第448話 温泉街 その六

 地獄絵図みたいな洞窟を流れる熱湯の川に沿って少し進むと、大きな段差があり、朽ちた梯子がかけてあった。


「住民がかけたもののようですね。すでに腐っているので、置き換えますか」


 ぴょんと飛んできたクロックロンがちゃっちゃか新しい金属製のはしごを掛けていく。

 その少し先には小さな女神像が祀ってあったので、キンザリスが短く祈りをささげる。

 そんな事をしながら次の設置ポイントに無人機を出し、さらに最後の一台の敷設をどうにか終えた。

 今着ている服は空調完備のハイテク服なんだけど、正直この場所の湿度が高すぎてハイテク下着の吸湿機能を超えたのか、汗でびっしょりだ。

 早くひと風呂浴びたい。

 リエヒアはお風呂であらいっことかしてくれるかなあ、最初からそれだとハードル高いかなあ。

 マッチョ系はウブなことが多いので難しいかもしれない。

 キンザリスは言葉にはできないようなとこまで洗ってくれそうな感じするけど、やりすぎるとお説教を食らいそうな気もする。

 そういえばアンやテナのお説教もしばらく食らってないなあ。


「さて、あと三十分ほどでシールドの展開が終わり、抽出を開始できます。モニタは外でもできますので、戻りましょうか」


 スポックロンがいい終えると同時に、鈍い地響きが洞窟内に轟く。


「おや、今のは震源が……」

「どうした?」

「ラムスヤールのセンサーが、異常なエネルギー源を検知しております」

「今すぐ尻尾を巻いて、逃げたほうがいいやつか? 逃げる準備はいつでも出来てるぞ」


 と胸元のペンダントを手で抑える。


「それは最後の手段ということで。ここで放置してうっかり噴火などされてはご主人様の名に傷が付きましょう」

「ナンパに支障が出るとやだな」

「安全に留意しつつ、もう少し調査しましょう。ひとまず、シェルでコーティングしましょうか。先にヘルメットを着用してから、ちょっと大の字に手を広げてください。みなさんもご一緒に」

「こうか?」


 言われるままにポーズを取ると、腰ベルトから光る霧状のガスが吹き出し、俺達の体にまとわりつく。


「それで高温のガス程度は防げますが、溶岩に落ちると無理ですので、ヤバそうだと思ったら、早めに内なる館に避難してください」

「ぶっそうだなあ、それでどうするんだ?」

「調査用のピンを打ちます。少々お待ちを」


 コンテナを担いだクロックロンから筒状の装置を受け取ったスポックロンは、それを地面に設置する。


「もし噴火の予兆であるなら、強引にでも街の避難を開始する必要があるでしょうが……、うーん、竜の卵に変化はありませんし、マグマ溜まりも安定しています。なんでしょうかね、これ。地下深くの何かが……ちょっと判別できませんね」

「俺はすごく嫌な予感がしてるんだけど」

「予感などという曖昧な表現はいかがなものかと思いますが」

「なんかこの辺、異様に熱くなってないか?」

「気温が八十度を超えていますね。低温調理には高すぎる温度でしょうか」

「紳士の蒸し焼きなんて、温泉名物にはむいてないぞ」

「ひとまず、無人機の中に退避しましょう。狭いですが短時間なら安全ですし、なによりもう少し情報が欲しいところです。内なる館に逃げ込むと、外の情報がわかりませんので」

