第464話 とうもろこし畑

 俺が尻餅をついていたのは、野球場でも作ったら良さそうなとうもろこし畑のど真ん中で、周りを背丈より高い草に囲まれている。

 その隙間を、洞穴人の幼女たちがぴゃーっと叫びながら走り抜けていく。


「生身で飛んだのは三回目ですけど、どうでした?」


 ストームが小さな体からは考えられないほど力強く俺を引っ張り起こす。


「寿司は美味かったかな」

「それは結構ですこと。若干のラグが生じたようですわね、三十分ほど空白期間がありましたが、従者たちのリンクは安定していたようです。これなら大丈夫ですわね」

「なにが?」

「ふふ、なんでも良いではありませんか。それであの女の尻拭いはうまくいったんですか?」

「いったんじゃないかなあ」

「それは残念。あのまま消滅しておけば楽でしたのに」

「ははは、そうヤキモチを焼くなよ」


 ストームは可愛い顔をしかめてそっぽを向き、セプテンバーグが会話を引き継ぐ。


「現在、ファーマクロンが受け入れを行っていますが、ご主人様には再びゲオシュテンの塔に戻って頂く必要があります」

「今すぐか、ちょっとは休憩ぐらいないのか?」

「ありません」

「厳しいなあ。こっからだとちょっとルタ島のアンたちに顔を見せるぐらいの配慮はあってもいいんじゃないのか?」


 なにより判子ちゃんの顔を見に行きたい気がするんだけど、向こうは顔を合わせたくないかもしれないなあ。

 などと考えていると、セプテンバーグが少しため息を付いて、


「こちらも、段取りで苦労しているのですよ。過去と未来は多少の融通がきくものの、現在は一瞬ですから」

「ふうん、なんか何もかもわからんことだらけだけど、だれかさっきのアレがなんだったのか、俺に説明しようという義侠心にあふれた従者はいないのか?」

「いないのでは?」

「そうか」


 まあ、そんな気はしてたけど。

 俺が生身で異世界というか宇宙というか、そういうのを飛び越える変人だというのはなんとなく知っては居たけど、実際にやるとわけがわからんな。

 しかもさっきのは、過去のペレラだったように思える。

 どれぐらい、過去だったんだろうか。

 ストームは三回目といっていたが、もっとなんども似たようなことをしてたような気もする。

 パルクールも普通じゃないと思ってたけど、想像以上に普通じゃないっぽい感じでもあった。

 まあ今更気にすることでもないか。

 しかしあれが判子ちゃんとの馴れ初めだったのだろうか。

 あっさりしてたけど、時空を超えた腐れ縁だと思うと、ちょっとトキメクな。

 元女神の連中が嫉妬するわけだ。


「神様ー!」


 ぼんやりとそんなことを考えてた俺のところに、パマラちゃんが友達っぽい幼女を引き連れてやってきた。


「ありがとう、みんな天国にきた、青い天井見て、みんな喜んでる。あと母様の妹の人、おっぱいでかい」

「ほう、妹って誰だ?」

「あっち、あっち」


 幼女たちに手を引かれて畑を出ると、見慣れぬ美人が洞穴人に囲まれていた。

 身長は百八十センチを超えているだろう、小柄な洞穴人に囲まれていると一際めだつ。

 色白のなめらかな肌に床まで届くストレートの銀髪。

 かろうじてプリモァっぽい特徴をしてはいるものの、ゆったりしたドレスでもわかるすごい巨乳と腰のくびれで、昭和の漫画みたいなナイスボディの見たことのない美人だ。

 そんな美人と目があって一瞬ドキリとするが、自然な笑顔の奥に隠されたある種のシニカルさを感じ取って我に返る。


「ファーマクロンか」

「いかにも。どうです、これぞ母性と言わんばかりのボディでしょう。どこぞの乳臭いハナタレとは大違いだと思いませんこと?」


 こういうのを後出しジャンケンというのだろうか。

 オラクロンがどんな顔をしているのか気になるが、この場にはいなかったので、とりあえず眼の前の美人を褒めておこう。


「ああ、非の打ち所がないな。あとで忍んでいくから、寝室の鍵は開けといてくれ」

「お待ちしておりますよ。ですが、この子達の受け入れは、手間取りそうですね」

「だろうな」


 見れば早速、畑の柔らかい土を掘り返したり、農業用ガーディアンと穴掘り勝負をしているようだ。

 もっとも、空を拝んで泣いてる連中も多い。


「ひとまず、パマラと同様の体質改善を行い、地上での暮らしに慣れてもらいましょう。言葉と農作業が身についたら、近隣の土地に入植させようと考えていますが、そこはリトゥンテイムと相談する予定です」

「ふむ、うまく溶け込めるかな」

「今の外界は多様性が十分に確保できています。南極大人の方針の成果ですね。少々癪に障りますが」

「そうなのか?」

「技術を発展させないために必要なのは、突き詰めれば戦争を防ぐことです。この世界は人間同士の争いが極端に少ないでしょう」

「そうかな?」

「ええ、経済以外の要因での紛争はほとんどありません。統一された宗教と言語、ゲートや冒険者といった仕組みによる国家や種族を超えた交流、魔物のような都合のいい外敵、そして豊富な資源。不作の年でもご主人様の世界の飢饉のように、大量に人が死ぬこともありません。おもに南極大人とパーチャターチの管理によるものですが、死にものぐるいで発展する機会をうばっていたともいえます。オラクロンはそのあたりが気に入らないようですが」

「作為的だなあ」

「それでも、うまく回りだしたのは、ここ一万年ほどですよ。アビアラ帝国はうまくいっていましたが、黒竜の復活がなければ、もっとスムースに国家が分割できていたでしょうに」

