第438話 カズプスの祭

 硬い座席で寝たせいで首を寝違えてしまったが、ミラーに薬をもらって事なきを得た。

 俺もカジュアルに薬物に頼るようになってきたな。

 古代文明バンザイだ。

 時刻は正午に差し掛かるところで、外はいい天気だ。

 列車は緩やかな斜面を下っており、景観も昨日の爽やかな高原から、岩だらけの砂漠に変わってきた。

 前方には海が見える。

 ウェーリッド海という内海で、数百キロ東にはカジマという大国がある。

 かつては戦がたえなかったそうで、今もあちこちに城壁の跡が残る。

 やがて海岸沿いに大きな街が見えてきた。

 カズプスだ。

 巨大な城塞を備えた港町で、海上には大きな帆船がいくつも行き交っている。

 ひと目見ただけで活気にあふれているのがわかるいい街だ。

 雰囲気的には地中海沿いの港町ってところかなあ。

 キームちゃんによると、今は祭りの真っ最中で、いつもよりも賑わっているらしい。


「私はやかましいのはどちらかというと苦手で、無理にこの時期に帰省したくはなかったんですが、実家で何かあったようで……」

「大変だね」

「もし、お急ぎでなければ、今回のお礼に、ぜひ皆様をお招きしたいところですが、都への旅は急がれるのでしょう」

「そうなんだ、俺としてもこんなにぎやかな街で、珍味でもつつきつつ、少しは骨を休めたいところだけどね」

「この街は海産物も豊富ですが、北の高原で放牧した牛も名物なんですよ。ずらりと並んだ屋台ではあらゆる形状に加工された肉がこれでもかと焼かれていて、実にデリシャス。今から行けば遅いランチにちょうど良いでしょうね」

