第465話 お土産
ゲオシュテンの塔に戻ってきたのは昼前のことだ。
もともと徹夜で疲れていたところに、新人のリカーソを丁重にもてなしたこともあって疲労困憊していたのだが、もうちょっとだけやることがあるのでがんばろう。
塔の野営地に輸送機から降り立つと、こっちに残っていたうちの連中がだいたい集まっていたんだけど、俺のもっとも優先すべきタスクはペルンジャの機嫌を取ることだ。
俺は楽天家だが自信家ではないので、何もしないで我が家のハーレムがうまく回るだなどとうぬぼれては居ない。
誠実な気配りこそが家庭円満の秘訣だ。
無論その影には苦楽をともにした良妻のフォローもある。
今もフューエルがペルンジャを伴い、俺にやるべきことをやれと暗黙のうちに強要している。
「おかえりなさいませ、ご主人様。今朝も私どもが眠っている間に、また一騒動あったそうで……」
ご主人様と呼びかける声もまだぎこちない新入り従者のペルンジャに、優しく微笑む。
「気苦労をかけたな。まあ、俺の方はこれぐらいいつものことさ。それより、そっちをほったらかしにして悪かった。会談はどうなってる?」
「そちらは、この塔の騒ぎのせいで先送りに。ここの様子は御柱の上からよく見えますので、都は大変な騒ぎになっています」
「だろうな、とりあえずあのウン……もとい、白玉をちゃっちゃと片付けるか」
心配げに俺を見守るペルンジャの初々しい姿に癒やされながら、南極大人の所在を聞くと、まだ塔の上にいるらしい。
また階段をのぼるのか。
先にちょっと昼寝でもしたいなあ、という俺の心の声が聞こえたのか、ストームとセプテンバーグがやってきて、どこからともなく枕を取り出す。
「ちょっと手間取っているので、カラム29の到着まで、あと十四分ほどあります。軽く仮眠をとっては?」
「気が利くなあ。ところでその枕はあれか、さっきの寿司みたいになにか含みがあるわけじゃないだろうな」
「まあまあ、そのような詮索は無粋ではありませんか。枕がおきに召さないのなら、膝枕はどうです? 嵐のように情熱的な夢が見られると思いますわよ」
そう言って自分の太ももをぽんと叩くストーム。
「これ以上疲れそうなことは勘弁してくれ。そもそも三十過ぎると徹夜が厳しいんだ」
「では、こちらはどうです? きっと粗雑なストームとは違い、凪のように穏やかな心地よい夢がみられますよ」
自分の太ももをなでて見せるセプテンバーグ。
どちらの太ももも魅力的だが今はもう疲れ切ってて面倒なので膝枕は後回しにして、さっさと用事を終わらせたい。
「では、あれから済ませるとしましょう。何と言っても予定がてんこ盛りですからね」
セプテンバーグは俺の手をグイグイひっぱって、塔を登り始めた。
なにか裏がありそうな仮眠は諦めて、大人しく塔のてっぺんに登ると、南極大人とカラム77の幼女二人が空に浮かぶ白い玉を睨むように仁王立ちしていた。
南極大人は俺に背を向けているので表情は見えないが、小さなおしりにタイツがみっちり食い込んでいて幼女のくせにエッチだな。
今一人のカラム77は、俺と目が合うと軽く会釈する。
「準備は終わったようですね……、いえ、まだ半分ですか。おそらく、支障はないでしょうが……」
「その思わせぶりで情報を出し惜しみするスタイルは、女神譲りなのかい?」
「そう思っていただいても構いませんが、いかんせん、何も話せることがないというのが実際のところです。なにせ私の視点では、まだ発生していない事象の話ですので」
「ふうん」
「ご納得いただいたところで、はじめましょうか」
「納得はしていないが、カラム29は?」
「もう来ていますよ」
言われて気がついたが、二人のカラムの隣に、三人目が立っていた。
いつの間に。
「ゲートの座標を合わせるのに手間取りました」
「ご苦労、パスは構築済みだ」
「過去の方は排除したようですが、未来の方はまだですね」
「未来の方が補正しやすいという判断でしょう」
「デストロイヤーの影響が残るのでは?」
「すでに起こった事象を残してマージするために必要であるとの判断だ」
「誰の判断です?」
「決まっているだろう、そこの年中発情男の……だ!」
