第447話 温泉街 その五
契約を済ませたリエヒアはしばしうっとりと心ここにあらずといった感じだったが、フューエルとはすぐに打ち解けていた。
従者同士は基本的に仲のいいものだが、それとは別に、貴族のご令嬢というものは横の連携を密にして家を守るような教育を受けているものだと聞く。
俺はそう言うところに無頓着なので、仲良くしてくれてればなんでもいいんだけど、今も支度やらなにやらで仲良く話し合っている。
リエヒアも実態は従者だけど、それなりに勢力のある貴族のお嬢様なので、世間的には嫁入りということになるのではなかろうか。
その点、エディなんかもそれに近いところがある。
まあそういうのはどうでもいいので、はやくベッドの上で心ゆくまで契約したいなあ、と幸せなひとときを夢想していたら、それを打ち破るようにスポックロンがやってきた。
「支度が整いましたので、お出まし願います」
「おう、ご苦労さん。それで、どうするんだ?」
「内部調査を済ませましたが、最深部はガスが漏れ出して危険なので、方針を変えようと思います」
「ほほう」
「山頂部からボーリングして、件の精霊石まで穴を通し、そこから直接吸い上げる計画です」
「ダイレクトでいいな。それで、俺の方はどうすりゃいいんだ」
「特に出番はございませんので、適当なところでご見学ください。もしもトラブルが発生した場合は、紳士パワーで民衆を鎮めていただければ」
「なにか起きそうなのか?」
「可能性は限りなくゼロですが」
「でもゼロじゃないんだな」
「ご主人様は、確率では推し量れない可能性を秘めた人物ですので」
「物は言いようだなあ」
「一つ気になる点もあるのですよ」
「というと?」
「マグマ溜まりよりも遥か下に、妙なエネルギーの塊を検知しておりまして」
「やばそうなのか?」
「判断できるだけの情報はございません」
「つまり訳のわからんものがあるんだな」
「どうなされたのです、今日は妙に疑心暗鬼に駆られていらっしゃいますが」
「おめえ、せっかく新しい子をゲットしたのにお預け食らってるんだぞ、焦る心もあろうというものだ」
「ご愁傷様です。では、さっさと終わらせましょう。皆さんの支度が整いましたら、お声がけを」
リエヒアはついてくるようで、着替えるために席を外していたが、そこに当主ランボアがやってきて、耳打ちするようにこういった。
「私が言うのもなんだが、娘はああ見えて随分とお転婆でね、興ざめなどなさらぬとよいが……」
「ご心配なく。血の相性と言うものは相補的なものです。もし彼女がそうだというのなら、私もそういうご婦人と気が合うということですよ。それにおそらくは、お転婆にかけて妻のフューエルにまさるご婦人はそうそういないと思いますし」
「まことかね。さすがは大国スパイツヤーデのレディ、実に優雅な立ち振舞だと感心していたのだが」
「ああいう顔をしておいて、一度冒険者の衣をまとえば、切った張ったの大立ち回りと来るのですから、人は見かけに……、いや、これ以上はよしましょう。いずれにせよ、彼女のことはお任せください」
「うむ、よろしくたのむ。それから、多くは言わぬが、ホイージャ家とはあまり諍いを起こしたくないのだ。ペルンジャ嬢とも、今は会わぬほうが良かろうと考えている」
「もとより、私はスパイツヤーデでも政治とは距離をおいておりますので。あくまでペルンジャ個人に便宜を図るだけの心づもりです」
「ふむ、それは賢明であろうな」
領主に見送られて、再び飛行機で廃寺に戻ってくる。
形は飛行機よりだけど、使い勝手はヘリだよな、これ。
留守番していたフルンたちが寄ってくるが、リエヒアが従者になっていたとしると、ガーレイオンが悲痛な声を上げた。
「また! またちょっと見てない間に従者になってた! 肝心なところを見てない」
「すまんすまん、とはいえ、相手は貴族様だから、お硬いお屋敷にいって行儀よくするのもしんどいだろう」
「うん、でも……」
「それにいつも言ってるだろう。体が光るまでが勝負だと」
「そう思っていっぱい探したけど、おっぱいの大きいお姉さんはみんな恋人とかいた」
「そうだよなあ、普通は美人なほど男がいるんだよ、難しいよなあ」
「うん」
ガーレイオンには申し訳ないことをしたなあ、と思いつつも、実際問題としてナンパするときは俺も言うほど余裕があるわけじゃないからな。
ホロアみたいに即決ならともかく、嫌われないようにとか相手の心情や望みをうまく汲み取ってとか考えてるんだよ、たぶん。
それはそれとして、火山の方だ。
ここから山の奥に三キロほど入ったポイントが、ちょうど竜の卵の真上に当たるらしい。
すでにボーリング作業中だが、問題が発生したようだ。
「竜の卵が存在する場所の地盤が不安定なようで、吸い出し中に崩れるかもしれません」
「崩れるとどうなる?」
「現場のスキャン映像がこちらですが、ちょうど卵のすぐ横をマグマが垂直に対流しておりまして薄皮一枚で隔たっているようす」
