第436話 山岳鉄道 中編

 列車は現在、千メートル超えの大地をのんびり進んでいる。

 ジャングルとはうってかわって、涼し気な高原の風景だ。

 南の方には雪を冠した険しい山並みが夕日に赤く染まっているが、このあたりは比較的緩やかな傾斜の台地で、今も小さな湖沿いのカーブを曲がったところだ。

 対岸では立派な鹿が水を飲んでいる。

 こんなところをハイキングすると楽しいだろうなあ。

 などとのんびり景色を楽しんでいたら、小さな駅についた。

 このあたりに住む遊牧民が使う駅らしいが、ホームに乗客の姿はない。

 すぐに出発するのかと思えば、車両トラブルでしばらく出発は見合わせのようだ。

 まあ、昔の列車はよく止まったと聞くし、ここもそうなんだろう。

 列車が停まったことで目が覚めたのか、学芸員のキームちゃんが目を覚ました。


「うーん、ちょっと飲みすぎて頭が、うぐぐ」

「薬でものむかい?」


 そう言って酔い醒ましの薬を差し出す。


「ああ、すみません、お見苦しいところを。どうもこう、今日は調子が狂うなあ」


 などと言いながら薬を受け取り、ぐびりと飲み干した。

 めっちゃ効くやつだが、まあいいだろう。


「ふう……」


 とため息を付いてから、急に思い出したように、


「そういえば、なにか失礼をしませんでしたか? どうも記憶が定かではなくて」

「なに、気にするほどのことはないさ。それよりも車両トラブルとやらで列車が停まってしまったようだよ」

「む、今は……エンジョフ駅ですか、あまり進んでませんね。この調子だと、あちらに着くのは明日の遅い時間になるかもしれませんねえ。まあ、私はあまり困りませんけど、皆さんは大丈夫ですか? 寝台車ではないので、長旅は体に堪えるかと」

「こっちもまあ、旅はなれてるし大丈夫じゃないかな。細かいスケジュールは彼女に任せているんだが」


 そう言って気持ちよさそうに寝息を立っているエリソーム嬢を指差す。


「ははあ、枢密院は超エリートで堅物揃いだと思っていましたが、こうやってスキを見せられると、案外憎めないものだという気がしてきますね」

「俺もそう思うよ」

「それはそうと、頂いたお薬はよく効きますねえ、酔いが一気に覚めました。覚めたら覚めたで、お腹が空きましたね、駅弁はまだで……あっ!」

「どうした?」

「大変です。ここがエンジョフ駅ってことは、駅弁がないってことですよ」

「というと?」

「この先のバジーラの駅で弁当売りが乗り込んで来るので、そこまで行かないと弁当がないわけですが、この調子だとまだまだ動かないでしょうし……、紳士様、なにかご用意は?」

「まあ、あるかと聞かれればあるんだけど、せっかくだし、駅に降りて、外で食べようか」

「お、それはいいですね。ここはもう調子に乗って全力で甘えていきたいと思うのですが、よろしいでしょうか」

「ははは、もちろん喜んでごちそうさせてもらうよ」

「さすがは偉大な紳士様!」


 なかなか調子のいい子だな。

 一方、まだグーグーいびきをかいてるエリソーム嬢は、そろそろ起こしたほうがいいかな。

 じゃないと、しでかしすぎたショックで落ち込まれてもこまるよな。

 というわけで、優しく起こしたところ、飛び上がらんばかりに驚いて土下座すれすれに謝るので、酒には気をつけるんだよとなだめすかし、彼女にも薬を与えておいた。

 たぶん、好感度がアップしたはずだ。

 逆かもしれんが。


 駅といっても完全に無人駅で、ホームらしいところに少し土が盛られているだけの、簡素なものだった。

 西の空はまだわずかに赤紫に染まっているが、手元はもう真っ暗だ。

 ランプを持ったミラーが周りに立って、光源を確保する。

 動力車はせっせとメンテ中で、車掌の話では最短でも三時間待ちと言っていた。

 そんなに壊れてんのかと心配になるが、後続の列車もないので、こいつが動くまでひたすら待つしかない。

 まあ、今更慌てても始まるまい。

 ここで自炊するのも悪くないが、内なる館に弁当が常備してあるので、そいつで簡単に済ませようと中に入ると、カリスミュウルを始め、待機している連中が宴会を繰り広げていた。


