第439話 遅れてきた女中

 切符取りに奔走していたエリソームや、まだ買い食いしていたフルンたちを呼び集めて駅に戻る。

 駅は人で溢れているが、観光目当ての長距離線と違い、ローカル線の方は日本の通勤ラッシュよりはマシといった程度の混み具合だ。

 ここの駅は大きなターミナル駅で、始発の路線が何本も並んでいる。

 目指す列車をどうにか見つけると発車寸前で、大慌てで乗り込んだ。

 車内は満席で、仕方なくデッキで一息つくと汽笛が鳴る。

 開きっぱなしのドア越しの景色が少し動いたかと思うと、聞き慣れた声で叫ぶ人物が駆け寄ってきた。


「まってまってまって、乗る乗る乗りますー」


 そう叫びながら飛び込んできた人物を、間一髪で受け止めた。


「た、たすかりましたー、って紳士様!」


 声の主はもちろんキームちゃんだ。


「ははは、駆け込み乗車は危ないぞ」

「そ、そうでした。ってなんでこちらに? 都行きの特急はこっちじゃないですよ」

「ちょっと切符が取れなくてね、河をこえたら馬車で行こうかと」

「ああ、なるほど。しかし馬車と言ってもこの先で工面するのは難しいかと」

「そこは大丈夫、紳士の偉大な力でちょちょいとね」

「それは頼もしい。そう言う事でしたら、こちらの列車は名物のカズパー橋がよく見えるのでおすすめですよ。我が国最初のトラス吊り橋で、全長千百二十メートル、竣工まで実に十五年の……」


 俺に抱っこされたまま薀蓄を垂れ流していたキームちゃんは我に返って一歩下がる。


「おっとこれは失礼を。どうも紳士様にはみっともないところばかりお見せして」

「それよりも、君は実家に用があるんじゃなかったのかい?」

「そうなんですよ。それがまあなんと言うか……」


 と側にいたペルンジャを一瞥してから、


「実はそちらのペルンジャ様の任命式に、父の代わりに出席することになりまして。まあ、代理と言っても隅っこの方で立ってるだけですが、それならそうと最初から要件を伝えてくれていればご一緒したものをと慌てて家を飛び出したんですが、午後の特急は出たばかりで本日の便はあと一つですが、皆様の姿もみられずもう出発したものと判断しまして、そこはまあうまく乗り継いでやれば、途中客車の入れ替えで長時間止まる際に追いつけるので、慌てて飛び乗ったというわけなのですよ」

「じゃあ、追いかける必要もなくなったわけだ」

「そのようで。ところでもしよろしければ、馬車にご同行させていただくことは可能でしょうか。なに、隅の方で構いませんので」

「ははは、もちろん君と俺の仲じゃないか。特等席に招待するよ」

「さすがは紳士様。その慈悲深さは天地余すところなく知れ渡ることでしょう」


 などと調子がいい。

 それはそうと、都行きにしては身軽な格好だな。

 身軽というより手ぶらなんだけど、そこのところを聞いてみると、自分が何も持っていないことに気がついたようだ。


「あれ、荷物……って、ああっ! キンザリス! う、うちの女中が一緒だったのを忘れてました!」


 開きっぱなしの扉から顔を出して駅の方を見るが、すでに列車は十分速度がのっていた。


「忘れたって、おまえさん……」

「いやあ、私も粗忽者ですねえ。それにしても困りました。どうも列車を前にすると頭が空っぽになるようで、あはは」


 などと笑っている。

 いい気なもんだ。


「おそらく、次の列車で来るでしょう。三十分ほど待つことになりますが」

「しょうがねえなあ。まあ、馬車の準備とかもあるしそれぐらいなら大丈夫だろ」


 そうこう話すうちに、列車が街を出る。

 街の外は岩だらけの砂漠が広がるが、やがて前方に巨大な鉄橋が見えてきた。

 立派な金属製の吊り橋で、割と現代っぽい作りだ。


「まあ、見事なものですね」


 フューエルも感動してデッキの小さな窓に張り付いている。

 俺も一緒になって堪能するうちに、次の駅についた。

 ここは小さな集落しかない無人駅で、乗降客はほぼいないのだが、俺達にはかえって都合がいい。

 人通りの無い街道で馬車三台をとりだす。


「これが紳士様のお力ですか。自在に物を出し入れできるということですが魔法のたぐいでしょうか、出し入れや移動にかかるコストなどはいかほど? まったくかからない!? それはなんといいますか、インチキじみた力ですねえ」


 と感心するキームちゃん。

 自分でもそう思うんだけど、言うほど有効に使ってないんだよな。

 もっと向上心のある人間ならこの能力一つでモリモリ成り上がったりしたのかもしれないが、エツレヤアンに住んでた頃ならともかく、今の環境だというほど便利ってわけでもないからなあ。

