第446話 温泉街 その四

 竜泉組のヤクザ者たちはまとめて縛り上げられ、廃寺の中に閉じ込めてある。

 覆面女だった侍女も同様だ。

 一方、領主のご令嬢リエヒアは、スポックロンからの治療を受けている。

 診察によると、手首の骨にヒビが入っていたようだ。

 ひっぱたかれた侍女の方は、頬が腫れてるぐらいでたいしたことはないようだが、無茶をするものだ。

 貴族としての心構えの問題であろうが、上に立つものは大変だな。

 さっきまで光っていた彼女の体は、遅れてやってきたフューエルの術で、光を押さえられている。

 治療が終わり、痛みも引いたのであろう。

 顔色は良くなっていたが、表情は暗い。

 治療のためにジェルで固められ、輝きをなくした自分の腕を見つめながら、リエヒアはつぶやく。


「このような出会い方でなければ、我が身に現れた印を、素直に喜べたのでしょうが……」

「相性というものは、良きにつけ悪しきにつけ互いを縛るものでもあるでしょう。もしもあなたが望むなら、あなたの贖罪を共に背負うこともできると、私は思うのですよ」

「ですが、会ったばかりの小娘に、なぜそのような優しいお言葉を」


 それは俺がナンパおじさんだからだよ、とは言わずに、代わりにこう答える。


「相性の輝きは、百夜の語らいにも勝る信頼を示すものです。そうは思いませんか?」

「思います、そう、たしかに、そのお言葉のとおりだと、私も思います。きっとそれは、あなた様のお言葉だからですね」


 その言葉に無言でうなずき、微笑みかける。

 うっとりと俺を見つめる彼女の瞳は、俺の勝利を証明していた。

 だが、ここでがっつかないのが歴戦のナンパ紳士の貫禄だ。

 なんかガーレイオンも後ろの方でこっちを凝視してるし、丁寧な会話でパーフェクト・ナンパを目指そう。


「腕はまだ痛みますか?」

「いえ、嘘のように痛みが引いてしまいました」

「だがもうしばらく動かさないほうがいい。それよりも……」

「そうでした、街の危機について、お伺いしないと」


 いや、そうじゃなくて従者になるかどうかの返事を聞きたかったんだけど、まあいいか。


「そうですね。ではまずはその説明から……」

「それについては、私から説明させて頂きたく存じます」


 突然湧いて出た声の主を探すと、さっきの小型飛行機から、別の人物が降りてくる。

 一見するとペルンジャのお供レクソン4427とそっくりの外観で、整った顔もセラミック風のツルツル質感だが、着ている衣装や立ち振舞などはもっと人間的だった。

 というか、飛行機で一緒に来て今まで出番を待ってたのか。


「私はレクソン2982、偉大なる放浪者の御前に参上する栄誉を賜り、恐悦至極に存じます」

「その堅苦しい挨拶は、人間仕込かい?」

「いかにも。私も随分と人間社会に馴染みすぎたようで。そちらの4427の初々しさが、眩しく感じられます」

「無くしたものを悔やんでも得るものはないさ。では、説明は任せようか」

「かしこまりました」


 レクソン2982の説明を聞いたリエヒア嬢の顔色が、再び青ざめてきた。


「そ、そのようなことに。近頃、湯の出が悪いと、気にかけてはおりましたが。それでお父様はご存知なのですか?」


 その問いかけに、レクソン2982はうなずく。


「はい。御存知の通り私は領地の政には一切感知しておりませんが、先ほどランボア卿から直接ご依頼を受けました。源泉の抱える問題に対して手を講じてきたが手詰まりであるので預言者の介入を依頼したいと」

「しかし、預言者のお手を煩わせては、ペナルティが……」

「それをご承知でのご依頼です。噴火の危険が迫る今、手をこまねいてはいられぬと」

「そう……ですか。わかりました。父にその覚悟があるのなら、私も従いましょう。それで、私は何をすればよいのでしょう」


 レクソン2982は俺を一瞥すると、リエヒア嬢に優しく語りかける。


「あなたの勤めは、クリュウ様の手助けをなさることです。全てはこの御方のご指示のままに。そしてこれよりもたらされる、偉大な紳士の奇跡をお支えするのです。預言者もまた、すべてをクリュウ様にお任せすると、申しております」

