第450話 師弟でナンパ 後編

「ガーレイオン、そろそろ汽車が出る時間だぞ」


 観光客が動き始めたのを確認してガーレイオンに声をかけると、嬉しそうな顔で俺を引っ張る。


「あ、師匠。あのね、こちらハッティさんとラティさん。仲良くなった」

「それはそれは。はじめまして、クリュウと申します」


 俺が挨拶をすると、姉の方は非常に礼儀正しく、妹の方は人見知りするのか姉の背後からおっかなびっくり頭を下げる。


「はじめまして、ハッティと申します。こちらは妹のラティ。バルソン農園という茶葉を扱う商家の娘で、礼儀もわきまえぬ田舎者ではございますが、お見知りおきを」


 スカートをちょんとつまんで腰を落とし、実に優雅な挨拶を決めてきた。

 続いて妹の方もペコリと挨拶する。

 どっちもかわいいな、ガーレイオンが声をかけるのもわかる。

 特にお姉さんの胸は豊満で、大抵の男は目が釘付けになるだろう。

 この場合、ジロジロ見ても失礼だが、あえて胸から目をそらすのもまた下品と言える。

 優しげな眼差しで相手の立ち振舞そのものを見てから目を合わせ、爽やかに微笑むのが紳士風だ。


「旅の空であなた方のような美しいご婦人方とお近づきになれるとは、これにまさる喜びはありません。ところでバルソン農園といえば、先日コバからの列車でご一緒させていただいたのは、あれはあなた方の……」

「きっと父ですわ。途中列車が襲われたとかで」

「そうです、あれは災難でした」

「あれ、師匠がやっつけたんだよね!」


 ガーレイオンが俺の腕を掴んで会話に割り込んでくる。


「こら、ガーレイオン。そう言う些末なことを持ち出すんじゃない」


 と嗜めるが、巨乳お姉さんのハッティは、


「まあ、ではあの事件はあなた様がご解決を? 父からの知らせで、とある御方のご活躍で九死に一生を得たと」

「お父上は大事ないですか? あのときはさしたる怪我人なども居なかったはずですが、立て込んでいたので、ろくに挨拶もせずに他の乗客と別れてしまいましたので、気になっておりました」

「おかげさまで。ですが、やはりショックだったのでしょう。気弱になって会いたがっていると聞き、妹と二人、見舞いに参る途上でしたの」

「それはご心配でしょう」

「いいえ、これにかこつけて私達の顔を見たいだけだと、おもうのですが」


 二人の父だという、茶農園のおっさんはアーシアル人だったと思うが、この二人はプリモァのようだ。

 ということは、おそらくハーフだろう。

 ハーフだと子が産めずに嫁ぎづらく従者には狙いめなので、ガーレイオンももっと強く押してもいいんじゃないかなあ。

 最悪、古代種なら体なんか光らなくてもどうにかなるもんだし。

 うちのアフリエールなんかもそのパターンだったからな。

 もっとも、ガーレイオンがそんな事を考えながらナンパしててもちょっと嫌だけど。

 すれたおっさんのわがままだと言えよう。


 そこに駅の方から鐘の音が聞こえる。

 そろそろ戻らないと間に合わないぞと観光客に知らせる合図らしい。

 残った客もぞろぞろと駅に向かい始めた。


 駅に戻る吊橋は、人数制限があるようで、少し待ち時間がかかる。

 待ってる間もガーレイオンはお姉さんにせっせとアピールしていた。

 それはいいんだけど、ちょっと妹のほうが拗ねてるようにみえる。

 まあ、一点狙いも誠実だとは言えるが、通常のナンパと違い、紳士のナンパは光りさえすれば誰でもいいという考えようによっては非常に不誠実なやつなので、自制しつつも広く薄くアタックするのが秘訣だ。

 あとアピールの内容が、だんだん自分のことじゃなくて俺や俺の従者の凄さを称える内容になっている。

 子供にはありがちなやつだが、自分よりも優れているように感じる友人や年長者が身近にいると、そっちを自慢してしまうものだ。

 それ自体はかわいらしい行為と言えるが、口説き文句としてはまったくだめだよなあ。

 吊橋は二人づつ並んで進むようで、ガーレイオンがお姉さんと話してるせいで、俺は妹の方と並ぶ事になった。


「クリュウ様、紳士の試練って、普通の試練の塔とは違うものなんですか?」


 妹のラティちゃんは俺に対して大商人の娘らしいそつのない会話を投げかけてくる。


「そうだね、まだ二つしかこなしてはいないが、一般的な試練の塔は単に魔物を倒しリドルを解いてゴールに向かうというのが定番なんだけれど、紳士の試練は、女神の意思というか、問いかけというか、そういうなにか抽象的な思惑を感じさせる作りになっているね」

「紳士の試練は、従者が八人いるんですよね?」

「昔はね。だけど今はそうでもないそうだよ。私は幸いにして多くの従者に恵まれているが、私の妻で紳士でもあるあちらの彼女は従者が三人だし、あのガーレイオンはまだ一人しかいない。あるいはブルーズオーンという大柄の好青年がいるが、彼も従者は一人だったはずだ」

「そうなんですね」

「紳士の従者が気になるかい?」


 揺れる吊橋の上でそう問いかけると、ラティちゃんは苦笑して、


「いえ、そういうわけじゃ。でも、もし……もしもですけど、たとえ従者になっても、剣も握れない自分には試練なんてとても無理で、だから光るわけなんてないのになあって思ったら、ちょっとおかしくて」

