第432話 盗賊の依頼 その三
道路脇に建築資材を積み上げた広場があったので、そこで少し休憩することにした。
宙に浮かぶ巨大なパラソルで日陰を作り、小型のクーラーでギュンギュン冷やすとあっという間にジャングルの真ん中にパラダイスが出現する。
はー、生き返るね。
酒でも飲みたいが、もうしばらく歩かなきゃ駄目なので我慢しとこう。
「凄い、これ魔法? それとも遺跡の力? 北の国って、ここまで進んでるの?」
興奮気味のピビちゃんに、調子に乗ったスポックロンが、
「いいえ、これは我が主人の特権であり、遺跡の力を使うことを認められた、この地上でただ一人の人物ならではの力と言えましょう」
「凄い、紳士様ってそんなに特別な方だったの?」
「そうですよ、あなた方の預言者であっても、我らの主人の前では一人の下僕に過ぎません」
「信じられない、ほんとにそんな人がいるんだ」
そう言って勝手に盛り上がったピビちゃんは、エットやフルンらに声をかけて、ジャングルに分け入って食材を探しに行ってしまった。
ジャングルのサバイバルってのはかなり難しいものらしいが、現地人ならどうにかなるのかな。
俺もジャングルは経験ないからなあ。
戻ってくるのを待つ間、のんびりくつろいでいると、ペルンジャの護衛役であるレクソン4427が、鉄道会社所属のロボ、パーマソンとともにやってきた。
先行する乗客の移動をフォローしていたらしい。
「紳士様、例の精霊石の件でお話しておきたいのですが」
という前置きで、パーマソンがこんなことを話した。
例の精霊石はとある貴族が大金を積んで買い求めたものらしいのだが、山賊襲撃のどさくさで消えてしまったわけだ。
こちらとしてはアレがドラゴンのホロアとして再びうまれて現在絶賛捜索中であると知っているのだが、例の護衛部隊である鉄道警備隊にしてみれば、無くなった時点で大失態となるだろう。
隊長は当然クビ、それどころか何らかの処罰を受けてもおかしくないという。
パーマソンとしては、長年一緒に働いてきた連中が今回のような不測の事態で咎めを受けるのはいたたまれないが、幸いなことに例の襲撃は現在レクソン4427の預かりとなっている。
このまま俺が先方の貴族との間に立って、うまくまとめてもらえないだろうかという話だった。
「そもそも、盗品を売買しといてどうなんだという気もするけどな」
「それはおっしゃるとおりですが、あれは建前上は現地で接収したことになっておりまして」
「そうは言われてもなあ」
「それに、隊長は先ごろ子供が生まれたばかりで、任務明けには私を含め隊の皆でささやかなパーティを計画していたのです。このように赤子も喜ぶ木彫りのガーディアン人形なども用意して」
などと言って映像を見せる。
「それを俺に聞かせてどうしろと」
「紳士様は人情噺に弱いとスポックロンから聞いておりましたので」
「まあ、弱いんだけど……しょうがねえなあ。と言っても、俺が得意なのは頭をヘコヘコ下げるぐらいだから、それ以外の根回しなんかはそっちでよろしく頼むぞ」
「ありがとうございます」
二人のロボットちゃんは、少しばかり打ち合わせをしてから簡潔に礼を述べると戻っていった。
してみると、レクソン4427が例の隊長に強気で出ていたのも、こういう状況を見越してのことだったのかなあ。
スポックロンもそうだけど、ロボット連中は見かけはひょうひょうとしてるくせに、超合理的に動くので、たまに意図を見誤ることがある気もする。
今後更に手広くロボット連中も従者にするつもりであれば、そういう方面への配慮もできるようにならんとな。
ご主人様は大変だぜ。
などと考えていたら、ジャングルに入っていたピビちゃんたちが戻ってきた。
フルンと二人がかりで、でかい亀を担いでいる。
エットもなにをやってきたのか、土まみれだった。
他にも椰子の実をいくつも腰にぶら下げている。
「大物が取れたから、お昼にごちそうしますね」
などと言って、昼食の準備を始めてしまった。
少し早い気もするけど、真っ昼間のくそあつい時間はのんびり過ごすのがこちら風の生活スタイルらしいので、無理せずあわせて行くことにしよう。
ピビちゃんはザクザク地面を掘って薪を突っ込み火を起こす。
その間に亀は巨大な葉っぱで幾重にもくるまれていた。
蒸し焼きにするようで、完成まで三時間ぐらいかかるらしい。
思った以上にのんびりペースだった。
「亀はミーシャオの家でウミガメごちそうになったけど、森の亀ははじめて、たのしみ!」
とフルンは舌なめずりしている。
ミーシャオちゃんと言えば別荘地のかわいこちゃんだが、俺はごちそうになってないぞ。
今度会ったらおねだりしてみよう。
ちょっと考え事をしながら涼しい日陰でウトウトとするうちに、何やらいい匂いがしてきた。
