第458話 リング・アメルナ 後編

 この部屋は展望スペースだったようで、見晴らしの良い窓の向こうには惑星ペレラが美しい姿を浮かべている。

 内なる館から呼び出したミラーを使い用意してもらった携帯用テーブルセットに腰を下ろし、熱いお茶で一息つきながら全員が揃うのを待つ。

 どうにか泣き止んだ新従者リカーソの相手は、オラクロンとともに合流したキンザリスが見てくれている。

 キンザリスは同じ神殿で生まれた先輩に当たるようで、多少の面識があるようだ。

 今、俺が相手をするとまた興奮してしまうかもしれないので、落ち着くまでは任せておこう。


「それにしても、キンザリスだけでなく、リカーソまで従者にしてしまうとは。噂に違わぬ豪腕ですね」


 一緒にお茶をすすりながらつぶやくオラクロン。


「あの二人は近年生まれた中で、もっともユニークなホロアと言えるでしょう」

「ユニークって便利な表現だよな」

「いかにも。ですが、リカーソのような純朴な娘にあのような試練を与えた女神様には一言物申したい気持ちはありますね」

「そういうことなら、直接言ってみたらどうだ?」


 いいタイミングで右の耳の穴がムズムズするので、指を突っ込んで引っ張り出してみると、にゅーっと出てくる。


「ざんねん、ハズレ」


 出てきたのはパルクールだった、まぎらわしい。

 じゃあ反対か、と左の耳から引っ張り出すと、こちらはビジェンだった。

 さっきのドラゴン族らしい外見から、また元のふにゃふにゃした妖精っぽい姿に戻っている。


「ヌーン、アタリ」

「おう、ビジェン。オラクロンがお説教したいらしいぞ」

「ムーン、いいよ」


 いいよと言いつつ俺の両手を取ると、自分の顔の両サイドに当てて耳をふさぐ。

 聞く耳は持たぬということか。

 それを見たオラクロンは、


「手強いですね、手がかかる子ほどかわいいなどと世の親はいいますが、我が子可愛さからの結論有りきで語っているだけではないかと思えてきます」

「そうかもしれん、俺から見たら、お前でさえかわいく見えるしな」

「まあ、お上手ですこと、うふふ」


 などと笑いながら、グビグビお茶を飲んでいると、セスたちも無事にやってきた。

 どうやらラムンゼ隊長も連れてきてくれたようだが、彼女は真っ青な顔でげっそりとやつれていた。

 気持ちはわかるが、同情するほどでもないかな。


「おまたせしました、ご主人様。またどうやら、厄介な状況に巻き込まれたようですね」


 言葉とは裏腹に、楽しそうに話すセス。


「さっさと用事を済ませて、帰りたいところだが」

「それにしても、ここが宇宙という空の彼方で、あれがペレラの星ですか。事前に学んでいたこととはいえ、目の当たりにすると実に……なんというか想像を絶するものですね」

「そうなんだ、俺もじわじわと実感が湧いてきたと言うかなんというか」


 今度こそ宇宙を堪能しようと思ってたんだけどリカーソをゲットするのに必死だったので、バリアに阻まれた前回同様、素直には楽しませてはくれないようだ。


「それで、ここではどのような用件を?」


 セスの質問を受けて、俺もオラクロンに尋ねる。


「そうだった、ここからアップルスターには行けるのか?」

「シャトルを準備中ですので、それに乗って行けば大丈夫かと。とはいえ、長く使用していなかったので、安全性チェックに時間がかかっております。あと一時間程度お待ち下さい」

「ふむ、他になにか問題はありそうか?」

「アップルスターに到着するまでは問題ありません。到着後は、何が起こるか予想できませんので、最低限、宇宙服の着用と、護衛の増強をご検討ください」

「じゃあ、よきに計らってくれ」

「かしこまりました」


 丸投げしたところで、改めて宇宙を堪能しよう。

 なんせ宇宙だからな。

 展望室の巨大窓まで歩いていくと、目の前いっぱいに真っ暗な宇宙と、地上から見る月の何十倍も大きい、といっても、日本に居た頃に見た宇宙ステーションからの映像に比べるとずいぶん小さなペレラ星が見える。

 陸の形こそ違えど地球にそっくりだなあ。

 しかし、静止軌道って想像よりかなり遠いもんだな。

 国際宇宙ステーションって四百キロぐらいだったっけ?


