第433話 盗賊の依頼 その四
目的地の町まで、残る行程は三時間ほどだろうか。
そろそろ乗り物を出したい気もするが、フューエルらは内なる館に引っ込んだままだし、フルンたちは楽しそうに走り回ってるしで結局なんとなく歩き続けている。
まあ、駅につくと宿もあるというし、そこから別の汽車に乗ることもできるはずだ。
そんなことを考えながら歩いていると、再びレクソン4427がやってきた。
「ペミエも実行犯の一人だったとは。あれはペルンジャの信頼も厚いので、紳士様の力添えがなければ、見誤るところでした」
「しかしあの女中はどうやら、別の動機で動いているようにもみえるな。ペルンジャはそんなにあれこれ狙われる立場なのか?」
今も内なる館で身を潜めているかわいい女学生、少なくとも俺にとって彼女はまだ女学生でアイドルなのだが、その彼女の顔を思い浮かべる。
額にあせしてリズミカルに太鼓を叩く彼女の笑顔を、一刻も早く取り戻したいものだ。
「本国の方でも少々、揉めているようです。おそらく首謀者はホイージャ家のリズジャという人物。その母親レイジャは預言者の巫女ですが、高齢で先ごろ引退を願い出ておりました。その後継をリズジャかその娘に、との話がペルンジャが現れたことでうやむやに」
「それで八つ当たりというわけか」
「レイジャに仕えているレクソン3666の話では、首謀者リズジャは手のものが失敗した場合、レクソン3666が協力してくれると考えていたようですね。彼女は随分とレイジャとその親族を甘やかしていたようなので、どこまでも自分たちの味方であると考えていたようです」
「君等はすぐ人間を甘やかすからな」
「それはもう、人間は可愛いものですから。私も一日も早く、ペルンジャにべったりと仕えたいと考えております」
「うちもミラーなんかは甘やかしてくれるんだけど、スポックロンはスパルタでね」
「私どもはそちらのミラーたちペレラQ型のような家庭用とちかい作りですので、よくわかります。その点スポックロンはノードの派生ですから、そうした違いはあるかもしれませんね」
「そうなんだよなあ」
「で、そのレクソン3666に限らず、現在ほぼすべてのガーディアンが大半のスケジュールをキャンセルしてあなたを出迎えるための支度をしているとのことです。結果的にリズジャとその一派は、自分が預言者とその指揮下のガーディアンを敵に回したという事実に直面し、恐慌状態に陥っているとか。この国の人間であれば致し方ありませんが」
「とちくるってなんかしでかしてるんじゃないだろうな」
「そうなる前に、ノード242が抑えているようです」
「気が利くな」
「あなたにたっぷり恩を着せたいと考えているのでしょう」
「まあ、ノードはみんなそうだな」
「おそらくは対南極大人の切り札として考えている様子」
「俺にとっちゃ、ノードも南極お嬢ちゃんも、甘やかしたくなるかわいこちゃんなんだけどな」
「それは甘やかしがいがありそうです」
「そう思うだろう、想像しただけで甘ったるくて胸焼けしそうだよ。」
「お大事に」
「気をつけよう。で、そっちはいいとして、あの女中の方はどうなんだ?」
「こちらはまだ確証はありませんが、可能性として、塔の守り手という秘密結社が考えられます」
「また、めんどくさそうなのが出てきたな」
「かつて軌道エレベータが存在した箇所に、現在はいわゆる試練の塔が建っているのですが、これを独占し、外部の者から守ろうという活動を繰り広げている集団です」
「ふうん、いろんな連中がいるもんだなあ」
と聞き流していると、控えていたミラーが俺のわきをつつく。
「塔の守り手とはパシュムルらの両親を襲い、現在エレンたちが調査中の集団と同一のものと考えられます」
「ああ、そうなの?」
「詳しくはエレンの報告をお聞きください。今日中に合流する予定です」
「早く戻ってくれないと、俺にビコットの相手は無理があるんだよな」
「それに関しては、お役に立てそうもありませんが、そろそろ出発のお時間です」
仕方ないので、少し日が傾いて過ごしやすくなったジャングルの一本道を、再び歩き始めた。
空がすっかり赤く染まる頃、遠くに町の影が見えてきた。
東側には巨大なテーブルマウンテンが連なり、なかなかの絶景だ。
あの断崖の麓にベロードという町がある。
鉱山で栄えた町だが、近年は採掘量が減少傾向で寂れがちらしい。
もう少し南のほうが中心だとか。
