第437話 山岳鉄道 後編

 夜も更けてから列車はやっと動き出した。

 飛び去るダストンパールに向かっていつまでも手を振っていた子どもたちも、今は車内で眠っていることだろう。

 俺はというと、明かりの落ちた座席で、小さいランプを頼りにちびちび酒を飲んでいた。

 酒のあては、車窓越しに見える月明かりの景色と、同伴のかわいこちゃんとの会話だ。


「いやあ、まさかあのような巨大ガーディアンが実在するとは。指先一つとっても、あの大きさで機敏かつ繊細な動き。一体どのような機構をもってすれば可能になるのか、一技師として、妄想が止まりませんね、うひひ」


 眠っている乗客もいるので、キームちゃんも小声ではあるが、ガタゴトと揺れる列車の方がうるさいので、気にするものは居ないだろう。


「あれも女神の奇跡などではなく、古代人が作ったものだとすれば、いつかは私達にもつくれるようになるものでしょうか?」

「理論的には可能だろうが、そこに至るまでには途方も無いほどの技術革新が必要だろうなあ」

「なぜ預言者はその力を与えてくれぬのでしょうか。与えぬだけならともかく、研究に制限をかけているフシもあります。ならばいっそ、預言者の手の及ばぬ場所で研究に勤しんだほうが良いのではないでしょうか。そう考えて、万国の知者が集まると言われたエツレヤアンのアカデミアに留学し、もっとも、あの時は歴史専攻として赴いたのですけれども、当地で様々な学者と交流した結果、工業技術的には我が国のほうがやはり優れているという結論に至ったのです」

「それには深い理由があってだな、たしかに圧力をかけてるやつはいるんだよ。この世界の技術水準を、程々のところで抑えようという輩が」

「それはやはり、この世界の支配を円滑にするために? 古代文明はその技術を持て余し、滅んだのだといい伝えられておりますが」

「技術の高さがきっかけになったというのは一因ではあるようだが、自滅したわけじゃあない。そうだなあ、ソプアルの門という星があるだろう」

「ええ、そう言えば今年に入って明るさが増したと、天文館からの報告を読みました」

「あれは空に浮かぶ巨大なゲートなんだが、それが十万年前に爆発してね。地上の大半が崩壊したそうなんだ」

「あれがゲート! 地上が崩壊!?」

「そうさ、古代人はそれを通って、別の星と行き来してたんだ。君たちアーシアル人はその時、宇宙から来た移民の子孫なんだよ」

「そ、それはなんとも驚くべき……いや、疑うわけではないのですが」

「まあ、驚くよな。プリモァやその仲間である獣人こそがこの星の土着の人種でね。まあ、そのことはおいておこう。ゲートが爆発した直接の原因は、千年前の大戦にもあらわれた黒竜だというのだ」

「黒竜、あの伝説の邪竜がここで出てくるのですか。あんなものはおとぎ話と……、いえ、そういえば先ごろスパイツヤーデで黒竜が出たという話も聞きました、あれを退治したのが紳士様でしたね」

「そうなんだよ、あれはもうびっくりするほど怖くてなあ」

「それはもし実在したのなら、恐るべきものでしょうが……」

「それでだな、黒竜ってのはざっくりいうと、技術とか文明みたいなのを餌にするものらしいんだ」

「餌?」

「そういう高度に発展した社会そのものを食い尽くす、とでも言うのかな。そういう社会に寄ってくるそうだ」

「で、では、黒竜を寄せ付けないために、文明の発展を抑えていると?」

「そうだ、少なくともそれを指示している当人はそう言っているようだね」

「その正体は!? 預言者ではないのですね?」

「そう、その者こそはるか南の果てに住む、南極大人と呼ばれる巨人だ」

「南極! 賢き霧の巨人と聖書にある、あの巨人ですか」

「たぶん、それと同一人物だろうね。君たちの預言者だけでなく、他の古代文明の遺跡、ノードと呼ばれているが、それらも南極大人の圧力を受けて、活動を制限されている」

「他にも預言者のような者がいるのですか」

「いるいる、結構あちこちに残っていてできる範囲で世の中にちょっかいを出してるのさ。有名所だと、晴嵐の魔女とかかな」

「晴嵐の魔女! これもおとぎ話で聞いたことはありますが、実在したんですね」

「うちのスポックロンも、中身はそうなんだ」

「あのプリモァ風の人形の方が!? なんともはや、頭が混乱してきましたが、今の話が本当だとして、なにゆえあなたは古代文明の力を行使できているんです?」

「それが実はよくわからんのだけどな、ガーディアンは人間の脳を模した、作り物の脳で物を考えたりしてるんだけど、それを作った大昔の、これは古代文明よりもはるか昔のものらしいんだが、それが俺のような特殊な人間を、上位の権限を持つ存在、いわばホロアに対する主人のようなそういう存在だと定義しているらしいんだ。それゆえガーディアンなんかは俺のことを良くしてくれるんだよ」

