第462話 農家への扉
盛り上がる洞穴人と比べると、うちのメンツは割と落ち着いている。
ベテランのセスは言うに及ばず、新人なのに最初から貫禄のあるキンザリスも、ヒッピー系巫女のリカーソに気配りする余裕を見せているし、温泉令嬢のリエヒアも、洞穴人の少女たちと楽しそうにおしゃべりしている。
リカーソは、まあ俺と相性がいいってことは根は脳天気なはずだし、状況が落ち着く頃には良くなってるだろう。
ラムンゼ隊長はというと、混乱を通り越して、放心していた。
彼女は何しに来たんだろうな。
目的地の階段とやらは、この居住区から五キロほどの距離があるという。
普通に歩けば一時間ちょっとってところだが、これだけの大人数なので、移動するだけでも時間がかかる。
三時間ほどかけてやってきたのは、土まみれの他の場所とは違い、樹脂製の真っ白い壁に覆われた、円柱状の巨大な広場だった。
俺たちの入って来た入口のちょうど正面に、祭壇風の巨大な階段があり、突き当りに大きな扉がある。
扉は円を組み合わせた幾何学的なレリーフが特徴的だが、両サイドに飾られた埴輪みたいな等身大の人形は、たぶん洞穴人たちが作ったものだろう。
ドーム内にはにぎやかな音楽が流れ、昭和のディスコみたいなケバい電飾がきらめき、集まった人々が好き勝手に踊っている。
洞穴人たちの集落は、ここを中心に十キロほどの範囲に点在しているそうで、まばらに人が集まり続けている。
やってきた人々は、すぐに歌ったり踊ったりで実に賑やかだ。
「あと一時間ほどで全員集まるかと」
オラクロンの報告を受けて、ちょっと休憩することにした。
たいしたことはしてないけど、なんかとにかく疲れた。
せっかくの宇宙なのに、あんまり宇宙っぽさが体感できてないのも良くない。
せめて無重力ならよかったのに、この辺は重力もほとんど地上と変わらん気がするし。
地面に座り込んでお茶を飲んでいると、洞穴人たちがリンゴを食べろと寄ってくるので、お返しにお茶やお菓子を手渡す。
パマラちゃんの体を調査していろいろ調べていたようで、ちゃんと今の彼女たちが食べても大丈夫そうなお菓子を用意してあった。
手回しいいなあ。
美味しい美味しいと食べる少女たちの姿を見ていたら、ふいにうちの少女たちのことも思い出した。
「そいや、そろそろフルンたちも起き出す時間じゃねえのか? あいつら宇宙に行きたがってたのに置いてきて悪いことをしたなあ。それにペルンジャの会談とか、ほったらかしで良かったんだろうか」
今さら思い出して尋ねると、エセ幼女のオラクロンが大丈夫だと答える。
「フューエル奥様と、私の本体などが、よきに計らっておりますよ」
「そりゃよかった。それで、今後の段取りみたいなもんはどうなってるんだ?」
「全員が揃ったところで、祭りが始まります。もっとも、すでに始まっているようですが。興奮が最高潮に達したところで、ご主人様が祭壇に登り、ぴかっと一発光って見せて注目を集めたところで、ストームたちがショートゲートを開いて皆をファーマクロンの元に連れて行きます」
「ふむ、まあ、いつものノリだな」
「しかる後に、カラム29が月裏のラグランジュポイントにアップルスターを移動。これは一週間ほどだそうです」
「その間、カラム29はつきっきりなのか?」
俺の問には、オーバーオール幼女のカラム29が自ら答える。
「そちらに関してはすでにエントロピー・スロートを構築済みなので放置しても問題ありません、すぐに移動します。黒竜のカスの後始末の方が重要なので」
「じゃあ、あとはいい感じにいけそうだな」
「それは私にはわかりかねます」
淡々と不吉なことを話すカラム29。
エントロピーとアップルスターの移動に何の関係があるんだろうなあと思いつつ、今尋ねるようなことでもないだろうと、今度は眠り姫のリトゥンテイムに話しかけるべく話題を探す。
彼女は外見はプリモァで、知的な雰囲気を漂わせる落ち着いた女性で俺好みなんだけど、ナンパしてもいいのかなあ、とかぼんやり考えつつ、何も思いつかないでいると、向こうから話しかけてきた。
