第461話 天国への階段

 ミラー88の先導で、俺たちは再びアップルスターの中を移動する。

 あちこちに土が溢れ、エレベータなども多くが塞がっているが、そんな中を裸足の洞穴人少女が数人、駆け抜けていく。


「いまのは? それになぜこんなところに土が溢れて」


 眠り姫たるリトゥンテイムの問いを受けてミラー88は、


「あれは今の住人である洞穴人です。土の方は、レプリケータが暴走して土を作り続けておりました。こちらはもう止まりましたが、今も溢れています」

「土が溢れて。それはわかりますが、洞穴人とは一体……まさか!?」

「そのまさかです。あなたの上司であったターレスト氏が生み出した人造人間の子孫で、現在三万人ほどが居住しています」

「なぜそんなことを。数人ならともかく、三万とは」

「マザーとの取引でした。社会を形成できるだけの人造人間を作ることを条件にマザーからの指示に従ったそうです」

「指示とは?」

「死ぬまで黒竜を監視することです」

「そんな……」

「さあ、つきました。ここが洞穴人のいうところの、天国を望む丘です」


 急に視界がひらけたかと思うと、眼前にはどこまでも草原が広がっていた。

 天井は青く光り、土の上には、数え切れないほどの棒が突き立っていた。


「ここにあなたの同僚と、そして洞穴人たちが眠っています。あなたへのマザーからの指示は、彼らを約束の土地に導くことです」

「約束の土地?」

「そうです、どこまでも広がる青い空の下、みんなが帰りたかったあの場所に、皆を連れ帰ることが、あなたへの指示です」

「どうして、私なのです。別に私じゃなくたって……」

「結論から申し上げれば、偶然です」

「そう……ですか」


 リトゥンテイムは呆然とした顔をしていたが、あえてミラーは淡々と話を続ける。


「みなさんが眠りについてすぐ、マザーは土と水の増産を決定しました。恒久的に生活できるだけのエコシステムを形成するためです。その過程でレプリケータが暴走し、メテルオールから溢れ出しそうなほどの土が生まれていましました。結果的にその土を推力にして再度帰還を目指すことになりました。その人手として、乗船していたスタッフは少なすぎましたが、インキュベータもなくエミュレーションブレインのストックもなかったメテルオールでは人型ロボットは増やせず、ソリッドタイプより維持コストの低い人造人間を製造することになったのですが、実行に当たったターレスト氏は必要数より多くの数を生み出しました。一言で言えばハーレムを作りたかったのでしょう」

「まさか、あの厳格な御仁が? それをマザーが認めたのですか」

「はい。その後も一人ずつスタッフを起こしていきました。一部は洞穴人と家庭を持ったものもいましたが、最終的には皆亡くなり、あなたが最後の一人というわけです」

「ガーディアンも全員?」

「四名はボディが限界を迎えた時にAIのコピーをマザーに封印しまししたが、残りはマザーの指示を果たし終えると、そのまま土に還りました」


 リトゥンテイムは眉間にシワを寄せて二、三度頭を振る。

 足元がおぼつかないのは冷凍睡眠から目覚めたばかりってだけではないかもしれない。

 しんどそうな話が続くが、ハーレムという単語を聞いて、少しだけ心がほっこりした気がする。

 どんな環境でも、同士はいるんだなあ。


「納得し難いですが、状況はわかりました。それで帰還に十万年もかかったのですか」

「そうなりますね」

「しかし、どうやって静止軌道上に投入したのです? そんなやり方ではとても……、それにあの黒竜はどうなったのです?」

「このメテルオールは現在、カラム29がこの空域にトラップしております」

「カラム29?」

「あちらのオーバーオールの愛らしいお嬢さんです」

「彼女がトラップとは?」

「彼女は女神の柱の管理者で、アジャールの叡智を受け継ぐ存在です。時空を歪ませ、メテルオールを固定しています」

「アジャールの!? 放浪者に続きそんなものが? いったい、何がどうなっているのですか」

「そこは後ほど。黒竜はすでに私のオーナーであるクリュウが消滅させました」

「あれを消滅!? ちょっと待ってください、もしや私は冷凍睡眠のトラブルで、おかしな夢を見ているのではないでしょうね」

「ご安心ください、あなたはたしかに目覚めておいでですよ」

「だといいのですが……」


 話しながら俺たちは墓場を散策する。

 起きてすぐに大変な話を聞かされ続けているリトゥンテイムはひどい顔をしていたが、すぐ近くで洞穴人の少女が真新しい墓にリンゴを供える様子をみつけ、声をかけると、少女はびっくりして飛び上がる。


「うわ、あたらしい妖精さん? それともヌシ様?」

「いいえ、私はただのリトゥンテイム、あなたは?」

「わたし、リキル」

「そのお墓はあなたの家族?」

「うーん家族ってヌシ様に仕える人でしょう? これはお友達のパマラ。でもパマラはどこで死んじゃったか分からないから中は空なの」

「そう、寂しいわね」

「でもきっと先に天国に行ってると思う。パマラはいつも言ってたけど、天国は青いだけじゃなくて、キラキラしてて、リンゴもすごくおいしいって。いつもへんなことばっかり言って、あんまり信じてなかったけど、またへんなお話聞きたいなあ」