「契約の束縛のようなものと言われると、たしかにガーディアンたちのあなたに対する従順さも理解できる気がします。あれは私達には親切ではあってもどこか距離をとった、例えるなら優しくも厳しいよくできた乳母とでも行った距離感で、それはそうしたものだと思っていたのですが、あなたに従うガーディアンはどこか甘えるような素振りさえ見せるではありませんか、そこがなんとも驚きでして」

「ははは、よく見てるな」

「うーん、しかし研究に対する制限が、よもやそのようなものであったとは。では、どうにもならぬことなのでしょうか」

「それなんだけどなあ、要するに黒竜の脅威がなくなればいいんだろうけど」

「千年前の大戦では、最終的に勇者が黒竜を討ったと伝えられていますが」

「そういうこともあったらしいなあ」


 以前、南極大人に会った時に、ネアルの予言とやらが成就して、彼女の役目も終わると言っていた気がする。

 すなわち、文明を一定のところで維持し、黒竜の脅威から世界を守る必要がなくなるということではなかろうか。

 いいかえると黒竜の脅威がなくなり、自由に文明を発展させることができるということだ。


「俺も断片的な情報しか持ってなくて、詳しくはわからないんだけど、ネアルの予言ってのがあるらしい」

「ネアル様と言えば、全知の神としてこの世界の始まりから終わりまで、全てを見通すと言われておりますね、まあ私は神学の方はとんと疎いのですが」

「その予言とやらが成就すると、なんか全部うまくいって、今言ったような問題も解決するんじゃないかなあ、と思ってるんだけど、そこのところはどう思う?」


 と、キームちゃんの隣で狸寝入りをしていたエリソーム嬢に話を振ってみた。

 はじめは寝たふりを続けようとしていたようだが、キームちゃんに脇を突かれて渋々目を開ける。


「今、紳士様がおっしゃられたことの半分は枢密院における最高機密で外に漏らせば首が飛ぶような情報ですし、残り半分は私も聞いたことのない話ですから、正直、何もお話することはない、と言いたいところですが……」


 そこで周りを警戒する素振りを見せてから、


「預言者は、ネアルの予言が成就するまでの忍耐である、その先で我らは本来の知恵を取り戻し、その足は地を駆け、その翼は天を舞うであろう、とおっしゃっておられます。それはすなわち、黒竜の脅威が去り、古代の技術に触れる機会を得る、ということではないでしょうか」

「ふむ、それで予言の内容は知ってるのかい?」

「いいえ。ただ、予言はネアル第一の使徒である女神エネアルがこの地にもたらした、とあります。エネアル様とは、つい先ごろ、紳士様の故郷スパイツヤーデに顕現されたという話ですが、そのお声ははるか大洋を隔てたこの地にまで届いておりました」

「あー、あれね、まあ、エネアルはうちにも縁のある女神でね」

「やはり、そうではないかと思っておりました。実は私の実家は神霊術師で、ありがたいことに私達の求める女神こそ、かのエネアル様だったのです。もっとも私はお声こそ頂いていたものの、そちらの修行はしておりませんでしたが、あの折の両親の感動する様子など、とても言葉では言い表せぬものでした」

「そりゃあよかった。そっちで寝てる、俺の女房殿も、同じくエネアルを信仰する神霊術師でね。どっかに神殿でも建てようと画策してるようだよ」

「なんと、それは偶然とも思えません。今こうしてあなたの慈悲を持ってこの仕事をさせていただいていることに、そんな繋がりがあったとは」


 どこか演技くさいところの拭えないエリソーム嬢だが、このときばかりは心の底から感動しているようだった。

 女神様の御威光ってやつかねえ。

 試練が終わったらエネアルが降臨するだろうことなども教えてあげたかったが、ちょっと自重しておいた。

 そもそも、今日は色々話しすぎじゃなかろうか。

 この話って漏らしてよかったのかな?

 キームちゃんが聞き上手だったせいもあるだろうが、まあ、別にいいか。


「もしやエネアル派を起こす準備は、世界中で進んでいるのでしょうか? この国にいると、外国の情報は限られてしまいます。失礼ながら、私はあなた様のお名前さえ、存じ上げなかったぐらいですし」

