第431話 盗賊の依頼 その二

 ごちゃごちゃやってる間に、すっかり夜も更けていた。

 正直、ちょっと疲れて眠いんだけど雰囲気的にそういうことを言っていい感じではなさそうだ。

 しょうがないんで降下艇バクスモーの前で派手に火を焚いて、炊き出しなどをやっている。

 なんかいつも事件が起きるたびに炊き出しやってる気がするんだけど、人間腹がへるとろくでもないことをしでかしがちなので、民衆には飯を腹いっぱい食わせておくのが重要だといえよう。

 南方では知名度がないので、なんか外国の紳士様が炊き出しをやってる、ぐらいの雑な認識が広まってるらしいが、もう少し情報を持っている一等車の乗客なども、ここぞとばかりに挨拶に来る。

 いちいち俺が相手をするのも面倒なんだけど、こういうときに丸投げできるフューエルは疲れたと言って早々に寝てしまっていた。

 まあ、ドラマー姫のペルンジャや、山羊お姉ちゃんのパシュムルのフォローでだいぶ気を使わせたので、今は休んでもらったほうがいいだろう。

 明日もまた大変かもしれないし。

 しょうがないので俺が自らあれやこれやとやって、どうにか開放された頃に、またビコットがふらりと一人でやってきた。


「紳士様ってのも大変みたいね」

「まあね、だけど炊き出しは盗賊のほうが得意だろう」

「あれは貰ってるうちはありがたいけど」

「ふうん。ところで、例のビジェンという空飛ぶお嬢さんの件だが……」

「そうそう、それを話に来たのよ。と言っても私も全部を知ってるわけじゃないんだけど、ピビの話はあやふやだし」

「ピビちゃんは一緒じゃないのか?」

「疲れたみたいで、今は私の部屋で休んでるわ。それで、あのホロアのことだけど……」


 ビコットの話によると、ピビがホロアの卵を見つけたのは五年程前のことだ。

 ジャングルの奥地で一メートルほどの精霊石の塊を見つけたのだとか。

 当初はそれが卵だとは知らず、お宝を発見したと思って大喜びしたらしい。

 ピビはビコットの姪にあたり、その両親も盗賊だ。

 むろん表向きは農園で働いたりしてるんだとか。

 幼いながらも盗賊の心意気あふれる当時のピビはどうにか独り占めしようと何度も卵に通って算段をつけていたら、ある日突然卵から赤ちゃんが生まれたという。

 卵からはその赤ちゃん一人しか生まれず、同時に卵は消えてしまったらしい。

 宝を失い落ち込んだものの、生まれたばかりの赤子に責任を感じたのか、連れ帰ってビジェンと名をつけ、妹として面倒を見ることにしたのだそうだ。


「その頃私はずっとスパイツヤーデの方に居たから、詳細は知らないんだけど。あなたも知ってるでしょう、例のウェドリグ派って連中を追ってたから」

「あー、なんかいたね、そういうの」

「居たのよ。あれ、ここだけの話、教会の依頼だから面倒だけど断れなくて」

「教会が盗賊に依頼するのか」

「そうよ、わざわざこっちに依頼するってことは、それだけ面倒な依頼なのよ」

「そういう面倒な話は聞き流すのが人生を楽に生きる秘訣でね」

「いいわねえ、紳士様は。ボスも言ってたけど、オタクの子猫ちゃんは主人に恵まれたわねえ」


 話がそれたが、続きはこうだ。

