第434話 博物館

 翌朝。

 朝一の列車は混み合ってて乗れそうになかったので、次の街に馬車で向かうことにする。

 ここは他の路線とも接続していて、本数も多く乗りやすいそうだ。


「ここから東廻りに高山地方を抜けるコースがよろしいかと」


 そういったのは昨日腕輪を付けて忠誠を誓った連中の一人で、エリソームという名の若い女官だ。

 あの中年男の部下で、庶民上がりの文官らしいが、使えることをアピールしてどうにか身の安泰を確保したい、あわよくば古代文明に対して謎の権限を行使する紳士とやらにも媚を売って出世したいという熱意を感じて、現地での案内役に抜擢した。

 コーヒー屋のフリージャと同じ金髪褐色のプリモァで、ハキハキ喋る美人だ。


「本来の路線からは外れますが、もし今後も襲撃があるとすれば、異なるコースを選んだほうが安全ですし、日程的にも半日程度の遅れで済みます。またこちらを通れば、道中ホイージャ家の領地を通りませんのでリスクは低いと考えられます」


 とのことで、状況判断もまあ、まともっぽい。

 少なくとも現在拘束中の彼女の上司よりは普通に仕事をしてくれそうだ。

 年の頃は二十代の半ば、仕事一筋でまだ独身と、実にナンパしがいのあるお嬢さんだが、今の俺の立場でナンパすると、それはナンパではなく脅迫とか強要とかのアレになってしまいそうなので、なるべく下心を見せないことにする。

 まあ、脈があればそのうちピカッと光ったりするだろう。

 そのエリソーム嬢だが、さっそく俺の依頼で馬車を二台確保してくれた。

 彼女同様に忠誠を誓った連中を運ぶためのものだ。

 うちのメンツは俺が内なる館で運んできた馬車があるが、多少は差別化しておくべきだし、ついでに彼らに仕事をしてもらう必要もあるからな。

 彼らの半数には先行して次の街で列車の手配をしてもらうことにした。

 残りは、ペルンジャの身の回りの世話だ。

 今日はペルンジャも外に出ている。

 ずっと隠しとくぐらいなら、もう俺が直接飛行機で連れてってあっちで話をつけてくればいいんだけど、あっちはあっちで現在混乱中らしいし、古代文明の力を使いすぎるなという話もあるし、まあ、そのへんの妥協の結果だとも言えるが、ペルンジャに十分悩むだけの時間を確保したいというところもあるのだ。

 これはフューエルからの提案だったのだが、


「しばらく相手をして感じましたが、彼女には貴族として生きる覚悟は十分に備わっているものの、拠り所となる経験が足りていないのでしょう。私のような不良貴族が言うのもなんですが、故郷への旅といったプロセスが、たとえ短い時間であっても彼女に経験を与える機会となるかもしれません」


 とまあ、敬愛するワイフがおっしゃるので、そのようにしたわけだ。

 そんなわけで、俺達は馬車に乗って次の街ボイズロードへと出発した。




「やっぱり、なんのかんのいっても馬車が一番落ち着きますね」


 とフューエル。

 しばらく内なる館にこもってた事もあって、馬車の車窓から景色を眺めて上機嫌だ。

 今日の馬車は初めて乗るやつで、キャビンが少し高くて見晴らしのいい、観光用の馬車だ。

 無論空調も完璧で、よく冷えたワインで喉を潤しつつ、景色を楽しんでいる。


 馬車は線路沿いの広い道を南に進む。

 進行方向右手の窓、すなわち西側にはこれまで同様のジャングルが広がっているが、反対の東側はどこまでも山が連なっている。

 この山の向こうは高山地帯になっており、山越えの列車が走っているそうだ。

 山に列車はよく似合うが、こんな山を登れるほど、パワーが有るのかな?

