第440話 即決

「……というわけで、黒竜に絡んだ問題が解決すれば、君の望むような変革も起こしうるんじゃないかと考えてるんだよ」


 馬車に揺られながら俺が説明する間も、キンザリスはもじもじと身悶えながら話を聞いていた。

 これはアレだろ、従者になりたすぎて我慢できないけど、体裁を保って話を聞いているみたいなアレ。


「話はわかりました。では私のために、黒竜を倒してくれる、とおっしゃるのですね」

「そんな話だったっけ?」

「そんな話でしたでしょう。私はこの国の呪縛を解き放ちたい、それをなしうる人物の従者になりたいと願っております。一方、黒竜さえ打ち倒せばこの国は開放されるとおっしゃるが、今この地上でそれをなしうるのはあなた様をおいて他にはないでしょう。すなわち私のために黒竜を打ち倒す、私は従者としてそれを支える、そういう理屈ではありませんか」

「まあ、筋は通ってる気がするな」


 一瞬丸め込まれそうになったところでキームちゃんがツッコミを入れる。


「筋道だけ言えばそうでしょうけど、それではあなた、自分が黒竜退治の報酬にふさわしい人物だって言ってるようなもんでしょう、ちょっと盛り過ぎじゃないですか?」

「そこはそれ、もとより私の夢は大きすぎるのです。それに黒竜退治ともなれば、諸国の王や賢人がこぞって称えることでしょう。その栄誉の前では私を得ることなど些細なことですからどちらにせよ同じことです」


 などとおっしゃる。

 お偉いさんの称賛よりかわいこちゃん一人ゲットするほうが当然俺にとっては価値があるが、キンザリスの話しぶりからして、これは謙遜というものだ。

 この僅かなやり取りだけでも、俺の従者になるにふさわしい神経の太い人物であることがよくわかった。

 謎の相性チェックシステムは今日もいい仕事をしているようだ。

 まあ俺も従者のためなら鼻でスパゲティを食べるぐらいのことはする男だ。

 黒竜だってこの俺がちょちょいのちょいとやっつけてやるさ。


「まあなんだ、黒竜にせよなんにせよ、従者の望む存在であるのが主人ってもんだ」

「ありがとうございます。そのお言葉だけで、私の生涯を捧げる価値があるでしょう」

「じゃあ、俺の血を受けてくれるのかい」


 力強くうなずくキンザリスに血を与え、契約を結ぶ。

 南方初従者ゲットだぜ。

 キンザリスは感慨深そうな目で、さっきまで光っていた己の指先を見つめ、それから俺に向き直る。


「ついに私も歩むべき道にたどり着いたのですね。末永く、ともに歩めますよう、精進してまいります」

「ああ、よろしく頼むよ」


 それからキームちゃんの手を取り、


「お嬢様のおかげで、私も運命のお方に出会えました。お仕えするのはこれまでとなりますが、今まで大変お世話になりました」

「こっちこそ。それにしても良かったですね、紳士様はあなたにとって理想的なお方だと思いますよ。でも黒竜退治なんて物騒なことを無理強いしないように」

「しかし、先程の話を聞く限り、お嬢様にとってもメリットがあるでしょう」

「そうなんですけど」


 そう言ってちらりと馬車の隅に座るエリソームを見やる。

 切符も満足に買えずにちょっと落ち込み気味のエリソームは、渋々と言った顔でこういった。


「水をさすようで申し訳ありませんが、黒竜などという人知を超えた存在とは関わらぬことこそがもっとも正しい選択であろうと思われます」

「それはまあ、ごもっともですが……あの、失礼ですがあなたは?」

「これは申し遅れました、エリソームと申します。枢密院から派遣され、ペルンジャ様の護衛の任を賜っております。お見知りおきを」

「これはご丁寧に」


 などと言って挨拶を交わすエリソームとキンザリス。


「実はキンザリスさんとは預言者の元で一度お会いしたことがあるんですよ」

「まあ、そうでしたか、申し訳ないことに覚えておりませんでしたが」

「それは仕方のないことでしょう。もう随分前でしたか、あなたがお目通りにいらしたときに、見習い女官として実務にあたっておりました」

「ああ、あのときはたしか預言者との問答でいささかトラブルに」

「当時は聞かされておりませんでしたが、今みたいなことをおっしゃられたのでしょうか」

「そうですね、この国の有り様についてもとより抱いていた疑念を預言者に問うた結果、私は先程申し上げたような考えをより強固にしたのです」

「私としては立場上、それを是とすることはできませんが、国を改革したいというのであれば、黒竜などを考えずとも、人間同士の力で変えていくべきでしょう」

「それが人間同士の問題であればそうでしょうが、我が主人の申すとおり、それが預言者よりも上位となる南極大人とやらの意向であるとすれば、普通のやり方ではうまく行かぬでしょう」