 それから数年が過ぎ、普通の人間の倍以上の速度で育ったビジェンは、うちで言えばピューパーたちぐらいに成長していたが、ある日突然、精霊石の姿に戻ったそうだ。

 むろん、ピビもビジェンも、どうしてそうなったのかよくわからなかったわけだが、あれこれ調べたところ、


「竜のホロアは二度生まれる、一度は卵から、もう一度は蛹から。そういう伝承が残ってたらしいわよ。ほんとに古い情報で、あの子が自分で調べたそうだけど、大したものね」

「じゃあ、あの子はドラゴン族なのか? うちにも一人いるが、なんか違うような……。あ、でも青く光るところは似てるかもしれん」

「そうなの? ドラゴン族って絶滅したって聞いてたけど、あなたのところにはなんでもいるのね。女神様まで降臨してるって噂だけど、本当なの?」

「それは想像に任せるよ。じゃあ、この列車で運ばれてた精霊石がその蛹ってわけか」

「ええ。今褒めたばかりでなんだけど、あの子があれこれ調べるうちに、足がついたみたいで、巨大な精霊石があるって噂が漏れちゃったの。で、ピビが隠してた卵、じゃなくて蛹を奪っていったのよ。その時期、運悪くこの子の両親も不在で、あの子も肝心なところを周りに隠してたから、村の盗賊仲間もフォローできなかったようで、兵隊に乗り込んでこられちゃ、どうにもならないでしょう」

「欲をかいたかな?」

「そうね、あの子も同年代の友達がいなかったから、寂しかったんでしょうけど」

「それで、奪われた蛹を運ぶってんで、あの子が君に奪還を依頼したわけか」

「そういうこと」


 それだけで彼女ほどの盗賊がこんな大仕事に手を出したりするのかな、と思わないではないが、俺は美人の言うことはたとえみえみえの嘘でも信じる男なんだ。


「そのあと、短い間に転売されて結局この国のとある貴族が買い取ったらしいわ」

「ふうん。しかし、その情報だけだと、居なくなったそのドラゴンちゃんを探す手がかりにはならんな」

「そこを常人ならざる力でスパッと解決してもらえないかしら」

「おだてられると弱くてね。まあそういう生い立ちなら、ピビちゃんから遠く離れて逃げるとも考えづらいし、待ってりゃ戻ってくるんじゃないかなあ」

「そうだといいけど、ピビは声が聞こえないって言ってたわ。蛹になってる間も、時々声が聞こえてたみたい。念話みたいな感じでね。あなたも聞こえたんでしょう」

「ああ、二、三度ね。また聞こえると助かるんだが、とにかく頑張って探してみるよ」

「お願いね」


 それだけ話すと、ビコットは自分の部屋に戻っていった。

 入れ違いにやってきたスポックロンが、出発の準備ができたと告げる。


「ご苦労さん。だが出発は少し延期だ。あの青白い火の玉ガールちゃんを頑張って探そう」

「話は聞いておりましたので、そうおっしゃるだろうとすでにそちらの準備も始めております」

「勤勉だな」

「あれがドラゴン族だとすれば、オーレと似たエルミクルムの波を発している可能性が高いですね。もっとも先程の遭遇時には妨害が強く十分なデータが取れませんでしたが」

「なんか似てるようで似てないよな」

「大雑把にいうと、そうですね。ですが特徴的な波形をしていますし、丁寧に探せば見つかるでしょう。状況を考えるに、あのピビというお嬢さんを置いてどこかに逃げるとも考えづらいですし」