もうすぐ亀料理ができるようだ。
その隣ではミラーがアルサ名物ブリのフリッターを揚げていた。
ブリと言えば冬のイメージだけど、春のブリも美味しいよな。
どこで手に入れたのかと思ったら、今朝アルサから空輸したらしい。
技術の無駄遣いだなあ。
折角の料理を美味しく食べるためにも、亀料理ができる前に、めんどくさそうな案件に手を打っておくか。
フューエルやスポックロンと手短に相談してから、ミラーの用意したお弁当片手に、少し離れた場所に隔離されているペルンジャ姫のお供連中のところに向かう。
一同の代表として、文官っぽい中年男と話しをする。
「ひ、姫のお姿が見えませんが、ご無事なのでしょうか」
男は開口一番、そういった。
立場上、お姫様の心配をするのは当然だが、わざとらしい気もする。
「むろん、彼女の安全は、この私が保証しますよ」
少々居丈高に出てみると、相手は汗をダラダラ流しながら、萎縮してしまった。
気の毒な気もするが、かわいこちゃんの命がかかっているかもしれない状況なので、妥協するわけにはいかないのだ。
「君たちは身の潔白を申し立てているが、残念ながらその証となるものはない。レクソン4427は連座して処分するのが妥当だと言っていたが、ペルンジャ嬢は優しい娘だ、無実のものまで処断する事になってはと心を痛めている」
そう言って一同を見渡す。
若い女中などは今にも失神しそうな青い顔をしていた。
これ以上は気の毒なので、適当なところで手を打とう。
「それぞれ立場というものがあるであろうが、地上の権勢などは、紳士たる私の慮るところではないのでね。私としては、友人であるペルンジャ嬢の立場が確保できれば、それでいいのだ。つまり……」
「つまり、なんでしょう」
中年男は広いおでこにダラダラを汗を滴らせている。
そもそも、彼らに限らず、この国のペルンジャに対する扱いって雑だったよな。
巫女の資格を得たから手のひらを返したような感じになってるだけで、アルサを去るときのペルンジャの寂しそうな顔はよく覚えている。
そう言う点では同情する必要はないのかもしれないが、こんな下っ端に八つ当たりするのも気の毒かもしれない。
まあ、こんな面倒くさい脅迫まがいの交渉をさせられてる俺が一番気の毒なことは確かだと思う。
こういうのが嫌だから政治に距離をとってるのに、まさか旅先でこんな目にあうとはなあ。
「今、この場でペルンジャに個人的に忠誠を誓って見せてほしい。そうすれば後のことは、私が面倒を見てやろうじゃないか」
そう言って金ピカの腕輪を取り出す。
「これは古代技術を用いて作られた、忠誠心を図る腕輪でね。もしも裏切れば雷の魔法で全身を焼く、いわば呪いの腕輪だ。奴隷の首輪を強化したものだと思えばいい」
それを聞いた一行は動揺する。
「なに、一生付けろというわけではない、ペルンジャが立場を確保するまで、そう三年の間これを身に付け忠誠を尽くせば、その身を解放した上で十分な報奨を約束しようじゃないか」
一方的な要求に思えるかもしれないが、実のところ、彼らにとって悪い話ではない。
このような場合、兵士や侍女などは連座して処刑されてもおかしくないものだという。
それが条件付きでも許される可能性があるのだから、むしろ喜んで飛びついてくるものだ。
実際、若い兵士や侍女などは我先に、忠誠を誓う、腕輪をくれと名乗り出た。
彼らに順番に腕輪を与え、場所を移して食事を与えると、あとには三人の人物が残った。
一人は今話していた中年男。
もう一人はベテランの兵士で、逃げたラムンゼの右腕だった人物だ。
そしてもう一人は年長の女中。
残ったということは、嘘の忠誠を誓っても腕輪の力でバレてしまうと考えたということだろう。
ちなみに、腕輪にそんな都合のいい機能は無い。
事前に相談して適当にでっち上げたもので、ある程度精神の状態をモニタしたり、会話などを盗聴することはできるので、そのへんから判断するかんじだ。
奴隷の首輪も、聞けば人形作りなどと同じく古代技術の派生で作られているそうなんだけど、あれだってせいぜい所有者から距離が離れすぎたら首がしまるといったものだからな。
まあ、それだって十分怖いんだけど。
そもそも、この国の人間は古代文明を過大評価しがちなので、ハッタリが効いたといえよう。
前者二人は実は怪しいと目をつけていたのだが、女中の方はペルンジャがアルサに来たときから同行していた人物で、レクソン4427も無関係だろうと判断していた女中の一人だった。
名はたしか、ペミエといったはずだ、人の良さそうな五十絡みのおばさんだ。
「驚いたな、まさか君がペルンジャ嬢を裏切るとは」
俺がそういうと、残りの男二人も驚いていた。
演技ではなさそうだし、別口なのだろうか。