「南極大人という存在は、私も噂でしか知らぬのですが、本当に実在するものなのですか」


 とのエリソーム嬢の問に、


「俺も会ったのは一度だけだが、他のノード、すなわち預言者の同僚と呼ぶべき存在が、目の上のたんこぶのように嫌ってたからな」

「そうなのですか、私としては、この国の秩序を維持することこそを最優先とすべきですが、今は紳士様のお情けでこの立場を維持しているようなものですから……」

「君の仕事はペルンジャにしっかり尽くすことだけだから、そのことさえ出来ていれば、俺に気を使う必要はないよ」

「紳士様はお優しいのですね。私は平民出ということもあって、常に周りに気を使うばかりで、そのようにおっしゃられるとつい気が緩んでしまいます」


 少し疲れた顔でそう呟くエリソーム。

 ピビちゃんに指摘されるまでもなく、この子はまだ何か隠し事があるんじゃないかとそれなりに警戒しているが、それが何なのかは当然俺にはわからない。

 まあスポックロンあたりが何も言ってこない所を見ても、やばいことではないだろう、たぶん。

 でも俺がナンパしたくなる女の子に悪人はいないはずだ、という根拠のない思い込みがあるので、警戒というよりはむしろ何かあったときにフォローしてポイントを稼ぎたいという下心かもしれない。


「それでは、やはり塔に行って黒竜を復活させるおつもりですか?」

「いや、それじゃあこの国に迷惑がかかるだろう。以前スパイツヤーデの都で現れたときも、都が吹っ飛びかけたからな。しかも女神二人が命がけでやっと倒したぐらいだし」


 厳密には一人は女神ではなかったが、まあ似たようなもんだ。

 燕の話では黒竜退治のあと、どこか別の場所に飛ばされてたストームとセプテンバーグの二人を、俺がなんかやって連れ戻して生まれ変わらせたらしい。

 何をやったのかは知らんけど。

 そんなわけで、次があったとして、うまくいくとは限らない。


「あの時は不可抗力なところがあったが、もしこちらの意思でやろうというのなら、十分な調査と準備が必要だろうな」


 すると従者になったばかりのキンザリスが、


「黒竜などという曖昧な存在よりも、まずは南極大人とやらを倒したほうが良いのでは?」

「いいところに気がついたなあ、でも彼女は敵じゃあないんだよ」

「彼女ということは、巨人は女性なのですか?」

「女性と言うか、巨人の姿の時は、のっぺりと真っ白い、全長百メートルはある姿なんだが、その中には小さい子供が入っててな、そっちが本体みたいだ」

「ははあ、しかし我々の邪魔をするのであれば、いずれにせよ懲らしめるしか無いのでは」

「ははは、俺のやり方は根回しと日和見の繰り返しでね、言葉が通じる限り、なるべく穏便にコミュニケーションで解決するんだよ」

「なるほど、さすがは女神の盟友と称せられるだけのことはありますね。女神様も対話こそがもっとも知恵の生きる道だとおっしゃっておられます。あ、私いい忘れておりましたが、一応ネアル派の僧侶でして僧兵としての修行も十分に積んでいると自負しております。ところでご主人様は、すでに試練は済まされたのでしょうか、もしそうならお名前ぐらいは耳に届いているかと思うのですが」

「いやあ、今まさに試練の最中にちょいと抜け出してきたところなのさ。まだ序盤だから、あちらに戻ったらぜひとも力を尽くしてもらいたいね。黒竜のことは時間がかかるだろうし、試練を終えることをまずは目標としてくれると助かるな」

「それは私としても幸運なことです。個人的な夢はさておき、ホロアとして生を受け紳士の従者となったからには、試練の旅に同行することは無常の喜び。腕がなります」

「よろしく頼むよ。あっちにはネアル派の巫女や僧侶もいるから、仲良くやってくれ」


 ついでに黒竜退治とかいう面倒くさそうな案件も忘れてくれてもいいんだけど。

 でもどうせ、面倒なことをやらされるんだろうなあという予感はある。

 あるが、エネアルが復活してからのほうが都合がいいんじゃねえのという気もするし、優先順位的には試練が先だろうな。

 ぼちぼちこっちの問題を片付けて、ルタ島に戻ろう。




 我が家の馬車は流石に快適で、のんびり進むうちに日が暮れていた。

 このまま夜通し進んでも構わないんだけど、ちょうど小さな宿場町に差し掛かったところで野営することにした。

 町外れにテントを用意し、食事の準備を始める。

 といっても、輸送船べリフトーが運んできた食堂ユニットの中ですでに支度がほとんど出来上がってるんだけど。

 キンザリスは、さっそく俺の世話をしたくはあるものの、義理もあるので一応キームちゃんの方の面倒も見たいと断りを入れてきた。

 僧侶らしい律儀さといえる。

 まあ、夜に俺の相手をしてくれれば、何も言うことはないのだ。

 そこに別の馬車で少し遅れていたフルンたちがやってきた。


「あ! さっきの人、やっぱり従者になってた! もうなってるよね? 気配でわかる!」


 するとガーレイオンが、


「えー、また従者にしちゃったの? どうやって!? 師匠、全然従者を増やすところ見せてくれない! ずるい!」


 と地団駄を踏む。


「すまんすまん、こういうのは水物だから、チャンスは一瞬なんだよ」

「師匠、他のことは何でも教えてくれるのに、従者の増やし方だけ教えてくれない」

「そうは言うがな、俺たち紳士にとって、従者探しの最大の難関は出会うことだ。むしろ相性のいい相手と出会ってピカッと体が光りさえすれば、あとは多少不器用でも丁寧に接するだけでどうにかなるってもんだと言ってるだろう。ちゃんと出会いの機会を増やしてるか? それっぽいかわいこちゃんや好みのボインちゃんがいたら、まずは挨拶ぐらいしてみてるか? それもまた修行だぞ」

「そっか、そういえば、毎日フルンたちと遊んでるだけだった。わかった! 明日からもっと声かけてみる」

「うん、頑張れ」


 師匠らしいことを言って疲れたので、ひとまず飯にしよう。

 しっかり食って、精をつけて夜に備えないとな、ウヒヒ。


 早めに食事を終えると、キンザリスはフルンの洗礼を受けていた。

 新入りがスゴロクなんかでもてなされるアレだ。

 まあすぐに終わるだろうから、一足先に馬車に移って待機しておこう。

 本日の宿は俺専用のご奉仕馬車だ。

 畳二枚分ほどのスペースに巨大なベッドと小さな応接セットのような椅子が二脚とテーブルだけの控えめなものだ。

 無論ベッドは最高にクッションが効いていてアクロバティックにハッスルしても平気だし、小さなギャレー、すなわち車載のキッチンではちょっとしたつまみも用意できる。

 いつものハーレム状態もいいが、ここは主に一人か二人の従者としっぽりとやるためのスペースだ。

 今日のように新入りと水入らずで楽しむことを想定して作ってもらっていたのが、つい先日出来上がったので早速実戦投入してみたという寸法だ。


 併設したシャワーで汗を流してから馬車に乗り込むと、中はきれいにベッドがメイクされ、程よい明かりに照らされている。

 ふたつ並んだ大きめの枕がそそるなあ。

 ソワソワしながら枕の位置を微調整したりする。

 デリヘルを初めて頼んだ大学生みたいな気分だな、頼んだことないけど。

 カーテンを少しめくって外の様子を見ると、まだ楽しそうにやっている。

 ちょっと移動するのが早すぎたかもしれない。

 でもほら、従者は何人増えても初めてのアレは緊張するもんなんだよ。

 落ち着くために一杯やるか。

 グラスを取り出し、いつも飲んでるウイスキーのボトルを開ける。

 蛇口をひねれば水とお湯だけでなく、炭酸やトニックウォーターも出てくる酒飲みの夢の蛇口も装備されている。

 今の気分はハイボールかな。

 炭酸で薄めに割ってちびちび飲むうちに、少し落ち着いてきた。

 しかしまあ、いつものことだけどホロアは即決でいいよな。

 最終的に従者になるなら、キンザリスみたいにすぐに従者になってくれれば俺もいくらでも大歓迎するんだけど、そうじゃない子は大変だよ。

 まあ大変なのは俺じゃなくて相手の方だけど。

 ガーレイオンにはあんなことを言ったけど、相性がいいだけで即従者になってくれるのはホロアぐらいで、あとは何かしら自分の抱えてる問題を解決しないことには難しい。

 それももっともな話で、従者になるってことは残りの人生を主人とともに歩むということだ。

 俺はあまり束縛しない男なので、たまに一緒にいてくれれば、あとは好きに生きればいいとは思うんだけど、それでも当然俺のもとに来るために捨てなきゃいけないものはあるし、それはその人物ごとに千差万別なわけだ。