「わかりました、それが預言者のお言葉なのですね」


 改めて俺にひざまずき、決意の眼差しを向けるリエヒア嬢。


「不肖の身ですが、全身全霊を持ってお支えいたします」


 紳士の奇跡ってなんだよと突っ込みたい気持ちでいっぱいだが、ご当地ロボのレクソン2982を見ると、茶目っ気たっぷりな顔でウインクしてきた。

 これだからロボット連中は。


「ありがとう、あなたの助けがあれば、必ずやこの困難を乗り越えられるでしょう」


 というわけで、俺達はこのまま、領主の屋敷に向かうことになった。

 領主の屋敷は、温泉街を横切る川の上流、小さな湖の畔に建っていた。

 夜のことで全貌は見えないが、なかなか立派な屋敷のようだ。

 中庭に飛行機で降り立つと、領主が出迎えてくれた。

 どうやら、話は通っているようだ。


「当地の領主、ランボアと申す、お初にお目にかかる」


 領主ランボアは、ちょっと細面で、リエヒア同様真っ白い肌と髪の四十絡みの男だった。

 一見頼りなさそうだが、眼光は機知に富み、色んな意味でできる貴族っぽく見える。

 噴火のことを独自に把握していたことといい、そう言うつもりで接したほうがいいだろう。

 簡単に挨拶を済ませると、俺はすぐに用件を切り出した。


「すでにお聞き及びかとは思いますが、私は預言者の頼みで、この地の問題を解決に参りました」


 そう話すと、領主ランボアは少し驚いた顔で目をみはる。


「レクソンから話を聞いたときは半信半疑でしたが、あなたが特別な存在であるというのはまことなのですな。この国には、一人として預言者からような人間はおらぬのですよ」

「この国の成り立ちを考えれば、そうなのでしょうね。私にとって、預言者を始め、古代文明の生き残りは皆等しく友人なのです」

「ここのような南の果にまで桃園の紳士のお名前は届いておりましたが、噂以上の人物のようですな。でなければ、そうして方舟を自在に扱うなどということも、有りえぬでしょう。先ほど娘があれに乗せられたときは、どうなることかと心配しておりましたが」

「立派なお嬢様だ、あなたの御人徳が伺えます」

「お恥ずかしい、領地経営にかまけて、ろくに目をかけてやれませなんだが」

「ですが、その領地に危機が迫っている」

「そのことです。さあ立ち話も申し訳ない、まずは中に」


 ランボア卿は年齢も一回りも離れておらず、なかなか話の通じる人物のようだ。

 まあ経験的に言って、相性の合う人間の家族もまた、程度の差はあれ話が通じるタイプであることが多い。

 貴族であるなら、権威より合理性を重んじるような人物であるとかだ。


「私が異変に気がついたのは、一年ほど前でした。娘が毎週のようにお忍びで湯を巡り、そのたびに街の様子を知らせてくれるのですが、どうも湯の出が悪くなっていると」


 無論、領主にとっても温泉は重要な財源なのでさっそく調査させたところ、最初は原因がわからなかったが、半年ほど前に竜の卵と思しきものを洞窟の底で発見したらしい。


「下手に竜が目覚めれば山ごと吹き飛ぶ可能性もあります。そこで慎重に調査を進めた結果、竜の卵を吸い出す秘術があると知ったのです。鉱山技師に伝わる錬金術の一種で、精霊石を精製する要領で卵を吸い出すのだとか」

「そのような技が」

「さよう。街の商売上できれば内密に解決したいということも有り、この方法に望みをかけたのです。そこで必要なのが、触媒となる巨大な精霊石で、これがなかなか手に入らず難航していたのですが、とあるつてで手に入ることになり、手配していたものの……」

「山賊に襲われ、行方知れずと」

「さすがは紳士様、よくご存知で」

「じつはその輸送列車に乗っていたのですよ」

「なんと! なにやら預言者が干渉しているとかで、情報が入ってこなかったのですが」

「それにはいくつかの理由が重なっているのですが」

「と申されますと?」

「結論からいえば、あなたのおっしゃるその精霊石は、実はとあるホロアの卵だったのですよ」

「まさか! いや、そんなはずは。大きさもそこまではなかったはず」

「厳密には卵ではなく、ドラゴン族のホロアの蛹というものだったのです。いずれにせよ今は蛹から孵って、行方知れずとなっておりますが」

「ドラゴン族!? まだ存在したのですか! それに蛹とは一体……いや、しかしあなたのおっしゃることですから、事実なのでしょう。いずれにせよ、私は打つ手を失ってしまったわけですな」