「そんなことはないさ。私の従者には商人だって学校の先生だっているが、皆それぞれの仕事で役に立ってくれているよ。そもそも私も本業は商人だしね」

「そうなんですか? でも桃園の紳士様ってスパイツヤーデの貴族様なんでしょう?」

「妻が貴族なので違うとは言えないが、本業は何かと言われたら、商人になるだろうね。たとえばこのチョコレートなども、家で作ったものなんだよ。こちらから仕入れたカカオでね」


 そう言ってポケットからチョコを取り出す。

 ビジェンやパルクールがへそから出てきて頻繁におやつをねだるので、ポケットに忍ばせてあるのだ。


「おいしい! 北のチョコってこんなに美味しいんですか?」


 チョコをひとくち食べたラティちゃんは、たちまち顔をほころばせる。

 まあ、このチョコはこの世界じゃある意味オーバーテクノロジーとも言えるレベルなので、驚くのも無理はあるまい。


「ねえ、お姉ちゃんもこれ」


 少し前を歩く姉のところに駆け出そうとして、吊橋の上だったことをおもだしたようだ。

 ゆらゆらと左右に揺れる足場の上でバランスを崩し、俺にしがみつく。


「す、すみません。私ったら」

「ははは、まあそのチョコの旨さときたらとびっきりだからね」

「本当に、こんなの初めて食べました」

「そりゃあよかった」


 残念ながら体が触れても光らなかったので、あまり良くはなかったが、それでもあれだ、吊り橋効果みたいなので好感度みたいなのはグッと上がったかもしれない。

 なんか流れも来てる気がするし、まだワンチャンあるのではなかろうか。

 などとアレなことを考えていると、急にガーレイオンが振り返る。


「師匠、なんか変じゃない?」

「変ってなにがだ?」

「わかんない、なんか変」


 ガーレイオンまでパルクールみたいなわけのわからないことを言い出したかと思ったが、さっきかけたままだった眼鏡に、警報がポコポコ湧いて出る。


「師匠! 上! なんかいるっ!」


 ガーレイオンの言うがままに空を見上げると、なにか大きな鳥が数羽、上空を旋回している。


「ロック鳥だ!」


 どこかで誰かが叫ぶと、たちまち周りがパニックになる。

 へえ、ロック鳥かー、あれ子供の頃は実在する鳥だと思ってたんだよな。

 象を捕まえるとかなんとか……。

 いや、それを元に脳内翻訳された鳥だとしたらやばくね?

 と、改めて上を見ると、すぐ間近に巨大な塊が迫っていた。

 大きすぎて距離感がおかしくなってるが、マジででけえな、こいつ。

 キャー、と叫んで俺にしがみつく妹のラティちゃんをかばうようにその場に伏せる。

 紙一重で鋭い爪をかわすが、ロック鳥の羽ばたきで、吊橋は千切れそうなほどに揺れている。

 吊橋は五十メートルもないが、歩道部が板切れ一枚で急ぐに急げず、さらにこうも揺れると動くこともできない。

 それどころか、いつちぎれてもおかしくない。

 吊橋のたもとではフルンがなにか叫んでいるが、空を飛ぶ相手に手を出しかねているようだ。


「師匠! どうしよう、やっつけるの難しい!」


 俺の少し前で動揺しているガーレイオンに向かって、


「お前はお姉さんを守れ、ここじゃ不利だ。橋を渡りきって……」


 そこまで言いかけたところで、頭の中にいろんな映像がフラッシュバックしてくる。

 吊橋が壊れて谷底に落ちるシーンや、魔法でロック鳥を焼き払おうとするシーン、だがそのどれもがうまく行かない。

 唯一うまくいくのは、巨大な風船が吊橋から落ちる俺たちを包み込むシーンだ。

 次の瞬間、吊橋を吊るすロープの一本が切れ、その反動で俺を含む橋上の人間が宙に放り出された。

 それと同時に俺は叫ぶ。


「パルクール!」

「せいかーい、七回目にしてだいせいかーい」


 俺のへそからにゅっと出てきたパルクールが、そのままにゅーっと膨らむと、空中に放り出された俺たちをまとめて包み込み、ふわふわと宙に浮かぶ。

 一戸建て住宅ぐらいはある巨大なロック鳥が一羽、風船状のパルクールに体当りするが、弾き飛ばされてしまう。

 しばらくはぐるぐると俺たちの周りを飛び交っていたが、諦めたのかそのまま飛び去ってしまった。

 パルクール風船は、俺たちを包み込んだまま、駅のホームまで飛んでゆき、ぱちんと弾けて消えた。

 ふう、命拾いしたぜ。

 パルクールに聞きたいこともあったが、どうせ聞いてもまともな答えが帰ってくるわけないし、それよりも先にやるべきことがある。


「い、今のは……」


 いつの間にか妹と入れ替わり、俺にしがみついていた農園姉妹の姉ハッティが青い顔をしてつぶやく。

 なお、顔は青いが体は赤く光っていた。

 悪いな、ガーレイオン、このおっぱいは俺のだったよ。

 一方の妹の方も同じく体が光っていた。

 こちらは地面にひっくり返ったガーレイオンに馬乗りになったまま、ピカピカと輝いている。


「え、なにこれ、うそでしょ、えーっ!」


 混乱する姉妹と、やはり動揺しているガーレイオンを促して、ひとまず列車に戻ったのだった。

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