第430話 盗賊の依頼 その一

 ひとしきりペルンジャの演奏を堪能したところで再び外に出る。

 降下艇バクスモーの中ではスポックロンが無言で突っ立っていた。

 こう言うときはむしろちゃんとロボットらしい仕事というか、指示を出しまくったり情報を処理するために人間っぽい挙動を抑えているところなんだとか。

 スポックロンの言うことなので、額面通りに信じていいのかはわからんけど。

 その隣ではフルンとガーレイオンが腰に剣を携え、臨戦態勢で待機していた。


「あ、ご主人さま。パシュムル大丈夫だった?」


 とフルン。


「おう、どうにかな。でも随分怖かったみたいで、あとで改めて慰めてやらんとな」

「うん、すごい頑張ったと思うから、ご褒美いっぱいいると思う」

「そうだなあ」


 それを聞いたガーレイオンが、


「ねえ、従者にご褒美ってなにするの?」


 純朴な顔で尋ねるので、なんと答えたものかと思ったら、いつの間にかいつものニヤケ顔に戻っていたスポックロンが、


「それはもちろん、大人の男女がするいやらしいことですね」

「え!? そ、そうか、いやらしいって……おっぱい触ったりとか?」

「それは子供のいやらしいことですね。大人になると、それはもう言葉にもできぬほどの……」


 調子に乗るスポックロンにチョップをかましてたしなめると、ガーレイオンが残念そうな顔で、


「えー、もっと聞きたい。修行になる」

「ははは、大人がやることは、大人になってからやらないともったいないぞ。逆に子供の頃にやることは、今しかできないんだということに、子供のうちから自覚的になっておくのも大切だな」

「どういうこと?」

「人生にはな、今しかできないことっていうのが割とたくさんあるんだ。そうしたものを見極めて、大事なことから優先してやれるように、ちゃんと意識しておこうなという話だよ」

「でも、僕ももうすぐ大人! 来年、成人のお祝いやることになってた、でも待ちきれないから村を出ちゃったけど」

「お、そうか。じゃあ盛大に祝ってやらないとな」

「ほんと!? 師匠がお祝いしてくれるの?」


 無邪気に喜ぶガーレイオンとの話が終わったところで、スポックロンが現状を報告してきた。


「例の山賊ですが、背後関係は不明のまま。どこからか宝の情報を聞きつけて襲撃を計画した模様。利用されただけという可能性もありますね。ただし、我々がこの車両を選んだのは出発の直前なので、無関係の可能性も十分あります」

「ふむ」

「それに偽ペルンジャを襲ったラムンゼ隊長と侍女ですが、改めてあの反応を検証すると、このタイミングでの襲撃は想定していなかった可能性もあります。いささか場当たり的だったといえますので」

「そうだったか」

「あるいは再度襲撃があるかもしれませんが、この列車はしばらく使えません。対向車も次の駅で停車したままです。現在伝令が走っているはずですが、我々は夜のうちに移動したほうが良いでしょう」

「ふむ、じゃあその方向で準備を頼む。ところであの二人が持ってったガラス玉はなんだったんだ?」

「あれは認証用のキーチップですね。ご主人様の世界風に言えばフロッピーディスクなどの記憶媒体と暗号鍵を合わせたようなものです」

「何に対しての認証なんだ?」

「ノード242関連の施設への入場証ですね」

「それがあれば、誰でも入れるのか?」

「いえ、当然、紐付けされて認証された人物しか入れません」

「じゃあ、持っていっても無駄なんじゃ?」

「そうですね、犯人はそこのところの認識ができていないのでしょう。物理的な鍵と同じような認識なのでは」

「ふうん、あるいはペルンジャが入れないように奪うだけでもよかったのかな?」

「それも意味がありませんね。ノード242が再発行すれば済む話なので」

「なるほど、じゃあますますわからんな」

「古代技術のシステムを良くわかっていない組織の犯行の可能性はあります。ところで、レクソン4427とパーマソン、こちらは鉄道会社に出向中の女中型ロボットで、ご主人様が覗き見していたときに機関車両で顔を合わせた人物ですが、この両名が面会を求めています」

