第452話 尻拭い
おやつで腹が膨れたので子どもたちと別れて客車に戻ると、さっき従者になったばかりのハッティが老夫婦になにか話しかけていた。
どうやら姉妹のお付きの者らしい。
まあ、大商人の娘が自分たちだけで旅をするわけ無いか。
老夫婦は急なことで驚きつつも、基本的にはお嬢様の味方を貫くスタンスらしく、俺の手を取ってよろしく頼みますと何度も頭を下げていた。
しかしまあ、本人だけでなく周りの人間までもが、出会って即従者になっちゃうアグレッシブさを受け入れてるの、文化の違いをもっとも感じるところではあるんだけど、そこにケチを付けては俺のナンパライフが成り立たないので気にしないでおこう。
一方、個室ではフューエルやエームシャーラが化粧を直していた。
盛り上がって笑いすぎて化粧が崩れたんだとか。
「次の駅でレアリーが合流する予定です。都でエンテルらも一緒に落ち合う予定だったのですが、ハッティのことがあるので、彼女だけ先に来てもらいました」
「そりゃいいけど、なぜだ?」
「聞けばハッティの実家であるバルソン農園はこの国有数の大商人だというではありませんか。そんな家から娘をいただくのですから、当然こちらとしても、商売上のメリットを提示しなければなりません。私だけでは心もとないので、レアリーも交えて相談しておくのですよ」
「なるほど」
「以前、メイフルとも話していたのですが、南方貿易でバンドン商会に依存しすぎるのもちょっと不安だったのですよ。かと言って家で商船を持つというのもノウハウがなく、なかなか踏み出せずにいたのです。その点バルソン農園はいくつも外航船を所有しているそうで、そうした家と親戚づきあいができるのは、絶好の機会ですからね」
バンドン商会はうちの大商人メイフルが修行した商社だが、従者の古巣とはいえ所詮は他人の商売だ。
エツレヤアンの土木ギルドのように、親戚づきあいのある商人と仕事をやるほうが、都合がいいというのはこの世界でも当然のことだと言える。
古代文明ベッタリの我が家に、既存の商売がどれほど意味があるのかはわからんが、いくらすごい技術があっても、人同士の関係をおろそかにしては、実社会で意味をもたせるのは難しいだろう。
それはそれとして、夕食に備えて少し腹を減らしたいんだけど、温泉貴族のリエヒアはペルンジャとなにやら打ち合わせてるし、僧侶兼女中のキンザリスもそれに付き合っている。
ハッティは先程の付き人と妹のところに行ってしまったので、今一緒にいるのはフューエルとエームシャーラだけだ。
この二人は甘えればいつでも甘やかしてくれそうな気もするが、今から商談の準備をすると言っているのに、邪魔するのも申し訳がない。
しょうがないので昼寝でもするか。
白いモヤの中。
最近またちょっと多い気がするな。
なんか良くないことでも起きるんだろうか。
徐々にモヤが晴れると同時に、ガチャンゴチャンと金属音が響く。
みると巨大なパルクールが手にトンカチをもって、何かを叩いて砕いては、転げ落ちた破片を飲み込んでいた。
「精が出るな、なにしてるんだ?」
と尋ねると、パルクールはこちらをじろりと見下ろし、
「ごーしゅーじーんーさーまーのー、しーりーぬーぐーいー」
そう低い声で叫ぶ。
「そりゃあ、お疲れさん」
「本当に、疲れますわね」
そう言いながら俺の右の耳からでてきたのは幼女女神のストームだ。
「まったくです、マージぐらいパルクールに全部やってもらわないと」
今度は左の耳からセプテンバーグが出てくる。
「マージってなんだ?」
「さっき大量にブランチを切ったでしょう」
「ブランチ?」
「崖から落ちそうになった時、七通りに時空を分割して解法を調査したことです」
「そんなことしたんだ」
「他人事のようにおっしゃる。ご主人様が放浪者たる力を持って、世界に干渉したんですよ」
「まじで、よくわからんけど俺もすげえな」
「すごいのは確かですが、まあ、マージの練習だと思えばいいでしょう」
「練習ってのは?」
