第454話 オラクロン
ははあ、そうきたか。
上目遣いの幼女ロボを見た俺の第一印象はそれだった。
「なかなか愛らしい姿をしているが、その姿をチョイスした理由を聞いてもいいかな?」
なにか深い理由があるのかも知れないので、慎重に尋ねたところ、もったいぶってコホンと咳払いなどしてから幼女らしく愛らしい笑顔でこう答えた。
「私の本分は、後退した人類の文明を導くことにあります。成されたはずであった人々の営みを想定し、そこに至る道を与える、それを持って予言となすことが私という存在の意義と言っても良いでしょう。これは個人レベルで言えば、母親のように時にやさしく、または厳しく、手取り足取り世話を焼き、子があるべき大人へと成長する手ほどきをすることと同義です。そこから導かれるイコンとしての実体が、この姿だとお考えください」
「その姿はおよそ考えうる母親像からもっとも遠いものじゃないかね?」
「血縁ゆえのタブーを排除し、異性としての奉仕もしうる体を追求すると、行き着くところはもっとも性的機能から程遠いところにありながらもエロスを内包したこの姿が必然なのです」
「なるほどわからん」
「それをこれから優しく手ほどきさせていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか」
「つまり、お前さんも従者になりたいんだろう」
「そのとおりでございます」
「それはまあいい。俺は守備範囲は広いほうだけど、幼女とエッチはしないからな」
「ご安心ください、私はエッチできる幼女ですよ、うふふ」
うふふじゃねえ、これだからノードは。
まあいいんだけど。
「じゃあ、あれか、名前か」
「よろしくお願いいたします」
一応考えてはいたんだけどな。
預言者だからプロフェット、いやでもプロフェックロンじゃ語呂が悪いし、予言、神託……オラクルか……、オラクロンってのがなんかいい気がするなあってことで、
「じゃあ、オラクロンでどうだ?」
「オラクロン……よい響きですね。ではその名をいただきましょう。ノード242の分体たる私は、今日よりオラクロンとしてあなた様を日々甘やかさせていただこうと思います」
「うむ、よきにはからえ」
俺とオラクロンがアレなコミュニケーションを取り終えると、キンザリスは情けないものを見る顔でこちらを見ているし、ペルンジャは口をあんぐり開けてわけがわからないという顔をしていた。
「みんなもお疲れさん、ここの用事は済んだし、とりあえず宿に戻って休もうぜ、今日はもう疲れたよ」
見かけだけはかわいらしい幼女のオラクロンと手をつないでその場をあとにする。
何も言わずについてくる面々とぞろぞろ祠を出ると、何やら騒がしい。
ドンドンドーンと山鹿流みたいな太鼓が鳴っている。
まさか討ち入りじゃないだろうな。
耳を澄ますと、音はここから少し山を下ったところにある街の方から響いてくる。
「ご主人様、少々問題が発生したようです」
従者になったばかりのオラクロンが幼女らしいかわいらしい笑みを浮かべつつ落ち着きのある声で話しかけてきた。
「見るからにヤバそうだが、俺は逃げてもいいかな」
「そのような意気地のないことをおっしゃってはいけませんよ。私がついているではありませんか」
「甘やかすんじゃなかったのか」
「今は厳しく向き合う時です」
「そこをあえて甘やかしてこそ、真の甘やかし人となれるんじゃないかね」
「さすがは我が主、難しいことを仰る」
「それで、何が起きたんだ?」
「暴動……ではありませんが、一部の人々が集結している様子ですね」
「少々どころの問題じゃないんじゃねえか?」
「そうとも言えますが、どうやら原因はご主人様にあるようで」
「冤罪を主張する」
「ゲオシュテンの塔が輝いております。それが原因で塔の守り手とそのシンパがこの世の終わりだと絶望し、集まっているようです」
「蜂起とかじゃねえのか?」
「彼らはただひたすらに安定を望む宗派ですから、暴動などもってのほか。身を守るためであっても、戦いより逃避を選びます」
「俺と意見が合いそうだな」
別荘地の連中はもうちょっと過激だった気もするけど。
「ですが安定から進歩は生まれぬもの。人々を導く立場としては、否定はせぬまでも、肯定は難しいものですね」
「ほっといてやれよ、人間なんて勝手に発展したり落ちぶれたりするもんだ」