 そこでリキルと名乗る洞穴人の少女は俺に気がつく。


「あ、男の人でしょ、絶対そう。新しいヌシさま?」

「さあ、どうかな」

「うーん、どうだろう」

「それよりも君は、パマラのお友達かい?」

「うん、パマラのこと、知ってるの?」

「あの子は先に天国についたからね。おじさんはそこから来たんだよ」

「ほんとに!?」

「ほんとうさ。これから君たち洞穴人をそこに連れて行こうと思うんだ」

「ほんとうのほんとうに? 母様のお声も聴けなくなって、ヌシ様も現れなくなって、大人はみんなどうしようって困ってた」

「じゃあ、みんなのところに案内してくれるかな?」

「うん! 今日の穴掘り終わりだから、みんな大穴に行ってご飯にするから、みんないる」


 元気に走り出したリキルちゃんの後を追って、移動する俺たち。

 なんかメンタルがしんどくなってきたなあ、こういう時は酒をしこたま飲んで寿司でもたらふく食って寝たい気持ちでいっぱいになる。

 なるんだけど、まあしょうがねえか。

 一方のリトゥンテイム嬢は、表情がしまってきた気がする。


「かつてここに仲間たちが生きていて、今もそれを偲ぶ人がいるんですね。だとすれば、私もマザーの指示に従うとしましょう。ですが、具体的にはどうすればよいのか」


 独り言のようにつぶやくリトゥンテイム。


「彼女たちの輸送と受け入れ先は、俺がなんとかしよう。それ以外のフォローを頼みたい」

「それ以外とは?」

「彼女たちが地上の文明と馴染むまで、面倒を見てもらいたいってことかな。今の彼女たちは、リンゴとパンぐらいしか食えない体らしいから。それに、馴染むためのプロセスは、君自身にも必要だろう。もちろん、地上のノードにもサポートしてもらうと思うが」

「それは必要でしょうね。ですが、このメテルオールはどうするのです?」

「こいつは月の向こう側まで移動させる。ここじゃ、ちょっと邪魔なんでね」

「それも、太古の力で?」

「そうなるな」

「そんな超越した力があったのなら、我々の苦難も回避できたのかも……」

「俺だって自分が人とはちょっと違うと知ってから、そう考えたこともあったけど、そういう考え方は、あまり意味がないようでね。結局、あるものはあるし、ないものはないんだよ」

「黒竜を退治しうる存在でも、できないことはあるのですか」

「そりゃあね、できることがちょっとずつ、ずれてるだけなんだろうさ」


 リトゥンテイムは、先程までの混乱を脱して、落ち着いた表情を見せている。

 僅かな時間で、気持ちの落とし所を見つけたのだろうか、あるいは古代人の高度な知性は、感情をコントロールする術を持っているのかもしれない。

 一方、同じ古代知性の塊であるオラクロンは、飄々とした顔で俺の後をついてきていたが、俺と目が合うと、思い出したかのようにこういった。


「ストームとセプテンバーグが、後ほどパマラを連れてくるそうです。一番いいタイミングで現れるそうですよ」

「また余計なことをしそうだな。カリスミュウルに頼んで内なる館経由で連れてこようと思ったんだが、まああの二人に頼んだほうが楽か。しかし、それならそれで、最初から連れてきてくれればよかったのに」

「ご主人様が居ないと、飛べないそうですよ」

「ふうん」


 額面通りには信じていないが、まあ本人がそう言ってたのならそういうことにしておこう。

 洞穴人のリキルちゃんは、ダッシュで駆けていったかと思うとすぐに戻ってきて、はやくはやくと俺たちを急かす。

 急かされてもおじさんは急に走れないのでのんびりついていくと、とうとう諦めたのか、俺達と並んで歩きだした。

 洞穴人が気に入ったらしいリエヒアが、リキルちゃんにもなにか話しかけている。

 同時通訳便利だな、つかあんな物があればパマラちゃんにも持たせておけばよかったのでは、とオラクロンに尋ねると、


「あれはパマラに持たせるために、スポックロンの方で開発した試作品ですよ」

「そうなのか」

「十万年前には、脳拡張で翻訳機能が実装されておりましたので、あのように回りくどいシステムは不要だったのです」

「便利なような、怖いような」

「成人してからの脳拡張はお勧めしませんね」

「そう言われると、逆に惜しい気もするな」

「脳の入出力が変更されるのは、落ち着かないものですよ。私もこの体になる前は、国中の端末を通して、同時に何百という人と会話しつつ、何千という視点で世界を観察していたものですが、今はこの目と耳しか有りませんからね。本体の方は今も変わらないわけですが」

