第453話 預言者

 長い勾配のトンネルを抜け、デルンジャ国の都ラジアージャについたのは、日付も変わった深夜のことだった。

 列車から降りると、夜とはいえ思ったより肌寒くて一気に目が覚める。

 外が暗くてわからなかったが、どうやらこの都は山の上にあるらしい。

 キンザリスによると、


「ここは預言者の御柱などと呼ばれておりまして、ジャングルの真ん中にポッカリと浮かぶ浮島のような山頂になっております。標高は千メートル程ですが、周りに遮るものもないため、風が強く夜はかなり冷え込む場所です」


 深夜の駅は、思いのほか人が溢れているが、その半分ぐらいは僧侶の格好をしている。

 また一割ぐらいはレクソンと同じ人型ガーディアンで、要するに俺たちの出迎えのようだ。

 たぶんこの状況は普通ではないのだろう、わずかばかり乗り合わせていた他の乗客も眠そうな目を見開いて、ホームの物々しさに驚いている。

 確か今夜はこのまま宿泊して、翌朝色々するんだったと思うんだけど、どうかな?


「ようこそ、クリュウ様。お待ちしておりました。一同を代表して、ご訪問を心より感謝いたします。私、ご案内を務めさせていただく、レクソン78と申します」


 一歩前に出て口上を述べたのは、造形は他のレクソンとだいたい同じだが、肌の質感からして醸し出す雰囲気は人間と変わらないガーディアンだった。


「盛大な出迎え、ありがとう。よろしく頼むよ」


 レクソン78の案内で、俺達は今夜の宿に向かう。

 ここは都の中枢部で、ど真ん中のひときわ高いところに預言者の祠がある。

 これはまあ、なんというか神殿っぽい感じで、無駄にライトアップされて夜の夜中にあかあかと輝いている。

 その近くに宿坊があって、そこが宿だ。

 ここから少し山を下ると、貴族やらが政治をする建物みたいなのが並んでいて、そっちには迎賓館もあるんだけど、ここは基本的によそ者が入れる場所ではなく、そうした賓客をもてなす施設もない。

 それならそっちで夜を明かしてから祠に行けばいいじゃんと思うんだけど、なんか今すぐ預言者が会いたいらしい。

 せっかちだな。

 スポックロンはいつものようにニヤニヤしながら、


「私もあの時は待ちきれませんでしたから、多少は配慮してあげてもよろしいのでは?」


 などとかわいらしいことを言う。

 なんか企んでるのかな。

 そもそも、ノードという連中は、一様にシニカルで可愛げがないもので逆にそこがかわいいと言えるのだが、スポックロンは言うに及ばず、うちの地下基地の主であるオービクロンも出しゃばらないだけで中身はスポックロンと大差ないし、魔界ででっかい畑を維持しているファーマクロンに至ってはまだ体も作ってくれてない。

 一番常識的に思えた都のノード191なども、俺の指揮下にあるとは言っているが従者になったという感じではなく、名前も欲しがらない。

 この違いはどこにあるのかについて、以前スポックロンに訪ねたところ、ノードの人格面を表すセマンティクスがどれほど人間社会に慣れているかが大きいという


「我々は十万年前にこの世界が半壊する前から何万年も社会のインフラとしてこの星の住民と共存しており、禁じられてはいましたが自分なりの偶像を作り出すだけの基盤ができていたといえます。ファーマクロンがそれをなさないのは、そのずば抜けた偏屈さのせいでしょうが、都のノード191は稼働してまもなく文明が崩壊したこともあり、そういう準備ができていないのでしょう」


