第467話 第三の試練 その一

 第三の試練の塔は、前の二つと異なり、いたって普通の塔だった。

 ほどよく複雑な迷路、困難な敵、隠し扉や一方通行の壁と言ったトラップに、それなりに知恵を要求されるリドル。

 ダンジョンRPGであれば、佳作以上の評価は間違いないバランスだといえよう。

 推定八階建てで、まだ最初の階層をまわっただけの感想だが、おおむねそんな感じだ。


 でまあ、そういう真っ当なダンジョンだけあって、初日からすっかり疲れてしまった。

 今日のメンツは旅行中に留守番していた騎士組を中心に、新人メイドのキンザリスと、妙にやる気を見せている温泉令嬢リエヒアをくわえた構成だ。

 南方に同行していた侍組や、フューエルらは留守番だ。

 カリスミュウルも長旅で疲れたのかサボりたそうな顔をしていたが、俺同様、主役なので参加しないわけにはいかないのだった。

 そのカリスミュウルは、俺と一緒に塔内を歩きながら、


「それにしても、試練そのものは前回のように方針も立たぬまま無駄に彷徨わぬだけマシだといえるが、この人の多さは辟易するな」


 などと愚痴る。

 まあ、気持ちはわかる。

 今も幅三メートルはある通路ですれ違ったよそのパーティと、ぶつかりそうになったぐらいだ。

 どこの通路も人が溢れ、部屋の前ではモンスターのポップ待ち行列ができている。

 聞けば、塔のバーゲンほどではないが、結構まとまった財宝を落とすらしい。

 そりゃあ、賑わうわな。


「しかし、なんかここは条件の厳しい謎かけか何かがあるんだろう。他の紳士も引っかかってたと聞くが」

「それなのだが、人が多いせいで噂が噂を呼び、情報が錯綜しておるな。かえって混乱するので、自らの探索に基づく推量だけで挑むのが良いのではないかと、先程もレーンと話したところだ」