「どうです、ここからの眺めは」


 いつの間にか隣に来ていたオラクロンが、小さな手で俺の袖口につかまりながら、問いかける。


「いいな。地の底から空の果てまで、色々堪能できて、わざわざ遠くからこの星までやってきたかいがあったってもんだ」

「それは何よりですね」

「それにしても遠いな、もっと低い軌道に作ったほうが便利だったんじゃ? まあ、安定するんだろうけど」

「最初期の軌道リングは、八百キロほどの高度に存在しました。今もその残骸がデブリとして地上からも観測されますよ。天空の輪と呼ばれているようですね」

「ああ、俺も見たことあるけど、あれはここのリングそのものじゃないのか」

「こちらは肉眼では見えませんね。遮蔽装置が故障しているので、望遠鏡などがあれば見えますが」

「なるほどねえ」

「それで、静止軌道上に軌道リングとバリアを設置した理由ですが、一つにはゲートとの兼ね合いです」

「ゲート? ああ、よその星系と行き来するためのゲートか」

「当時ゲートは一種の共鳴軌道でペレラと月の間を周回するようにトラップしていました。様々な条件から軌道は決定していたのですが、これの近地点が約四万キロですので、これより内側にバリアを張る必要があり、その範囲で一番効率が良いのが静止軌道なのです」

「トラップってのは人工的に周回させてたのか」

「そうですね、ゲートは自然発生した状態では小さな球状で、これを重力場でレンズ状に引き伸ばすことで出入りがしやすい形状にしてあります。それと同時に、位置的にも主星であるペレラと行き来するのに都合のいい場所に配置しておりました」

「ふうん、しかしエレベータで登ってくるのは大変だろう」

「貨物はエレベータを使用していましたが、人の移動はもっと下で終わりですね、最大でも高度五百キロ程度で、そこからはシャトルになります。直接船で地上と行き来することも多かったのですよ」


 なんかよくわからんが、これだけの技術があっても、宇宙に出るのはそれなりに大変そうだなあという気がした。


 先ほど従者になったばかりのヒッピー系巫女のリカーソは、まだキンザリスのカウンセリングを受けている。

 一緒に様子を見ていたミラーによると、かなり精神的にまいっているようなので、長期の休息か薬物療養が必要だと思われるとのことだ。

 といっても、ここじゃあなあ。

 内なる館に入れておくといいんだけど、本人はここで何が行われるのか見届けたいと言っているので、とりあえずミラーが用意してくれた精神を安定させる不思議な薬を与えておいたところ、たちまち落ち着きを取り戻した。


「先程までの不安と混乱が、嘘のように収まってしまいました。これも、失われた知恵の成果なのでしょうか」


 少しほうけた顔で呟くリカーソ。

 一方、ラムンゼ隊長さんは、ますます顔を青くして精神的にかなり追い詰められていた。


「あれが、ペレラの星、周りには何もない、あの闇こそ、黒竜そのものではないか、そんな、私は、いや、この世界はすでに……」


 爪を噛んでぶつぶつとつぶやいている。

 かなりヤバそうなので、うちなる館にでも突っ込んで麻酔で強引に眠らせとくかと思ったら、彼女は中に入れることが出来なかった。

 前にもそういう事があったけど、もしかして従者しか入れられないとかそういうアレなのかな?