「なかなか想像しづらい境地だな」

「ですが、生物としての認知能力は、これぐらいが適正なのかもしれませんね」

「どうだろうな、やってみてから判断したいものだが」


 オラクロンとスポックロンは、こうしてサポートしてもらう分にはあまり差を感じないな。

 あったことのないはずのパマラのことも知っているようだし、生身とは違う次元で情報共有などもしているのだろう。

 だからこそ、外見で攻めてきたのだろうか。

 そんな事を考えつつ草原のような墓地を抜け、アップルスターの中心に向けて歩き続ける。

 といっても半径二百キロぐらいはあるはずなので、まともに歩いて中心につくはずもなく、なんかちょっと内側ぐらいなのかなあ。

 よくわからんままに、たっぷり三キロ程歩いたら、土の洞窟があらわれた。

 一見、脆そうな赤土だが、手で触れるとカチコチに固まっている。

 不思議なもんだが、ギリギリ人が通れる高さの洞窟を蟻になった気分で進む。

 道中出会った洞穴人少女達に、リキルちゃんが次々と声をかけるので、ここについた頃には結構な行列になっていた。


「天国に帰ってきたってホント?」

「みんな死んだの?」

「死んでない方の天国だって!」

「青い天井のほう?」


 などと騒ぐ声が洞窟に響いてとてもやかましい。

 ちょっとうんざりしながらさらに進むと、やがて広い空洞に出た。

 元は円柱状の空間だったのだろうが、大半が土に埋もれている。

 その土を塗り固めた段々畑のようなスペースに木造の小屋が立ち並び、ところどころに巨大な精霊石が青い光を発している。

 なかなかファンタジックな光景だな。


「みんなー、天国だって! 新しいヌシ様が言ってる! 天国!」


 洞穴人少女が口々に叫びながら小屋に飛び込んでいくと、ワラワラと人が出てきた。

 多すぎてよくわからんが、それでも二、三千人ぐらいかなあ、聞いてた数よりだいぶ少ないので、他にも集落があるのかもしれない。

 その中でも長老っぽい老婆が輿に担がれてやってきた。

 老いたものほど、どんよりとくぼんだ眼差しで、こちらを見る。


「前のヌシ様がなくなってすでに数百年、母様の声も失われ、祭りものうなった。ヌシ様とおっしゃるなら、証をここに」


 長老ばあさんは、どうやら俺に言ってるようだ。

 証ってなんだろう、よくわからんが、俺の持ちネタは一つしかないからなあ。

 でも多分、ここの住民は紳士とか知らんだろうし、どうしたものかと悩んでいると、ミラー88がやってきて耳打ちする。


「オーナー、証とはマザーによるお披露目のことを指すようです。私が代理を務めてもよろしいでしょうか、お役に立ちます」

「おう、よろしく頼む」


 ミラー88はうなずくと、目を閉じる。

 少しの間をおいて、天井の照明が一段暗くなった。

 すると洞穴人たちは、どよめきながらも膝をついて、天井を仰ぐ。


「ごきげんよう、娘たちよ」


 どこからともなく、声が響く。


「かあさまだ!」

「かあさまが起きた!」

「でもちょっと違う気がする」


 洞穴人たちが口々に叫ぶ。

 エコーがガッツリかかって神秘的だが、ミラーの声だ。


「私はミラー。あなた達と同じ、母の娘の一人です。我々の母は長旅の疲れから、長い眠りについています。ですが心配はいりません。新たなる主が、皆を母のもとに誘うでしょう。さあ、旅の終わりです、荷物をまとめ、階段に集いなさい」


 ミラーの声が止むと、僅かな間をおいて、歓声が沸き起こる。

 やかましすぎて何を叫んでいるのか聞き取ることもできないが、ミラーの演説は成功したっぽい。

 やはり適当にうまいこと言って皆を丸め込むのが我が家のスタイルだといえよう。


「ヌシ様! 行こう、階段だって!」

「階段はあっち!」

「祭りの時にだけ行ける階段! 天国に行く階段!」


 そう言って少女たちが俺の手を引く。

 モテモテだなあ。

 それにしても、天国への階段か、金で買えるやつかな?

 歓喜と混乱に包まれた洞穴人たちを見守っていると、ミラー88が少し大きな声をだす。


「他の集落にも伝わったようです。誘導はこちらで行います、出発しましょう」

「そりゃいいんだけど、そもそも、どこにどうやって連れて行くんだ? アルサの街じゃ受け入れられんだろう」

「オーナーはすでに心積もりがお有りでしょう」

「まあ、あそこしかねえわなあ」


 まったく文化の違う大量の住民を受け入れるのだ。

 人里離れていて、食料供給なども問題がなく、生活や健康面でのサポートもできて、そして青い空が見える場所。

 ファーマクロンの管理する、アーランブーラン王国だ。

 その名をあげると、オラクロンが、


「ファーマクロンはすでに受け入れ準備を済ませておりますよ」

「気が利くな」

「そうでなければノードの名がすたるというものです」

「頼もしいな」


 従者が頼もしいと、主人は楽でいいなあ。

 あとは無事に彼女たちを地上に降ろすだけか。

 その辺も全て丸投げでどうにかなるといいなあ。

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