「こういう局所的なブランチならほぼ問題がないのですが、もっと大局的なものになると、コンフリクトが生じます。すなわち分割した世界同士に矛盾がある場合に、整合性を取る必要がでてくるわけです」
「ほほう」
「例えば、AとB二つの世界に分割したとして、分割後にそれぞれ同じ人物一とご主人様が知り合ったとします。Aの人物一は深い交流を持ちご主人様の友人となりましたが、Bの人物一はご主人様と一度挨拶を交わしただけ、というふうに差が生じることもよくあります。その後分割した世界を戻すに際して、この二人の人物一を統合する場合、どちらの世界の人物一をベースにするのか、両者のことなる歴史的プロセスをどのように混ぜ合わせる、あるいは捨てるのかを決めなければなりません」
「それを全人類にやるのか?」
「そういうことです。無論、影響範囲が一惑星に閉じていればの話ですが。宇宙まるごととなると、無数の文明圏に対して同じ影響があるかも知れません。もちろん対象は人間だけではありませんから、それはもう膨大で困難な作業が必要になるのです。そのための練習、というわけですよ」
「そこまでしてマージする必要ってあるの?」
「ブランチを切るとは、世界に傷をつけるようなもの。最終的に結合しなければ傷が広がりすぎます。その隙間に、黒竜が寄ってくるのですよ」
「また黒竜かよ」
「世界とは切り離せない現象ですので」
「しかし、そんな大変な処理をどうやってやるんだ?」
「むろん、パルクールが飲み込んで、腹の中でゴニョゴニョした後に、尻から出すのです」
「尻なのか」
「尻ですね。尻拭いですから」
「もうちょっとこう、趣のある方法はなかったのか?」
「……まあ、妥当な範囲かと」
「そうかあ」
なんだかよくわからんが、よくわからんままにパルクールが次々と何かを飲み干していく様を眺めるうちに、俺の意識は遠のいていった。
なにか消化に悪そうな夢を見て目を覚ますと、すでに窓の外は暗かった。
個室には俺の他にはミラーしかおらず、皆別室で打ち合わせなどしているそうだ。
夢の内容は覚えてないが、腹具合が微妙だったので車両に備え付けのトイレで用を済ませて戻ってくると、個室から顔を出したフューエルに引っ張り込まれた。
中には先ほど従者になったばかりのハッティの他に、昨日従者になったリエヒアや、まだ数日なのにすっかり馴染んでいるキンザリス、できる女商人のレアリーも来ていた。
「おう、レアリー、お疲れさん。飛び回って大変だろう」
と労うと、
「こちらはこちらで、色々と商売の種を仕込めておりますので、楽しいですよ」
と笑う。
エレンやエンテルらに付き合って、山羊姉妹の両親と謎の塔やらなにやらを調べていたはずなんだけど、他にも色々やってるんだろう。
「それで、なんか決まった?」
俺の質問には、フューエルが代表して答えてくれた。
「ハッティの件は、特に問題はなさそうです。彼女自身もすでに商売の経験もあり、実家でもある程度の裁量をもっているとか。可能ならアルサに商館を建てるぐらいのことはできるかと」
「そりゃあ、でかい話だな」
「妹さんの件も、我々がフォローすれば、反対はしないだろうとのことです」
「ラティちゃんはどんなもんかな。脈はバッチリあるだろうが、あの年頃は下手にこじらせるとあとを引くだろうし」
「ガーレイオンはあなたのお茶目な部分を抽出したような子ですから、あの年頃の娘の繊細さとは、かみ合わせが悪そうですね」
「そこはリィコォちゃんがフォローできればいいんだろうけど、どうだろうなあ」
「まあ、慌てずに見守ることでしょう。それよりもペルンジャのことです」
「そっちは本命だな」
「リエヒアのはからいで、ペルンジャの実家と対話の場を設けることができそうです。これはレクソン4427を通して先方とも話がついています」
「ふぬ」
「予定では、この列車が今夜0時頃に都につくので、そのまま預言者の祠、これは預言者の住まう神殿らしいのですが、そこで一泊。翌日預言者に面会した後に、レイジャ氏と面会となっています」
「ふむ。その後は?」
「それを今からあなたがペルンジャさんと相談するんですよ」
