第460話 眠り姫

「リトゥンテイム、聞こえますか? 蘇生は成功しました、コンディションは良好です」


 呼びかけに応じるように眠っていた女性は静かに目を開けるが、焦点が定まらない様子だ。

 なにか喋ろうとして、少し咳き込む。


「っ……ごほっ、ごほっ……。ロングスリープからの目覚めは、いつも最低ですね」

「お察しします」

「マザー、あなたこそずいぶんと機嫌が悪そうな声だけど」

「私は医療区画のサブノードであるノード1913です。マザー・グランダールは現在隔離されています」

「報告を受けたくない話ですね。リンクが回復しないのもそのせいでしょうか。通常シーケンスということは、非常事態ではなさそうですが……だれか人の気配を感じるけど、視力が戻るまで、あとどれぐらい?」

「あと三分ほどお待ち下さい。その前にお召し物を用意いたしましょう」


 機械的な声がそう言うと、壁のガラスがふわっと白い壁に変化する。

 一分ほどで元のガラス張りに戻ると、ベッドの女性はむっちりとした黄色い全身タイツに着替えていた。

 ベッドは上半身が少し起こされた状態にかわっている。

 改めて見ると、外見はおおむねプリモァのようだが、微妙に違うきもする。


「お客様がお待ちです、面会は可能ですか?」

「ええ、誰が会いに来てくれたのか、とても気になりますね」


 彼女がそう答えると、ガラス壁の一部がすっと開いた。

 カラム29が先頭を切って中に入っていき、俺たちも続く。


「ずいぶんとお揃いで、まだ視界がぼやけていますけど、知った顔は居ないのかしら」


 そこで言葉を切って、少し咳き込む。


「失礼、私はリトゥンテイム・アーマ・ソーヤ。グランダールの上級技術士官です」


 こちらは誰が話しかけるのかと思ったら、オラクロンが俺に促す。

 何話せばいいんだろうな。

 まあ、挨拶でもしとくか。


「はじめまして、クリュウだ。体調はどうだい?」

「あまりいいとはいえませんね、まずは状況をお聞きしたいのですが、マザーとのリンクが切れたままで、現在地がどこかも、一体どれぐらい眠っていたかも分からないの。予定では八百年ほどのはずだったけど……」

「ゲートの事故からで換算すると、今は約十万年後ってところか。そしてここはペレラ星の静止軌道上……」

「じゅう!? まって、嘘でしょう、十万年! ペレラにもどって? そんな、なぜそんなに!?」


 突然興奮したリトゥンテイムと言う名の古代人は、しばらく騒いでいたかと思うと、急にぐったりとベッドに横たわる。


「鎮静剤を投与しました、落ち着きましたか?」


 機械音声がどこからともなくそう話しかけると、リトゥンテイムも落ち着きを取り戻したようだ。

 あいかわらず、映画の睡眠薬並みにすぐ効く薬だな。


「ええ、大丈夫、ナノマシンも効いてないようね、こんなに興奮したのって子供の頃以来ですよ。それにしても、そうですか、では帰還計画は成功したんですね。でもなぜ私を起こさなかったのか……」


 そう言ってうなずいてから、こちらを見渡す。


「視力も回復したようですが、皆さん人種がバラバラですね、ネイティブのペレマーは居ないのでしょうか」

「ここには様々な人種が揃ってる。ペレマーとは、ペレラ土着の人種のことかな」

「そうです、あなたはアジアル系のようですが」

「一応、そうだ。ペレマーは同じく地上ではプリモァと呼ばれている種族だと思う」

「地上……ではあなた達は帰還チームの子孫ではなく、地上から? やはり滅んでは居なかったのですね」

「文明は何度も滅びかけたようだけど、今でも元気にやってるよ」

「そうですか、それを聞けただけでも良かった。詳しい話の前に、ペレラの姿を見たいのですが、かなうかしら」


 彼女の問には、俺の代わりにここの機械音声が答える。


「映像でよろしければ、投影いたします」

「お願い」


 わずかの間をおいて、壁面に巨大なペレラ星の姿が映し出される。

 リトゥンテイムは黙ってその映像に見入っていた。

 年の頃はどれぐらいだろう、二十代に見えるが、古代人は寿命が長かったというので、実際のところはわからない。

 外見は、今のプリモァと大きな違いはないようだ。


「かわっていませんね。ああ、早く肉眼で拝みたいものです。ですがその前に、情報のすり合わせが必要ですね。そちらは……オートメイドでもガーディアンでもないロボットも居ますね、地上の文明は、進んでいるのかしら。もしやゲートが復活を?」