だんだん、面倒さが極まってきたな。
「お嬢様を裏切るつもりはございませんが、あなた様に従うわけにもまいりません」
「なぜだい?」
「私もアルサにおりましたので、あなた様のお力のほどはよく存じておるつもりです。その腕輪を受けてしまえば、いざというときにあなた様の決断に逆らうことができぬことになるでしょう、それならばいっそこのまま処分されることを望みます」
「いざというとき、とはなんだい?」
との問に、女は答えなかった。
まあいいや。
「それで、君たちはどういう言い訳をするんだ?」
と問いかけると、兵士の方はだんまりで、文官のほうが代わりに答える。
「わ、我々は……、さるお方の……依頼で、姫様が巫女となることを妨害せよ、と」
「ほほう」
「具体的には?」
「その、巫女の印を、奪って……」
「奪って?」
「で、できることなら姫の御身には危害を加えぬように、と。も、申し訳ございません、わ、私の立場では、さ、逆らうことが、どうか、い、命ばかりはお助けを」
「しかし現実にはベルンジャは命の危険にさらされたわけだ。人の命を取ろうとしといて、自分ばかり命乞いとは虫がよすぎるんじゃないか?」
「い、いえ、決してそのようなことにならぬように、どうにか印を抑えて、姫には隠居していただこうと」
「ふん……どうだかな。それで、ラムンゼは君の仲間だったのか?」
「そ、そうです。だが、カロニーという侍女は私の手のものではなく、そも、あのタイミングでどうして……お前は知っていたのか?」
と兵士に尋ねるが何も答えず汗だくの文官を睨みつける。
「そんないい加減な話では、なんの役にもたたんな。命乞いするなら、それにふさわしい情報の一つも出してはどうかね?」
と問いかけるが、中年男は見苦しく動揺するばかりで、兵士の方は覚悟を決めているようだ。
面倒になってきたなあ。
そもそも、俺はこんな私刑みたいなやりかたで人を裁きたくないのだ。
この国の法に則って処罰されるならそれに口を挟む気はないが、フューエルやレクソン4427と相談した結果、たぶんこのまま引き渡しても証拠隠滅のためにアレされるんだろうなあ、みたいな予想があるので妥当なところで落とし所を見つけたい。
あとは取引としてこの国の内情、できればさっき頼まれた宝を買った貴族とやらの情報でも得られればいいかなあ、ぐらいのつもりだったので、こんなめんどくさい状況はさっさと切り抜けたいのだった。
結局、中年男は半泣きで何でも言うことを聞く、助けてくれと命乞いするが、兵士と女中はだんまりを決めたままだ。
困ったなあ。
なんかもう、これ以上話したくなくなってきた。
「交渉は決裂のようだな」
すげなく立ち上がると、中年男はオンオンと泣き叫ぶ。
こいつの情報とか、どうせ役に立たん気がしてきた。
むしろ背後関係がわからないベテラン女中の目的が気にかかる。
ラムンゼ隊長らはペルンジャと立場上敵対する親族の陰謀、みたいなわかりやすい動機のようなので、そのへんの利害関係を解消してやれば済むかもしれないが、この期に及んで、また別の動機を持った連中が現れたりすると面倒くささが俺の忍耐力を超えてしまう。
スポックロンに命じて三人を監禁し、みんなのところに戻る。
かわいこちゃんの手料理でも食えば、気分も晴れて元気が出るだろう。
というわけで、気を取り直して、ピビちゃん特製ランチをごちそうになることにした。
「おまたせー」
ピビちゃんが俺の目の前で巨大な亀の甲羅をメキメキと引き剥がすとモワモワとした湯気とともにゴテっとした内臓やら何やらがデーンと出てきて、思ったより難易度の高い食べ物っぽかった。
まあ、幸いなことに、身の方は蛋白でなかなか美味しく、順調に箸も進むのだった。
ついで同じく葉っぱで来るんだ小さな包がでてくる。
いい匂いがする包を開けると、中には白い芋虫がいっぱい入っていた。
難易度高いなあ。
「これ、ごちそう。アルサじゃ虫食べないけど、ここはデールだから、食べた方がいいと思う」
そう言ってエットが、見本を見せるように一つつまんで口に入れ、頭だけ噛みちぎってポイと捨てる。
うまそうに食うなあ。
しょうがないので俺も食べた。
なかなかクリーミーで味はいい。
その後、椰子の実のジュースを飲んで南国気分を堪能したら、さっきまでの鬱屈はすっかり晴れてしまった。
「ご主人さま、元気になった!」
エットに言われるぐらい、顔に出てたようだ。
たぶん、俺のことを心配していっぱい取ってきてくれたんだろうなあ、うれしいねえ。
俺はこう言うのに弱いんだよ。
すっかり元気も出たし、ぼちぼち出発しようかね。
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