 だから従者にしたければ、そのしがらみのようなものと個別に向き合い、解消するステップがいるんだよな。

 大変だけど、かわいこちゃんのためなら、無限にやる気が湧いてくるってもんだ。


 それにしてもキンザリスは遅いな。

 スゴロクが盛り上がってるのかな、まあそれならそれで、いいんだけど。

 ああ、しかし眠くなってきた……。




 白いモヤの合間を漂いながら、ふと我に返る。

 これ寝ちまってるじゃん、ご奉仕を前に寝落ちするような腑抜けだったのか俺は!

 自らを叱責していると、徐々にモヤが晴れてきた。

 少し離れたところを、青白い光がフワフワと漂っている。

 そのすぐ後ろから追いかけるように、大きな顔が膨らんだり縮んだりしていたが、俺に気がつくと、こちらを向いて更に巨大な顔になった。


「ごーしゅーじーんーさーまー、ふーぬーけー」

「誰が腑抜けだ、こっちに来て普通に喋れ」


 巨大な顔の主、パルクールを呼び寄せると、青白い光も一緒に飛んできた。


「おう、ビジェンも一緒か」

「いっしょー、ふぬけのご主人さまもいっしょー」

「俺は腑抜けじゃない、みろパルクール、ビジェンが真似するじゃねえか」


 するとパルクールの顔が、みるみる中央に吸い込まれていき、ドーナツみたいに穴が空いた。

 ちょっと気持ち悪いな。


「ふぬけじゃないならまぬけー、これは真ん中が抜けてるからまんなかぬけー」

「まあ、多少は間の抜けた所もあるかもしれん」

「自分の至らないところを認められると、すごいスカポンタンから普通のスカポンタンになる、えらい」

「まあ、俺ぐらいの男になればこれぐらいはね」

「でも、あそこの人は、あんまり偉くなかった、ざんねん」


 そう言ってパンと手を叩くと、周りの風景が変わる。

 薄暗い部屋の中だ。

 壁面にはいくつかのモニターが並び、何かの情報を映し出している。

 部屋の中央では何人かの技術者が悲痛な顔で、何かを相談していたが、やがて結論が出たようだ。

 彼らは自分たちの犯す罪を理解していたのだろう。

 だがそれでも、帰りたかったのだ。

 任務の途上で死を迎えることには耐えられても、死後も永遠に宇宙の虚空をさまよい続けることには耐えられなかったのかもしれない。


「スカポンタンだねー、みんなファーツリーに還るのに」


 パルクールがもう一度手を叩くと、景色は消え去った。


「そういってやるなよ、知らないものから安らぎは得られないんだよ」

「みんな知ってるはずなんだけどなー、まーいっか、そろそろ起きろ」


 そう言ってパルクールが三度手を叩いた瞬間、俺は目を覚ました。




 どうやらグラス片手に椅子で寝落ちしていたようで、いつの間にか室内の明かりも落ちている。

 すぐそばに人の気配を感じて目を凝らすと、誰かが向かいの椅子に座っていた。

 窓のカーテンを少しずらすと僅かな明かりが差し込み、正面の相手を照らし出す。

 キンザリスだ。

 起こせばいいものの、どうやら俺が眠っていたのでこうして俺が起きるのを待つうちに自分も眠ってしまったらしい。

 壮大な夢を持つ割には、なかなか慎ましいところもあるな。

 しばらくきれいな寝顔を眺めていると、ピクリとまぶたが動いた。


「ん……、あ、ご主人様、お目覚めですか」

「うん」

「申し訳ありません、みなさんと楽しく過ごすうちに、その、参上するのが遅れてしまい」

「いやまあ、俺も不甲斐ないというか……」


 そう言ってちらりと時計を見ると、まだ0時を少し過ぎたぐらいだ。

 仕切り直す時間は、十分にあるだろう。


「疲れてなければ、まずはいっぱい付き合ってもらいたいけど、どうだ?」

「もちろん、喜んでお相手させていただきます」


 そう言って微笑むキンザリスにグラスを手渡し注いでやると、彼女も俺のグラスに注ぐ。


「では、乾杯、ですね」


 チンとグラスを鳴らして、これからが夜の本番というわけだ、朝まで頑張ろう。

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