第435話 山岳鉄道 前編
発車時刻ぎりぎりになって、鉱山見学組が戻ってきた。
同行していた山羊娘のカシムルは、
「すっごい迫力で、坑道なんかもうちの町の何倍もあったんですけど、あんなに廃液とか土砂とか出るんだと、とてもじゃないけど鉱山は無理だと思いました」
などと興奮気味に言っていた。
同じく満足げなフューエルが、
「やはり採れたての精霊石は精製したものとは違う生の力がありますね。精霊の気配も強く感じますし。と言っても、あなたの内なる館に比べると数段劣るのですが、自然の中であれだけ満ちているのはなかなかのものでしたよ」
「ふうん」
「あなたの方はどうでした? 表情を見るに、そちらも良かったようですが」
「うん、実に見ごたえのある展示だったな」
「鉄道だけで、そんなに満足されたんですか?」
「案内の学芸員もかわいこちゃんでね」
「それは結構なことで」
互いに満足したことを確認して列車に乗り込む。
次はウェージ高山鉄道という路線で、文字通り山の合間を縫って進む鉄道だ。
山と鉄道の組み合わせは最高にクるものがある。
たのしみだ。
そういえば、乗る時にちらっと見ただけだが、動力車が前回までの蒸気機関車風じゃなかったんだよな。
エリソームに尋ねるが、彼女はそこまで詳しくないらしい。
鉄道警備隊のパーマソンあたりがいれば聞けたんだけど、彼女は今頃、夕べ泊まったべロードの町で事後処理にあたっていることだろう。
まあ、今日は風向きがグッドなので、だまっててもかわいこちゃんが飛び込んできて教えてくれるかもしれないなあ、などとぼんやり考えながら乗降口のあたりでキョロキョロしていると、大きなトランクを振り回しつつ息せき切って車両に飛び込んでくる人物がいた。
「ま、まにあったー!」
跳ね上がった金髪もボサボサのままに床に座り込んでいるのは、さっきまで俺に展示物の案内をしてくれていたキーム女史だ。
文字通り、向こうから飛び込んできたかわいこちゃんに手を差し伸べる。
「お嬢さん、駆け込み乗車は危険だよ」
「す、すみませ……って紳士様!?」
「先程はどうも。さあ、まずは立って、ご婦人がこんなところに座り込むのはいかがなものかと思うね」
「こ、これはお恥ずかしいところを」
彼女を引っ張り起こすと、バツが悪そうにはにかむ。
フューエルと同年代で同じ田舎貴族という彼女は、かなりお転婆だな。
もっとも、フューエルも一皮むけばこんなもんだけど。
聞けばキームちゃんの目的地はここから山を超えた先に広がる内海、ウェーリッド海に面したカズプスという大きな街で、俺たちもそこを通るらしい。
思わぬところで旅の道連れができたところで、席につく。
前回のようなVIP車両ではなく、普通の特急仕様の一等車だ。
片側三人がけのボックスシートで、通路が車両の窓際に付いている。
真ん中に通路がないと落ち着かないが、車幅が若干狭いせいもあるのかな?