「カリスミュウルはちゃんと待機してるのか?」

「宿からでて、バクスモーにて待機中です」

「ふむ」


 カリスミュウルがいれば、内なる館経由で脱出できるので、最悪の事態は避けられるはずだ。

 揃って無人機に乗り込むと、再び大きな揺れがくる。

 慌ててハッチを閉めるのと、無人機が横転するのが同時だった。

 その結果、狭い無人機内で吹っ飛んだ俺は、頭をぶつけて気絶してしまったのだった。




「おきろー」

「むにゃむにゃ、もうちょっと」

「おきろったらおきろー、このすかぽんたん」

「そうは言われても、頭が痛くて」

「もう治ってるー」

「うん?」


 目を覚まして起き上がると、無人機の狭い室内で、キンザリスに膝枕をされていた。

 見れば室内がまんべんなく光ってるように見える。


「うん、どうしたんだっけ?」

「どうしたんだっけ、じゃない、この粗忽者」


 声の主は俺のへそからでてくることにかけては定評のあるパルクールだった。


「あれ、なにごと?」

「マグマに飲まれて、沈んでるところ」

「へえ、ってなんじゃそりゃ!」

「それについては私が説明しましょう」


 振り返るとスポックロンがいた。

 あと一緒に同行していたリエヒアやキンザリス、それにクロックロンたちもだ。


「無人機に乗り込んだ瞬間、衝撃で頭をぶつけてご主人さまが気絶したあと、無人機の周辺の岩盤が崩壊し、溢れたマグマに飲み込まれました。そのまま制御不能で流されるかと思ったところ、パルクールがへそからでてきて我々を無人機ごと包み込みました」