「そりゃあ楽しみだ、まあ、昼飯ぐらいは落ち着いてくわんとな」


 しばらくして列車は街中に入る。

 線路脇ギリギリまでせり出した住宅街を抜けると、巨大な広場に面した大きな駅についた。

 ここがウェージ鉱山鉄道の終点、カズプス駅だ。

 丸一日列車の硬いシートに座り続けてガチガチに固まった体を無理やり引き伸ばしつつ、ホームに降りると、にぎやかな祭りの囃子と、うまそうな匂いが漂ってきた。


「お名残惜しいですが、縁があったらまたお会いしましょう」


 そう言ってキームちゃんは去っていった。

 ほんとに惜しいが、まあアーシアル人のナンパは時間がかかるんで仕方あるまい。

 なんかまたすぐに会えそうな気もするし。

 根拠はないけど。

 それよりも、さっきから漂ってる匂いがたまらん。

 とりあえず飯だ飯。


 不幸なお役人エリソーム嬢に列車の手配を任せ、俺達は街に出た。

 駅前の広場は祭りの中心地のようで、ずらりと屋台が並んでいる。

 オクトーバーフェストとかそういう感じだな。

 もう我慢できんので、とりあえず目の前の屋台に飛び込むと、大根ぐらいはあるソーセージが何本も焼かれていた。

 いきなり凄い迫力だ。

 一つ頼むと、焼けた巨大ソーセージを鉄板の上でザクザク刻み、トルティーヤみたいな生地で丸めてぽんと手渡された。

 かじると当然うまい。

 うまみを堪能しながら隣を覗くと、豚のバラっぽい塊をジュウジュウ炙っていた。

 すでにこんがりと焼けた塊を、骨に沿って切り分けると、今度は鋳物のフライパンで断面の赤い部分に焼き目をつける。

 そこに刻んだピクルスやチーズソースをガバガバかけて、一緒に焼いていたパンではさみ、まるごとなにかうまそうな煮汁に浸して更に焼く。

 これも食いたいので急いでソーセージを平らげ注文したところ、予想通りやばい旨さだ。

 すぐ側では樽みたいな体型のオヤジが樽からジョッキに注ぎまくっていたので一杯貰う。

 エグいほどにホップが効いてて毒々しいほどのフルーティさでこれまたうまい。

 聞けばカジマエールといって、海洋国家カジマの船乗りが愛飲する酒らしい。

 IPAみたいなもんかな。

 それにしても、うまいなあ。


「ご主人様、そんなに飛ばして大丈夫ですか?」


 心配して声をかけてきたのは、山羊娘の妹の方、カシムルだ。


「ははは、大丈夫じゃないかもしれんが、こんなうまそうなものを食わずに逃げるほうが、よけいまずいだろう。ならば食って倒れるのみ」

「ご主人様って、結構子供っぽいところありますよね」

「大人ぶって斜に構えても、何も得しないからな。俺は自分のやりたいことをやるし、従者にもそうあってもらいたいと思ってるんだけど、お前はどうだ」

「そうですねえ、じゃあ、あの生ハムが山盛りのサンドを行ってみます。あのチーズソースがすごく美味しそうで目をつけてたんですよ」


 そう言って通りの対面にある屋台に駆けていった。

 入れ違いに、両手いっぱいに食い物を抱えたフルンたちがやってきた。


「おう、豪気にやってるな」

「うん、ご主人さまもイケてる!」

「まあな、俺もたまにはやるんだよ。どうだい、ピビちゃんもやってるかい?」


 隣でソーセージを頬張ってるピビちゃんに声をかけた。

 昨日は機嫌が悪かったが、今日はもうすっかり元気なようだ。


「うん! でも、いっぱいごちそうになっちゃってるけど、いいの?」

「へいきへいき、もし足りなきゃ、あとで君のおばさんに請求しとこう」

「あはは、それがいいと思う。でもこれ、ビジェンにも食べさせたいなあ」

「ビジェンちゃんは、よく食うほうかい?」

「うん、すっごい食べる。今頃お腹すかせてなきゃいいけど、ほんとどこ行ったんだろう。蛹になる前も、たまにいなくなってもすぐに戻ってきてたのに……」

「そうなあ、そんな遠くに行った気配もなかったんだけどな」

「捕まったりしてないよね?」

「たぶんね。逆にそんな珍しいホロアが捕まれば、預言者を通して、何らかの情報が入るそうだし」

「まさかまた蛹になってるんじゃ」

「そういう可能性もあるから、あの襲撃現場一体を、今もくまなく捜索してるんだ」

「そうなんだ、ありがとうございます」

「お礼は見つかってからでいいよ。それよりもじゃんじゃん食べよう。まだ列車旅は続くし、ここで英気を養わんとな」

「でも、一等車はちゃんと椅子に座れてすっごい楽! そもそも列車なんて数えるほどしか乗ったことないけど」

「そうなんだ」

「私の住んでる外デルンジャは列車が通ってないから崖のこっち側、内ペルンジャに来たときだけ乗るの。正月に親戚が住んでるとこに挨拶にいくんだけど、いつも三等車でギュウギュウにつまってて、ほんとは嫌いだった」

「ありゃあ、しんどいよな。次もいい席が取れるといいな。今、エリソームが手配してくれてるけど」

「エリソームって、あのプリモァの人よね。あの人、信用できそう?」

「さあなあ、でもまあ、仕事を任せるからには信じることにするよ」

「ふうん、盗賊は基本的に身内も疑えって教わるのよ」

「難しそうだ、君は出来てるかい?」

「当然! って言いたいけど、難しいと思う」

「だろうなあ」

「でも、隠し事してそうな人は、わりとわかる。あの人、敵か味方かわからないけど、何か隠してると思うから、用心したほうがいい」

「用心とは?」

「秘密を隠そうとするときは、まず小さな秘密を打ち明けることで、大きな秘密を隠そうとするの。だから何か打ち明けてきた時は、他に隠したいことがあるんじゃないかなあって探りを入れるといいのよ」