「ああ、あのときの。いいよ、会おう」


 バクスモー内の応接室っぽい部屋で二人と面談する。

 要件はお礼だった。

 パーマソンはレクソン4427よりももう少しこちらの人間に近い肌の色や髪型をしているが、端正な造形などはロボット的とも言える。


「おかげさまで、大きな被害を出さずにすみました。現地文明に対する中立法規に基づくと、このような有事の際に、我々はほぼ何もできませんので」


 言葉遣いは淡々としているが、ロボットたちにも都合やら思うところやらがあるのだろう。

 感謝されると素直に喜ぶのが俺のポリシーなので、礼を受けておいた。


「ところで、当面の予定はどうなっているのかな?」


 と尋ねると、レクソン4427が、


「我々はあなたを束縛する権利がありませんので、自由に行動していただいて構いません。ここの後始末は、夜が明ければ開始されるでしょうが、最低でも三日は運行が停止するはずです。次の駅まで移動しても代替便の開始は、すぐには難しいでしょう」

「今の乗客はどうするんだ?」

「落ち着いたら朝を待って徒歩、ないしは用意した馬車などで次の駅に移動してもらいます。小さな町ですが、宿などもありますし、ひとまずそこで運行再開を待ってもらうことになるでしょう」

「ペルンジャはどうしようか」

「彼女の同行者十五人のうち、直接関与の疑いが晴れたものは私とクロックロン404を除くと元々留学に同行していた三名の侍女のみです。それ以外はさらなる調査が必要ですが、ペルンジャにとっては身内のことですし、判断が難しいところです。最終的にはペルンジャの判断に任せたいのですが、私は個人任務につくのは今回が初めてで、対人活動における経験不足を痛感しております。これに関して、雇用側として経験豊富なクリュウ様のご意見を伺いたく思います」

「ふむ、さっき話したときも、気丈に振る舞っていたが、ショックは隠しきれないようではあったな」

「そうですか」

「ノード242が具体的にどうこの国と関わっているのか、正直まだよく理解できていないのでなんとも言いかねるが、君は彼女をサポートするためにいるんだろう」

「そうです。人間で言うところの従者に近い任務だと心得ております」

「じゃあ、一つだけ。ペルンジャはこの道中も常に自分の今後に迷いがあるように見えたが、どうもさっきの件でどこか吹っ切れたようにも見える。それがどういう結果を生むかはまだわからんが、彼女の意思を見定め、その行動を補助することに徹すればうまくいくんじゃないかな」

「わかりました。ではそのようにいたしましょう。彼女は現在、あなたの持つ能力で保護していると認識していますが、今から会えるでしょうか」

「じゃあ、行ってみようか」


 レクソン4427を連れて入れるかな、と試してみたら大丈夫だった。


「これは、不思議な現象ですね。ショートゲートに近いものだと思いますが、現在地を認識できません」

「スポックロンもそんなことを言っていたな」


 ペルンジャは演奏を終えて、フューエルらと席を囲んでくつろいでいた。

 さっと目配せすると、フューエルがうなずき返す。

 大丈夫ということだろう。

 ペルンジャとレクソン4427が今後の相談をすると言うので、俺達は一旦席を外すことにする。

 同席してもいいんだけど、あくまで彼女の決断を尊重し、サポートするスタンスなので、こちらからでしゃばることはしないのだ。

 若い子に酷な気もするんだけど、俺は甘やかす以外のやり方を知らんので、こう言うときはあんまり役に立たんのだよな。


 さて、ペルンジャちゃんのことは本人次第ということで、俺はそろそろ一番めんどくさそうな件に乗り出すか。

 すなわち謎の女盗賊ビコットのめんどくさそうな依頼についてだ。

 外に出て、一等車の彼女の個室に向かう。

 訪問を告げると、待ち構えていたようにすぐに通してくれた。


「そろそろ来てくれると思ってたわ」


 サファリルックって雰囲気の金持ち探検家みたいな格好で出迎えたビコットは、開口一番そういった。


「女性の期待に応えることが、俺の一番の喜びでね」

「頼もしいわね」

「人を二人、運んでほしいということだったけど、一人はそこで隠れてるお嬢さんかな?」


 そう言って事前に調査済みの情報に基づき、かまをかけると、ビコットはわざとらしく驚いて、


「まあ、名探偵の噂は伊達じゃないようね、それともガーディアンの力かしら?」

「想像に任せるよ」

「ふふ、この国の人間が知ったらさぞうらやましがるわ」

「君はこの国について詳しいのかい」

「そこそこね。私はここの出身だもの。戻ったのは久しぶりだけど」


 そう言って奥のクローゼットを開くと、中からしかつめらしい顔の猫耳娘が出てきた。

 フルンと同年代か、ひとつふたつ年上っぽいが、まだ幼さを残した顔には疲れと不安が垣間見える。


「ピビ、挨拶なさい。彼は海の向こうじゃとっても有名な紳士様よ」


 そう言われて肩を押された猫耳娘は、俺にぴょこんと頭を下げる。


「こんばん……は、ピビです」

「うん、こんばんは。クリュウだ、よろしくお嬢さん」

「ビジェンは、どうなったの?」

「ビジェン?」


 知らない名前が出てきたが、この子がピビなら、ビジェンってのはきっとアレのことだろう。


「ああ、あの青白い火の玉ガールのことかい? 彼女はちょっと見失っててね」

「山賊や兵隊に捕まってない?」

「それは大丈夫、もし捕まってたら知らせが入ってるさ」

「そう、よかった」

「あの子は君のお友達かい?」

「うん。それなのに、蛹になってる時に見つかって連れて行かれて、ビコットおばさんに手紙を出したら助けに来てくれて、それで、この列車で運ばれるって調べてくれて、そしたら、山賊が襲ってきて、ビジェンを守らなきゃと思ったら逆に捕まっちゃって、でもビジェンの声がして、助けが来るって言って、そしたらほんとにきて、アレは全部あなたのおかげだってビコットが言ってて、それで、えっと」


 興奮しているのか、いまいちわかるようなわからないような話だが、要点はそこじゃないだろう。


「おじさんにも彼女の声が聞こえたよ、ピビを助けてってね」

「ほんとに? 他の人は聞こえないって言ってて、竜の卵だから危ないっていうんだけど、ビジェンはホロアだって、誰も信じなくて、私と友達にはなったけど、従者にはなれないって、あなたならビジェンのご主人さまになってくれるの?」

「さあ、それは彼女との相性次第だな」

「うん、そうだよね。でもビジェン、大丈夫かな? 蛹からかえるの、早すぎたんじゃ」

「蛹? ホロアが蛹になるのかい?」

「他のホロアはならないの? 私、彼女しかしらない」

「ふむ、まあそう言うホロアもいるかもなあ」


 聞いたことのない話だが、そもそもホロアがなんなのかとか、なんもわかってないもんな。

 まあ俺が知るべきなのは、目の前の女性が俺と相性がいいかとか、俺に惚れてるかとか、それだけなんだけど。


「それで、俺が連れ出すのはこの娘とあの青白い子の二人かい?」


 ビコットに尋ねると、そうだとうなずく。


「あの子がどこに飛んでったか、目星は付いてるのか?」

「いいえ、あの混乱で見失ってそれっきり。そもそも、あんなふうに変身するのは想定外で、予定だと、この先で車両の中身ごとすり替える算段だったのよね。ま、山賊の件も想定外だったけど」

「そりゃあ、大怪盗のおお仕事だな、拝めなくて残念だ」

「依頼してくれれば、なんでも盗むわよ」

「そりゃあ、頼もしいね。ところで……依頼の件だが、普通の人間だと思っていたので、俺の持ってる古代文明の乗り物で空を飛んでさっとスパイツヤーデまで運ぼうと思ってたんだけど」

「空を飛ぶってガーディアン? 方舟をもってるの?」

「こっちじゃそういうのかい?」

「ええ、預言者の祠にだけ存在するの」

「まあ、そういうやつだが、あのビジェンちゃん、だっけか、彼女とガーディアンたちは相性が悪いようで、近づくと機能が止まっちまうんだ。別の手段を確保するまで、多少時間がかかるかもしれない」


 まあ、内なる館に入ってくれればどうにかなるとおもうんだけど。


「そうなの。ところであの青い光ってもしかして、ダークホロア……ってことはないわよね?」

「うん? ああ、言い伝えのあれか。あまり知られてないようだが、一部のホロアはああいう形に変身できるものもいるんだ。覚醒っていってね。うちにもできるのがいるから間違いないが、少なくとも昔話のように忌み嫌うような存在ではないよ」

「そう、それを聞いて安心したわ。南方じゃ、黒竜会絡みのネタは、まだ昔話と切り捨てられるほど、昔じゃないのよ」


 とはいえ、ネールたちが覚醒した状態でも、別にスポックロンやミラーは異常をきたしたりしなかったんだよな。

 なにか違う存在である可能性もある。

 まあ、彼女を見つければ色々わかることもあるだろう。

 すなわち、次の仕事は女のケツを追いかけることだ。

 俺のもっとも得意なやつだな、やる気が出てきたぞ。

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