「どうなんだろうなあ、俺も女神と酒を飲むことはあっても、信仰したことはないからなあ」

「またそのような御冗談を。紳士様と言えば女神の盟友とは申すものの、それは御威光のありがたさであって……」


 そこで、キームちゃんがうなずきながら、


「やはり、女神を従者にしているという話も真実なのですね」

「えっ!?」


 エリソーム嬢が車内に響き渡るような声を上げる。

 うるせーぞ馬鹿野郎、などと寝ぼけ声のやじが飛んできたりもしたが、エリソームちゃんは興奮と動揺の入り混じった面白おかしい顔でワタワタしていた。


「あ、あ、あ、あなたが、女神様を従者に!?」

「うん、まあ、何人かいるね」

「何人も! そ、それで、あああ……」


 とエリソーム嬢は頭を抱える。

 しばらくもだえていたが、やがて意を決したように話し始めた。


「私が腕輪を受けたのは、嘘偽りなくペルンジャ様にお仕えする覚悟を示したからであり、私自身はやましいところはなにもないことは、この腕輪にかけて誓います」

「うん、それはもう信じてるよ」

「ありがとうございます。そのうえで、お話していない事があるのですが……、紳士様を見込んで申し上げます。実は私の親戚にウェドリグ派の修道士がおります。ご存知かもしれませんが、このウェドリグ派というのは文明を拒み、限りなく原始に近い素朴な生活をすることで、女神がこの地を作ったありのままの姿で生きようという、それ自体は素朴な教義をもつ精霊教会の一派です」

「名前ぐらいはしってるよ」

「ですがそのウェドリグ派の一部に、塔の守り手という過激なグループがおりまして、これは預言者の神殿近くに生える試練の塔をご神体とし、あらゆる技術文明を排斥することを教義としております。紳士様が先ごろ捕らえたペミエという女中もその一派ではないかという疑いがありまして」

「ふむ」

「先程申した叔父からの密告で、塔の守り手がペルンジャ様に危害を加える可能性があるという情報があり、私の方で上に報告したところ、今回の任務を授かったと言うわけなのです。本来なら護衛隊の指揮官であるロブソンかラムンゼの両氏が担当するべきこのような仕事を私が仰せつかったということは、両氏のどちらか、または両方が怪しいと考えて、それはもう道中神経をすり減らしながら、とにかくしっぽだけでもつかもうと悪戦苦闘していたのですが、結局そちらではなんの成果も出せぬままに、このようなことに……とここまでは前置きなのですが」

「うん」

「その叔父から聞いた話によると、塔の守り手は塔に女神が降臨することを恐れている、その時黒竜は蘇り、この地は滅びるだろうという予言をうけ、それを阻むために日々暗闘しているのだとか」

「女神が降臨?」

「そうです。ですから、女神を従えたあなたが塔に至れば、その予言が真であれ偽であれ、大変なことになるのではないかと」

「うーん、まあ別に塔自体には行かなくてもいいんだけど」

「え、そうなのですか?」

「うちの従者の両親が、ちょっとそこで宝探しでもしたいっていうから、ついでに遊びに行こうかなあ、ってぐらいにかんがえてたけど」


 もしかしたら宇宙に行くのに必要かもしれないけど、そこに昔あった軌道エレベータはもうないらしいしなあ。


「宝探し! ついでに遊び!!」

「うんまあ、俺は万事そんな調子だから」

「いえ、ですが、これには世界の命運が……、紳士様ともなると、世界の命運も遊びの片手間であしらうような……」

「いやいや、そこまでアレじゃないつもりだが、しかしその塔の守り手に予言を下したのは誰なんだろう?」

「叔父も詳しくは。本来ウェドリグ派は世事と関わることを好みませんので、このことも私が枢密院にいるからと、教義より身内の情を優先して教えてくれたことなので」

「いい叔父さんだねえ」

「はい、あの素朴な人柄に触れると、ああした暮らしに憧れぬでもないのですが、いかんせん私は、宮仕えが性に合っているようで」

「ふむ、まあしかしそういうことなら、塔には近寄らないほうがいいな」

「それでよろしいのですか?」

「だって、面倒くさそうだろう。俺のポリシーは面倒なことは避ける、だからな。ただでさえ面倒なことが寄ってくるのに、こっちから近づくなんて愚の骨頂」

「そ、それは懸命なご判断で……」


 内に抱えた秘密を打ち明けて安堵したのか、エリソーム嬢はちょっと気の抜けた顔になった。

 凛々しい顔も捨てがたいが、これぐらいのほうが愛嬌があって可愛いな。


「話して楽になったところで、君も一杯やりなさい」


 とグラスを渡すと、


「いえ、酒はもうこりました」

「ははは、飲み過ぎなければいいのさ。少し飲んだら眠るといい。どうせ汽車の旅はまだ長い」


 そこでキームちゃんがグラスに酒を注ぎながら、


「そうそう、この調子ではカズプスにつくのは午後になるでしょう。今は秋祭りの季節なので、都行きの列車をとるのも一苦労ですよ。今のうちに英気を養うべきですね!」

「はぁ」


 などと言いつつ、出された酒をグビグビ飲む。

 ワイルドだな。

 しかし、なんか色々新しいことがわかったような、何もわかってないような、なんとも言い難い状況だな。

 しかし重要なフラグはたった気がする。

 キームちゃんは古代技術に触れるためなら俺と懇ろになるぐらいためらわないタイプに見えるし、エリソーム嬢に至っては、もともとプリモァなうえに、エネアルを信仰している時点で、こりゃもうリーチみたいなもんだろう。

 ぐふふ、やる気が出てきたぞ。

 明日に備えて、さっさと寝てしまおう。

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