「え、俺が?」
「これ以上長引かせても気の毒でしょう、かなり思いつめている様子ですから、しっかりやってくださいよ」
「モテる男はつらいなあ」
「そう思うなら、とりあえず顔ぐらい洗ってください。目元がたるんでますよ」
「そりゃいかん。そういや、もう一つ気になることが」
「なんです?」
「例の預言者って、どんなタイプなんだろうなと思ってな。スポックロンみたいなのだと気疲れするだろうし、心の準備が」
「おや、どうしたのです、急に私を褒めるなんて」
どこからともなく現れるスポックロン。
「そういうところが気疲れすると言うんだよ」
「それは照れますね。ところで預言者こと、ノード242ですが、一言で言えば、おせっかい焼きですね」
「お前らは大なり小なりおせっかい焼きの皮肉屋だろう」
「よくご存知で。強いて言うなら、三度の飯より人を甘やかすのが好きなタイプでしょうか」
「ほほう、いつでも甘やかされたい俺とは、馬が合いそうだな」
「残念ながら、そうですね」
それを聞いていたキンザリスが、
「人々を甘やかす、という点ではたしかにそういう意図は感じられますが、スポックロンとは似ても似つかぬ気がするのです。これはどちらが良い悪いという話ではなく、ただ違うというか」
その問いにスポックロンが答える。
「おっしゃることはわかりますよ。あの預言者は人の体を持たぬがゆえに、感情の発露が苦手、というと語弊がありますが、感情をうまく表せないのです。ノードに課せられた制約でありますが、そのことが非常に人間的で情味あふれる私との違いとして感じられるのでしょう」
「そういう皮肉は、預言者もよく好んでましたね」
「これはノードの嗜み、ですね」
いい趣味だな。
一方、預言者に会ったことのない温泉貴族のリエヒアは、
「預言者がそのような存在だと聞かされても、まだ信じられぬのですが。拝謁したことのある父の話では、祠の最奥、荘厳な雰囲気に包まれたその場所で、御簾の向こうにおわす預言者の声を聞いたときは、ありがたく恐ろしい、言葉には言い表し難い圧力を感じたと」
それに対してキンザリスが、
「確かにあの場所にはそうした重圧を感じさせるものがありますが、預言者自身は、人に対してどこまでも甘いところがありましたね。それでいて自分自身を強く律しているというか」
「そうなのですね。ですが、その預言者がご主人様をお招きしたのだとか。一体どのようなお告げをなさるのでしょう」
「それは想像もつきませんね」
ここのノードは預言者というだけあって、現地人からはなにか予言をする、人々を導く存在だと思われているらしいが、どうせ用事ってあれだろ、俺の従者になりたいとかそういうのだろとお見通しなので、俺は何も言わないでおく。
そんな俺の心の内を知ってか知らずかニヤニヤしているスポックロンにあとの段取りを任せて、俺は愛しのドラマー、ペルンジャちゃんのところに向かった。
個室にはペルンジャの他には護衛を兼ねたご当地ガーディアンのレクソン4427だけが控えていた。
そのペルンジャは今まで見た中で一番良いドレスに身を包み、きれいに着飾っている。
「またせたね」
と簡単に挨拶して向かいに腰を下ろすと、ペルンジャは柔らかく微笑んで、
「お手間を取らせて、申し訳ありません。なにかお飲みになりますか?」
俺がうなずくと、レクソン4427が部屋に用意されたウイスキーをグラスに注いでくれる。
樽の匂いだろうか、香木のようななんとも言えぬ香りが楽しめるいい酒だ。
旨い酒はどこにでもあるが、こういう繊細な味は歴史のある国ならではという気がするな。
「お陰様で、実家の方と話し合いの場を持つことができそうです。今度の件では、両親を含め、身内から私の去就に厳しい目がむけられていることは実感しておりました。一人であれば、耐えられなかったでしょうが、思いの外落ち着いているのは、やはり紳士様……いえ、サワクロさんのおかげでしょう」
「君の支えになれたのなら、嬉しいよ」
俺がそう言って微笑むと、彼女も笑顔を返す。