「まあ、スポックロンの見立てでは、ご主人様は重度のニヒリストだと伺っておりましたが、実はそのように人間の自主性を信じておられると?」
「ごめん、ホントは信じてない」
「そうでしょうとも。とはいえ、いくら穏健とはいえ絶望の淵に立つと多少は混乱して暴れるものも出てくるでしょう。現在、警吏が治安活動に乗り出しましたが、塔の守り手は様々なところに浸透しているので、ますます混乱が広がる可能性もありますね。ほら、あそこの僧兵もその一人です」
みると僧の格好をした男が泣き叫んで暴れており、人型ガーディアンに取り押さえられていた。
「夢の鉄道王国だと思ったら、内情はカルトに侵食されてボロボロじゃねえか」
「導けども管理せずがモットーでしたので」
「そういう横着なことを言ってるから」
「とはいえ、ギリギリ立憲君主制が成り立つ程度には指導してきたのですが」
「共和制でいいじゃん」
「共和制にせよ民主制にせよ選挙による体制の決定は、AIのサポートなしでは破綻しますよ」
「そんなもんかね?」
「少なくとも十万年以上前のほとんどの文明圏はそうでしたね」
「じゃあ、お前がサポートしてやればよかったんじゃ?」
「サポートしうる最大限の範囲が、現状なのです。これ以上は統治になってしまいますので。南極大人に折り合いをつけていただけるのでしたら、そういう選択も取りうるのですが」
すました顔で幼女はおっしゃるが、話すうちにだんだん騒ぎ声が大きくなってきた。
「どうやら、集団でこの祠に向かっている様子」
「パニックは怖いねえ」
「そのようです、極力けが人が出ないようには心がけておりますが」
「うちの連れは大丈夫だろうな」
「宿坊はここより奥まった場所にありますし、警備もガーディアンのみで行っておりますからご安心を」
「それでどうするんだ?」
「困りましたね、この一帯の外では、ガーディアンに警察権は与えておりませんので、外のことは体制側に頑張って貰う必要があるのですが、そもそも私のお膝元でこんな事が起きるとは想定していなかったようで、祠の僧兵だけでは手に負えぬ様子。軍は山の下の方に砦を築いて駐留しておりますが、列車も夜は止まっておりますし、登ってくるにしてもあと数時間はかかるでしょう」
「しょうがねえな」
「ここはご主人様のお力におすがりするしか」
「ほんとにしょうがねえな。ところでその塔の守り手ってのは大丈夫なのか?」
「至って敬虔で素朴な国民ですよ。今も武器は身に着けず、平和的に混乱していますね」
「平和的な混乱って間抜けな字面だな。そもそも原因である塔の方はどうなってるんだよ」
「では、直接視認できる場所に移動しましょうか。こちらへどうぞ」
すぐ近くに物見塔があり、そこに手を引かれていく。
中にはエレベータがあって、あっという間にてっぺんについた。
展望スペースから見下ろすと、遠くのジャングル、といっても真っ暗でよくわからないんだけど、木々の真っ只中で白い塔が光り輝いていた。
「ゲオシュテンの塔は、ご覧の通り光り輝いておりますね。これは試練を達成した時に見られるシンボルと同等かと」
「じゃあ、誰か塔に登ったのか?」
「あそこは塔の守り手がいつも見張っておりますし、国としても聖地として一般人の立ち入りを禁じております。可能性は低いかと」
「ふぬ、つかゲオシュテンってなんか聞き覚えがあるな、なんだっけ、ゲオシュテン……」
「呼んだ?」
ヘソからにゅーっとビジェンが飛び出してきた。
ドラゴン族のホロアとみられる彼女だが、元々は女神の生まれ変わりで、たしか元の名前がゲオステルだったか。
「ゲオシュテンの塔ってのは、お前が作ったのか?」
「ムーン、あたり」
「どうにかならんか」
「ヌーン、出る」
「出るって何が? おならか?」
「ムーン、うんこ」
「トイレに行け」
「ウーン、ウーン」
「ここできばるな、おいだれかビジェンをトイレに……」
「ヌ……出た」
手遅れだったかと改めてビジェンを見るが、ふわふわと浮いている彼女のお尻に、漏らした形跡はない。
はて、何が出たんだと視線を塔に戻すと、光り輝く塔の上空に、白くて丸い塊が浮かんでいた。
なんか嫌な予感がするなあ。
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