そう言って俺を指さしたのは南極大人だ。
それ以外の台詞も含めて何を言ってるのかわからないが、たぶん俺の仕事はここでニコニコしながら見守ることだと思うので、爽やかな笑顔を返しておいた。
「なぜ、エネアルはあのような男を……。まあよい、さっさと終わらせるぞ」
南極大人が一歩前に出ると、どこからともなく巨大な輪っかがいくつも現れ、同心円状に広がると空に浮かぶ白玉を包み込む。
これがまた不思議なもので、角度を変えると、輪の部分が、別の球の断面のように見え、さらに少し動くと、格子状の網のようにも見える。
ふと気がつくと、いつの間にか現れたスポックロンが、ニヤニヤしながら眺めていた。
「なるほど、高次元のシールドを三次元上に投影すると、あのような像が結実するわけですね、実に興味深い。データはとっているので、あとでたっぷり解析させていただきましょう」
「あれだけでわかるもんなのか?」
「理論はあったものの、我々の技術では検証しようがなかったのですが、こうして実物を目の当たりにすれば話は別です。女神の皆様には、色々見せていただいておりますから、いずれは我々も次元障壁を超えて文明を次のステージに発展させられるかもしれませんね」
「頑張れよ」
「まあ、他人事のように。ご自分は一人でふらふらと宇宙の外に行けるそうですが、一度ぐらい私も連れて行ってほしいものです」
「そうは言われてもなあ、まあ次の機会があったら、考えとくよ」
そうする間にも、白玉の周りには複雑怪奇な模様が現れては消えていき、それに合わせて奇っ怪な音のうねりもぎゅわーんと響いていて、実に精神の安定によろしくない。
よろしくないが、幸か不幸か俺は十分に眠くて頭がぼんやりしていたのであまり刺激を受けていなかったが、塔を取り囲んでいた現地民のみなさんは、ここまで聴こえてくるほどパニックになって叫んでいるようだった。
まあ、世界が滅びるだの何だのといういわれのある塔がこんな状態になっていたら、塔の守り手とやらの信者じゃなくてもそうなっても仕方あるまい。
リカーソは大丈夫かなあ、これ見てまた顔を青くしてなきゃいいけど。
などとぼんやり考えながら眺めていたら、いつの間にか周りの景色がにゅーっと上下方向に伸びていき、さっきまで輪っかだと思っていた光の筋が、無限の長さを持つ紐になっていた。
その紐がそれぞれにギターの弦のように波打ちながら、白玉を削り取っていく。
なんというか、地味な作業だな。
「今度はちゃんと見えてる?」
聞き慣れたフルンの声に振り返ると、見慣れない巨乳の大女がいた。
見慣れないんだけど、これどう見ても大人になったフルンだよな。
「どしたの、ご主人様」
外見は二メートル近い大女だが、あどけない仕草は俺の知ってるフルンのままだ。
「いや、フルン……だよなあ、と思って」
「そだよ? また忘れちゃった?」
「知ってたような、そうでもないような」
そういえば、このムチムチフルンは見覚えがあるようなないような……。
頑張って思い出そうと首をぐるりと回してみると、いつの間にか周りは真っ暗な宇宙みたいな空間で、所々に光の筋が巨大な濁流のようにうねりながらほとばしっている。
「なんじゃこりゃ!」
さっきから訳のわからんことばかりで、俺はいったいどうなっちまったんだ。
怪奇映画で精神的に追い詰められて幻覚見てる系の主人公じゃないんだぞ。
まだ包丁持って病んだ目つきのヒロインに追いかけ回される方がマシ……ってことはないか。
まあいいや。
「それでフルン、何やってるんだ?」
「デストロイヤーをやっつけに来たの」
「デストロイヤー?」
「あれ、昔、黒竜とかいってたやつ」
「ああ、あれか」
そう言って眼の前でゴリゴリ削られている白いたまに目をやる。
「パルクールが忙しいから、ちょっと手伝いに戻ってきた。ほら、これからウェルビネをドバーッと呼んで、ズバーッっとやるでしょ、だから」
「そうか、よくわからんが、忙しいなら手伝ってやらんとなあ」
「うん、あっちでウクレもやってる」
「ほう、ウクレもか」
やはりフルンみたいにボインちゃんになってるのかな?