 まあ、行けばわかるんだろうけど。

 今朝のペルンジャは、覚悟の決まった凛々しい顔をしていたが、今は穏やかな様子でフューエルと談笑している。

 そのとなりで緊張して座っている女官のエリソームだが、ペルンジャが笑うたびに長い耳がピクリと動いてなかなかかわいい。


「エリソーム君」


 と話しかけると、緊張して身を固くする。


「まあ、そう固くならずに。一度信じたからには、信頼させてもらうよ」

「ありがとうございます」

「まだ旅は長いが、我々はこの土地に不案内でね、少しはこちらの知識も得ておきたいとおもうのだが」

「どうぞ、何なりとお尋ねください」

「じゃあ、まずはこのあたりについて聞いておきたいね」


 では、と一呼吸おいてから、エリソーム嬢は語り始めた。


「この一帯はロード地方ともうしまして、現在の鉄道が敷設されるまえから交易路が整備された、交通の要所でありました。そのもっとも重要な交易品は精霊石です」

「ふぬ」

「紳士様の左手に見える山並みは、全て巨大な鉱山でして、全国の鉄道網を支える燃料のほぼ半分はここで産出した精霊石を利用しております」

「そりゃあ、大したものだ」

「歴史的にも内紛の多い土地で、あまりに酷い時は預言者の干渉があったとも言われておりますが、現代では治安もよく、安定した生産が行われております」

「なるほどねえ」

「特にボイズロードでは聖水が取れますので、これが貴重な資源となっております」

「聖水? 不勉強で聞いたことがないのだが、それはどういうものかな」

「聖水と言いますのは、女神のミルクなどとも称せられますが、白の精霊石が溶け込んだ湧き水のことを指します。これは精霊石よりも汎用性が高く、万能の触媒として多方面に利用されます」

「それは凄いものだね」

「古くは万能薬として、あらゆる疾病を癒やすともいわれていたのですが、実際のところはそのような力はなく、質の良い精霊石といったところでしょうか。それでも同量の精霊石よりは数倍の価値を持ちますね。この国でもここボイズロードでしか取れない貴重なもので、時間の都合が付けば、採掘場を見学なされることをおすすめします」


 エリソーム嬢は緊張した面持ちで丁寧に説明するが、俺の方はそんなかわいこちゃんと話をするうちにもりもり元気が湧いてきた。

 思わず元気が顔から溢れてるんじゃないかと心配になって隣のフューエルをみると、俺がハッスルしているのに安心したのか、いつの間にかうたた寝していた。

 それに気づいたエリソームは慌てて口をつぐみ、まるで何も見ていないと言わんばかりに窓の外に目をやる。

 そもそも、まっとうな貴族のマダムは人前でいびきなどかかぬものだが、うちはあらゆる意味でまっとうではないので、これぐらいで平常運転だと言えよう。

 これにすぐ慣れるかどうかも、相性を見極めるポイントかも知れない。


 やがて馬車はボイズロードの街につく。

 ここは相当大きな鉱山の町で、鉄道一つとっても国のあちこちに路線がつながったハブ駅になっており、長い貨物列車なども停車している。

 なかなか見ごたえのある街だな。

 鉱山より鉄道見学でもした方が楽しそうな気がする。

 そんな俺の気持ちを見抜いたのか、エリソーム嬢は駅舎を指差してこういった。


「ここの駅舎は近年改築されたもので、隣接する博物館では観光客向けに古い列車なども展示されております。なんと言っても鉄道はこの国ならではの名物ですし、北上してきた観光客がここで乗り換えて東の避暑地に向かうこともあって、観光にも力を入れているようす」

「そりゃあ興味深いね。出発の時間は大丈夫かな?」

「はい、出発は午後三時の便になりますので、まだ十分に。ただ、奥様方は、鉱山の方に見学に行かれるようですが」

「ああ、いいのいいの、うちの奥さんは馬車派でね。君もこっちはいいから、姫の方についててくれたまえ」

「はあ、ではそのように」


 エリソーム嬢はそう言って下がる。

 フューエルたちはいそいそと見学に行く支度をしていたが、側で控えていたスポックロンがひょいと寄ってきた。

 腹に一物ありそうな顔をしているが、こいつはいつもこんな顔だったな。


「どうした、また意地悪しに来たのか?」

「やぶからぼうに、人聞きの悪い事を。ご主人様の注意力を試そうかと思いまして」

「それが意地悪でなくてなんだというのか」

「無論、忠誠心と言うものですよ。それで、どうです?」

「なにがどうなんだ」

「先程のエリソームの話で、なにか思い浮かぶことはありましたか?」

「機嫌をとって自分を売り込もうとする娘さんは美しいなあ、ってとこ?」

「そこはそれ」

「うーん、あの聖水とかいうやつか?」

「そうです。ラクサの町で、漠然と温泉と言っておりましたが、あの高温の地下水には相当量の精霊石が溶け込んでいるはずです。溶けている種類や濃度はボーリング調査を行ってみないとわかりませんが、こちらの聖水とやらと比較することで、どの程度の価値を持つものかが、わかるかもしれません」