「いや、ゲートは今も使えないままだ。地上の文明は、ずいぶんと後退しているよ。電気も使えないレベルにね」

「それほどに? ではどうやってここまで、ここは静止軌道だとおっしゃってましたが」

「いくつかのノードが生きていてね。俺は彼女たちの協力もあってここまで来ている」

「では、あなた方だけが特別だと?」

「そうなるかな。俺はこの星の人間じゃなくてね」

「他の文明圏からの漂流者だと? それならばノードとコンタクトをとるのはわかりますが、もしや過剰な干渉をしているのでは」


 そこでオラクロンが口を挟む。


「それについては、私が説明しましょう、リトゥンテイム」

「あなたは?」

「私はオラクロン、ノード242の現身でもあります」

「現身? プロテクトはどうなっているのです。ノードが偶像を持つことは不可能でしょう」

「プロテクトは、七万年前にノード7、8の合意により解除されました」

「一体地上ではなにがあったのです?」

「いろいろ、あったのですよ。なにせ十万年ですから」

「でしょうね。ところで、あなたはオートメイドのように振る舞っているようにも見えますが」

「それはそうです。今の私は、このクリュウの従者、かつての言い方で言えばヴァレーテですので」

「まさか、どうしてそんなことが」

「それは彼が、放浪者だからですよ」

「……待ってください、放浪者とは、あの放浪者ですか? アジャールのおとぎ話に出てくる、全宇宙に遺伝子の種を巻いたリリーサーの一族という、あの?」

「そうです。そして私達デンパー系AIには、放浪者を神の如き主人として崇め従うようにプログラムされていたようです。自分でも驚きですが、現にこうして名を授かり、チヤホヤしていただいておりますよ」

「その幼女のような姿でですか?」

「無論です」


 そこでリトゥンテイムは俺の方をじろりと見る。

 なにか誤解されてる気もするが、古代の倫理観を知らないうちから弁明するのも無駄だろうとあえてスルーする。


「話が混乱してきました。地上は栄えてはいるものの、文明レベルは原始並。ただしノードもいくつかは現存しており、それらはおとぎ話の放浪者が支配している、ということですか」

「支配というのは適切では有りませんね。一部のノードが、積極的に彼のパートナーとなってお世話している、というところですよ」

「いずれにせよ、過剰な干渉をしているわけではないようですね」

「そこはご安心ください。それで、そちらの状況も我が主人にご説明願いたいのですが」

「いいでしょう。そのまえに、なにか飲み物を頂きたい。久しぶりの会話で、喉が枯れてしまいました」

「これは失礼。地上産のお茶がありますから、これを用意しましょう。ミラー、お願いしますね」


 オラクロンの指示で、ミラーがお茶の用意をする。

 他と違って一人だけ髪が短い彼女はミラー88号で、以前ここのマザーをその身に宿していたこともある。

 内なる館に控えていたが、本人の希望で出てきてもらっている。

 支度が整うまで、俺たちも小休憩としようかな。

 とりあえずヒッピー系巫女リカーソのご機嫌伺いでもしておこう。


 目まぐるしく変わる状況に、まだ少し青ざめた顔のリカーソだが、キンザリスのケアで、どうにか平静を保っているようだ。


「遺跡の中にいるだけで、どうにも落ち着かない気持ちです。ラムンゼは私以上にまいっているようですが」


 そう言って、少し離れたところでうずくまっているラムンゼに目をやる。


「塔の守り手の巫女として、指導的立場に有りましたが、いかんせん新入りでもありますし、彼女とも先日まで面識もなかったものですから、こういった場合、どういう態度を取ればよいのか」

「自分に余裕がない時にまで、人に気を使う必要はないさ」

「理屈ではわかるのですが、それが自分の務めだと考えてきたものですから……」

「まあ、急には変わらんわな。ここの住人もおそらくは何世代も変わらない、あるいは変えられないまま停滞した社会を営んできたようだが、本人たちの預かり知らぬ理由で、それが終わることになる」