「ひでえところだな。つかよく領主の親父さんはこんなところの竜の卵に気がつけたな。自分たちで調査したんだよな?」
「鉱山技術の一環で、竜の卵を検知する専用の魔法があるそうですよ」
「そんなご都合主義な」
「魔法そのもののご都合主義さに比べれば些末なことでしょう。それで、この壁が崩れて竜の卵がマグマに突っ込むと、これはどうなるかわかりません。卵が分解して溶けるか、衝撃で竜が生まれるか。竜というのもピンきりで、先の検体C四級の竜であれば、マグマなど物ともせず、山ごと吹き飛ばすでしょうが、生まれたばかりだと、問題ないかもしれませんね」
「見積もりに幅がありすぎるだろう」
「おっしゃる通りですが、いかんせん、時間がございませんので」
「そりゃあ、しょうがねえな。なるべく安全寄りで進めたいが」
「やはり直接作業機械を送り込むべきですね」
「つまり俺の出番か」
「よろしくおねがいします」
結局、洞窟に潜るようで、準備が整う間、リエヒアと楽しく会話することにする。
「旦那様、状況はどうなのでしょう」
「今から洞窟に潜ることになったよ」
いつまでも王子様みたいな喋り方は苦痛なので、少し砕けておく。
「あそこは、今ほど火山が活発でない時期に潜ったことがありますが、危険な場所です」
「ガーディアンたちのサポートがあるからね」
「私も、お供してはいけないでしょうか」
いじらしさのあまり、二つ返事でOKしそうになるが、自重してフューエルの方をちらりと見ると、
「良いのではありませんか? 内なる館に入れることだけ、確認しておけば」
お許しが出たので、連れて行くことにする。
まあ、内なる館には入れるようなので、万が一の事態があっても、地の底からでもトンズラできるだろう。
リエヒアが準備をする間に、スポックロンの用意した作業用メカを三台、内なる館に入れる。
ガーディアンではなく、リモコンタイプの無人メカらしい。
一辺二メートル弱の立方体で、エッジに丸みがあり、あとはつるつるしている。
古代の物は、だいたいツルツルしてるんだよな、もう少し質感に幅をもたせようとかおもわなかったんだろうか。
「局地活動用のものは無人機と決まっておりまして、必要な場合はソリッドタイプのAIを搭載するのですが、ロストの危険もあるので、普通は避けます」
「ソリッドって?」
「設計の違いといいますか、そうですね、ご主人様の故郷風に言えば、CPUがRISCかCISCかの違いとでもいいますか。家で言えばクロックロンたちの大半はソリッドタイプですね」
「あの片言でしゃべる感じがそうなのか?」
「喋り方は関係ありません。あれは人間で言えば方言と言うか、あとは発声部分が声帯ではなくスピーカーなので違いを感じるだけでしょう」
「ふうん。とりあえずこれを運べばいいんだな」
「そうなります。目的地までは結構距離があるので、カーゴを使いましょう」
と別の乗り物を持ってくる。
小さめのゴンドラに、脚が六本生えたけったいな乗り物だ。
これに乗って洞窟内を進むらしい。
アルサでダンジョンに潜りまくってた頃にほしかったよな、こういうの。
洞窟内は、魔物が住むわけでもなくガスの類にだけ気をつけておけば安全らしいので、ほとんどのメンツには入口で待っててもらい、俺とリエヒア、あとは新人を優先するいつものノリで、キンザリスもつれていく。
それはいいんだけど、リエヒアは俺が着るのと同じハイテク装備の作業つなぎみたいなものを着ているのだが、手には二メートル程の太い棒をもっている。
槍でも棍棒でもなく、棒だ。
しかもめっちゃ重そうなやつ。
「私、ウル派の棒術を嗜んでおりまして、これがないと落ち着きませんの」
「ははあ」
「その、はしたないなどと、お笑いにならないでくださいまし」
そう言って棒を握りしめる腕は、先ほどビンタで骨にヒビが入ったときの細腕のままだ。
どういう仕組だと首を傾げると、リエヒアも俺の疑問を感じ取ったのだろう。
「幼い頃より病弱で、骨も筋も脆弱な体なのですが、ウルの教えで全身に魔力をみなぎらせておけば、この細腕でもこうして棒を振るうことが叶います。まことウルの教えはありがたいもの。それなしでは先ほどのようにわずかの刺激で怪我をしてしまいます」
棒を掲げて振り回す姿は、およそ繊細なお姫様からは程遠い。
そういえばフルンたちも、筋肉以上のちからが出せるとかなんとか言ってた気がするなあ。
そうかあ、そっち系かあ。
「いやいや、頼もしい限りだよ。お前こそ、優男と笑わないでくれよ」
「まさかに。人の力量とは、己一人しか誇るものがなければ、どこまで言っても一人力。ですが万人を従えれば、その力は万倍ともなる。だからこそ、その礎として個人の力を磨く必要があるのですが、旦那さまと共にあれば、私もただ一人の力を千倍、万倍に生かすことができるでしょう」
考え方がマッチョだな。
スポックロンの案内で、洞窟にはいる。