「どうした、クリュウ。もう今夜の宿泊地についたのか? いや、朝まで夜通し走るのであったか」


 とほろよい加減のカリスミュウル。


「それが目下のところ、列車の故障で立ち往生さ」

「ふむ、あれも案外不便なものだな」

「とりあえず、弁当でも貰っていこうと思ってね」

「ここで食えばよかろうに」

「ペルンジャちゃんのお供もいるし面倒見てやらんとな」

「どちらがお供かわからんな」

「まあこっちは適当にやっとくよ、そっちもよろしく」


 カリスミュウルは、いざというときのために俺とは少し距離をとりながら移動しているのだ。

 今後、再び襲撃などがあって、万が一にも逃げられないとなったときにカリスミュウルが別の場所にいれば内なる館経由で脱出できるという考えだ。

 いくら古代文明スペックで固めていても、先日の襲撃時のように何が起こるかわからんからな。

 こういうところで可能な限り手を打っておくのも俺の仕事だと言えよう。

 備えがあってこそ、ナンパもはかどるというものだ。

 というわけで、お弁当を山盛り抱えて外に出ると、フルンたちが全身で空腹を訴えながら群がってきた。

 よく見ると、他の乗客らしい知らない子供もいる。


「ご主人さま、みんなおなか空いたんだって。余ってる分あったらあげたいけどいいかな?」

「ははは、余ってなかったら作ってでもプレゼントするさ、どれ、これじゃあ足りんな、もうちょっと持ってくるから待ってろよ」


 結局、全乗客と従業員にまで弁当を配ってしまった。

 南の国でまで、俺が篤志家だと誤解されかねんな。

 感銘を受けた見知らぬかわいこちゃんに言い寄られたらどうしよう。


「いやあ、紳士様は実に太っ腹ですね。ざっとみても百人前のお弁当ですが、よくこれだけの数を用意できますね。何やら出たり消えたりもしていましたが、あれも遺跡の力なのでしょうか」


 と鉄道マニアのキームちゃん。


「俺みたいな男にも一つや二つ、秘密の力があってね。もう少しお近づきに慣れたら、ポロッと秘密を漏らしちゃいそうだけど」

「まあ、紳士様ったら噂通り情熱的ですね。でも私みたいなオイルまみれの女は、ふさわしくありませんよ」


 などと言ってかわされた。

 採掘機の機械技師でもあるようなことを言っていたので、オイルまみれというのも謙遜ではないのかもしれないが、ぱっと見ではわからんな。

 でも弁当を食べる姿を見ていると、爪が僅かに油で黒ずんでいた。

 ちょっと普通の貴族ではないのかもしれない。


 一方のエリソーム嬢はしょんぼりした顔で弁当にも手を付けていなかったが、ペルンジャが優しく語りかけると、涙ぐんで感激しながら、もりもり食べ始めた。

 食ってる様子を見ると落ち込んでるようには見えないんだけど、ある程度はポーズなのかもしれない。

 役人だしな。

 とかいうと役人に偏見でもあるのかと言われそうだが、貴族に混じってエリートコースに割り込むような人物が、見かけどおりの繊細さであるとは限らないだろうしなあ。

 冒険者ギルドのサリュウロちゃんだって、あれでなかなか、したたかだしな。

 そもそも俺は裏表のあるご婦人も大好きなんだよ。


 食後にランプ片手に高原を散策する。

 キームちゃんの話では、もうすぐ冬が来るとここいらも雪で覆われるそうだが、今は実に過ごしやすい気候だ。

 所々に白っぽい岩が露出しているのはたぶん花崗岩だな。

 先日は石灰岩もあったし、案外この辺は魔界の天井なしに地下に直結してたりするのかな。

 それともたまたまここにそうした土壌が集まっているだけなんだろうか。

 スポックロンに聞けばわかるんだろうけど、あえて聞かずに想像しながら歩くのも、楽しいかもしれないなあ。

 などと考えながら歩いていたら、岩につまずいてすっころんだ。

 俺もよく転ぶな。

 少年のように空想を遊ばせながら歩くからだろう。

 いつまでも少年の心を忘れずにいたいものだ。

 散歩を終えて戻ってくると、焚き火の周りでさっきの子どもたちがフルンを囲んで談笑していた。

 どうやらフルンが冒険譚を披露しているようだ。


「あ、ご主人さまいいところに来た。いまねー、魔界の、銀糸の魔女のところ話してたけど難しい。かわって!」

「かわってって、急に言われても困るんだけどな。まあいい、話してやろう」


 そう言って、集まった子どもたちに、魔界の大冒険を話して聞かせる。


「……銀糸の魔女の亡骸は儚くも、ぱっと光ってハラハラと舞い散る精霊のしずくと相成ったのでありますが、緑の導師はあとに残った小さな指輪を手に取った。これこそ女神ウルの残した七つの秘宝が一つ、聖剣ストルリングス!」


 わぁわぁと騒ぐ子供相手に、俺の調子も上がっていく。


「いざ出立と足を踏み出したその瞬間、現れたるは恐るべき闇の住人アヌマール。緑の導師の腕ごと食いちぎり、聖剣ストルリングスを奪い取った! こいつを奪われては一大事! そこに飛び来る巨大な影、その正体こそは古代遺跡の守護者、大いなるガーディアン・ダストンパールのその勇姿!」