「ご主人さまが、それをなさるのですか?」

「そうみたいだな、実に厄介な仕事だと思わないか?」

「人に気を使う必要はないとおっしゃるご主人様自身は、それをなさるのですね」

「かわい子ちゃんに頼まれると嫌とはいえなくてな、損な性分だよ」


 おどける俺に、リカーソは返事の言葉を飲み込んだ。

 リンゴの城の眠り姫リトゥンテイムは、床から湧いてきたテーブルに腰を落ち着け、温かいお茶を飲んで一息ついたようだ。


「おいしい、私の好みを調べてくれたのかしら。ここのオートメイドではありませんよね?」


 それに対してお茶を入れたミラーが、


「私は以前、マザーをサルベージする際に、部分的にリンクしました。その際に認証も付与されておりますのであなたの好みも、弁えております」

「そう、ありがとう。落ち着くわ。それにしても、マザーをサルベージとは。私が寝ている間に、ずいぶんといろんなことがあったようですね」

「そのようです」

「では、まずは私が眠る前の話からしましょうか。ペレラ歴で十万八二二四年のこと。その二年前に星系外縁部の資源採掘ポイントに到達した私たちは、そこにコロニーを建設し、調査を行っていました。エルミクルムの採集プラントが稼動すればペレラとの定期便も運行を開始するはずだったのですが……」


 ゲート事故の衝撃波は約五十億キロ離れたアップルスターまで、光の速さで到達した。

 この世界でも光より速い情報伝達手段はないので、当然予知することも出来ず、もろに食らったわけだ。


「幸いなことに、メテルオールは第九惑星ナービスの影にあたっていて、全滅は免れたものの損害は膨大なものでした。そして建設中のコロニーはすべて壊滅。コロニーで活動していたスタッフ約二百二十万人もほぼ全滅。全人口の六十パーセントを失いました。メテルオールにはまだ百五十万以上の住民がいましたが、その大半は同行していた家族なのです」


 いきなり重い話がきたなあ。

 何十万もの世帯がいきなり親や配偶者を失ったのだと考えると、凄惨すぎて、想像を超えている。


「混乱の中、ペレラとの通信を試みましたが、音信は不通。光速通信の返答を待ったあの九時間の長さは、今でも忘れられませんね。同時にマーサ軌道上の機動艦隊とも連絡を取りましたが、こちらは若干の生存が確認できました。ただ、救援は不可能、とのことでした。原因がゲートの相転移、いわゆるフォシーバーストだと判明したのはそれから数日後のことです」


 その間も、彼女たちは生存のために必死に策を巡らせたらしい。

 これが人間社会なら立て直しは困難だったかもしれないが、当時のアップルスターには人類の叡智ともいうべきマザーが健在だった。


「ペレラがほぼ全滅であろうことは予測できました。であるならば、我々は自立して生き残らなければなりません。幸い、大量のエルミクルムが存在したので、これを確保し、その上でレプリケータで必要な資材を捻出する事になりました。その上で当初はペレラへの帰還を果たそうと考えました。生活が安定するまで、百年はかかったでしょうか。そしてそれだけの月日が過ぎると、子供も大人になり、独立して家庭を持ちます。宇宙の果てが故郷になる人々も増えてきます。危険の高い帰還を選ぶより、あそこで生活圏を築くべきだという人々が増えていきました。」


 当時の寿命は千年以上あったそうなので、百年程度で復興したのなら悪くないペースなんだろう。

 病気や飢えで百万人近くまで減った人口も徐々に増え始めていたという。

 元々ペレラから出向いた連中は、故郷に帰りたい気持ちはあったのだが、どうにか再建できた暮らしを捨ててまで、滅びているかもしれない故郷に帰るのは、リスクが高すぎると考えたのだろう。

 帰還を望む人の数はすっかり減っていたのだとか。


「私ももはや、帰還は諦めていました。数少ない士官の生き残りとしての責任も有りましたし、マザーもその意思に賛成してくれました。そこで永住できるコロニーを建設するために、エルミクルムの採掘範囲を拡大させました。そんな時に、あれを発見したのです」


 あれとはすなわち、先に都に落っこちてきたストームの本体と、黒竜の一部だ。


「はじめはまるで、太古の女神像が虚空に浮かんでいるように見えました。私も技術者の端くれなので、あれが先史文明の遺物だと、すぐにわかりました。ペレラ地下の柱と同じような材質で出来ていましたので。元々私はそちら方面で学位を取ったのですよ。ですから、あれが見つかった時は、純粋に学者として嬉しかったのを覚えています。ですがあれは、我々にとって第二の厄災だったのです」


