第468話 第三の試練 その二

 第三の塔攻略の二日目。

 人魚見学に行きたい気持ちが溢れて、二日目にして攻略がおざなりになってる気がするが、元々俺は立ってるだけであることが多いので、平常運転だと言えなくもない。

 それでも同行しているミラーが冒険の記録を取ってるので、一応体裁のようなものを保つ必要がある。

 取ってるというか、俺が記録してくれと頼んだらしいんだけど、正直あんまり覚えてない。

 後で本でも出そうと思ったのだろうか、俺も行き当たりばったりだからなあ。

 それに限らず、大演出家エッシャルバンの弟子リーナルちゃんも、試練の記録を取るために同行してるわけだし、話のネタを提供するのも義務だといえよう。

 まあ、南方で十分羽根を伸ばしてきたことだし、少しは頑張ろうかなと言うところだ。


 ここも他の塔同様、階段手前にはちょっとしたリドルがあり、そこで多くの冒険者が引っかかるので上階に進むほど密度は下がってくる。

 とはいえ、俺たちが今いる二階は、まだ十分混み合っていた。


「それでハニー、デールじゃずいぶんと活躍したそうじゃない」


 今朝仕事から戻ってそのまま試練に同行したパツキンむちむち女騎士にしてマイダーリンであるところのエディに、南方の土産話をしていたのだが、彼女もレルル同様、俺が何人ゲットするかの賭けに負けたらしい。