カーゴに備え付けの照明で照らし出された洞窟は、直径三メートル程度のもので、ところどころ人の手が入っているが、天然のものらしい。
しばらく進むと道がひらけた。
天井からつらら状の岩が伸びた立派な鍾乳洞で、至るところから蒸気が吹き出して、幻想的を通り越して地獄絵図のようだ。
息苦しいので生身のメンツは金魚鉢のようなヘルメットをかぶる。
こいつは酸素も供給できるので、たとえ有毒ガスが吹き出しても、比較的安心だ。
スポックロンが手持ちのランプで天井を照らしながら、
「北方大陸ではなかなか見られない光景ですね」
「ふうん、そういやこのへんは地下に魔界もないんだな」
「極地の他にも、地表の三割程度が、地殻に直接つながっております。十万年前のデータなので更新が必要ですが、そう大きな変化はないかと」
「けったいな星だよなあ」
「そうですね、私が作られた時代においても、人々は自分たちの故郷の生い立ちを推測して首を傾げておりました。どこの誰が、こんな無駄の塊のような星をつくったのだ、と」
「でもなあ、こう箱庭で世界を構築するゲームとかやってると、無駄に山を崩したり、高さの限界まで建物を積み上げたりとかしがちだし、そう言う力あったら、思いつきで雑にやっちまうもんじゃ、ないのかなあ」
「そう言う話であればよいのですが、南極大人の切実さをみれば、もっと深い理由があったのかもしれませんね」
「どうしたんだ、あの子の肩を持つような事を言って」
「そろそろご主人様が南極までナンパしに行きそうなので、先輩としての貫禄を見せておこうかと」
「殊勝な心がけだなあ。でもこれ以上家から離れたくないんだけど」
「考えるだけ無駄ですよ」
俺がスポックロンと話す間、リエヒアはキンザリスと会話していた。
この国の貴族の子女は、その多くがホロアの教育を受けるそうで、リエヒアも幼い頃にそうであったらしい。
ホロアは絶対数が少ないものだから、そのホロアとキンザリスも当然面識があり、そこのところから会話が弾んだようだ。
「あなたの名はポロエフから聞かされたことがあります」
「それはお耳汚しでしたことでしょう」
「いえ、預言者の前での大立ち回りの武勇伝など、幼心に憧れたものです」
「それは少々、誇張が過ぎるのではないかと思いますが、ご主人様の力があれば、いずれ預言者の望みも叶えられる、そのための一助として私の力も活かしたいと、考えています」
「それは素晴らしいことですね。私も、そのお仲間に加わりたいものです」
「もう、なっているではありませんか」
「ふふ、そうでしたわね。あまりに目まぐるしく事が進んだもので、まだ実感がわいておりませんの」
「それは私も同感です。なにせ我らの主人は、およそ常人の想像もしない人生を歩まれる御方ですから」
「そのようですね。このような遺跡の力を我がものとする人物が、今の世に実在していようとは」
二人がさり気なく聞こえるように俺をあげてくるので、少しスポックロンに下げてもらおうかと顔色をうかがうと、つれなくこう言った。
「そろそろ最初の目的地です、おしゃべりは一旦お休みください」
鍾乳洞の突き当りに、煮えたぎったお湯の川が流れている。
下流は岩の割れ目に飲み込まれているが、これがそのまま谷川の方に湧き出しているのだろう。
「直接は見えませんが、眼鏡には表示されているでしょう。分厚い岩盤の向こうに直径八十メートル程の竜の卵があります」
「結構でかいな」
「地中に溶け込んだエルミクルムが、マグマに乗って上ってきたのでしょう。それを吸収して成長したものと思われます」
「それで、どうするんだ?」
「この上空に基点級ガーディアン、ラムスヤールが待機しております。先ほど説明したとおり、ボーリングで開けた穴から、ラムスヤールのレプリケータで吸い上げますが、途中で岩盤が崩壊しないように安定化させます。一番確実なのは、岩盤に樹脂を流し込んで固める方法なのですが、このサイズだと時間がかかる上に、樹脂を流す穴をあけるのもリスクがあります。よってここから電磁ネットで対象をトラップする計画です。そのための発生装置を三箇所に設置します。同時にエルミクルムの安定化触媒も上から注入して、じっくりコトコト吸い出す予定です。まずは一台目をここに出してください」
「よくわからんが、良きに計らってくれたまえ」
話している間に、同行したクロックロンが足場を作っていた。
そこにうまく乗るように無人機を設置する。
「では次のポイントに参りましょう。この先は徒歩でまいります。みなさん、足元にお気をつけください」
蒸気が立ち込める洞窟内の探索はとてもヘビーで、なおかつ地味だ。
まあ、強敵と切った張ったするよりは、俺向きの冒険だと言えよう。
頑張ってさっさと終わらせて、はやくリエヒアといちゃいちゃしたいなあ。
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