第455話 ゲオシュテンの塔 前編

「現在、塔の守り手とそれにつられて騒いでいた住民の七十二パーセントは解散して自宅に戻っておりますが、一部が山を降りてゲオシュテンの塔に向かっている模様。こちらは第四師団と鉄道警備隊が監視中。また、塔を警備していた第三師団第六連隊からの報告では、現地の塔の守り手たちは怪しげな祭壇を組み、祈りを捧げている模様」


 ここでの案内役であるレクソン78の報告を聞きながら、俺たちは夜食を食べていた。

 ゆで卵のようにきれいなポーチドエッグに柑橘系のソースが掛かったやつがなかなかうまい。

 あとなんの肉かわからないハムをもしゃもしゃやりつつ、黒ビールを飲む。


「ご主人様は実に美味しそうにお召し上がりになりますね。私は食べるのは初めてで、難しいものだと感じております」


 そう言って幼女ロボのオラクロンはモキモキとセロリを生で食べている。

 そのとなりで一緒に飯を食っていたキンザリスは、オラクロンのほっぺたについたソースを拭ってやりながら、呆れている様子だ。


「オラクロン、あなたは預言者の分身、ないしは名代としてご主人様にお仕えしているのでしょう。もうすこし、それらしい風格を備えてしかるべきでは? それとも、見かけどおりの存在なのですか?」

「キンザリス、あなたがいつも私のことを気にかけてくれているのはありがたく思っておりますが、そんなあなたがご主人様の従者になったと知って、私はこのあり方を選んだと言ってもいいでしょう」

「どういうことです?」

「あなたもご主人様の世話を焼きたがる性格であることは、百も承知。同じコンセプトを持つ後輩としては当然、差別化を考えるものです。その結果が……」

「どうして幼女になるのです?」

「それは長年、人々を導いてきた経験に裏打ちされた洞察によるものですよ」

「まあ、ご自身で選んだのであれば、否やはないのですが、しかしあれほど慎重で慎み深かった預言者とは、随分とやり方が違う気がしますね」

「それは、我らがご主人様は、私ごときが遠慮……遠慮は正確ではありませんね、自らの行動に対して、南極大人のような上位存在に配慮しなくてもいい人物だからですよ」


 二人のどうでも良さそうな会話は聞き流し、俺は黙々と飯と酒を腹に詰めていく。

 ペルンジャは明日の会談があるのと、ここ数日張り詰めていたせいで疲れが溜まっていたようなので、先に休ませた。

 ご奉仕とかしてもらいたかったんだけど、まあいいか。

 彼女もしっかりしてるけどまだ若いし、無理はさせたくない。

 むしろ積極的に甘やかしていきたい。

 この辺の心理はオラクロンも同じなのかなあ。

 先に休んでいたフューエルたちは、この騒ぎにも目を覚まさずに爆睡しているらしい。

 こちらも無理に起こす必要はあるまい。


 食事を終えると、直接塔に出向くことにする。

 みんな寝てるし、お供はこの場にいるキンザリスとスポックロン、それにオラクロンだけでいいかなと思ったら、温泉令嬢のリエヒアがセスを伴ってやってきた。


「なかなかお戻りにならないご主人様のことが気になって眠れずにいたら、なにやら騒ぎが起きたと聞いて、居ても立ってもおれずに」


 などといじらしいことを言う。

 彼女が泊まっていた宿坊までは、騒ぎの音は届いてなかったそうだ。

 俺のことが気にはなるが、特に何があったというわけでもないので一人で夜中にウロウロするわけにも行かず途方に暮れていたら、ちょうどセスが起きてきたので一緒に状況を確認すると何やらトラブルだと言うので、ついてきてもらったと言うわけだ。