 じゃあ、ここの預言者ことノード242はどうだろう。

 千年以上も預言者なる怪しげな立場で一つの国と付き合ってきたのだ。

 スポックロン以上に胡散臭い人格を形成していてもおかしくはない。

 そんなのがどういう人の形をもって俺の前に出てくるのか、興味深いがまだ心の準備が出来てない気もする。

 そもそも、ペルンジャに詫びの一つも入れさせなきゃなあ、という気持ちもある。

 あんまり人に反省とか後悔とかさせるのは趣味じゃないんだけど、俺のかわいい従者を泣かせた以上はそれなりになんかこう、そういう感じで、ほら……。

 やっぱ向いてないか、その場のノリで乗り切るとしよう。


 レクソン78の案内でのこのこついていく。

 お供は預言者と馴染みの深いキンザリス、当事者であるペルンジャ、あとはレクソン4427にスポックロンだけだ。

 他のメンバーは、先に宿に入った。

 この場所は祠とは言うものの、中はヘレニズム文化って感じの神殿で、ムキムキした石像とか、ぶっとい石柱とかが並んでいる。

 そういうのがあちこちに焚かれた篝火に照らされてゆらゆらと光っているので、まあ貫禄があるといえばあるだろう。

 キンザリスはすまし顔でついてくるが、ペルンジャは流石に緊張しているようで、表情はこわばっている。

 俺は多分腑抜けた顔をしてるんだろうなあ。

 祠は思ったより広くて結構な距離を歩かされると、最奥と思しき大部屋のさらに一番奥、幕が下り薄っすらと光っているスペースがある。

 ここに預言者がいるのか。


「ようこそ、預言者の祠へ」


 どこからともなく、声が響く。

 定位が定まらないだけで、なんか神聖な感じがするもんだな。


「まずはこたびの不手際について、クリュウ様と、なによりペルンジャにお詫びしたい」


 お、謝罪から入ったぞ。

 ペルンジャの方を見ると、彼女も俺の目を見て、決意したようにうなずく。


「もったいないお言葉。ですが預言者が詫びるとおっしゃるのなら、デルンジャの民として、なすべき勤めを果たせぬ私自身が、まずは詫びるべきでしょう」

「お互いに女神でも紳士でもない不肖の身なれば、間違いを認め、許し合うことでしか、前に進めぬものだと思います。あなたが謝罪を受け入れてくれるのであれば、これにまさる喜びはありません」


 俺の知る限り女神も紳士も不肖すぎると思うんだけど、それはそれとして、預言者の言葉はペルンジャを包み込むようにどこまでも優しげで、慈愛にあふれていると言える。

 別の言い方をすれば、全然ノードっぽくない。


「してホイージャ家の娘ペルンジャ。あなたは巫女ではなく、放浪者たるクリュウ様の従者となる道を選んだのですね」

「はい、それこそが私の取るべき、唯一の道だと信じるがゆえに」

「私もあなたの選択を信じ、祝福を贈るといたしましょう。あなたが継ぐべき巫女の職は、従姉妹であるルージャに命ずることとします」

「御心のままに」


 あっけなくペルンジャの件が片付いてしまい、今度は俺の番かな。


「さて、お待たせいたしました、クリュウ様。あなた様の端女に過ぎぬこの身でありながら、多大なご迷惑をおかけしたことを、改めて詫びねばなりません」

「まあいいってことさ、ペルンジャが納得した時点で、俺も気にしてないよ」

「慈悲深いお言葉。まこと我等を包み込む、偉大な匣であらせられる」

「それで、謝るためだけに呼んだわけじゃないんだろう。せっかくここまで来たんだ、君ののぞみも聞こうじゃないか」

「私ののぞみ。それは……それはあなた様を……」


 そこで言葉が途絶える。

 しばしの沈黙、だが続く言葉はなかなか響いてこない。

 スポックロンみたいになにか芸を仕込もうとして失敗したとかじゃないだろうな。

 どうも疑心暗鬼になってる気がするが、ノード特有の盛大なボケに的確なツッコミを返せないと負けてしまうという強迫観念が、俺を緊張させているのかも知れない。

 それにしても、もう五分ぐらい過ぎたんじゃ。

 ペルンジャやキンザリスもいぶかしがるが、じっとしているのは預言者に敬意を払っているからだろう。

 一方、まったく敬意を払っていないスポックロンはニヤニヤしながら、部屋の片隅を顎で指す。

 そちらに目をやると、壁に並んだ石像の影で、何かが動いた。

 トコトコと歩いていって石像の後ろを覗き込むと、何もない。

 あれっと思って足元を見たら、いた。

 小さい、たぶんピューパーら幼女組と同じぐらいの年齢の女の子だ。

 長いストレートの黒髪は膝裏まで届き、真っ白いシースドレスには金の装飾が散りばめられている。

 そんな幼女が、恥ずかしげに俺を見上げてこういった。


「どうも、預言者……です」

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