「そこで預言者は私に依頼してきたのですよ」

「では、あなたであれば問題を解決できると?」

「そうです。方法はいくつかありますが、やはり竜の卵を除去するのが良いでしょう。それで噴火が完全に防げるとは限りませんが、当面の危機は回避できるはず」

「具体的にはどのような方法で?」

「簡単に言えば、同じような方法です。ただし錬金術ではなくガーディアンを用いて卵を吸い出すのです」

「そのようなことが可能なのですか?」

「以前にも魔界に現れた水竜を同様の方法で退治したことがあります。おそらくは可能でしょうが、問題もあります」

「と申されますと?」

「街にほど近い、しかも土中での作業となると、危険性を排除しきれません。一日でも良いので、街の全住民を避難させたいのですが」

「それは……しかし小さな田舎町であればともかく、観光客も多く、毎日何便も鉄道が乗り入れるボーゼヌの街では、相当前から準備せねばなりません」

「どれほどの時間が必要でしょう」

「そう……避難先、移動手段の確保、住民だけでなく訪れる客への周知……、一月や二月ではおいつきますまい」

「そうなると、やはり秘密裏に作業を終えるのが妥当ですね」

「安全に行くものでしょうか」

「完全な手段など無いものですが、領民の命がかかる問題です、慎重な判断が必要でしょうね」

「そのようにお願いしたい」


 話し合いはそこで小休止となる。

 領主が用意してくれた客間で、スポックロンと打ち合わせをする。


「うへー、つかれた。それでよぅ、こりゃどうすりゃええねん」

「随分とくだけてますね、集中力が切れましたか?」

「柄にもなく堅苦しい感じで話し続けてバテたんだよ」

「お気の毒に。まあ、やり方としてはご主人様のおっしゃるとおり、竜の卵を吸い出せば良いでしょう。当面の危機を回避すれば、長期的に噴火を抑える手段はありますので、ノード242と相談の上、いい感じにしておきましょう。とはいえ、超高温での局地作業ができるものとなると限られておりまして、一千万ケルビンまで耐えうる恒星工作用ガーディアンは大型のものしかございません。小型のものですと溶鉱炉などの整備作業用のものがありまして、これならマグマより高温でも耐えられますからこれを転用するのがよろしいでしょう」

「ふむ」

「ただし土中を進む機能がありませんので、突入経路の選定に多少時間がかかりますね。すでに例の洞窟内は調査中ですが」

「よきにはからってくれ」

「かしこまりました。夜半までには方針を決定できるでしょう」


 ここまで来ると例のごとく俺のやることはほぼ終わりなので、あとはナンパかなあ、と考えていたら、領主ランボアが一席設けてくれたので顔を出す。


「このような時ですので、質素なものですが」


 とランボア卿は言うが、なかなかのもてなしだ。

 なにより、豪華な夜会服に身を包んだリエヒア嬢の美しさが実にたまらない。

 鼻の下が伸びないようにするだけで大変な苦労だった。


「聞けば娘に印が現れたとか。偉大な紳士様に仕えるとなれば、私としてもこの上ない誉れですが」


 ランボア卿は言葉とは裏腹に、複雑な顔をしている。

 まあ、気持ちはわかる。

 突然現れた胡散臭い男に、大事な娘をいきなりくれてやれる父親というのはなかなかいないだろう。

 言い換えれば娘を政略の道具として割り切っている貴族ではないということだ。


「娘はすっかりその気のようですが……」


 そこで言葉を切って、自分の娘に向き直る。


「しかしリエヒアよ。たしかにお前はまだ決まった許嫁もなく体面的には問題ないが、その、なんだ、他に気になる相手などはおらなんだのか?」

「まあ、お父様まで。クライソンのことを言っているのなら見当違いが過ぎます。あれはむしろ手のかかる弟のようなもので、根は良い人間ですが、ムーディエの苦労が今から知れようというもの」