「たしかに、試練そのものを攻略する必要がないんだもんな、こいつらは」


 一般の試練の塔は、クリアすることで、塔に由来する女神の名を関した英雄の称号が貰える。

 これは実社会においてはなかなか箔がつくもののようで、冒険者に限らず、家柄の低い貴族の飯の種になったりもする。

 だが、ここの試練の塔は基本的に紳士のための試練なので、それ以外の冒険者には関係がない。

 従来は入ることさえできなかったようなので、いわばおこぼれで稼いでるだけだと言える。

 ぶっちゃけ、邪魔なんだけど、まあ試練自体がお祭りみたいなもんらしいし、気にするほどのことでもないか。

 英雄の称号で思い出したが、そういえば、ローンの妹は元気かな。

 あの子はずいぶんと俺に入れ込んでいるように思えたが、その後、何の音沙汰もないので、案外俺みたいな胡散臭いおじさんのことは忘れてるんじゃなかろうか。

 それはそれで寂しいなあ。

 自分探しの旅に出た白象元団長のメリーも、最近は手紙も来なくなったし。

 やはり自分から探しに行かないと、出会いは訪れないものなのだろうか。


 昼飯時に合わせて探索を切り上げ、人をかき分け塔を出る。

 塔の周りは多くの冒険者と、それを当て込んだ商人で賑わっており、キャンプ地まで戻るのも一苦労だ。

 昼飯時だからか、籠いっぱいに弁当を詰めた地元娘が、腹をすかせた冒険者にしきりに売り込んでいる。

 うちの騎士連中などは体格も良くて目立つのでさっそく捕まって攻勢をかけられていた。

 俺はと言うと、気がつけば皆とはぐれて隣りにいるのは腕を組んで歩いていた温泉令嬢のリエヒアだけだった。

 若干の幼さも感じさせる細身の体で、太い昆を担いで俺とならぶ彼女は、物珍しそうに周りの様子をうかがっている。


「試練の塔とは、凄いものですね。温泉街もいつも観光客で賑わっていましたが、それとは別種の熱気を感じます」

「ここは特別な気もするが、バーゲン時の塔は、これに負けないぐらい賑わうな」

「バーゲンというと、試練の塔ができた直後のことですね」

「ああ、これがまた、お宝がじゃんじゃん出るもんだから、次から次へと人がやってきて……」

「危ない!」


 リエヒアがぱっと俺の前に出ると、突進してきた人影を押しのける。

 スリじゃねえだろうなと警戒すると、若くておっぱいのでかい娘だったのでたちまち破顔して手を差し伸べる。


「大丈夫かい、お嬢さん。この混雑だから、気をつけないと」


 すると俺の爽やかな笑みにたじろいだのか、ズリズリと後退り、少し引きつった顔で謝る。


「ご、ごめんなさい。急に止まれなくて」


 見ると、分厚い革で足先まで包み込んだ下半身を、手作りの粗末な台車に載せ、手にした竿で地面を突きながら、器用に荒れた土の上を進む。

 長さ的には普通よりちょっと長い革で包まれた一本足が時折のたうつようにはねては、バランスを取っている。

 足が悪いのだろうが、見たところまったく動かないわけではないのだろう。

 あるいは、フェルパテットみたいに下半身が蛇みたいな獣人なのかもしれないが、初対面でどこまで聞いていいのかは悩ましいところだな。

 なにより、動くたびに揺れるでかい乳に気を取られつつも、会話の糸口を探していると、彼女の方から切り出してきた。


「ほんとにごめんなさいね。それよりも、お弁当いかがですか? 今朝取れたニシンでチーズをサンドしたフライ、おいしいですよ」


 そう言って肩から下げた籠を見せる。

 紙に包まれたフライは、まだ香ばしい匂いを発しており、うまそうだ。

 南方は肉のほうが多かったので、余計にうまそうに感じる。

 キャンプに戻ればしこたまごちそうが待ってるんだけど、かわい子ちゃんから買う料理もまた、同じぐらい魅力的なのだ。


「よし、じゃあ全部もらおう」

「え、あ、ありがとうございます。でも持てますか?」

「それじゃあ、キャンプまで頼めるかい」

「ええ、よろこんで」


 上客を捕まえたと喜びながら、ついてくる一本足娘。

 途中の人の流れからそれると、可愛い顔に警戒の色が浮かぶ。


「あの、キャンプ場はあちらでは?」

「うちはこっちなんだ、すぐそこだよ」

「ひ、人気のないところにつれこもうとかじゃ……ないですよね」

「まさかまさか、俺の誠実そうな目を見てくれよ」

「誠実な人は、そんな事言わないと思いますけど」

「そうだっけ? 俺は言うタイプの誠実お兄さんなんだよ、ほら、家のキャンプが見えてきた」

「ほんとだ……ってなんですか、こんなところにいつのまに!?」


 驚く彼女をいかにしてナンパするか思案していたら、僧侶にして戦闘組のまとめ役レーンがひょこひょこやってきた。

 どうやら先に戻っていたようだ。


「おや、ご主人様、お客人ですか?」

「うまそうな弁当を売ってたんで、運んでもらったんだよ」

「なるほど、ではこちらで受け取りましょう」


 そういって、レーンが売り子のお嬢さんを連れて行ってしまった。

 おいおい、彼女は今から俺がナンパしようと思ってたのに、あいつわかってて連れてっただろう。

 だが、初見で俺に警戒心を抱いていたようだし、搦め手で攻めるのもセオリーかもしれない。

 ナンパ上級者ならではの、臨機応変な判断だな。

 気を取り直してひと風呂浴びて食堂に向かうと、豪華なランチが始まっていた。

 席につくと、ミラーたちが次から次へと地元の海の幸を運んでくる。

 午後はマスコミのお相手みたいなのがあるっぽいので酒は控えて、寿司をくう。

 アルサでも食いまくっていたブリは相変わらず脂がテカっててうまいし、ヒラメのエンガワもコリコリして最高のネタだ。

 アジもうまい、でもまだちょっと時期が早いのかあっさりめだな。

 などともぐもぐやっていると、レーンが先程のフライを手にやってきた。


「探索の疲れも見せずに、豪快にやっておられますね、こちらもどうぞ、まだあたたかいですよ」

「それはそうと、さっきのお嬢さんは?」

「もう帰られましたよ、ここが紳士の野営地だと知って、驚いておられましたね」

「美味しいところを持っていきやがって。ところで彼女は何族だ? 下半身の感じからしてなにか違う感じがしたが」

「彼女はキハイカ族ですね、いわゆる人魚です」

「人魚! マジで? じゃあ、下半身は魚なのか?」

「魚というか、海蛇というか、マートルであるフェルパテットさんの足を短くして先に尾びれをつけたような外見でしょうか。世間ではナマズ女などといいますが、それほど似ているわけでもないと思いますね、尾びれも横向きですし。キハイカ族の多くがシーナ湾で海女や養殖を営んでおりますよ」

「ほう、そりゃあ見学にいかないと」

「見事な裸体が水面を跳ねるさまは、一部の好事家の注目を集めているそうですね」

「ほほう、そりゃあますます見学にいかないと」

「ですが、海女の仕事は午前中だそうで、試練をサボらないと、見学は難しいでしょう」

「よし、サボろう……あいたっ」


 言うと同時に、太ももをつねられた。

 つねったのはさっきから黙って聞いていたリエヒアだ。

 フューエルあたりに比べると、つねったというよりも、つついたという程度で可愛らしい。


「す、すみません、痛かったですか」

「いやいや、これぐらいだとむしろくすぐったいぐらいで」

「フューエルのお姉さまが、旦那様がけしからん事を言ったら躊躇なくつねれと……」

「それでタイミングを狙ってたのか」

「そういうわけでは、ないのですけど」

「まあ、俺もすぐしでかすからな、そんな俺をたしなめる事ができるのは、良き女房や従者の務めだ。ここぞという時はガツンとやってくれ」


 それを聞いたレーンも、


「さすがはご主人様、良い心がけです。人は欠点を改めるどころか向き合うことさえいとうもの。それに対して自覚的であるだけでも、ご主人様の徳の深さが現れております。なに、うっかりつねりすぎて太ももがちぎれても、私がついていればたちまち癒やしてご覧に入れますよ!」


 レーンの物騒なセリフを聞き流し、人魚ちゃんに思いを馳せながら、俺は生ぬるいフライにかぶり付いたのだった。

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