第459話 リンゴの星

「お疲れ様でした、無事に入港しました。アップルスターの内部は、生命活動が可能な状態に保たれているようです」


 青いアヒル号がアップルスターに入港したところで、オラクロンが状況を説明してくれる。


「カラム29は見つかったか?」

「はい、出迎えてくれるようですよ」

「じゃあ、彼女を連れて帰れば任務完了か」

「そう簡単にはいかないかもしれませんね」

「行ってほしいんだけどなあ」


 シャトルから降りると、構造的には先程の発着ポートと同じで、気密室を兼ねた桟橋的な通路を抜け、広いロビーに出る。

 空港で言えばターミナル的な場所だと思うんだけど、軌道リングの方はいかにもそれっぽい作りで気にもとめずにスルーしたが、こっちはただの倉庫みたいな作りだ。

 そういやアップルスターって資源採掘のための船だったっけ?

 それ以外にも、違いはある。

 床にはまだらに土が盛られ、雑草が無造作に生えているのだ。

 壁や天井にも蔦が絡まっている。

 大丈夫かな、これ。

 蔦が絡まって開きっぱなしの扉をくぐると、例の幼女であるカラム29が待っていた。

 真っ白いレオタードの上から膝の擦り切れたオーバーオールという、なんともいい難い格好だ。


「ようこそ、そろそろ来るのではないかと思っていました」

「出迎えありがとさん。待ったかい?」

「いえ、とくにそういう事はありません」


 魔界で出会った時と同様、相変わらずぶっきらぼうに喋るカラム29。

 ちょっとずつ性格に差があるのかな。


「君を連れ帰るように、他のカラムから言われてきたんだが」

「あれの後始末の件でしょう。そのまえに、ここの処理も必要です」

「ここの処理とは?」

「ここに居住している洞穴人たちを地上におろし、この船を、月の向こうまで移動させます」

「ふむ、目処は付いてるのか?」

「船の移動はこちらでやりますが、洞穴人たちの受け入れは、そちらにお願いします」

「人数は」

「約三万人」

「ここのサイズを考えると、結構少ないもんだな。何百万人も住んでたって聞いたけど」

「生き残ったのは大半が女性型人造人間で、生殖を制御し、人口を調整していたようです」

「やっぱ普通の人間ではなかったのか」


 パマラを調べた時に、それっぽいことを言ってたもんなあ。


「それで十万年前の連中は結局どうなったんだ?」

「それに関しては、当人から話を聞くのが良いでしょう」

「まだ生きてるのか?」

「最後の一人が冷凍睡眠中です。先程解除したので、そろそろ目覚めます。こちらへどうぞ」


 なんかしんどそうな気配が漂ってきたなあ。

 などという俺の想像を無視して、カラム29はポクポクと俺達を先導する。

 通路は先程の軌道リングよりもさらにメカっぽい印象だが、幅も広く巨人でも十分通れそうな作りだった。

 だが、あちこちに土が溢れていて、草も生えている。

 にも関わらず廃墟っぽく朽ちている感じもなくて、むき出しの壁は磨き上げたかのようにツルツルで、CGに金がかかってないゲームみたいだ。

 さらに進むと土の香りに混じって、なんだか甘酸っぱい香りが奥から漂ってきた。

 つきあたりの大きな扉を抜けると野球場の数倍はありそうな、球形のスペースに出る。

 俺達のいる場所は重力が効いているが、スペースの中央は無重力のようで、巨大な土の塊が浮かび、天地お構いなしに巨木がニョキニョキ生えている。

 見れば立派なリンゴの木で、赤い実がみっしりと実っていた。

 それを小さな人間が、宙に浮かびながら拾い集めている。

 あれが洞穴人か。

 遠目に見た感じ、幼女から少女ぐらいの年齢ばかりだな、大人は居ないのだろうか。

 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、先をゆくカラム29が振り返り、


「食料集めと穴掘りは、子供の仕事です。子供と言っても、千歳程度までは子供のままですが」

「ふうん、じゃあ、大人は?」

「船の深部に、大穴と呼ばれる集落が有り、そこで暮らしています」


 もっと説明を聞きたかったが、あまり話すつもりはないようだ。