どうにか日没前に町につくと、話とは裏腹に、人でごった返していた。
鉄道修理の人足が大勢集められているようだ。
俺たちと入れ違いにこれから現場に向かうという。
今も人足を乗せた手漕ぎトロッコが出発したところだった。
その姿を見送りながら、町に入る。
町に一軒しかない貴族も泊まれる立派な宿はすでに満席で、人足向けの木賃宿のようなものまでいっぱいだった。
列車はここベロードからの折り返し運転だけになるが、明日の朝から再開するようで、ひとまずそれに乗ってもう少し先の大きな街に行こうと話は決まった。
でまあ、宿はないので近くでキャンプする。
まあ、うちはキャンプのほうが設備もいいしな。
昼間色々面倒な情報なども入ってきた気がするが、今俺がもっとも最優先ですべきことは、亀料理のお礼に、ピビちゃんにごちそうすることなのだ。
というわけで、早速料理する。
南方の人間は辛いのや酸っぱいのが好きっぽいので、そういう方向でタイ風カレーでも作ってみよう。
さっきの椰子の実からココナッツミルクを作り、ファーマクロンに用意してもらっていた多彩なスパイスをつかって、まろやかでありながらもスパイシーなカレーの出来上がりだ。
肉は鳥が山盛り入っている。
カレーの肉は多いほどいいからな。
幸い、ピビちゃんは気に入ってくれたようだ。
「これ美味しい、家のあたりでカレーといえばもっとバターをいっぱい使って、豆とナッパをたくさん煮込むんだけど、北方だとこんなかんじなんですか?」
「いやあ、スパイツヤーデじゃカレーはあまり食べないね。俺の故郷だとスパイスを油で練って、もっとこってりさせるんだけど、出先じゃちょっと手間でねえ」
「ふうん、それも美味しそう。でも、紳士様って自分で料理もするんですね」
「ごちそうになったお礼は、自分で振る舞いたいと思うじゃないか」
「貴族とか、お金持ちの人はあんまりそういう事言わないと思う」
「まあ、紳士ってのは、そのどれともちょっと違うものなのさ」
「そういえば、ガーレイオン君って紳士様なんですね、あなたのことを師匠だって言ってたけど」
「あれもまだ若いが、将来有望な紳士の卵さ」
「弟子ってやっぱり剣とか魔法とか?」
「いやあ、そういうのは俺が教えるまでもないかな」
「じゃあ、何を教えてるんですか?」
「そりゃあ、紳士の本分である、従者の増やし方だよ。有り体に言えばナンパの仕方だな」
「ええー、冗談……ですよね?」
「はは、どうかな。俺の口説きのテクニックは、スパイツヤーデでは知らぬものがないが、じきにここデール大陸にも響き渡る日が来るかもしれない」
「やだー、紳士様ったら冗談ばっかり」
そう言って笑い飛ばされてしまった。
少なくとも自分がナンパされるという発想は、今の所ないようだ。
子供っぽいところもあるけど、年齢的には結婚してもおかしくないぐらいの年なんだけどな。
その後、ピビちゃんは仲良くなったエットらと一緒に山盛りのケーキを食べ始めた。
これもさっき届いた、パロン特製チョコケーキだ。
一斗缶ぐらいのサイズがあり、中はカラフルなフルーツがてんこ盛りだ。
俺はまだ酒を飲んでるので、スイーツは後回しにして、一度内なる館に入る。
こちらではフューエルらがペルンジャの接待中だ。
俺に気がつくと、ペルンジャは少し儚げな顔で微笑む。
隠してても仕方ないので状況は逐一報告されているが、例の女中の裏切りはショックだったようだ。
「まさか彼女まで私を裏切るとは思いませんでした。もはや故国に私の帰りを待つものなど、いないのかもしれません」
自嘲気味に話すペルンジャを見ているとこちらも辛くなるが、今は彼女を慰めるだけの手立てがない。
いっそこんな国からかっさらって従者にでもなってもらって、彼女の仲間が住むアルサに連れ帰れば、たちまち元気になりそうなものだが、それをするには、彼女はまっとうな貴族すぎる気もしている。
ちゃんと筋を通すまでは、ここから逃げたりはしないんだろう。
「ところで、塔の守り手という連中のことは知ってるかい?」
「名前ぐらいは。それがなにか?」
「例の女中はその仲間かもしれないという疑いがあるんだよ」
「ペミエが? しかし、塔の守り手というのは、神殿近くにある試練の塔を神聖視する教会の一派だと聞いております。元は森に住み、預言者を含めた文明を否定するウェドリグ派修道会というものの流れをくむとか」
ウェドリグ派!