 セスはセスで、何も聞こえなくてもなにか起きたのがわかったようなことを言っていた。

 最近は仙人じみてるからなあ。


「それで、ゲオシュテンの塔にこれから出向かれるのですね。あそこは聖地として、遠くから拝んだことはあるのですが、一体何が起きているのでしょう」

「それをこれから調べに行くのさ」

「お供しても、よろしいでしょうか。さほど役に立つ身ではございませんが」


 そう言いつつも、重そうな棒を持ってきており、やる気は満々なので断る理由もない。

 棒術とか棍術ってカンフー物だとメジャーな武器だけど、それ以外じゃめったに見ないよな。

 日本だとあれか、神道夢想流杖術とかがあるか、宮本武蔵をやぶったとかなんとか。

 捕物のイメージが強いけど、こっちじゃどうなんだろうなあ。

 そんなことをつらつらと考えている間に、支度が整ったようだ。

 オラクロンの用意した方舟、すなわち飛行機だが、こいつはローターが四つついててドローンの大型版みたいな外見だ。

 中央に筒状のコンテナがあり、中のデッキにはレクソンと同系のガーディアンを始め、各種ガーディアンが乗り込んでいた。

 実に物々しい。

 そばに控えていた若い僧侶は、青い顔をして一体何が始まるんだと呆然としていた。

 まあ、気持ちはわかる。

 わかるが、今更ビビるのもかっこ悪いので、平然とした顔で飛行機に乗り込んだ。




 塔の周辺では物々しい雰囲気で厳戒態勢が敷かれていた。

 どこからともなく太鼓の音が森中に鳴り響き、B級ホラー映画みたいな胡散臭い怖さが漂っている。

 現場を管轄する第六連隊の隊長が俺と一緒にやってきた部隊を指揮するレクソン672に報告をしている。


「御目付自らがお越しとは、こちらは若干の混乱が見られますが、奴らがことあるごとに騒ぎ立てるのは日常でして……」


 騎士っぽい兜を脱いで禿げ上がった頭部を拭いながら報告する中年の隊長は、物々しく出向いてきたガーディアン達に困惑しているようだった。


「あれを見ても若干の混乱で済むというのであれば、たいした胆力だと言わざるを得ませんが」


 そう言ってレクソン672は空を指差す。

 彼女はデルンジャ軍の相談役で御目付と呼ばれているらしい。

 人が増えてくると混乱するが、まあどうせ俺が把握する必要のないことだろう。


「塔の守り手の指導者と話がしたい。可能ですか?」

「いつもはジャングルの奥に引っ込んで居るのですが、今日はあちらで祭壇を作り、何やら祈りを捧げている様子。ただ、こちらとの交渉に応じるかは……。やつらは国だけでなく、預言者の権威も認めておりません。許可をいただければ連行してまいりますが」

「許可は出来ません。預言者の命により、彼らには自由にする権利があります」

「しかし……」


 この国の軍人としては、体制に従わない連中を野放しにするのは納得しがたいこともあるのだろうが、オラクロンというか預言者は、そういうところで統治の線引をしてるんだろうなあ。

 その後も御目付と隊長の会話は続いているが、俺はちょっと眠くなってきた。

 そういえばトラブルが起きるのって夜中が多いよな。

 基本的に朝型の俺にとって、徹夜は堪えるんだよなあ。

 若い頃ならともかく、三十を過ぎるとだんだん無理が効かなくなってくるんだよ。

 そもそも、塔が光ったからって何だというのだ。

 別に俺が来る必要なかったんじゃないの?

 あの白い玉もなんかわからんけど、なんかわからん玉が浮かんでると言うだけであって、そもそも……。


 考えてるうちにますます眠くなって大きなあくびをして、少しにじみ出た涙を拭うと、何やら真っ白い場所に一人で立っていた。

 またこれか!