 最後の生き残りに聞けって言ってたしな。

 リンゴの木を横目に少し進むと、洞穴人の子供が通路に陣取って、大きな木箱いっぱいにリンゴを詰めていた。

 全員、擦り切れた麻のワンピースを着ている。

 手作りにしては形が揃いすぎているので、配給品だろうか。

 そういえばパマラもこんな服を来ていた気がするが、俺の注意力は散漫なのであまり覚えていない。


「あ、妖精さん、リンゴたべる?」

「妖精さん増えてる、新しいヌシ様?」

「ねえ、もうすぐお祭りってほんとう? もう長いことやってない」


 無邪気に話す幼女たちは、実に屈託のない笑顔で、これが本物の幼女だよなあ、と見かけだけ幼女なオラクロンの方をちらりと見ると、見かけだけは無邪気そうな笑顔を返してきた。

 一方、俺のそばに控えていた温泉令嬢のリエヒアは、俺の袖を引っ張ると、


「この子達はなんと言っているんですか?」

「そういえば言葉が通じないんだったな。オラクロン、自動翻訳とかって出来なかったっけ?」

「ではこれを」


 そう言って小さなペンダントを手渡す。

 首に下げておくと、会話の音声に干渉して、同時通訳された現代語が聞こえる翻訳装置らしい。

 同時にこちらの話す声も、翻訳したものに置き換えるのだとか。

 どうにか言葉が通じるようになると、洞穴人に色々話しかける。


「あなた達、お名前は? 親御さんはいらっしゃらないの? まあリンゴをありがとう、ちょっと酸っぱいですね、でもとても新鮮で、まあまあそんなに汚して、お風呂はないんですか、うちの実家にくればたっぷりのお湯で……」


 などといつになく早口でまくし立てているが、洞穴人の幼女たちはニコニコしながらうなずいていた。

 言葉が通じても話が通じてる気がしないんだけど、まあ当人たちは楽しそうなので別にいいだろう。

 少しリンゴをごちそうになってから、再び先に進む。

 リエヒアは洞穴人が気に入ったのか、上機嫌だ。


「元気で愛らしい子どもたちでしたね。あの子達はこの遺跡のような場所で生まれ育ったのでしょうか」

「そのようだな」

「女の子ばかりでしたけど、男の子や大人は、別の場所にいるんでしょうか」

「どうなんだろうなあ」


 状況から考えるに、ハッピーな境遇ではなかったのではないかと想像はつく。

 おそらくは労働者か何かとして作られ、作った側の人間が滅びたあとも、穴を掘りリンゴを集めて暮らしてきたんだろう。

 およそ文明の進歩とは程遠い存在で、自ら進歩を捨てた塔の守り手たちと重なる部分もないではない。

 とはいえ、うちにいるパマラもそうだが、ここの子どもたちも皆楽しそうで、飢えたり酷使されている様子もなく、その笑顔はとても無邪気だ。

 さっきリカーソに偉そうなことを言ってしまった手前、ダブスタのそしりは免れないかもしれないが、どっちが幸福かは当人にしかわからないんだよな。

 リカーソはそもそも自分たちの教えに疑問を持ってたフシがあるし、俺と相性が合う以上、俺と似た価値観を持っている可能性が高いという予想が立ったからこそ頑張って口説いてみたという言い訳みたいなことはできるんだけど、ここの連中が今の暮らしで幸せなら、余計なことはしたくないんだよな。

 カラム29は俺に受け入れをどうにかしろと言っていたが、慎重に検討する必要があるだろうなあ。


 そんなことをグダグダ考えるうちに、俺たちは大きなエレベータを経由して、ちょっと雰囲気の違う区画に出た。

 カラム29曰く、医療施設らしい。


「長期の冷凍睡眠で、若干再生に時間がかかっていましたが、そろそろ意識が回復するようです」


 そう言って示した先はガラス張りの部屋で、中央には柔らかい光に包まれたベッドがあり、若い女性が横たわっていた。

 首筋と手首にチューブが繋がれ、体には薄いシーツがかけられている。

 少し、指先が動いたかと思うと、胸がわずかに上下する。

 同時に、機械的な声が響いた。


「自発呼吸を確認、蘇生完了、覚醒しました。おはようございます、リトゥンテイム」

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