「しかし、見つからないと移動しづらいな」

「別に慌てる旅でもありませんし、とはいえ、あと二、三日で目処をつけて一度試練に戻らないと、世間体が悪いでしょうね」

「試練のことなんてすっかり忘れてたよ。世間の方でも忘れてくれればいいのにな」

「都合の悪いことほど、みんな忘れないものですよ。さて、私は炊き出しの後始末をしてきます。ご主人様は?」

「内なる館に引っ込んでるわけにもいかんだろう。中にはカリスミュウルもいるし、俺はバクスモーで待機してるよ」

「かしこまりました」


 スポックロンの言うことはもっともで、適当に切り上げて帰らないとアンに怒られることになるだろう。

 たまに怒られたくなる気持ちもないではないが、怒らせるのも気の毒なのでなるべく控えめにはしておきたい。

 まあ、ペルンジャちゃんの安全は家で確保してるので、あのドラゴン族らしきホロアを探し出せば、あとはちゃちゃっと終わらせて帰れるんじゃなかろうかしらん。

 で、どうやって探すかだけど、多分ここでぼーっとしてれば俺かピビちゃんのところに戻ってくるんじゃないかなあ、と雑な目論見を立てている。

 あるいは、オーレが同族のアレみたいなのでなにか感じ取ってくれないかな、と言う期待もないではないが、あまりあてにはならんな。

 そもそも、すでにデュースたちと一緒に内なる館で眠ってるので、なにかするにしても明日のはなしだ。

 というわけで、バクスモーの中でソファにふんぞり返って仮眠を取ることにした。

 さっきまで張り切ってたフルンたちも、今は休んでいるようだ。

 護衛もいっぱいいるし、まあ大丈夫だろう。




 翌朝になっても特に変化はなく、乗客は全員が徒歩で次の駅まで出発することになった。

 件のドラゴンちゃんが帰ってくるのをここで待つというのも一つの手だが、再度襲撃されるリスクもないわけじゃない。

 オーレにも聞いてみたが、なにか特別な気配を感じるということもないようだ。

 それに現場に居座ってても後始末してる連中に迷惑だというような理由もあったりして、ひとまず他の乗客と一緒に次の駅まで移動することにした。

 現地には降下艇バクスモー一隻と、クロックロンなんかをまとまった数残すことにする。

 あいつらが常時見張っていれば、何かあったらすぐに分かるだろう。

 我ながらいきあたりばったり過ぎていかがなものかとは思うが、俺の計画がそうでなかったことなど無いので、まあいいや。


 乗客集団から遅れること三十分ほどの距離を保ち、俺たちもぞろぞろと出発する。

 うちのファミリーを除くと、同行するのはペルンジャのお供集団だ。

 とはいえ、裏切り者の仲間である可能性が拭えない連中は、クロックロンに囲まれて軟禁状態である。

 あとは女盗賊のビコットと、その姪御であるピビちゃんだ。

 ピビちゃんはおっかなびっくり、おばさんの後をついてきている。


「探検! 列車も良かったけど、やっぱり歩いてみたかった!」


 そう言って先頭で勇ましく声を上げるのはフルンで、ガーレイオンも並んで雄叫びを上げていた。

 少々やかましいが、張り上げた声も周りの密林にかき消されてしまう。

 線路脇はしっかりと土が盛られ、木も刈られて道になっているので歩きやすいが、両側を覆うジャングルの深さは、ちょっと薄気味悪いほどだ。

 俺のすぐ側にいたエットも、


「ジャングルは危ない。あたしのいたペイカントは岩と砂しかない砂漠だったけど、山を超えたジャングルよりマシだって言って、そっちに住む人はあんまりいなかった」

「森のほうが食い物とか豊富なんじゃないのか?」

「そんなことない、いいところは強い動物が住んでる、森の中は人間の住める場所じゃない、大きな河とか、そう言うところだけ」


 するとその会話を聞いていたらしいピビちゃんが、エットに話しかけた。


「ねえ、あなた、ペイカントの生まれ?」


 わりと人見知りがちなエットはちょっとビビりながらも、うんとうなずく。

 年齢的にはさほど差がなさそうではあるが、ピビのほうがちょっとだけお姉さんっぽいかな。

 猫耳のエィタ族と言っても、うちのイミアやサウとはだいぶ雰囲気が違う。

 昨夜と違って、今日は小綺麗にしているのでよく分かるが、黒い猫耳に白っぽい髪、青い瞳はシャム猫っぽさがある。

 じゃあイミアは何猫だと言われるとよくわかんないけど、そもそも猫の種類なんて全然知らんからな。


「わたし、ペイカントにも行ったことあるの。凄いところよね、どこまでも洞窟が続いてて。あなた、紳士様の従者なんでしょう、どこで知り合ったの? やっぱりお国で?」

「え、あの、ア、アルサ……」

「アルサ? ペイカントにそんなところあった?」