「しかし、このところ塞ぎ込んでいたようではないか」

「それは……、別の理由があるのです」

「聞いても良い話かね?」


 父親の問に、リエヒア嬢はきれいな顔を少ししかめるが、意を決して話し始める。


「これは紳士様にお聞かせするようなお話ではないのですが、お父様は巫女のレイジャ様をご存知でしょう。近頃話題のホイージャ家の」

「うむ」

「その孫であるルージャとは都で共に学んだ間柄、同じルジャ族とあって特に親しくしていたのですが、その彼女から相談を受けておりまして」

「たしか巫女の跡継ぎの件で、揉めておるそうだな」

「はい、ルージャのお母上がなにか問題をおこしたようで、ガボダの修道院に……」

「預言者の不興を買ったと聞いている」

「そうです。ルージャにとっていとこに当たるペルンジャ様が急遽あとを継ぐことになったと、そのことに反対して、何やらあったようですが」

「それも聞いている、預言者の一存であると。珍しいことではあるが、無いことでも無いのでな」

「ペルンジャ様はご苦労のあった方だとルージャから聞いておりますが、ルージャが血のにじむような修行をしていたことも存じておりますので、やはり友人としては……」

「とはいえ、預言者の決定であれば、我らが口を挟むことでは」

「わかっております。ですが、同情する気持ちまでは、押さえられぬものでして」


 うーん、なんか急に面倒な話が出てきたぞ。

 まさかリエヒアちゃんが、ペルンジャの政敵と言っていい相手と友人だったとは。

 この手の世間の狭さはよくあるし、俺の周りに限ってはだいたい良い方向に働くものだが、対応を謝るとフラグが折れかねん。

 スルーすべきか、打ち明けるべきか、十六ミリ秒ほど悩んだ結果、素直に打ち明けることにした。

 誠実さは俺の終生の友なのだ。


「紳士様にはお耳汚しでした、お聞き流しいただければ……」


 と頭を下げるリエヒアに、こう答える。


「いえ、私も聞いてもらわねばならぬ話があるようです。実は私がこの地に来た理由は、今名前の上がったペルンジャ嬢を、都までお連れするためなのですよ」

「それは、どういうことなのでしょう」

「ペルンジャ嬢が、スパイツヤーデに留学していたことはご存知でしょうか。その留学先に私も屋敷を構えておりまして、縁あってあちらでの活動をお支えしていたのです」

「まあ、そのようなことが」

「そしてまた、彼女は残念ながらこの地では十分な味方を得られていない様子でしたので、差し出がましくも私が彼女の護衛をかってでたのです」

「なんとお優しい。ですけど、それでは紳士様は、私とは立場が違われるのですね」

「いいえ、そうではありませんよ。そもそもが不幸な行き違いがあったのです。ペルンジャ嬢も結果的にこうなってしまったことに心を痛めており、私としてもなんとかその問題を解決して上げたいと思うものの、先方と折り合いをつけるつてもなく、思案にくれておりました」

「では、私にその橋渡しをお命じください。あなたをお支えすると決めたこの身、必ずやお力に」

「命じるなどと、とんでもない話です。ですが、力をお貸しくださるのでしたら、これに勝る喜びはないでしょう」


 その様子を見ていた当主ランボアは、ぽんと膝を打って立ち上がる。


「いや、二人が十分に通じ合っていることはよくわかりました。これに異を唱えては末代までの恥となりましょう。クリュウ殿、我が娘をよろしく頼みます」


 どこらへんでよくわかったのかは微妙に謎だが、こういうところで無駄に遠慮しないのが、俺の誠実さというものだ。

 必ず幸せにします、などと言って、三人いるランボアの夫人たちも交えて、契約の盃を交わす。

 具体的には俺の血を滴らせたグラスをリエヒアがみんなの前で飲み干すのだ。

 その後に再び晩餐、というほどでもないが、ランボアの身内や、遅れてやってきた奥様代表のフューエルらを交えて、かんたんなお祝いをする。

 貴族なので、体裁もつくろわんとならんのだよな、たぶん。

 ランボアはできれば正式なお披露目をしたいと言っていたのだが、試練のこともあるし、後日改めてということになった。

 そいや、明日には都入りしてその足でルタ島に戻るつもりだったのに、そんな余裕なさそうじゃん。

 巻いていかんと。

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