「頼もしいな」

「ですが、結局そのままマグマに飲まれて流されて、あとはどんぶらこと沈んでいる最中です」

「沈んでるって大丈夫なのか?」

「パルクールいわく、大丈夫だそうです」

「そうか、大丈夫なら大丈夫なんだろう、偉いぞパルクール」

「しってるー、私はえらい、いだい、いいようせい、いけてるようせい、いいかんじのようせ…」


 そう言って胸をそらすパルクール。


「無理に一人でしりとりをしなくてもいいんだぞ。ひとまず内なる館経由で戻るか」

「だめ」

「なんでだよ」

「呼んでるから」

「誰が」

「しらん」

「そうかあ」


 室内に漂う光る粒子は、よくわからんけどパルクールの作ったバリアのようなもので、壁の向こうはマグマの海らしい。

 無人機単体ではマグマの中を自力航行できないが、それをパルクールがどうにかしているのだとか。

 俺の周りはどんどん人間離れしていくなあ。

 それに引き換え、ちょっとモテるだけの俺の謙虚なことよ。

 つか肝心な時に気絶してるし。

 内なる館があればどこからでも脱出できるぜと思ってたけど、俺が気絶してたら意味ねえんだよな。

 そんな頼りない俺にしがみついていたリエヒアは、かなり混乱していたが、


「これは、その妖精が作り出した結界だということですが、凄まじい力を感じます。妖精とはこれほどのものなのでしょうか」

「そう、偉大なる妖精大魔王パルクール、とてもつよい」


 胸をそらすパルクール。


「それで、どうするんだ? この無人機、大丈夫なのか?」

「さあなー、どうかなー」

「子供のうちから韜晦するのはよくないぞ、パルクール」

「私ももう老けた、おばちゃん。おばちゃんは飴を出す。飴くえ」


 そう言ってどこからともなく飴を取り出す。

 一つ食べるとなかなかうまい。


「やっぱ妖精といえば甘いものだな」

「そうなー、妖精はなー、はなはなー」


 そう言ってパルクールが鼻提灯をふくらませる。

 風船のように膨らんだ鼻提灯に圧迫されて、狭いスペースでヒイヒイ言ってると、自分の鼻がむず痒くなってきた。


「いまだ、ひっぱれ!」


 パルクールの言葉に従い、ムズムズする鼻から何かを引っ張り出すと、それはにゅうっと伸びて、青く光る子供の形になった。


「オーウ、なんだこれ」


 光る人物はとぼけた調子でそんな事をのたまう。

 パルクールの同類だろうか。

 だが、なんか聞き覚えのある声だな。

 こいつはあれだ、例のドラゴン族のビジェンちゃんだ。


「もしかして、ビジェンかい?」

「ソウ、あんただれ?」

「俺はクリュウ、ピビちゃんの友達さ」

「アー、知ってた。ピビは元気?」

「今頃温泉でリラックスしてるよ」

「フーン、それも知ってた」

「それで、今までどこにいたんだ?」

「ウー、そこ」


 俺の鼻を指差す。


「ここかあ、気が付かなかったなあ」

「ご主人さまにぶい」


 これはパルクール。


「まさかずっと俺の中にいたとはなあ、居心地良かったかい?」


 改めてビジェンちゃんに尋ねると、青白く光る体を明滅させる。


「オーン、ふつう」

「そうかあ」

「ムーン、外は寒い、鼻はあったかい、おすすめ」

「なるほどねえ」

「ウー、飴ちょうだい」


 何言ってるのかさっぱりわからんが、こう言うタイプはゆるく肯定しておくのがモテル男の社交術だ。

 なんか声は前に聞こえてきたのと同じだけど、口調と言うか、性格が間延びしてる気もするが、こんなものだったかもしれない。

 まあいいんだけど。

 さっきもらった飴を手渡しながら、改めてパルクールに尋ねる。


「それで、呼んでるってのはビジェンちゃんのことか?」

「しらん、あついから私は冷たくなろうと思う、クールにチェンジ! クールビューティ・パルクール!」

「なんだそりゃ」


 こいつも何を言ってるのかさっぱりわからんが、なんだか室内の壁が結露してきた。

 寒い気がする、いや、明確に寒い。

 なんか体が凍ってきた気がするんだけど。


「おい、パルクール、どうなってんだこれ、大丈夫なのか?」

「九」

「九ってなんだよ」

「四」

「おい、減ってるぞ、カウントダウンしてるのか? まさか爆発するんじゃないだろうな!」

「一」

「おいこら、数字が飛んでるぞ、心の準備が」

「ゼロ!」

「ぎゃーっ!」

「マイナス一!」

「マイナスかよ!」

「ドカーン!!」


 パルクールが叫ぶと同時に、耳をつんざくような音とともに、無人機が壊れて外に放り出された。

 マグマに焼かれて蒸発する自分を一瞬だけ想像するが、そこは何やらぼんやりと光る空間だった。

 なんかよくわからんが、展開が早い。

 経験上、新しいかわいこちゃんがでてくるのではないかと期待してキョロキョロ見回すが、同行していたメンバーのほかは誰も見当たらない。


「新しいご婦人の登場を期待しているのでしょうか」


 とスポックロンが言うと、


「道を歩けば従者に当たると聞いております。このような地の底にある謎の部屋ともなれば、さぞすごいご婦人が」


 これはキンザリス。


「私も先ほどフューエルのお姉さまから伺ったばかりですが、まだお情けを受けてもいないうちに、もう妹分ができてしまうのでしょうか」


 と驚いてみせるリエヒア。

 みんなポジティブだな。

 しかしぼんやりと輝く壁面の雰囲気は、古代遺跡の、いや、女神の柱に近い気もする。


「スポックロン、ここがなにかわかるか?」

「いえ、何もわかりません。少なくとも私どもの文明が作ったものではないでしょう」

「となると、女神絡みのものかな?」

「まったくスキャンが通りませんし、その可能性は高いかと」

「ってことは、なにか管理人とかそういうのがいるのかな?」


 とりあえず、声をかけてみるか。


「ごめんくださーい。突然押しかけて申し訳ない、私、クリュウと申す旅のものですが、どなたかいらっしゃいましたら、お出ましいただけないでしょうか」


 待つこと十秒ほど。

 部屋の中央に、ポコっとカプセルがでてきた。

 中から俺好みの幼女がでてくる。

 いつぞやのカラム29や南極大人に似たレオタード幼女だ。


「ようこそ、放浪者殿。お招きに応じていただき、ありがとうございます。カラム77と申します」

「はじめまして、クリュウだ。ここはやっぱり女神の柱なのかい?」

「その呼称で呼ばれている施設の一つです。ここでは地殻の再構成、及びレプリケータによる周辺環境の恒常性維持などの業務を執り行っておりました。現在は休眠中です」

「ってことは、ここにも女神、いや闘神だっけ? それが眠ってるのかい?」

「いいえ、ゲオステルはすでに新たな生を得て、そこに」


 そう言って指差した先には、ふわふわと浮かぶビジェンの姿が。


「彼女は女神なのか?」

「その生まれ変わりと言うべきでしょう。ホロアの一部がそうであるように、彼女もまた女神の現身です」

「ホロアってみんなそうなの?」

「厳密にはちがいます。闘神の遺伝情報に基づく、クローンとでも言ったほうがよいでしょう。闘神の鎧たるウェルビネの現身が竜であれば、闘神そのものの現身がホロアであるということです」