指定席だが、せっかくなのでキームちゃんとご一緒することにした。
というわけで、俺の対面には学芸員のキームちゃんと、文官のエリソーム嬢が並んでいる。
限られた旅の間に同時攻略といこう。
「よろしかったんでしょうか、席を頂いて。急な帰省で席が取れずに、二等車に乗るつもりだったんですが」
とキームちゃん。
一応貴族らしいんだけど、案外融通は利かないらしい。
「なあに、気にすることはないさ。せっかくの旅だ、現地の人と、お近づきになりたいしね」
「私も色々、お聞きしたいことはあったんですよ」
キームちゃんは気さくに笑う。
聞けば彼女は技官にあたり、本来は採掘場の技術的な指導を行っているそうだ。
博物館の学芸員は、いわば趣味の一環らしい。
「私、鉄道旅が好きでして。仕事の合間にああして博物館の方につめているんです」
などと言っていた。
一方のエリソーム嬢は、文官といっても、預言者に仕える巫女の補助をするような感じらしい。
役職は枢密顧問官だとかなんとか聞いたんだけど、この国は文民統制が進んでいて、文官のほうが武官より偉いそうだ。
特に預言者絡みはエリートコースで、キームちゃんより庶民上がりのエリソーム嬢の方が役職的には上らしい。
スパイツヤーデなんかは、基本的に騎士がぶいぶい言わせてる国なので、文官はそれほど立場が強くない。
義父のリンツなんかも、微妙な立場だったのはそう言うところもあるのかなあ、よくわからんけど。
こう言うのは国の成り立ちが影響するもんだし、歴史にあまり興味のない俺は適当に聞き流しておいた。
「ところで、動力車はご覧になりました?」
「ああ、ちらっと見ただけなんだが、蒸気機関車じゃないね」
「そうなんです、ああいう外燃機関車と違い、圧縮した聖水を自己発火させてそれにより生じたガスでピストンを押す内燃機関車でして、ピンクの煙を吐く赤ガス車との対比で、白ガス車の愛称で呼ばれており、特に最新型のモデルはこの車両を含め二台しか無いんですよ。せっかくなのでこれに乗りたくて慌ててたわけですが……」
などと楽しくマニアックな話をするうちに、列車は斜面に差し掛かる。
「あ、この席ならちょうど見えると思いますが、ここから勾配がきつくなり三本レールに切り替わります。従来の内燃車ではトルクが足りず三本目のレールにかかる車輪にも駆動をかけていたんですが、新式のこの車両は最新のトルクコントロールにより……とここは機密なのであまり詳しくは話せないのですが、白ガス車は構造上逆機も簡単で、途中にある切り返しの区間でも、ゴールドトレイン以外では初となる貫通ブレーキにより運転士のみでの操作で力強く登っていくさまは、実に乗りごたえのあること間違いなしのおすすめ区間ですね」
キームちゃんの言う通り、車両はキツめの斜面をぐいぐい登っていく。
いやあ、楽しいなあ。
なにより楽しそうに話すキームちゃんが楽しい。
マニアック過ぎて意味のわからないところもあるが、喋ってる本人が楽しそうだとこちらも楽しくなるのだ。
畑は違えどマニア気質のフューエルなども、彼女の話を聞くうちにノッてきたようで、あれこれ説明を受けていた。
エンテルたち同様、家に戻ってるカプルが残っていれば、さぞ話も合ったことだろう。
一方のエリソーム嬢は話題に加われずにじっと黙り込んでいる。
こういう場合、どこでフォローを入れるかは難しい問題だが、キームちゃんとは順当に行けば明日の朝には目的地について別れることになるが、エリソームちゃんはもうしばらくは一緒にいるはずなので、今はキームちゃんを優先したい。
「ところで皆さん、スパイツヤーデから?」
話題が少し途絶えたところで、キームちゃんがそういった。
それに答えてフューエルが、
「ええ、私どもは夫の共で旅行に。そこで偶然友人であるこちらのペルンジャ姫と一緒になり、都まで同行することに」
そこでペルンジャが改めて名乗ると、キームちゃんは驚いて、
「ホイージャ家の。そういえば新しい巫女が決まったと噂になってましたが、もしやあなたが新しい巫女様でいらっしゃる?」
それに黙ってうなずくペルンジャ。
「これは失礼をいたしました。当家などはいまだかつて一人も巫女を排出したこともない家柄でして、実は間近に巫女様を拝謁するのもはじめてでして、あいや、このような馴れ馴れしい物言いも失礼でありました、ご容赦の程を」