 いつの間にかクロックロンがやってきて、合いの手のように太鼓を鳴らす。

 それにつられて、子どもたちもますます熱狂していた。


「そんな大きなガーディアンいるの?」

「どれぐらいおおきい?」


 などと口々に叫ぶ。

 やはりこの国ではガーディアンが大人気みたいだな。

 聞けばガーディアンが悪い魔物をやっつける物語とかも流行っているらしい。

 ちらりとスポックロンを見ると、これみよがしに親指を立ててゴーサインを出していたので、俺もここいらでクライマックスといこう。


「巨大ガーディアンにあいたいかー!」

「あいたーい!」

「ほんとにあいたいかー!!」

「あいたーい!!」

「じゃあ、みんなで呼んでみよう、いでよ、ダストンパール!」


 一斉に声を上げて、空を見上げると、夜空に瞬く星の一つがキラリと輝く。

 やがてその閃光は太陽のようにあたりを照らし、轟音とともに巨大なロボが飛んでくる。

 殲滅級ガーディアンの中でもひときわ大きなダストンパールの巨体が、どすーんと舞い降りた。

 熱狂して飛び上がる子どもたちと、大慌てで逃げ出す大人たち。

 そんな様子を見て、ちょっとやりすぎたのではと思わなくもなかったが、お子様が喜んでるので良しとしよう。


「わー、ダストンパール。お前も来てたんだ!」


 ガーレイオンも喜んでるしな。

 一方、晴嵐の魔女からダストンパールを預かっているリィコォちゃんは、不安そうな顔で、


「あの、紳士様、こんなことで呼び出してよかったんでしょうか」

「ははは、まあ見てみろ、ダストンパールも楽しそうだろう」


 そう言って指差すと、ダストンパールも腰を下ろして手のひらに子どもたちを載せている。

 完全にのっぺりしたロボット顔でよくわからんが、ガーディアンはたいてい無邪気な性格なので、多分本人も楽しんでいるはずだ。

 そこに慌てて飛んできたレクソン4427は例外的に無邪気ではないタイプだったようだ。


「何事ですか、殲滅級を投入するような敵が!?」

「いやいや、子どもたちがでっかいガーディアンを見てみたいって言うから、ちょっとサービスしてたんだ」

「そんな理由で……」

「ガーディアンだってみんな遊びたいだろう。君も仕事もいいが、もう少し気楽にやったほうがいいぞ。うちのクロックロンをみたまえ」

「それは即座に結論を出しかねる提案ですが……」


 ロボットらしからぬ困った顔をして見せてから、レクソン4427はこういった。


「この機会に、少しご相談したいことがありますが、よろしいでしょうか」

「いいよ」

「ホイージャ家のよからぬ輩が、今回の騒動を引き起こした挙げ句、預言者の不興を買い混乱しているという話はしたかと思いますが」

「うん」

「預言者ことノード242を始め、人間との付き合いの長いガーディアンたちは、今回のことで我々デンパー式AIの特権者であるあなたの機嫌を損ねたのではないかと、不安視するものも多く……」

「俺が?」

「私はまだ稼働して日が浅いのでそれほど人間への理解が及んでおりませんが、何世代にも渡って人間と関係を持ってきたガーディアンなどは、人間の嫉妬や猜疑心、復讐心というものを非常に強く意識しています。それ故、あなたがなんらかの制裁を課すのではないかと……」

「ははあ」

「無論、こうして数日行動をともにするだけで、あなたがそういう人物でないことは明らかですが、今の発言などをガーディアンたちに伝えることで、不安を払拭できるのではないかと思いまして」

「そりゃかまわんが、キミらも難儀だな」

「恐縮です。エミュレーションブレインというものは、なかなかに御しがたいものですね。我々と違い、ノードがあのようにシニカルであるのも、そうした感情を超越しながら人と向き合うための方便ではないかと、感じております」

「そりゃあ、過大評価ってもんじゃないかな。ただ性格が悪いだけかもしれんぞ」

「紳士様は、実にフラットに我らを扱ってくださいますね。今の一言だけでも、仲間を安心させる力があるでしょう」

「そりゃよかった」


 レクソン4427は安心して下がっていった。

 ロボットもそんなことで不安を覚えたりするんだなあ、まあ人間の脳をエミュレーションしてるって話だしな。

 一方、子どもたちはまだはしゃいでいるし、大人たちはビビりながらも遠巻きに巨大ガーディアンを眺めていた。

 みんないい経験ができたことだろうと、自分に都合のいい結論を出して満足するのだった。

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