「へえ、それもお前たちが作ったのか?」

「そうではありません。そのように自然に収斂した、ということです。この世界において闘神はひとつのテンプレートです」

「ははあ、きいたかキンザリス。おまえたちって女神とほぼ同じ作りをしてるらしいぞ」


 というと、


「聖書にも女神の現身であるというような記述はありましたが、実に光栄ですね」


 などと満更でもなさそうだ。

 女神と同じなどと言われてこの態度なんだから、実に肝が太い。


「それで、俺たちを呼んだ理由はなんだい?」

「近くにいらっしゃったので、ご挨拶でもと」

「それはご丁寧に。それでどうする、一緒に来るかい?」

「いえ、私は無聊をかこっているカラム1、あなた達のいう南極大人の元に行きましょう。あれ一人に、色々な事を押し付けておりましたので」

「そうか、じゃあ彼女にもよろしく言っといてくれ。なにか手土産を……」


 さっきもらった飴をいくつか渡すと、カラム77は黙って受け取る。


「そういえば、宇宙にいるらしいカラム29がどうしているかわかるかい?」

「彼女もあなたを待っていることでしょう。なるべくお早めに」

「そうか」

「では、そろそろここを出るとしましょう。ゲオステルのウェルビネはこちらで回収しておきます」


 カラム77がそう言うと同時に、この部屋が動き出したのを感じる。

 何やらすごい速度で上昇しているようだ。

 大丈夫なのか、これ。

 リエヒアやキンザリスは流石にビビって俺にしがみついてくるし、スポックロンは心ここにあらずといった顔で立ち尽くしているし、パルクールやビジェンはクロックロンたちと踊っている。


「地上にでます」


 カラム77がそういった瞬間、爆音とともに、俺達は夜空に打ち上げられた。

 さっきまで俺たちがいたはずの真っ白い部屋は消え失せ、吹き上げるマグマとともに、空を飛んでいる。

 下を見下ろすと、少し遠くに温泉街の街明かりが見える。

 そして俺達の周りは溶岩やら岩石やら黒い煙やらがボコボコと飛び交っていた。

 いやこれ、やばいんじゃないの?


「ターマヤー」


 パルクールがそう叫ぶと、光が溢れ、吹き出した火山のあれこれを包み込み垂直な光の柱へと転じていく。


「カーギヤー」


 さらに叫ぶと、その光が細かい粒子になって四方に散らばっていく。

 それが雪のようにあたりを舞い始めた。

 割と絶景だな。

 そして俺たちは、なんかよくわからん光りに包まれて、そのまま宙に浮かんでいた。


「パルクールも、片手落ちですね。主人をほっといて花火遊びとは」

「シクレタリィとしての自覚が足りておりませんわね」


 声の方に振り返ると、うちの生意気系幼女、ストームとセプテンバーグが並んで浮いていた。

 二人がなにかフォローしてくれているようだ。


「おう、なんか知らんが助かったよ」

「カラム77を労おうと思いまして。それにゲオステルの顔も見たかったですし」


 ストームがフラフラ漂うビジェンのしっぽをつまんで引き寄せる。


「オーウ、ひさしぶり。ちいさいな?」

「あなたも随分小さいですね」

「マー、縮んだ」

「なかなか可愛らしいですよ」

「ウーン、知ってる」


 そのまま、廃寺の前にふわりと降り立つと、光の柱に見とれていた留守番組が集まってきた。


「あなた、なぜ空から戻ってくるんです。ストームたちもどうして」


 驚くフューエルに、


「いやあ、俺もさっぱりわからん」

「あなたがわからなくてどうするのですか」

「そんな事言われても、俺にだってわからないことぐらいある、つかなんもわからん」

「まあ、相手があれでは、しかたないかもしれませんが」


 そう言ってフューエルが見上げる先には、謎の幼女カラム77と、その上に光り輝く、巨大なロボットのようなシルエットが浮かんでいた。


「では、私達はカラム77を送ってきますので」

「程々で切り上げて、ご主人様も一日も早くお戻りを」


 ストームとセプテンバーグの二人はハモるようにそう言って、その場から消えた。

 同時にカラム77と巨大ロボも消えていた。


「あの、今のは結局なんだったのでしょう」


 恐る恐る聞いてきたリエヒアに、


「つまり、一件落着ってことさ。それ以外のことは、俺にも何もわからん」

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