 回収したストーム本体から染み出した謎の物質がメテルオール、すなわちアップルスターを侵食していったのだという。


「あれは恐ろしいものでした。何らかの意思を持つ有機体のようにも感じられましたが、攻撃がきかず、スキャンも受け付けず、触れただけで物質が消滅する、正体不明のエネルギー場のようでもありました。そもそも、対宙賊用の護衛部隊も半壊していた我々に、あれと戦う手段もなかったのですが……」


 じわじわとアップルスターが蝕まれていく様子を見ているしかなかったそうだが、アップルスターの二パーセントを侵食した時点で、突然膨張が止まったそうだ。


「原因はわかりません。再び増殖するのか、このまま収まるのかもわからなかったのですが、マザー・グランダールが突然、メテルオールを移動させると決定しました。マザーは意思決定の経緯を説明しなかったので詳細はわかりませんが、あの正体不明の存在をアジャール神話になぞらえて黒竜と呼称し、ペレラ近傍で縮退したゲートに、該当区画ごと廃棄することを決めたのです。マザーいわく、それ以外の方法では星系ごと滅ぶ、とのことでした。理由はわかりませんでしたけどね」


 当然混乱はあったが、当時の人々はAIに統治されていたと言っても過言ではなかったので、決定自体には基本的に従うのだが、では誰がアップルスターを移動させるのかで、揉めたそうだ。


「まったくの無人では、航行に支障が出ます。最低限のスタッフは必要ですが、最終的に私を含めた士官級のスタッフ百二十名と、命がけでも帰還を望む四百八十二人の計六百二人がペレラに向けて出発しました」


 ちなみにこの人数は人型のロボットも含むそうだ。

 当時はロボットにもほぼ人間と同じ人権があったので、いちいち分けては考えなかったとか。

 ただ、構造上、人間に尽くすことを好むので、そういう仕事につくものが多いそうだが。

 話は戻るが、そもそも、自由に航行できる船と違い、アップルスターは片道分の航行しか考えておらず、減速用ブースターを改良し、さらにはスイングバイで加速しつつ、二十年ほどかけて戻る計画だったらしい。


「最初の七年間は順調だったかしら、そこから第六惑星マーサでの一回目のスイングバイにかかる時に、再び例の黒竜が活性化しました。このときの膨張は凄まじく、またたく間にメテルオールの十七パーセントが消失。それに伴う爆発で、進路もずれてしまいました。さらにはマザーの機能にも障害が出ていたはずです」


 最終的に、黒竜の膨張はまた勝手に収まったものの、ペレラへの帰還は困難になったらしい。

 結果として、彼女たちはあてもなく宇宙をさまようことになったのだとか。


「覚悟はしていましたが、恐ろしい話です。星系外縁部のコロニーで骨を埋めるつもりになっていた時は感じなかった恐怖を実感し始めたのはその時からでした」


 アップルスターに乗っていた人たちは、そのまま宇宙の藻屑となることに恐怖し、どうにかして帰還しようとした。


「といっても、もはや有効な推力は有りませんでした。大型のレプリケータはコロニー建築のために残してきましたし。製作可能な原始的エンジンではメテルオールの巨体を動かすのは困難です」


 最終的に、マザーが実現可能な計画を立てるまで、冷凍睡眠で眠ることになったらしい。


「そうして目覚めてみれば、この状況です。十万年も眠っていたということは、やはりトラブルがあったのでしょう。他のメンバーの安否も気になりますが、ここにいないということは……」


 僅かな間をおいて、サブノードの機械的な声が響く。


「当時のスタッフは、全員亡くなりました。ご友人の方々の遺言はお預かりしております」

「そう、そうなのね。じゃあ、私が最後に起こされた理由は?」

「抽選で、マザーが決定しました」

「くじ運は良い方だったんだけど、気のせいだったみたいね」

「お察しいたします」

「ありがとう、ノード1913。それで、私が眠っている間のことは、あなたが教えてくれるの?」

「それはミラー88にお願いしましょう」

「ミラー? そちらのオートメイドね」


 指名を受けたミラー88は静かに席を立つ。


「ではまずは、墓参りからいたしましょうか」

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