「そりゃあ、俺が本気を出せば、チョチョイのちょいってね」

「さっき挨拶したけど、リエヒアはずいぶん若いのね、正式な輿入れは、試練のあとなんでしょう?」

「まあそうなるな」


 少し前を行くフューエルのチームに入っている温泉令嬢リエヒアに目をやる。

 彼女はドラマーのペルンジャと同じ古代種のルジャ族で、血の契約を交わしているのだが、南方では名のある貴族なので、妻として迎えることになっている。

 妻と言ってもエディなんかもまだ内輪の話で、世間的には婚約者扱いだ。

 貴族の結婚はあれこれ大変らしいし、これが外国の貴族となるとますます大変だ。


「近いうちに、先方に人をやらないといけないわね。といっても、そういう用事に飛行機を使うわけにもいかないし、やり取りだけで、何ヶ月もかかるのよねえ」


 そういう自分は騎士団の仕事に使いまくってるようだが、そこは聞かなかったことにしておく。


「それでカリはうまくやってるの?」


 今日も俺と一緒に回っているカリスミュウルに話を振ると、


「当然だ、フューエル一人に任せるわけにはいかぬだろうが」

「殊勝ねえ、私は色々大変だから、あなた達に任せるわ」

「一体何が大変なのだ」

「まだ内緒よ、軍人には身内にも話せないことがあるのよ」

「ふん、せいぜい励むのだな」

「それよりも、そっちの部屋、空いてるみたいよ。今日まだ一回も戦ってないじゃない」

「うむ、良かろう。レネ、頼む」


 カリスミュウルの命を受けたマッチョ僧侶のレネが、棍棒を構えてうなずく。

 ウル派僧侶で肉体派のレネは、うちでもトップクラスのナイスバルクだ。

 当然、戦い方も筋肉に基づく。


「承った。先頭はそれがしでよろしいか?」


 とレネが問うと、エディがうなずき返す。


「私が後ろにつくわ。後ろの護衛は任せていいのよね」


 とこれは僧侶兼空手家のキンザリスに尋ねると、お任せくださいとうなずく。

 今日の俺のパーティは、エディ、カリスミュウル、レネ、キンザリス、そしてスポックロンだ。

 オラクロンがスポックロンの代わりに入りたがっていたが、


「年端も行かぬ小娘が戦場をうろついていては周りが混乱するでしょう」


 とスポックロンにダメ出しを食らっていた。

 今頃、キャンプですねているに違いあるまい。


「では、まいる」


 木製の古びた扉を勢いよく開き、レネが巨体を踊らせ中に飛びこむと、暗い部屋の奥からたちまち何かが絡みついてきた。


「気をつけよ、糸だ!」


 レネが棍棒を振るいながら叫ぶのと、エディが呪文を唱えるのは同時だった。

 その詠唱が終わるより早く、レネの巨体が部屋の奥に引きずり込まれる。


「させるか!」


 そう叫んだのはカリスミュウルで、差し出した手で虚空をつかむような素振りを見せると、中を舞うレネの巨体がピタリと止まる。

 同時にエディの振りかざした指先から無数の炎が立ち上った。

 部屋中に張り巡らされた糸に燃え移った炎が、たちまち格子状に燃え広がっていく。

 闇に浮かぶのは、燃え盛る蜘蛛の巣だ。

 ってことは、敵は蜘蛛か。

 部屋の奥、燃える糸の向こうに敵の姿を見出そうと目を凝らして半歩踏み出した瞬間、いきなり背中を捕まれ、引きずり倒される。

 叫ぶのも忘れてあっけにとられていると、さっきまで俺が立っていたところに、天井からなにか槍のようなものが付き出されていた。

 見上げると、天井に何かがいる。

 体長二メートルはあろうかという巨大な蜘蛛が、長い脚で俺を狙っていたのだ。

 その脚が二本、突然ちぎれて吹き飛ぶ。

 こちらの攻撃があたったようには見えなかったんだけど、どうやら俺を引きずり倒したキンザリスが、そのまま何かの攻撃をしたらしい。

 蜘蛛は体制を立て直すまもなく、宙に飛び上がったエディの手槍を脇腹に受けて落下し、しばらくもがいたあとに、絶命した。

 時間にしたら、一分も経ってないと思うんだけど、じつに激しい戦闘だった。

 俺が悲鳴を上げる間もないぐらい一瞬だったので、実際は何が起きたのかよくわかってないんだけど。

 俺を引っ張り起こしたキンザリスが、背中を払いながら、俺の無事を確認する。


「お怪我はないようですね。とっさのことで乱暴になってしまいましたが、大丈夫ですか?」

「ちょっと余裕がなさすぎたな、次からはもう少し落ち着いて悲鳴ぐらいあげたいところだ」

「その方が守りがいがありますね。それにしても、思いの外強敵でしたが……」


 蜘蛛は二匹いて、部屋の奥にも陣取っていたらしい。

 こちらはエディの魔法で自由を取り戻したレネが、一撃で仕留めたようだ。


「いやあ、まだまだ未熟でござるな。あのような糸が、これほど強靭だとは。安易に振りほどこうとしたらますます絡まってしまったでござるよ」


 絡みついた糸が燃えたせいで、少し肌が赤くなっているのだが、火傷というほどでもないようだ。

 キンザリスが歩み寄って、呪文をかける。


「治療しておきましょう、しばしお待ちを」

「かたじけない。今さら傷の一つや二つ増えても、気にするつもりはなかったが、あまり無骨なところを晒すと、わが主の夜のお供に差し支えるでござるからなあ」


 などといって、レネは豪快に笑う。

 頼もしいなあ。


「それにしても、けっこう敵が強いな。だいじょうぶかしらん」


 弱気なことをつぶやくと、そばで黙ってみていたスポックロンが、


「まあ、この程度ならご主人様の装備であれば傷一つつかないと思われますので、安心して敵に翻弄されてみるのも良いのでは」

「無責任なことを言うなあ、結構怖いんだぞ」

「では、私の胸に顔を埋めて、ガクガク震えておくのはいかがでしょう」

「あら、それはいいわね」


 いつの間にか後始末を終えていたエディが、俺をガバッと抱き寄せて大きな胸を顔に押し付けてくる。


「よせよ、まだおっぱいが恋しくなる時間じゃない」

「じゃあ、夜までお預けね。先に進みましょ」


 蜘蛛部屋をあとにして、先に進む。

 巨大な蜥蜴や、壁にみっしりと生えたフジツボのようなモンスターなど、はじめて見る魔物が多い。

 フューエルらの組と合流した際に、ベテラン冒険者のデュースに話を聞いたが、


「そうですねー、私も名前しか知らないような魔物がいましたしー、未知の魔物は予想外の攻撃をしてくることもあるのでー、少し慎重に進めるべきかもしれませんねー」

「たしかに」


 まあ、うちはベテランが多いので、そういう時の対処法もわきまえてるだろうが、そういえばガーレイオンはうまくやれてんのかな。

 あいつは十分強いが、いかんせんメンタルがお子様なので、こういう時はちょっと不安が残る。

 今どうしてるのかとスポックロンに確認してみると、どうやらフルンたちと一緒に回っているそうだ。


「やはり手が足りぬのでしょう。先に進めず困っていたところにフルンが手を貸したようですね。セスもついているので、不安はないでしょう」

「なら大丈夫か」


 後で改めてセスに頼むとしよう。

 かわいい弟子のことは気にかかるが、こういう戦闘の場では、俺が助けてやれることはまったくないからな。


 そうするうちに、二階の探索をほぼ終え、三階への階段があると思しき部屋の前まで来た。

 だが、どうやら部屋は行列待ちのようだ。

 聞けばボス戦らしい。

 時刻はすでに正午を少しまわっており、今から並ぶのも面倒だなと考えていると、ひょいとエレンがやってきた。


「おや旦那、並ぶのかい?」

「今日はお預けかなあ、明日朝イチでいいんじゃないか」

「そうかもね。一戦平均二十分で、いま十組並んでるから、ざっと三時間は待つことになると思うよ」

「うへえ、そりゃヤダな。帰るか」

「それがいいね、僕らはもう少し流して帰るよ」


 エレンらの斥候チームと別れ、塔をあとにした。

 今日も試練の塔の回りは冒険者やそれ目当ての商売人で溢れていたが、昨日の人魚ちゃんはいないようだ。

 代わりに同じような台車に乗ったおじさん人魚は見かけたけど、おじさんじゃなあ。

 あきらめてキャンプに戻り、のんびり昼食を取ると、腹ごなしに散歩にでた。

 誰を誘おうかなと悩むまでもなく、エディがついてきた。

 エディは奔放なようで案外甘えるのが下手なので、久しぶりのデートを楽しむとする。

 キャンプ地のある小高い丘から北東には湾を挟んでシーナの街が見えているが、そちらにはいかずに、まっすぐ南に下る。

 木漏れ日の気持ちいい林を抜けると、すぐに視界がひらけて海が広がる。

 波は穏やかで、まばらに浮かぶ雲の他には何もない。


「いい眺めね」


 海から吹く風に金髪をなびかせながら、エディがつぶやく。

 絵になるいい女だなあ。

 俺の方はうだつの上がらないおっさんなので、カッコつけずに海岸まで歩くと、海岸端は切り立った崖になっていて、ここからだと海に降りられないようだ。

 せっかくなので下に降りられる場所を探して崖沿いにすすむと、小さな入江を見つけた。

 上から見下ろすと、小さな砂浜に朽ちかけた丸太小屋が見える。

 崖が崩れて、下に降りられるようだ。

 行ってみよう。

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