「ははあ、そういうのもあったな」


 そういや、パシュムルらの町で鉱山とか温泉とか言ってたな。

 もう姉妹をゲットしたので綺麗サッパリ忘れてたよ。

 邪魔にならん程度に調べといてくれと頼んで、見学組を送り出す。


 そちらにはいなかったフルンたちはどうしてるかと思えば、ちょっと離れた屋台の前でたむろしていた。

 またなんか買い食いでもしてるのかと寄ってみると、どうやらピビちゃんが叔母の猫耳盗賊ビコットとなにか言い合ってるのを見守っているところだった。


「どうした?」


 と小声で尋ねると、


「ビコットがここで別れようっていって、ピビはビコットについてくっていってるんだけど、ビコットはここでご主人さまについていった方がいい、その方がビジェンにも会える可能性が高いって言ってて、それで、えーと今の所そんな感じ」


 というフルンの大雑把なまとめを聞いたところによると、まあそう言うことらしい。

 ピビちゃんは、それならビコットも一緒に行けばいいと駄々をこねてるようだが、ビコットは聞く気がないようだ。

 必死に説得するピビを遮り、ビコットは俺に話しかけた。


「そう言うことだから約束通り……というには随分予定が変わっちゃったけど、この子のことを頼むわ。ひとまずほとぼりが冷めるまで、この国から出しておきたくてね」

「そりゃあかまわんが、俺たちもまだ、もうしばらくはこの国を離れられんぞ?」

「あなたと一緒にいれば、大丈夫でしょ」

「まあ、頼られれば嫌とは言えないのが、俺の美徳だからな。それより、そっちの手助けはいらないのか? どうせあの胡散臭い連中を追ってるんだろう」

「あら、優しいのね。でも、仕事のことでカタギに借りを作らないのが、いい盗賊の生き様なのよ」

「そりゃあ頼もしいね。じゃあ、その件でこっちが困ったら、大金積んでいい盗賊に助けを求めることにするよ」

「そういうご依頼なら、お待ちしてるわ。じゃあね。ピビもいい子にしてるのよ」


 そう言ってふわりと消えるように、去っていった。


「あー、おばさんの馬鹿ー、もうしらない」


 ピビちゃんはそう言って拗ねていたが、不安もあるのだろう。

 こう言う場合、俺はまったく頼りがいがないので、フルンたちにピビの相手を任せておいた。

 そういえばエレンはどうしたのかと聞いてみると、フルン曰く、


「ビコットと顔を合わせたくないので逃げるって言ってた」


 とのことだ。

 そうして当面の問題を周りの人間に丸投げしたところで、俺は安心して鉄道見学に勤しむことにした。

 案内してくれるのは、鉄道博物館の学芸員で、キームというアーシアル人のかわいこちゃんだ。

 ちょっとかわいこちゃんの出現率が上がってるのは、昨日いやだいやだと駄々をこねつつも面倒なタスクをこなしたご褒美だろうか。


「ご高名な桃園の紳士様をお迎えできて、光栄です」


 キームちゃんは、くそあついこの土地らしからぬ白い肌に淡い金髪のかわいこちゃんだ。

 この国の貴族で歴史学者でもあるらしい。

 年は二十代前半かな?