「人造人間は、デンパー系ロボットの台頭ですっかり寂れた技術なのですが、ここの彼女たち――洞穴人でしたか、それを作ったターレスト博士は数少ない権威でして、自ら生み出した一人娘を連れていたのですが、ゲートの災害時にその娘が死亡したことを引きずっていたのでしょう。ですがこれほどの数の人造人間を作ることを、なぜマザーは許したのでしょうか」
「人手が足りなかった、ってだけじゃ、弱いのかい?」
「奴隷まがいの労働力として生み出すことを、博士もマザーも許容したのか、という点が疑問なのです」
「今の有り様は、倫理的にまずいかな?」
「どうでしょうか、彼女たちの存在は、自然ではありませんが、自由で、満たされているようにも見えます。私の知る自由とは異なりますが、それを強要するわけにはいかないでしょう」
「ロボットなら良かったのかい?」
「ロボットにも人権はあります。ですが、ロボットはそうなるように作れますが、人造人間はそうなるように躾けるしかありません。解釈の分かれる問題ですね」
「だが、何れにせよ人造人間しかつくれなかったんだろう。どういう判断があったのかはわからんが……、そもそもロボットを作るのは大変なのか?」
「コスト的には差はないはずです。ですが、ロボットの脳であるエミュレーションブレインは、ライセンスが厳密に管理されていたので、我々は新規に作ることができなかったのですよ」
「そんな縛りがあったのか、地上には結構な数のロボットが今もいるんだけど」
俺の問には、オラクロンが答える。
「あれはストックしていたライセンスを使用しています。ゲート崩壊前はデンパーの月光社というところからライセンスを仕入れていたんですよ」
「じゃあ、人形みたいなのはどうなってるんだ? うちでいえばチアリアールとか」
「チアリアールのような人形は、謎ですね。脳の入れ物だけあって、中身が空っぽのところに、精霊と言われる自己組織化したエルミクルムが憑依することで、自我を持つ、という風に解釈していますが」
「つまり、どういうこと?」
「わかりませんね」
そこで再びリトゥンテイムが、
「エルミクルムの研究は進んでいるのですか? 私はこちらに赴任する前はエルミクルム開発局にいたのですが」
「エルミクルム開発局はノード5がゲート崩壊時に消滅したことで解体され、ノード7に引き継がれています。詳細は把握しておりませんが、ノード7は健在なので、後日訪問してみると良いでしょう。ただし、現存するノードの中で、もっともエキセントリックですが」
「あなたを見たあとでも、そう言えるほど、かわっているのですか?」
「もちろんです。私などただの愛らしい幼女ですが、ノード7は、まあ変態ですね。晴嵐の魔女などという二つ名を自ら名乗っていることだけでも、想像がつくのでは有りませんか?」
「魔女? ノードからもっとも縁遠い存在に聞こえますが。まさか地上は魔法使いや怪物が闊歩するおとぎ話の世界にでもなってしまったのですか?」
「そのまさかですよ。地上は剣や魔法で魔物退治をする人間たちがあふれる、物語の世界になっています」
「比喩ではなく、本当に? 魔法などどうやって」
「完全には解明されていませんが、アジャールの遺跡である地下の柱、現在では女神の柱と呼んでいますが、あれが惑星規模のレプリケータであることはご存知ですか」
「そういう説が有力でしたね」
「それを用いて、魔法のような現象を惑星全土に発生させる仕組みがあるのです」
「そんなナンセンスな……、いや、あれ自体が非常識な存在では有りましたが」
「細かい情報は、リンクが回復してから収集してください。あなたの身柄ですが、管轄どおりであればノード191でも良いのですが、マザーの指示遂行のために当面は、ここの洞穴人とともにノード9預かりになっていただこうと考えています。その後は惑星連合憲章で保証される範囲内であれば、自由に行動していただいて構いません」
「ええ、それでいいと思います。落ち着いたらノード7ともコンタクトを取りたいところですが、今聞いた話だけでも、地上での暮らしに慣れるのは時間が掛かるでしょうね。それでも……」
少し言葉を区切り、祭りで騒ぐ洞穴人を見渡してから、リトゥンテイムはこういった。