 いやでも、従者になる前に入れてたのもいるし、そもそもフューエルとかのアーシアル人は別に血の契約とかしてないしな、スケベはしてるけど。

 俺に都合の良い人間しか入れられないとか、そういう制限があるのかなあ。

 じゃあ無機物はどうなんだとか、色々怪しくなってくるが、まあいいか。

 とにかく、この厄介なお荷物さんをどうしたものか。

 責任者ともいうべきリカーソは、まだメンタルが微妙な状態の気がするので押し付けたくはないしなあ。

 仕方ないのでミラーに手を引いてもらってこのまま連れて行くか。

 そうこうするうちに、時間は過ぎて、出発の準備ができたようだ。


「シャトルの支度が整いました、参りましょうか」


 オラクロンの案内でシャトルのある発着ポートまで移動する。

 どうやらすぐ近くのようで、それを見越して待ち合わせ場所も選ばれていたのだろう。

 スポックロンもそうだが、すごく気が利いているのにちっともそうは見えないあたり、実に残念で結構なことであるなあと思う。

 ポートには小型の船が何隻も停泊していたが、そのうちの青い船に乗りこむ。


「こちらシャトルランチ『青いアヒル号』で、地上や軌道リング間の移動に使われておりました。今風に言うと乗合馬車のようなものですね」


 とオラクロン。

 タイヤのないバスみたいな感じだな、あるいは大きなケーブルカーというか。

 青いボディに白い差し色のラインが引かれているが、あまりアヒルっぽくはない。


「ファンシーな名前だな、どういうアレなんだ?」

「たしか、当時の子供達から公募した名前だったようですが、詳細は残っておりませんね。青はわかりますが、どこがアヒルだったのでしょうね」

「さあなあ、お前も見かけどおりの子供の心を持って考えてみたらどうだ」

「私は外見とのギャップを売りにする女ですので」


 悪びれないオラクロンの手を引いて青いアヒル号に乗り込むと、中は大きな窓の付いた四列シートで、ますますバスっぽい。

 二階建てでそれぞれ六十人ずつの定員百二十人乗りのようだ。

 バスとしては多い気もするが、宇宙の乗り物としてはどうなんだろう。

 四列とは言え、独立タイプで椅子も大きく間隔もゆったりしており、乗り心地は良い。

 窓際に陣取ってワクワクしながら待っていると、船内アナウンスが入る。


「本日のご乗車、ありがとうございます。リング・テーベーまでの所要時間は二十二分となっております。本船は重力サポートはございません。離着陸時に若干揺れる可能性がございますので、お立ちにならないようにお願い致します」


 アナウンスが終わると、静かに船が動き出した。

 すーっとポートから出ると、まず最初に目に入ったのはキラキラと銀色に煌く軌道リングの外壁で、それはすぐに見えなくなり、あとは真っ暗な宇宙だ。

 ペレラ星は反対側だったようで、俺の側からは星空しか見えない。

 移動しようかと思ったが、船内は完全に無重力で、椅子から尻を浮かせた瞬間、バランスを崩して慌てて体を動かし頭やスネをぶつけてしまったので、諦めて大人しくしておくことにした。

 窓越しに見る生の宇宙は、無数の星がはるか遠くの天球にピタッと張り付いて見えて、なんというか立体感があるようなないような不思議な感じだ。


「少し加速しますよ」


 隣の席のオラクロンがいい終えると同時に、わずかにシートに押し付けられるようにGがかかる。

 同時に、なにかキラキラとした粒子のようなものが、窓越しに見えた。


「推進剤とバリアとの干渉ですね。もうすぐあちらの窓からアップルスターがみえますよ」


 オラクロンが指さした斜め前の窓越しに、小さく光る星のようなものが見える。

 はじめはゴルフボールぐらいかな、と思ったらじわじわ大きくなっていき、気がついたら視界に収まらないほどの大きさになってしまった。

 宇宙ってやつはほんとに距離感とかスケール感がわからんもんだな。


「直接、アップルスターに乗り込めるようですね。あちらからのビーコンがでています。直接入港しましょう。ヘルメットをお忘れなく」


 巨大な丸い塊であるアップルスターは、やはり巨大で細い軌道リングにくっついていて、まるで真珠の指輪みたいもみえる。

 惑星にはめる指輪なんて、ロマンチックな気もするな。

 そのアップルスターは直径が何百キロもあったはずで、近くまで来るとただの壁だ。

 壊れてる部分はメカっぽい構造が露出しているが、それ以外の外壁は半透明の分厚いコーティングが施されているようで、地上や太陽からの光を受けてキラキラと光っている。

 軌道リングとの接続部分近くに、いわゆるダム穴みたいな大きな穴がぽっかりあいていて、そこから中に入れるようだ。

 青いアヒル号は静かに向きを変えると、大穴に吸い込まれるように侵入していった。

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