「アルサを離れ航海の途上、何度も後悔したものです。なぜ船に乗ってしまったのか、私のいるべき場所は、故郷にはないのではないか、と。目をつぶれは思い出すのは仲間たちの笑顔と、あなたのお姿。それを捨ててまで、なぜ私は……。離れて初めて自覚する己の愚かさを悔いるばかりでした……」
「うん」
「私の優柔不断によって、叔母にも申し訳ないことをしてしまったと思っております。私が帰らなければ、あのようなことはなさらなかったはず。いえ、せめて最初から巫女の要請を断っていれば……」
「そう自分を責めたものじゃない。世の中はなるようにしかならぬこともある」
「叔母だけではありません、ラムンゼ隊長も道を誤ることはなかったでしょう。多くのものに対して、責任が生まれてしまったと痛感しております。ですから……」
「うん」
「私だけが……、己の幸せを求めることなど恥知らずな我儘で、許されぬことではないかと……、この数日、そのことだけを考えておりました」
本来、彼女は被害者であって現状に責任を感じる必要などないのだが、貴族として、持つものの義務というものを理解しているんだろう。
俺の知ってる範囲だけでも、いい加減でクソッタレな貴族も多いので、それに比べればマシな方だが、この場合、ペルンジャの貴族としての責任感というかまっとうさは、危ういものだと言える。
だから、今すぐ解決してやる必要があるだろう。
「かまわんさ、君の我儘は、俺が許そう。だから君は自分の幸せを第一に考えるといい。後のことは俺と……、そうだな半分ぐらいは預言者にも頑張って尻拭いをしてもらおうか。君はどう思う、レクソン」
俺の問に、表情を変えずに答えるレクソン4427。
「それでよいかと思います」
「じゃあ、決まりだな。どうだい、ペルンジャ」
そう尋ねると、ペルンジャは潤んだ瞳で俺を見つめる。
「どうして、そこまでしてくださるんです?」
「そりゃあ、俺は春のさえずり団のファン一号だからな。ファンってものは時に狂信的なまでにその対象に尽くすものなのさ。理由なんて不要だよ」
「では……」
ペルンジャは唇を噛み締め、言葉を絞り出す。
「私は……あなたに甘えても、おすがりしてもよいのでしょうか」
俺が黙ってうなずくと、ペルンジャも言葉ではなく行動で返答した。
俺の胸に飛び込み、泣きじゃくる。
「私は、私は……、ここに居場所を作ってもよいのですね。みんなの元を巣立って、あとは力尽きるまで飛び続けるしかないと思っていたのに、あなたの……ううぅ」
嗚咽するペルンジャの頭をなでてやりながら、内心ホッとする俺。
いやあ、思った以上に追い込まれてたみたいだな。
自分のお気楽さを基準に判断しちゃ、まずいよなあ。
たまにしでかしかけるんだけど、いかんせん俺も骨の髄まで脳天気だからな。
そのへんを理解してたから、フューエルは俺をこのタイミングで送り込んだんだろうか。
後でしっかり感謝しておくとして、この場はよどみなく血の契約を済ませておいた。
「ありがとうございます、はじめからこうしておけば、悩むことなく済んだのでしょうに」
「ままならぬのもまた人生さ。人間、できることしかできないもんだから、高望みせず、一つずつ片付けていこう」
「はい、ご主人様」
最初にやるべきは本格仕様の契約だと思うんだけど、契約を済ませて泣きはらした赤い目を拭い、うっとりと俺に体を預けて穏やかな顔をしている彼女に、スケベしようぜとは言えないのでぐっと我慢しておいた。
「それにしても……」
「うん?」
「このままアルサに戻って、ヘルメたちとどんな顔で再会すればよいのかと思うとおかしくて。さっきまであんなに悩んでいたのが嘘のようです」
「そういうもんだろうさ。まあ俺の従者になったからには、悩みとは無縁の人生を送ってくれなきゃ、困るぜ」
「肝に銘じておきます」
そう言って笑うペルンジャの顔からは、やっと孤独の影のようなものが消えた気がしたのだった。
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