「ちが、あの、海を渡って、スパイツヤーデに行って、そこで」

「すごい、私も行ってみたかったんだけど、両親が駄目だって、あなたのご両親は反対しなかった?」

「うっ……親とか、いない、から」

「そっか、ごめんなさい。でも、それじゃあ、一人で渡ったんだ、やっぱり密航して?」

「う、うん」

「捕まったりしなかった?」

「つかまった、殺されそうになったり、して」

「え、そうなんだ! やっぱり北方は怖いんだ……、でもそれじゃあ、紳士様に助けてもらったの?」

「その時は、女神様が……、でも最後はご主人さまが」

「ふうん、良かったねえ。立派な人みたいね」

「うん、それは、ほんとに、そう」

「私の妹分がホロアなんだけど、あなたのご主人さまみたいな立派な人に主人になってもらえれば、今回みたいなことにもならずに済んだのになあ、って思ってて」

「今回って?」

「山賊に盗まれそうになったの」

「人さらい!?」

「それに近いんだけど……、ねえ、それよりも前にいるグッグの子、あの子も従者なの?」

「うん、フルンっていうの、一番仲がいい」

「グッグなのに?」

「うん、最初は喧嘩したけど、すぐに仲良くなれた」

「へえ、やっぱり相性が良かったから?」

「わかんないけど、たぶん、そう」

「そっかー、よかったねえ」


 ピビちゃんは昨日の段階ではしおらしかったけど、そこは親の代からの盗賊なのか、かなりアクティブな性格のようだ。

 話すうちにエットも馴染んできたのか、会話も弾むようになってきた。


「この国は、預言者様が治める国で、もう何百年も変化がないの。そう言うのが嫌で、もっと色んなものを見てみたくて」

「あたしは、そういうことは考えてなくて、ただ毎日お腹が空いて、こき使われるのが嫌だったから、船に乗って遠くに行きたかっただけで」

「ふうん」

「でも、結局サーカスに売り飛ばされて、餌にされそうになったりしたけど、ご主人さまの従者になってからは、そういうのが嘘みたいに毎日幸せで、たまに昔の夢を見て目が覚めて、今がホントか嘘かわからなくなって泣きそうになるんだけど、みんなと一緒にいることがわかって安心することがある」

「そっか、ほんとうに良かったねえ」

「うん」


 エットの境遇を考えれば、一年も経たぬうちにトラウマが消え去るなんてことは無いだろう。

 アンやテナも特に目をかけているようだが、俺ももっと甘やかしてやらんとなあ。

 それはそれとして、ピビちゃんの方は、話し上手というか聞き上手で、エットからあれこれと我が家の情報を聞き出しているが、自分のことはほとんど話していないようだ。

 少々露骨ではあるが、盗賊らしい会話術だと言えよう。

 まだ若いのに頼もしいな。

 どうやら件のホロアを俺に押し付けようと考えているらしく、人となりや家族の状況などを調べているのだろう。

 それで気が済むならどんどん調べていただきたい。

 ただし、このおじさんはホロアだけじゃなくその姉貴分の猫耳美少女も狙ってるからな。

 そのおばさんにあたる猫耳お姉さんの方になると、流石に色々大変そうなので、この場はちょっと遠慮しておきたい。

 すごい美人なんだけど。

 そのすごい美人であるビコットは少し距離をとって周りを警戒しながら歩いているようだ。

 土地の情報とか、色々聞いておきたいんだけど、あまり馴れ合う気はないのかもしれない。

 幹部級の盗賊らしいしなあ。


 それよりも、暑い。

 気がつけば汗だくだ。

 まあ、熱帯だもんな。

 列車の中は快適だったので忘れてたけど、こんなところを歩いていればこうなっても仕方あるまい。

 フューエルたちはそれを見越してか、内なる館でくつろいでるし。

 安全のためにペルンジャも中に入れてるので、相手をして貰う必要はあるんだけど。


 次の駅まではまだだいぶあるようで、かなりきつい。

 エットなんかは元気だけど、北国生まれのガーレイオンやリィコォちゃんは俺同様バテていた。


「あつい、なんでこんなに暑いの? おかしくない?」


 ぼやくガーレイオンにリィコォちゃんがうんざりした顔で、


「あついあついといわれると、余計あつくなります。南に行けばこうだと教わったでしょう」

「だけど、ここまでとは思わないじゃないか、自分だってヘロヘロのくせに」

「私だってこんな暑さは初めてだから、バテるに決まってるでしょう。いいから黙って歩くんですよ」


 などとバテながら会話する様子を見ていたら、ちょっと気の毒になってきた。

 少し休憩を入れるか。

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