 輸送手段としては、俺が自らやらなきゃならないので、商売などで使うにはスケールしないという問題がある。

 うちの商売組でも、古代文明のロボットや輸送機を活用することはあっても、内なる館を商売のプロセスに組み込むことはないからな。

 属人的な能力ってのはもっと個別でユニークな案件でこそ活きるものじゃないだろうか。

 たとえばナンパとか。


 せっかくなので馬車の中でも一番ハイテク仕様の馬車に、キームちゃんを招待する。

 冷暖房は言うに及ばず、全天周型のモニターや、電動でリクライニングするシートなど実に快適だ。


「おお、こ、これはなんとまあ、いや、実になんというかこんなものが、いやはやなんともはや……」


 などと意味をなさないつぶやきを繰り返し感動するキームちゃん。

 やがて次の列車が到着する時刻となった。

 キームちゃんと一緒にホームで待っていると、両手に大きなトランクを抱えた女中が飛び降りてくる。

 腰のあたりで縛った長い黒髪を激しくゆする姿は、なかなかお転婆っぽい。


「ああ良かった、お嬢様ったら、いくら呼んでも振り向きもしないで」

「ごめんごめん、列車が出そうになるとつい走っちゃうから」

「変わりませんねえ、それよりそちらの殿方はもしや?」


 との女中さんの問に、自ら答える。


「はじめまして、お嬢さん。私はクリュウという、平凡な旅の紳士さ」


 すると女中は顔を赤らめながら、


「まあ、これはご丁寧に。私、キンザリスと申します。今はロージャ家で雇われの女中などしております」


 と丁寧に頭を上げる。

 近づくとわかるが、どうやらホロアのようだ。

 ではキームちゃんの家の誰かの従者なのかな、でもそれだと雇われ女中とは言わないよな。

 その疑問を察したかのように、キームちゃんがこういった。


「彼女は旅のホロアで、縁あってこの土地に戻ってきたときはうちで雇ってるんですよ」

「ふうん、旅というと、やはり主人を探して」

「ええ、そうです。それが聞いてくださいよ紳士様、キンザリスときたら、いい年して魔王の従者になりたいとかいって。人の夢にケチを付けるのはどうかと思いますが、魔王は人類の敵ですよ、まあ魔王なんておとぎ話でしか知りませんけど、うちの身内から魔王の従者なんてもんが出たら、我が家はお取り潰しですよ、あはは」


 と笑うキームちゃんの隣で顔を赤らめてそっぽを向くキンザリス。


「ほっといてください。私は預言者に縛られたこの国、ひいては秩序体系そのものを打破するような、そういう存在にお仕えしたいというだけの話です。ただそういう人物を現代の基準に照らして言えば、魔王と呼ばれる存在であろうと、そういう話なんですよ」

「理屈はわかるけど、あ、それならこの紳士様とかどうかしら、急いでて話せなかったけど、この方ならあなたの理想にピッタリ」

「それはどういう……」

「まあ、物は試しよ」


 そう言ってキームちゃんはホロアのキンザリス嬢の腕を掴むと、強引に俺に触れさせた。

 一瞬の間をおいて、キンザリスの体は真っ赤に光る。


「え、うそ、ほんとに!?」

「こ、これは……」


 驚き息を呑む二人。

 無論、俺の方は今更動揺などしない。

 なぜならいつでも主人として迎え入れる覚悟が完了しているからだ。


「縁があったようだな。残念ながら俺は魔王に匹敵するような夢も野望も持ち合わせてはいないが」


 キンザリスは、自分の光る体をじっと見つめ、それから俺に向き直る。


「私が奉仕請願を納めたのはもう随分と前のことになります。都で生まれた私は、預言者の祠に隣接する神殿で育ちましたが、それ故に思うところもあったのです」

「というと?」

「この国は良くも悪くも預言者に依存しております。その力と知恵は絶大ですが、当の預言者自身が、その力に縛られているようにも見受けられます。ホロアはこの国でも優遇されており、私も何度か預言者にお目通りする機会を得たのですが、あの方は常に何かを渇望しておられました。それは自らを戒める楔のような呪縛だと思うのです。幼い頃にそう考えた私は悩み抜いた末に、その呪縛を解き放つことこそが私の本分であろうと思い至ったのです」

「その具体的手段が魔王のような存在とともに、今の体制を打ち倒そうということだったのか」

「そうです。子供じみた妄想と笑われるかもしれませんが」

「いやあ、そうでもないさ。少々過激ではあるが、預言者自身、今の状態には満足していないだろうさ」

「紳士様は北方のお生まれだと聞き及んでおりますが、預言者のことをご存知で?」

「直接は知らないが、預言者の仲間には縁があってね」


 そこでキームちゃんが、


「そうそう、紳士様は預言者と同じ古代文明の遺跡の主を従者にしているんですよ。さらにはあなたの言う預言者の呪縛の正体が、言い伝えにある南極大人だということまで看破してるんですから」

「それはどういうことなんです?」

「話せば長いんだけど……、紳士様に聞いたほうがいいのでは?」

「ぜひ、お聞きしたいですね」


 そう言って目を光らせるキンザリス嬢。


「まあ、話は長くなりそうだ。この先の道中も長いし、まずは馬車に乗って、のんびり行きながら話そうじゃないか」


 新たに増えたキンザリスを伴い、俺達は馬車で出発したのだった。

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