キームちゃんは言うほど失礼とは思っていない様子で、ペラペラとまくしたてる。
「何かとご苦労もお有りでしょう、ははあ、それで紳士様がお力に。私も噂しか存じませんが、紳士様はあらゆる困難を克服なさるお力をお持ちだそうで。なまじ権力に慣れていると、いざその力が及ばぬとなったときに、狼狽するのが貴族の常と申しますか、私も日ごろ機械を相手にしておりますと、これがまあ実にままならぬもので、昨日動いたものが今日は動かぬなど日常茶飯事、そうした困難を乗り越えるところに魅力を感じるのでありますが……」
などと好き勝手に喋り続けるさまは、どこかレーンにも似て俺好みで好ましい。
一方、エリソームちゃんはそんな様子にいらだちを覚えているようにもみえる。
だがそのいらだちが、キームちゃんの傍若無人っぷりから来ているのか、自分が蚊帳の外に置かれている状況から来ているのか判断が付かず、悩ましい。
悩ましいが、まあそういう様子を眺めるのもオツなものかもしれない。
なんか酒が飲みたくなってきたな。
などと支離滅裂なことを考えていたら、車内販売がやってきた。
前回の列車は、車掌や乗務員が事あるごとに要望を聞きに来てくれていたので、そう言うものはなかったんだけど、この列車は日本の特急列車ぐらいのポジションだと言える。
というわけで、車内販売で酒やら名物っぽいツマミを買い求めた。
椰子酒がなかなかいいものだった。
白濁した発泡酒で、甘くてうまい。
「椰子酒なんて久しぶりですけど、改めて飲むと美味しいですね、あなたもどうです?」
などとキームちゃんがエリソーム嬢にすすめるも、
「いえ、任務中ですので」
と断っていたが、フューエルが気を利かせたのか、
「味見ぐらいなら構わないでしょう。下戸というわけでもないのでしょう? これは飲まずに置くのはもったいない味ですね」
などと勧めるものだから、遠慮しつつも口にしていた。
他のご婦人連中の受けもよく、小一時間も飲み続けると、みんないい感じに出来上がってきた。
特に一番出来上がっていたのが、秘書役を務めるエリソーム嬢だ。
「だからぁ、私は嫌だったんですよぉ、せっかく順調に出世できてたのにぃ、急にこんな任務に呼び出されてぇ、だいたいロブソン氏がはっきりしないからこんなことにぃ、なにかあると責任取らされるのはいつも私みたいな庶民上がりでぇ、しかもまさか自分はあんな反逆行為をぉ、こっちはとんだとばっちりですよぉ」
などと管を巻くと、キームちゃんも、
「お気の毒でしたねぇ、私もほんとは神殿の技官を志望してたんですけどぉ、家柄が上の連中に独占されてぇ」
などと愚痴っていた。
酒癖悪いなあ。
結局、二人のご婦人はそのまま酔いつぶれてしまった。
ナンパどころじゃねえな。
一方、俺より強いフューエルや、慎みを忘れないペルンジャなどはほろ酔い止まりだし、このような状況で責任感を十分に備えている俺は、酔い醒ましの薬をもらってとりあえず頭はしゃっきりしてきた。
「彼女も気の毒に。この件が片付いたら、早々に解放してあげるのですね」
フューエルが高いびきのエリソームを見てそういうと、ペルンジャも、
「いわば彼女も被害者と言えるでしょう。私の今後の行動いかんでは、更に迷惑を被るものもでるのでしょうね」
などと言って、同情した様子を見せる。
「まあ、なるようになるだろうが自分の責任の及ぶ範囲は正しく見極めないとな、今回はおおむね巫女の任命権を持った者と勝手にトチ狂った者が悪いんで、それ以外はほぼ被害者だよ、君も含めてね。あの隊長さんだって、軍人として命令に従っただけとも言える。強いて言えば、塔のなんとかって連中は加害者側かもしれんが、まあ、全部ひっくるめて預言者とやらに責任をとってもらおう」
「この国ではそういうことを口にできる人間はおりません」
「じゃあ、俺が来たのはそれを言うためかもしれんな、とりあえずそういうことにしとけば、酒も捗るってもんだ」
「まだお飲みになるのですか?」
「飲み過ぎかな?」
「ひとまず、そこの二人はもう飲めないでしょうね」
そう言って酔いつぶれた二人を見るペルンジャの眼差しは、少しだけ柔らかくなった気がした。
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