「今のペレラが、帰るべき家も身寄りもない世界であるのなら、かえってそれぐらいのほうが受け入れやすいかもしれません」
無心で騒いでいる洞穴人と違い、リトゥンテイムの心境は複雑であろうが、時間を戻すことができない以上、自分で落とし所を見つけるしかないんだよな。
そうこうするうちに、洞穴人がすべて集まり、広場も最高にアゲアゲな感じでなんかよくわからんけど、キマっちゃってるのではと不安になるぐらい、みんな盛り上がってる。
聞けば自家製シードル、すなわちリンゴの酒を飲みまくってるらしい。
酒だったら俺ももらっとけばよかったかな。
だが、どうやら俺の出番が来てしまったようだ。
オラクロンに促されて階段の上の祭壇っぽい場所に登り、高さ十メートルはある巨大な扉を背に皆に大声で話しかける。
が、酔っ払って踊り狂ってる連中に声が届くわけもなく、仕方ないので指輪を外すことにする。
タイミングを合わせるかのように電飾が消え、真っ暗になったところで俺がピカリと光ったものだから、流石に皆が踊りをやめて一斉に注目した。
「諸君! 君たちの旅は今日ここで終わりを告げる。約束の地はここにある。さあ、手を取り合い、ともにゆこうではないか!」
いつものように適当なことを言うと、再びみんな大声でわめきだした。
何言ってるのかわからんけど、どうも喜んでるらしい。
背後に気配を感じて振り返ると、さっきまで閉ざされていた大扉が開き、その先の空間が真っ白に光り輝いていた。
ゲートっぽいその輝きに見とれていると、中からふわっと人が現れた。
ストームとセプテンバーグに手を引かれた、洞穴人のパマラだ。
パマラは大きく息を吸って、声を張り上げた。
「みんな! 帰ってきたよ! わたし達、帰ってきた!」
パマラがそう叫ぶと、洞穴人たちも叫ぶ。
「パマラだ!」
「カイガル穴のパマラだ! 死んだはずのあの子が、天国から帰ってきた!」
「帰ってきた、母様の言ってた場所に、帰ってきたんだ!」
言葉が聞き取れたのはそのあたりまでで、あとは一斉に階段を駆け上り始めた。
彼女たちの進路上につったっていた俺は間一髪でそれをかわして、祭壇の隅っこに逃げ込む。
三万人もの酔っ払いたちが一斉に走り出せば、そりゃあ大変なことになるわけで、人死が出るレベルの大惨事ではと心配したのだが、いつの間にか俺の隣に来ていたカラム29が、
「これぐらいなら大丈夫でしょう。彼女たちは頑丈です。それにセプテンバーグらの加護も効いています」
「それならいいが」
洞穴人たちはあっという間に扉に飲み込まれ、その数を減らす。
その様子をぼんやり眺めていると、ストームがよってきた。
「おう、おつかれさん」
「この程度でしたら、朝飯前ですわね」
「そいやそろそろ朝飯時だな。さっさと終わらせて、朝飯にありつきたいところだが、それよりも徹夜で疲れた」
「では、そろそろ参りましょうか」
どうやら俺たちもこの扉を通って地上に戻るらしい。
宇宙旅行ももう終わりか、全然宇宙っぽさがなかったな。
まあ、しかたあるまい。
主人として、みんなが順番に扉をくぐるのを見届ける。
最後に残ったのは俺とストーム、セプテンバーグにカラム29だ。
カラム29は、しばらくここに残り、アップルスターが移動を開始したのを見届けてから、地上に降りるという。
「一時間程度で完了すると思います。直接、出発時の塔にいきますので、そちらで合流しましょう」
「おう、よろしく頼むぞ」
「そちらこそ、ご武運を」
「ん?」
ご武運を祈られるようなことあったっけ。
「あ、そうそう、これを忘れていました」
嫌な予感がして問いただそうとする俺に、セプテンバーグが小箱を渡す。
「これは?」
「お弁当ですね、お寿司の折り詰めですよ」
「なんでお弁当?」
「お腹が空くからでしょう」
「もうちょっとわかるように言え」
猛烈に嫌な予感しかしない俺の手を、有無を言わせず引っ張るストームとセプテンバーグ。
「さあさあ、参りましょう」
「おいちょっとまて、どこに行くんだ!?」
「それはもちろん……」
その答えを聞く前に、俺は真っ白い扉の先に吸い込まれていったのだった。
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