、実戦経験がほとんどないから、ここみたいに敵が強くて正攻法で攻めてくると、全然連携できてない」

「なるほど」

「怪我する前に対策したほうがいいと思うけど、いいアドバイスが思いつかない。ご主人さまならどうする?」

「そうだなあ、ガーレイオンもリィコォも基本の力は十分にあるから、ようは経験が足りないんだよな」

「うん」

「手っ取り早く経験を補うには、ベテランの戦い方を近くで見て覚えるのが一番だろう」

「そう思う!」

「となると、レーンを中心にバランスのいいパーティをひとつ組んで、見本になってもらうかなあ」

「それはいい考えだと思う!」

「それはそうと、当のガーレイオンはどうしたんだ?」

「ラティがおやつ作ってるから味見しにいった」

「ふうん」


 ラティとはガーレイオンが二人目の従者にすべく南方から連れてきたプリモァハーフの娘だ。

 相性はいいのだが、おっぱい好きの男装少女というガーレイオンの従者になることに、まだためらいがあるようだ。

 ちなみに姉のハッティは俺と相性が良かったので、即決で従者になってくれた。

 このあたりに、師匠としての貫禄があるといえよう。


「それでラティちゃんはどうだ?」

「うーん、なんで契約しないのかわからないぐらい、べったりしてる」

「そうかあ」


 それはそれで、だらだら同棲した挙げ句に結婚の機会を逃して別れたカップルみたいにならなきゃいいけど。

 などと噂話好きのオバサンみたいな心配をしてしまったのは、さっきの熟女軍団の影響もあるのだろうか。

 俺の心配を他所に、ガーレイオンがラティやリィコォとともに戻ってきた。


「あ、師匠もたべる? このフィ、フィ、フィ……」

「フィナンシェですよ」


 リィコォに突っ込まれて言い直すガーレイオン。


「そう! フィナンシェ、これふわふわで美味しい。ラティ、料理できて凄い!」


 直球で褒められて少し照れたラティちゃんから、お菓子を受け取る。

 フィナンシェというと、角張ったイメージなんだけど、このフィナンシェは円柱状だった。

 でも脳内翻訳された名前が同じということは、これもだいたい俺の知ってるフィナンシェと同じはずだ。

 たしかアーモンドの粉を使うんだよな。


「どれどれ、ほほう、こりゃうまいな。しっとりした歯ごたえがなんとも。アーモンドが効いてるのかな、ほどよく香ばしくてうまい」

「そうです、故郷だと別のナッツをつかうんで、アーモンドプードルははじめてだったんですけど、うまく焼けたみたい」

「はじめての材料だと、難しいだろう」

「エメオさんがいろいろ教えてくれたので、どうにか。オーブンも使いやすくて」


 と喜ぶラティちゃん。

 自分は戦闘も商売もできないと謙遜していたラティちゃんだが、育ちが良いせいか教養もあるし、料理に限らず社交術も高い。

 これからガーレイオンが身を立てる上で必要な能力を持ち合わせていると言える。


 みんなで焼きたてのお菓子をわいわい食べていると、エットが戻ってきた。

 南方からのゲストである、猫娘のピビちゃんも一緒だ。

 盗賊見習い的なピビちゃんは、今のところキャンプ地の一角にあるゲスト用コテージで寝起きしている。

 彼女の扱いはエレンに任せてるんだけど、どうするんだろうな。

 一緒になってお菓子を食べ始めたエットに、何の用事で呼び出されたのか、それとなく尋ねると、どうやらリカーソのことらしい。


「なんか、リカーソが外で暮らしたいそうだから、あたしたちのテントにすればって言ったんだけど、テントも立派すぎてあんまりよくないみたいで、森で暮らすのってどうするのかって聞かれたけど、あたしは砂漠の方だったから、ピビのほうが詳しいって話になって、それでえーと、もぐもぐ」


 食べるのに忙しくて、話がまとまらないが、どうやらヒッピー系巫女のリカーソは、こちらの生活に馴染めなくて森の中で暮らしたいらしい。

 枕が変わると眠れないという話はよく聞くが、うちに来る人間はだいたい神経が極太なのばかりだったので、従者として受け入れた後に問題が発生するのは珍しいな。

 たぶん、アンも持て余してるんだろう。

 すなわち、俺の出番だな。


「よし、じゃあ、みんなで森に住むか!」

「ほんと! それ楽しそう!」


 俺の唐突な宣言に、フルンたちは大喜びで答える。

 急に何言ってるんだという顔をしているものもいないではないが、細かいことはやってから考えよう。

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