「そんなになんでもうまくはいかんだろ」

「ええ、ですからこの子達も最低限のフォローだけで自立してもらいたいですね。ご主人様が全員ハーレムに入れるというのなら、そのように取り計らいますが」

「大事なところを掘られそうだ、見守るだけにするよ」

「それはもったいない」


 そこに、アップルスターの眠り姫ことリトゥンテイムが、洞穴人幼女に手をひかれてやってきた。

 子どもたちに囲まれて、屈託のない笑顔をみせている。

 メンタルは強そうだなあ。


「クリュウさん、あなたのお陰で、私も当面は居場所に困らずに済みそうです」

「そりゃあよかった」

「何より、太陽の眩しさと、土の匂いが、私の心を蘇らせてくれるようです。これなら私もマザーの指示をまっとうできるでしょう」


 満足そうに語るリトゥンテイム。

 ほんとに満足してるのかどうかはさっぱりわからんが、ただ一つ言えるのは現状で俺がなにか手をかす必要はなさそうだということだ。

 むしろ持て余し気味の古代文明関係において、協力を得られる人物かもしれない。

 スポックロンをはじめとしたノード連中は可能な限り俺に尽くし、甘やかしてくるが、一緒に何かをやるってスタンスではないからなあ。

 どうせ洞穴人達が地上に定住するには、何ヶ月も、いや何年もかかることだろう。

 その過程で、洞穴人が母と呼ぶマザーも復活させたりする必要があるんじゃなかろうか。

 そういや、マザーをキープしてる晴嵐の魔女からアップルスターの調査を依頼されてた気がするな。

 ちゃんと調査してくれたんだろうか。

 誰かに確認しようと周りを探すと、エセ幼女のオラクロンが戻ってきた。


「ご主人様、なにやらひと仕事なさってきたそうですが、次の支度が整ったので、出発のご準備を」

「うん、そりゃいいけど、パーチャターチに依頼されてたアップルスターの調査とかはどうなったんだ?」

「おや、覚えておいででしたか。マザーの母体に関しては、回収、及び再利用は不可と判断されました。例の黒竜の侵食で使い物になりませんでした」

「じゃあ、どうするんだ?」

「その話は後ほど。ひとまずご乗船ください」


 おっぱいのでかいファーマクロンや洞穴人に見送られながら、小型の船で飛び立つ。

 搭乗したのは宇宙に上がったときのメンバーに加えて、ストーム&セプテンバーグの幼女コンビだ。

 パマラちゃんは置いてきたらしい。


「あの子はどうするんだろうな、仲間と一緒に暮らしてもいいと思うんだけど」


 と口にするとセプテンバーグが、


「それではピューパーたちが悲しむでしょう。彼女には洞穴人の代表としてこちら側で暮らしてもらうのが妥当ではありません?」

「そんなもんかな」

「そうですよ。あとでピューパー達に迎えに行ってもらいましょう」


 それがいいのかなあ、と周りを見渡す。

 この飛行機は効率重視なのか空きがなかったのか、いつものラグジュアリーなやつではなく、向かい合ったシートの乗合馬車風、というか空挺部隊を運ぶ輸送機みたいな構造だった。

 乗り心地が悪いわけではないので、これぐらいのほうがかえってSFっぽさがあっていいんじゃなかろうか。

 正面では疲れからか少し青ざめた顔のヒッピー巫女リカーソの姿が目に入った。

 隣りに座っていたキンザリスと席を変わってもらう。


「色々あって疲れただろう。悩むことも多いだろうが、もうすぐ一段落つくから、そうしたら一つずつ解決していこう」


 俺が声をかけると、リカーソははっとした表情で顔を上げ、俺の目を見ながら静かに首を振る。


「いえ、ご心配をおかけして申し訳ありません。私自身の問題は、まだ解決はしていませんが、キンザリスやオラクロンにも相談に乗っていただき、ある程度の目処はついたのですが……」

「うん?」

「その……この、飛行機…というのでしたか、このような塊が、その、空を飛んでいるのだと思うと……なにやら震えが来てしまい」


 ああ、そっちか。

 飛行機だけは勘弁ってやつだな。


「先程、空の果てまで飛んだときは、あまりに現実離れしており、理解が及ばなかったのですが、先程、そこの窓から離れていく地面を見ていたら、急に気分が……その、申し訳ありません」

「こいつは苦手なやつも一定数いるものだから気に病むことではないが、しんどいなら横になれるスペースでも用意して……」


 ついでに添い寝でもしてやろうと思ってから、そういえばうちの従者ではない人間も居たなと思い出し、ラムンゼ隊長を目で探すと見当たらない。


「あれ、あの元隊長さんはどうした?」


 と尋ねると、オラクロンが、


「彼女は地上に降りると同時に錯乱気味に遁走しました」

「遁走って、大丈夫なのか?」

「彼女には自分を見つめ直す時間が必要であるかと」

「いいのか?」

「監視はつけておりますので、問題はありません」


 ならいいか。

 良くないかもしれんが、まあ、なにか考えがあるんだろう。


「あの、ラムンゼがご迷惑を……」


 と不安げなリカーソを安心させるように、優しく肩に手を回しながら、


「大丈夫、心に問題を抱えたときは、人それぞれ異なる癒やし方が必要なものだが、彼女には一人になる時間が必要だったんだろう」


 そう言って、デッキの片隅に用意されたベッドに誘う。


「そして従者を癒やすのは、主人の務めってね」

「あの、ご主人様?」


 戸惑うリカーソを優しく慰めながら、主人らしいやり方でがんばったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る