「そりゃあ、難しそうだ。そんな秘密の技を教えてくれたということは、君も隠したいことがあるのかい?」

「えー、それは秘密」


 ピビちゃんはそう言って笑う。


「まあ、盗賊だもんなあ、秘密の多い女は魅力的になるぞ、君のおばさんみたいにね」

「私もおばさんみたいな大盗賊になりたい……んだけど」

「うん?」

「今回のことで、色々迷惑かけちゃったし、ギルドに認めてもらえないかも。おばさんも外国に高跳びしろって言ってたし」

「盗賊ってやつは、カタギの仕事よりもしがらみが多そうだしなあ」

「うん……」


 少ししょんぼりした顔でソーセージを食べ尽くし、もう一方の手に持ったサンドをかじると、急にすごい顔になった。


「か、から、からひ、からすひ」


 涙目になって慌てて水を飲むピビちゃん。

 それを見たエットが、自分も手に持っていた同じサンドを見て、不安がる。


「どうしよう、これそんなに辛いのかな?」

「どれどれ、じゃあ一口味見してやろう」


 そう言ってパクリと一口かじり、思いっきり後悔したのだった。


 炎症を抑える薬で痛みは収まったものの、まだピリピリしびれる唇に違和感を覚えつつ、人通りの少ない路地のベンチで一休みしていた。

 エリソームに同行しているミラーからの連絡では、切符売り場はかなりの行列で、今日の汽車が取れるかどうかは怪しいらしい。

 用心のために、一般客に混じって普通に切符を取ろうとしてるんだけど、足止めされるようだと悩ましいな。

 こんなことなら、キームちゃんの家にお邪魔すればよかったなあ、と空を仰ぐと、隣でまだ肉を食っているフューエルがこう言った。


「ここからは海岸沿いの街道を南下するのでしょう。それなら馬車でも良いのでは?」

「そうなあ、追手がまだいるのかどうかはわからんが、いたとしてもまきやすいよな」

「そもそも、うちの馬車のほうがはるかに安全で快適でしょう」

「そりゃそうなんだが、それよりもペルンジャはどうだ?」


 少し離れた場所で、お供の侍女らを相手にしているペルンジャを見ながら尋ねる。


「そうですね、見かけは落ち着いていますが、どうでしょうか。そろそろ自分の抱える問題が見えてきているのではありませんか?」

「ふぬ」

「自分にはどうにもならぬ問題に囲まれていると、自分でどうにかできる問題まで見失いがちです。そこの切り分けさえできれば良いわけですが。ただ、この国は預言者というある種の超越者が直に干渉する国です。そのような場合、取るべき手段は限られているのです」

「というと?」

「すべて黙って受け入れるか、あるいはもっと強い力を持つものに、丸投げすればいいんですよ」

「俺の得意なやつだな」

「ええ。でも多くの人間は、そんなに気軽にはできぬものです。プライドであったり、責任感であったり……」

「大変だねえ」


 要するに、ペルンジャはこのまま反対者を押しのけ巫女になるか、預言者より立場が上らしい人物、すなわち俺を頼って丸投げするかの二択というところまで来たということだろう。

 まあ、どっちを選んでも、俺は暖かく見守るだけだなあ。

 なんせ春のさえずり団の最初のファンだからな。

 ファンってのは応援だけするもんだ。


「ところで、馬車で行くとして街道の様子はどうなんだ?」


 そばで控えていたスポックロンに尋ねると、


「ここから南に五キロほど行ったところが大河の河口になっておりまして、渡河手段は鉄橋が一つ。これは鉄道専用のもので、馬車は通れません。この街は軍事上の要衝でもあるようですし、交通を制限することで管理しているのでしょう。そこを超えると道なりに進めますね」

「ってことは、そこだけ超えればいいわけか」

「特急と違って河を越えるだけなら、すぐに乗れるようですよ。逆に特急を取るなら、この駅でないと不便なようですね」

「うーん」


 鉄道旅は楽しいが、ちょっと尻と腰にダメージが溜まってる気もするしなあ。

 そもそも、切符が取れないなら悩むまでもないか。

 ここからしばらくは馬車で行くとしよう。

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