「なってるよ!」
「なってるか」
さすがは胸のでかいフルンだけあって、俺の心の問にまで答えてくれるとは。
俺が感心するうちに、白いたまは跡形もなく消え、周りで渦巻いていた光の濁流も消え去った。
後にはフルンのほかに、ぽつんと光る小さな光が残る。
それをフルンが指先でつまむと、俺に手渡した。
「おみやげ。なくさないでね」
「これはなんだ?」
「えーと、おみやげ」
「ふむ」
そろそろわからないことにも慣れてきたし、何よりフルンがお土産というのだから、お土産なのだろう。
「ほら、もう帰らないと。ダラダラしてると、未来の方のご主人さまにリベースされちゃうよ」
「よくわからんが、帰るか」
「うん、あっちでウクレが呼んでる。行こう」
大きなフルンに手を引かれ、真っ暗な世界を進むと、向こうに人影が見える。
あれが、ウクレか。
シルエットだけでもびっくりするほどナイスバディなのがよくわかる。
ウクレは地味なタイプかと思ってたけど、将来はひとかどの巨乳になるのだなあ。
さすがは俺の従者だ。
と納得した瞬間、目が覚めた。
今のは夢……じゃないんだろうな、たぶん。
そんなことを考えながら目を開けると、ヒッピー系巫女のリカーソに膝枕をされて寝てるところだった。
「気が付かれましたか、ご主人様」
「ん……、いつ寝たんだ、俺」
「なにやら儀式の最中に、急に倒れられたとか。スポックロンが担いで塔から降りてきたときには肝を冷やしましたが、寝不足と空腹による過労が原因だろうと。しっかり眠って、食事を取れば大丈夫だそうです」
「そうか。どうもみんなに心配ばかりかけてるな」
リカーソを始め、心配そうにしている皆に詫びを入れて、仮設の小屋から出ると、フルンたちが走り寄ってきた。
よかった、ちゃんといつもの少女らしいフルンだった。
巨乳も捨てがたいが、いきなりあんなふうになられても心の準備ってもんができてないもんな。
やはり人間、少しずつ時間をかけて育つべきだ。
「ご主人さま、大丈夫? まだ顔色悪そう」
心配げなフルンの頭をなでてやりながら、
「ははは、すまんすまん、もう元気になったよ」
「そうみたい。でもご主人さまはあんまり頑丈じゃないから注意したほうが方がいい」
「そう、それがいい!」
フルンと一緒に入ってきたガーレイオンがそう言って何度もうなずいている。
「じいちゃんも、ずっと元気だったのに、突然倒れてそれからすぐに死んじゃったから、心配した」
「じゃあ、俺はお前のじいちゃんの分まで長生きしないとなあ。ちゃんと立派な紳士になるまで見届けなきゃならないもんな」
「うん、師匠なんだから、そうじゃないと困る」
「そうだな、ラティちゃんとはうまくやれてるか?」
「そうだ、それ聞こうと思ってた。ラティのとうちゃんに会えって言われたけど、僕もリィコォもじいちゃんしか居なかったからわかんない」
「そりゃ難しいな、俺も父親は小さい頃に亡くしてるから、いまいちピンとこないんだけど」
「師匠でも難しいの?」
「そうだな、しかも注意深く扱う必要があるから、しっかり準備してことにあたろう。身だしなみを整え、お行儀よくして、手土産なんかも忘れずに……」
そこでさっき、大人フルンから貰ったお土産のことを思い出した。
あれ、どこやったんだろうな。
大事な物の気がするけど、見当たらないのでどっかで落としたんだろうか。
「どうしたの、師匠」
「いや、なんでもないよ。とにかく、頑張ってラティちゃんの親父さんの機嫌を取らなきゃな」
よく考えたら、俺も姉のハッティの件で会わなきゃだめじゃん。
「よし、どうせ俺も挨拶する必要はあるんだ、一緒に頑張るか」
「わかった。今から? 師匠、まだ休んでなくて大丈夫?」
「まだ用事も色々あるんだけど、とりあえず飯にするか、腹が減っちまった」
「そういえば僕も腹ペコ! みんな心配して、ご飯ちょっとしか食べてなかった」
喉を通らないわけじゃないんだな。
まあ、それぐらいでちょうどいいか。
とにかくメシだメシ。
腹が減ってはナンパもできぬ。
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