 そして例のごとく、こっちに来ると色々と思い出す。

 だがあれこれ考える前に、パルクールを呼ぼう、拗ねるからな。


「パルクールやーい」

「よーんーだー?」


 突然足元がぐらりと揺れたかと思うと、メキメキと盛り上がり、下から巨大なパルクールが浮上してきた。

 もう少し普通の出方はできんもんかね。


「なんかようじ?」

「せっかくなので、遊んでやろうかと思って」

「えらい! 暇人にふさわしい、殊勝な心がけ」

「まあね」

「ご褒美に、高い高いしてあげよう、たかーい」

「ぬわーっ」


 突然足元がはずんで空高く放り上げられた俺は、尻餅をついて目を覚ました。




「大丈夫ですか、旦那様」


 隣に控えていたリエヒアに引っ張り起こされる。


「あれ? なんか足元が……ちょっと寝ぼけてたのか」


 なにか空を飛ぶ夢を見たような気がしたんだけど。


「お疲れなのでは、少し休まれたほうが」

「いや、ちょっと気が抜けただけだよ。それより、どうしたもんかな」


 そもそも何が問題で、何を解決したらいいのかもわからないので、寝てたほうがマシじゃないかという気はしてるんだけど。

 そんな俺の心の愚痴を察知したのか、スポックロンが状況を説明してくれた。


「塔の守り手は、この現象が恐れていた女神の接触で、それにより黒竜が復活するのだと嘆いていますね」

「復活しそうなのか?」

「黒竜に関しては都のノード191が収集したデータを共有しておりますが、それに類する反応は検知しておりません」

「あの白いのは?」

「あれは我々には検知できません。正確には見えているとエミュレーションブレインが認識していますが、センサーには何も引っかからない存在です。以前、黒頭の山頂にあったものと似た現象ではないかと」

「女神絡みってことかな、まあビジェンがやったんならそうなのかもしれんが」

「ひとまずあれを、ビジェンのうんこと呼称しようと思いますが」

「よしたまへ」

「では、白玉、ということで」

「うむ」


 スポックロンの説明が終わったところで、オラクロンが幼女らしい前のめりな走りで近づいてきて、目の前でぴょんと跳ねて止まる。

 いちいちあざとくて頼もしいな。


「ご主人様、塔の守り手の代表団が面会を求めております」

「俺に? まさか、俺が元凶だと思いこんで首を取りに来たんじゃ。俺は襲われたらひとたまりもないぞ」

「その心配はないでしょう。彼らは臆病すぎるほどに消極的です」

「臆病な人間ほど、限界を超えた時の切れっぷりが激しいんじゃないかなあ」

「そうおっしゃらずに、彼らの声に耳を傾けるのも、偉大なる紳士の努めでございましょう」

「そんな義務はない」

「ではかわいいオラクロンちゃんの頼みを聞くと思って。あとで頭をなでてあげますから」

「そういう風に頼まれると弱いんだよな、仕方あるまい」


 フィルムっぽい生地の陣幕で囲われたスペースは照明であかあかと照らされており、真ん中にはシンプルな長机が置かれている。

 謁見という形ではなく、対等な交渉ということなんだろうか。

 向こうの代表は五人。

 皆、暗灰色のローブをまとい、フードを目深にかぶっているが、こちらが現れると、全員フードを取った。

 中央の代表っぽい人物は、まだ年の若い娘で、少し灰色がかったサンディーブロンドの髪がウェーブしてライトに照らされて輝いている。

 ヒッピーみたいな花飾りを頭や手首につけているが、どうやらホロアのようだ。

 見た瞬間、これは勝ったなと心のなかで謎の勝利宣言をしてしまったが、先方は一様に硬い表情でこちらを見つめていた。

 たぶん、今にもこの世が終わってしまうと思いつめてるんだろうなあ。

 あらためて相手を見渡すと、知った顔が居た。

 ペルンジャの護衛隊長だったラムンゼだ。

 彼女はそっち側の人間だったか。

 ラムンゼは目下指名手配中のはずだが、覚悟の上でこの場に出てきたのだろう、丸腰のようだが少なくとも彼女は臆病とは程遠いよな。

 事なかれ主義者のロールモデルとでも言うべき俺としては、あんまりペルンジャが悲しまないように収めてほしいんだけど。

 みたいなことを席につくまでの僅かな間に考えたわけだが、さて、一体何の話があるんだろうな。

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