なんかここ最近で一番胡散臭い謎の連中の名前がこんな南の国でまで出てきたぞ。
いつぞや名探偵が助けたウェドリグ派の若いカップルは至って善良な若者だったが、そうでない連中もいるようだしな。
ここの連中もわりと非合法な行動を取っているように思える。
つまり、関わると面倒なことになるというわけで、俺の一番キライなパターンだと言えよう。
いやだなあ。
ビコットがここにいるのも関係があるのかもしれない。
元々はあの精霊石を盗み出すつもりだったようだが、姪の頼みとはいえ、それだけのために彼女ほどの盗賊が海を超えてくるとは考えづらいしなあ。
美人に利用されるんなら喜びもあるんだけど、ただ面倒な連中が畳み掛けるように現れるだけだと嫌だなあ。
「サワクロさん、お顔の色が優れませんが、大丈夫でしょうか」
おっとまた顔に出ていたか、適当にごまかさねば。
「いやなに、昼間こちらの料理として、芋虫の蒸し焼きを頂いたのを思い出してね、味はともかく、ちょっとねえ」
「ああ、こちらではよく口にしますね。もっとも最近の貴族は食べぬものですが」
「君は行けるほうかい?」
「ええ、実は割と好物でして。アルサにも南方料理を出す店があって、そこで何度か頂いたことがあります。そうそう、一度さえずり団の面々と行ったら、オーイットが目を回して」
「あの子は苦手そうだ」
あちらの話をするときだけは、ペルンジャにも笑顔が戻る。
しばらくそうして彼女の機嫌を取ってから外に出ると、ちょうどエレンたちが合流したところだった。
「やあ、旦那。ずいぶんとやつれ果てて、お疲れのようだね」
そういったエレンに抱きつくと、
「うぉーん、お前がいないばっかりに俺がどれだけの苦労をしたと思ってるんだ、後は全部任せるから良きに計らってくれ、うぉおーん」
「おお、よしよし。大変だったねえ」
「そうなんだよぅ」
「とはいえ、こんな大きい赤ちゃんを慰める術は持ち合わせてないので、他に任せるよ」
そう言って冷たく俺を突き放す。
「つれないなあ」
「僕も忙しくてね。ビコットはどうしてる?」
「宿じゃないかなあ」
「ふうん、まあいいや。まずは情報交換と行こうか、美味しい酒でも飲みながらね」
「美味しい料理もあるぞ」
「芋虫なら、さっきエットにもらったよ」
「うまかったろう」
「あんなに集めて、大変だったろうに。エットも健気だねえ」
「健気すぎるのも罪だよな、断れないもん」
「あはは、まあそうだね」
虫ではなくブリを食べつつ、互いの情報を共有した。
俺の方は今まで述べたとおりだが、エレンの方もそれなりに苦労があったようだ。
「結局は塔の守り手って連中が鍵なんだけど、彼らが一般に認知されたのは、千年近く前に遡るようだね。もっともその頃はウェドリグ派修道会の一派だったに過ぎないんだけど、例の試練の塔、これがその頃からだいたい三百年ほどの周期で何度も同じ場所に生え変わってるらしいんだ、これ自体が珍しいことなんだけど、彼らはそれをご神体として敬い、よそ者から守り抜くことを教義にしているらしい」
「ふうん」
「守る理由は不明だけど、彼らは予言を受けていると言ってるらしいね」
「預言者から?」
「いや、この国の預言者のことも否定してるっぽいよ、あらゆる文明を否定し、原始に帰れと言ってる」
「ふぬ」
「パシュムルの両親みたいに、興味本位で近づくものを追い払ったり、町に溶け込んでひっそりと教えを広げたりしてるみたいだね」
「ってことは、あの女中もそうした活動家で、俺が塔に近づくことを知ってああした行動に出たわけか」
「だろうね」
「それなら、黙ってたほうが良かったんじゃないのかなあ?」
「旦那の用意した腕輪にビビったんだろうね、なにか強制されても抵抗できずに仲間の足を引っ張るぐらいなら死んだほうがマシ、ぐらいに思ってるんじゃないかなあ」
「狂信ってのは、怖いねえ」
「旦那ぐらい信仰がなさすぎるのも、人から見れば怖く映るかもね」
「まあ、そうかもしれん」
「そこで、今後の方針だけど……どうする?」
「どうって、俺としては例の逃げてるホロアらしい子を見つけ出してナンパして、ピビちゃんもナンパして、あとはペルンジャもナンパしたら任務完了じゃねえかな?」
「旦那がストレスで自分を見失ってるんじゃないかと心配してたけど、杞憂だったみたいだね」
「当然だ、俺はぶれない男だからな」
「そうなると、僕としても特にやることはないかなあ」
「あるだろう、俺に酌をしたり、エットたちと遊んでやったり」
「おっと、それはいちばん大事な仕事だった。じゃあ僕は子守でもしてくるよ、旦那の相手は、後でいいだろ」
「まあ、しょうがねえな。俺はここで寂しく酒でも飲んでるよ」
子どもたちのテントに向かうエレンの後ろ姿を見送りながら、これからこなすべき山のような仕事にうんざりしつつ、ちびちびと酒をなめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます