第456話 ゲオシュテンの塔 後編
「はじめまして、紳士様。ウェドリグ派修道会『塔の守り手』の代表リカーソともうします」
薄い金髪のホロアは慇懃な挨拶をする。
態度は丁寧だが声音は固く、それでいて僅かに残った幼さと積み重なった疲労が感じられた。
まずはどっしり構えて、貫禄を見せる方針でいってみよう。
「よろしく、クリュウだ。君たちにとって招かれざる客だということは理解しているが、私としても、塔に近づく気はなかったのだ。このような事態になってしまい、残念に思っている」
「いえ、起きたことは起こるべくして起きたこと。それもまた女神の思し召しでしょう。我らはそれを受け入れるつもりでおりましたが……」
そこで言葉を一旦区切って、俺の目を見つめてくる。
優しげな顔立ちでありながら、俺を見つめる眼差しは厳しいが、ふと頬を赤らめたかと思うと少し目をそらす。
よしよし、ちょろそうだ。
「昨日、私は新たなお告げを受けました。塔は役目を終え、この地は浄化される。その瞬間に立ち会うことこそが、我らの最後の務め、それにて守り手の使命は成就する、と」
「お告げは、どちらの女神が?」
「塔の守護女神、ゲオステル様です」
「ふむ。君たちははじめから女神ゲオステルの命で活動していたのかね?」
「いえ、我らの創始者は、ホロアの師と呼ばれた名もなき導師の予言に基づき、千年以上前に塔の守り手を結成しました。この地にやがて試練の塔が現れるが、時が来るまで誰も立ち入らせてはならぬ、この地を守り通すことが、我らの使命である、と」
うーん、エネアルのことかなあ。
「つまり、君は時が来た、と考えているのかい?」
「私を始め、ここにいるものはそう考えておりますが、そうでないものは森の奥で静かに瞑想し、世界の終わりを待つようです」
「殊勝なことだが、私は自らの行動によって物事を解決するタイプなのでね。塔に入ってみようと思うが、よもや拒むことはあるまいね?」
「はい、紳士様のお心のままに。ただ、できれば我らが同行することをお許し願いたいのですが」
「それは構わないが……」
そこで言葉を切って、ラムンゼ隊長の方を見る。
それまで目を伏せてじっと座っていた彼女は、すっと顔を上げて、俺の方を向いた。
「私は自らの信条に基づき行動してきた。私にとって自らの選択は正義であったが、この国の法にてらして、それが罪であったことも弁えている。私の魂が従ってきた律法が、今この時役目を終えるというのなら、この国の武人として法に従い、裁きを受けようと参上した。願わくばペルンジャ姫や部下たちに謝罪の機会を得られることを望むが、叶えられずとも誰を恨むものではない」
なかなか筋の通った武人らしい主張だが、そもそもエネアルが彼女たちに役目を押し付けたのが原因なら、俺が尻拭いするのが筋じゃなかろうか。
「さて、人の犯した罪は人の法で裁かれるべきだが、神の与えた試練が引き起こした罪は、神の手による贖罪があってしかるべきだろう」
「だが、それをなしうるのは神のみ。それとも貴殿は自らが神だとおっしゃるのか?」
「誰が神の代弁者となるかは定かではないが、それを確かめに、塔に入ってみようじゃないか」
ラムンゼ隊長は納得していない顔だったが、俺も同じ気持ちだった。
自分が人間じゃなく神の同類だと認めるのは、並の神経では受け入れがたいものだからなあ。
せめて見た目でわかりやすい、すごい超能力的なものでもあれば説得力もあるんだろうけど……いや、いらんよな、そんな能力があってもろくなことにはならん。
ここの試練の塔は外見はオーソドックスだが、高さはかなりある方だ。
難易度がどんなものかはわからないが、セスとキンザリス、それにスポックロンとガーディアン軍団が居れば、人手が足りないということもないだろうし、とりあえず入ってみることにした。
だめならパーティを整え直せばいいだろう、と思ったのだが、塔の中は完全な空洞で、大きな螺旋階段が一本、天井に向かって伸びているだけだった。
横着な作りだなあ、と考えながら見上げていると、鼻からビジェンが出てきて思わずくしゃみをしてしまう。
その勢いで吹っ飛んだビジェンがプリプリ怒りながら、
「ンモー、ひどい」
「すまんすまん、それにしてもシンプルな作りじゃないか」
「ヌーン、誰も来ないから」
「手を抜いたのか」
ビジェンは青白く光る妖精っぽい姿からシュルシュルと転じて、人の姿になる。
ただし大きな尻尾と立派な角が生えており、ドラゴン族のラケーラを少し幼くした感じだ。
「ムーン、行く」
ビジェンはそう言ってスタスタ階段を登り始めた。
敵も出ないっぽいのでついていくとしよう。
塔の高さは五十メートル程だろうか、真ん中辺りまで登るとすでに息が上がってつらい。
つらいがすぐ後ろにかわいいホロアがいるので、カッコつけなきゃならんのだ。
そのかわいいホロアちゃんは名をリカーソと言うそうだが、きれいな金髪をゆらゆらさせながらついてくる。
塔の中が珍しいようで、時折周りを仰ぎみてはため息を漏らしている。
「君たちも、ここに入るのは初めてなのかい?」
と尋ねると、
「そうです、誰も立ち入らせぬことが我らの使命でしたので。それにしても、ただ階段があるだけとは……噂に聞く試練の塔とは、随分と違うものですね」
「試練の塔も色々あるが、たしかにここはひときわシンプルだ」
「このような建物に、世界の命運を左右する力があるのでしょうか」
「もしこれがハリボテだったとしたら、恨むかい?」
「まさかに。私がお聞きした声は、たしかに女神様のもの。ですが千年もの年月の間に、信仰は移ろうものです。かつての巫女は女神の声を聞くだけでなく、皆の声を拾い上げ、まとめていたそうですが、私はここの巫女をついで三年余りの間、ただ女神の言葉を伝えるだけ。この大切な時期に歴代の巫女のように皆をまとめられなかったと、そのことに責任を感じております。特に里の外で活動していた者たちが過激な活動に走っていた事を、とどめることも出来ず……」
まあ、一部に過激な連中が居たことは否めないし、どこまで知っていたかは別としてリーダーなら責任を持つべきだというのは確かだろう。
だが俺の倫理観はマシュマロのようにふにゃふにゃなので、かわいこちゃんには特に甘くなるのだ。
「他人の行動にまで責任を感じるのは、少し傲慢だとは思わないかい?」
「ですが、あなた様は今、それをなそうとしてるのでは?」
「そこが紳士のつらいところでね。誰かに泣き言を言いたくなるよ」
うっかり愚痴をこぼしたら、半歩前を歩いていた自称幼女ママのオラクロンが振り返ってニンマリわらうが華麗にスルーした。
「さて、そろそろ屋上かな」
階段はそのまま天井を突き抜け、屋上に出た。
なにもないまっ平らなスペースにはちょっときつめの風が吹いている。
ビジェンのうんこ……もとい白玉は、ここからさらに上空でギラギラと輝いていた。
その先には東西に光の帯が見える。
あれが軌道リングなんだろうか。
なんというかぼんやりしていて、人工物と言うより細い天の川のように見える。
「それでビジェン、次はどうするんだ?」
「ウーン、呼ぶ」
「呼ぶ?」
ビジェンは俺の問には答えず、空を見上げると口をパカッと開けて、口から火を吹いた。
火といってもレーザーみたいな真っ白な光の帯が白玉を貫通して天高く登っていく。
ほとんど衝撃はないのに、すごい圧迫感がある。
女神が顕現した時に感じる、あの圧だ。
周りの連中は大半が立っていることも出来ずに、その場にうずくまっていた。
とくに塔の守り手の連中は、涙を流して拝み倒している。
内緒にしてたけど、ビジェンこそが彼らの信仰する女神ゲオステルだからな、ビジェンの本質を感じ取ったのかも知れない。
ビジェンの水芸みたいなやつは、およそ一分も続いただろうか、突然光が消えると、あたりが真っ暗になる。
見ると白玉の光も消え、空には満天の星と、格子状に伸びる光の筋が広がっていた。
なかなかSFチックな光景だ。
だが、ほんの数秒で白玉が再び輝きだし、その周りに三つの羽のような白いヒダが伸びてくる。
白いヒダはみるみる形を変え、やがて巨大な巨人の姿になった。
南極大人があやつる、あの真っ白い巨人だ。
しばらく眺めていると、巨人のうち二体の胸元に穴が空き、それぞれから幼女がふわりと舞い降りてきた。
最近、幼女づいてるな。
無論、おりてきたのは女神の柱の管理人であるレオタード幼女、カラムだ。
シルエットが同じなので遠目だといまいち見分けがつかないが、今まで出会ったのは南極大人と、魔界で出会ったカラム29、そして先日マグマの中で出会ったカラム77だ。
カラム29は宇宙にいるはずなので、残り二人とみていいだろう。
二人のうち若干目つきの厳しい方が口を開く。
「カラム29はなぜこの場におらぬ。手順が合わぬではないか」
この口ぶりからしてこっちが南極大人だろう。
「久しぶりに会ったのにつれない言いぐさだな、もう少し気の利いたセリフはないのかい?」
俺がおどけると、南極大人はとてもとても嫌そうな顔をしてこちらをにらみつける。
「貴様が! 何もかも貴様がそんな態度だからっ!」
地団駄を踏む南極大人を見たオラクロンが、そばに居たスポックロンの袖を引っ張り、
「みましたかスポックロン、あの南極大人のうろたえよう! ああ、これが見られただけでも従者になった甲斐があるというもの」
「この程度で満足してはもったいないですよ」
「それもそうですね」
などと好き勝手なことを言っている。
ノード9ことファーマクロンもこんな感じだったが、南極大人はよほど圧をかけまくってたようだな。
見た目が幼女じゃなければ許されないところだ。
「それで、ここには現状を説明してくれるものが誰も居なかったんだが、君たちはそれをしてくれるのかい?」
俺がそう尋ねると、南極大人は悔しそうにそっぽを向き、代わりにカラム77が答えてくれる。
「あれをこの時空から排除しなければなりませんが、そのためには私達二人では足りません。そこでカラム29を迎えに行っていただきたいのです」
「そりゃあ、構わんが、あれはなんなんだ?」
「この地に残った黒竜の一部をゲオステルが分解した残り滓です」
つまり、うんこじゃん。
まさかほんとにうんこだったとは。
知ったところで何も嬉しくない現実に呆れていると、カラム77がにっこり笑って、
「それでは、よろしくおねがいします」
「よろしくって……うわ」
突然足元がマシュマロのようにふにゃふにゃに柔らかくなったかと思うと、床からにじみ出るように何かが盛り上がってきて俺たちを持ち上げる。
周りの人間がポロポロと転がり落ちていく中で、セスは固い地面を歩くようにひょいと近づいてくるし、リエヒアは柔らかい地面に棒を突き立てて踏ん張っている。
スポックロンははじめから距離をとって安定した場所からこちらに手をふっているし、キンザリスはよろめくオラクロンを支えながら同じく踏ん張っていた。
すなわち、誰も俺を支えてくれるものがおらず、ステーンとスッ転がると同じく横で這いつくばっていたヒッピー系ホロアのリカーソがしがみついてくる。
その結果、よくあるパターンでリカーソの体がピカッと光り、次の瞬間、体がすごい勢いでポーンと飛び上がったのだった。
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