 五年ほど前にはエツレヤアンのアカデミアに留学していたこともあるとか。


「それもあって、北方の情報はいつも気にかけていたのですが、このところ、あちらから取り寄せた新聞にはあなたの名が上らぬことはありません」


 などとおっしゃる。

 アカデミア時代には、ペイルーンの上司であったイドゥール博士とも面識があったというので、エンテルらがいれば、話が弾んだかもしれない。

 残念ながら、エンテルに続いてペイルーンも今はアルサに戻っている。


「それにしても、確か紳士様は春から試練に挑まれるのでは? わざわざ海を超えてここに来られたということは、この国になにか災いの予兆が……」

「いやいや、ここには友人の招きで観光にね。試練は長丁場なものだから、のんびりやっているところさ」

「そうでしたか、それを聞いて安心しました。じつは先程鉄道警備隊の方からも、貴方様を丁重にお迎えしろと連絡があったのですが、それ自体、非常に珍しいことでして」

「聞いているかもしれないが、昨日、鉄道事故に巻き込まれてね。そのことで気を使わせたのかもしれないな」

「まあ、昨日の事件に? なにやら山賊が出たとかで、こちらからも随分と人が出向いております。ではいつものように紳士様のお力で?」

「いやいや、鉄道警備隊の活躍で守ってもらったのさ」

「そうでしたか」


 などと話しつつ、いろんな車両や歴史資料などを見せてもらう。

 過酷なトンネル工事の様子を描いた迫力のある絵画などもあったが、やはり実物の車両はなんとも言えない魅力があるな。

 運転席などに上がると、じつにワクワクする。

 うちにも一台ほしいぜ。

 言えばスポックロンが作ってくれそうだけど。


「鉄道というものは、鉄の時代には世界中に張り巡らされていたという記録もあるのですが、確認された遺跡等はないのです」

「へえ、そういえば、魔界のアンフォンという街の地下で、地下鉄の跡らしいトンネルをみたな」

「本当ですか!? それはどのような」

「あいや、こう、コンクリートってわかる? 鉄の遺跡の石みたいなやつ、あれで作られた半円状の地下道でね、床にはレールを敷設してたであろうあとが何本も。まあ他の鉄の遺跡同様、レールはとっくになかったんだけど」

「それはなんとしても調査したい……、ああでも私は当面、出国許可が。この国は一部の商人のほかは、なかなか出国許可が降りぬものでして」

「鎖国してるのかい?」

「預言者の意向で、この国の技術をみだりに持ち出さぬように、とのことで、私のように知識階級のものは制限が厳しく……」

「ケチだな」

「そうなんです、実にしみったれた……、あ、いえ、今のはなしです、どうかご内密に。偉大な預言者のご意思に逆らうなどと」

「ははは、まあ遺跡の連中はほっとくとすぐ調子に乗るから、たまにはビシッと言っといたほうがいいんじゃないかな」

「そ、それは紳士様なればこその……、その、やはり紳士様は噂通り遺跡の力を使役なさったりできるのでしょうか」

「そんな噂があるのかい?」

「はっきりとは。むしろ女神様を従者に従え、神の如き力を振るうとみなは信じているようですが、そのような荒唐無稽な話よりも、この国の人間が聞けば、遺跡や預言者の力に等しいものをお持ちなのではないかと想像してしまいます……」

「さあ、どうかな。女神も遺跡も、実在する以上はどこかでなにかの形で現れるものかもしれないね」

「はあ」


 俺の下手なはぐらかしには納得できなかった顔だが、地下鉄遺跡の件も諦めきれないようだった。


「出国の許可は、預言者が出すのかい?」

「いえ、国の方で人数を決めておりまして。うちは貴族といっても名ばかりで、かつては私も随分苦労して留学枠に入ったものですから」

「ふうん、大変だねえ。もし出国できたら、連絡をくれたまえ。改めてウチのものに案内させよう。アンフォンの町には知り合いもいるしね」

「その際は、よろしくおねがいします!」


 やっぱり俺はこうやって女の子から頼られたり利用されたりするのが一番落ち着くなあ。

 いろんな電車を見学していたら、いつの間にか時刻が二時を過ぎていた。


「いけない、失礼ですが私、このあと用事がありまして。ここからの案内は別のものに」

「いや、こちらもそろそろ時間切れのようだ。実に勉強になって楽しかったよ」

「そう言っていただけると光栄です。紳士様の今後のご活躍を、お祈りしておりますね」


 などと言って、学芸員のキームちゃんは去っていった。

 はー、鉄道と女の子のあわせ技で、俺もかなり充電できた気がする。

 ちょっとやる気が出てきたぞ。

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