第429話 列車強盗 後編

 偽ペルンジャに扮したパシュムルを取り戻した俺は、フューエルたちと合流して一旦列車から降り、用意されていたバクスモーという船に飛び乗る。

 普段荷運びに使っているこいつは小型のフェリーみたいな作りの宇宙船で、本来は軌道上から部隊を投入するための船らしい。

 今は地上に停泊して簡易の要塞代わりに使う。

 一旦飛んで距離をとったほうがいいのではと思ったが、さっきの青白い光は電子機器をだめにするらしいので、飛んでる最中にまた襲われたら危ないという判断だ。


 ひとまず戦況を確認する。

 襲撃者はおそらく山賊の類で、目当てはやはり護送していた宝のようだ。

 例の精霊石がある車両は大きく破損していて、中央に置かれていた箱も砕けている。

 中には同じく砕けた精霊石が散らばっているが、その量は少ない。

 箱のサイズからしても、もっと大量の精霊石が詰まっていたと思われるが、上空からの映像を見ても、それらしきものは映らない。

 すでに山賊が盗んだにしても、簡単に運べるものではないだろう。

 その山賊はまだ輸送車両に立てこもって、警備兵とやりあっている。

 どうも乗客を人質にとって逃走しようとしているらしい。

 なんでそんな状況になってるのかわからんが、客に死人とか出てねえだろうな。

 最近ハイテク慣れしすぎて忘れてたけど、双方とも剣や鈍器片手に威嚇しあってるので銃撃戦みたいに死体がゴロゴロ転がるような感じではないようだ。

 それでも後手に回っている気がするんだけど、スポックロンが手を出せなかったのはノード242側に配慮したというよりは、山賊と裏切った隊長たちの関係もわからぬままに偽ペルンジャが人質に取られたことで、強硬手段に出られなかったためだ。

 突き詰めると、安易に二人を入れ替えた俺のせいだと言えよう。

 そんな俺の愚にもつかない反省心を知ってか知らずか、スポックロンがいつもの口調でこう尋ねる。


「さて、どうなさいます?」

「そりゃあ、兵士と山賊だけでやりあってるなら傍観もできようが、客が人質だとまずいだろ。なんかいい方法ないか? 催眠ガスで一気に眠らせるとか」

「そんな都合のいいガスはありませんが、まあ、やってみましょう」


 モニター越しに見ていると、俺達の乗っているバクスモーと同型の船が一隻、山賊が立てこもる車両の上にドンと着陸し、同時に天井を突き破って閃光と爆音が車内に響き渡る。

 ついで虫のような何かが大量に投入されたかと思うと、山賊も人質も区別せずに取り付き大量の綿のようなものをばらまいて絡め取り、身動き取れなくしてしまう。

 しばらくもがいているものも居たが、一分もせずに全員が動かなくなってしまった。

 ついでワラワラと投入されたクロックロン風のガーディアンが器用に山賊を拘束しつつ、けが人の治療なども始めたようだ。

 様子をうかがっていた兵士たちが、突入しようとするが、これは別のガーディアンが静止させた。


「では、視察に参りましょうか」


 スポックロンはそう言うが、あまり乗り気はしないな。

 とはいえ、責任者の常として、やらねばならないこともあるわけだ。

 船を降りて渋々出向くと、レクソン4427が護衛部隊の隊長らしき人物とやりあっていた。


「乗客の保護は我々の仕事ではない、乗務員に任せておけばよかろう。そもそも貴君の任務は特別車両の護衛であろう、協力には感謝するが、犯人は引き渡してもらおう」

「その判断は、尋問の後に決定されます。現在、私は預言者の勅命により行動しています。苦情は枢密院を通してください」

「ここは現場だぞ、そんな暇があるか! だいたい、あのガーディアンはなんだ、方舟など神殿の外では見たことがない」

「答える義務はありませんが、あなた方は来る予言の日に至る、その一歩を共有しているのだと考えなさい」

「なぜそんな話になる、ここで何が起きているんだ! 後ろには乗ってるのはただの貴族じゃないのか!? 誰が乗っているんだ!」

「運命の日は突然訪れるのです。その時にただ慄き嘆くだけか、戦士として剣を掲げ共に歩むかは、あなたの信仰次第」


 レクソン4427はそれだけいうと、こちらに戻ってきた。

 相手側の隊長も、どうやら諦めたようだ。

 この国の信仰がどうなってるのかは知らんが、胡散臭そうだなあ。


 捕獲した山賊は拘束されたままガラス張りのコンテナに押し込められていた。

 こっちは背後関係をレクソン4427が今から尋問するらしい。

 兵士と乗務員が手分けしてけが人の治療などを行っている。

 人質になっていた乗客は、幸い軽傷止まりで、大きな被害はなかった。

 まあこの状況がすでにひどいんだけど。

 レールも一部破損していて、復旧は数日かかるという。

 面倒なことになっちまったなあ。

 俺はただナンパしに来ただけなのに。

 いや、違うか、まあいいや。


 襲撃が収まったので次にやることは、あの謎の声の言うところの「」ってやつかな。

 なんの根拠もないけど、あの声の主とさっきの青白い光は同一人物じゃないかと思うんだけど、青白い光と山賊は仲間なのか、それとも無関係なのか。

 あれって覚醒したホロアに似た雰囲気だったので、護送していたホロアの卵の中身が、あの青白い光だったんじゃないか?

 でも、生まれたてのホロアは赤子同様の姿だったしなあ。

 あるいは箱の中にあれが囚われていたのでは、とも思ったが、スポックロンが精霊石の塊だと行っていたから、それも考えづらい。

 うーん、わからんなあ、と悩んでいたら、スポックロンがやってきた。


「ぼんやりしているところをお邪魔して申し訳ありません、人質となっていた分を含め、この場にいる二等乗客の氏名を確認しましたが、ピビと言う名の人物は乗車しておりませんでした」

「仕事が速いな」

「それはもう、日頃から優秀さをアピールしておいてこそ、ここ一番のイタズラが映えるというもの」

「いい心がけだ。それで、不明者とかは?」

「乗客及び乗員の総数は確認済みです。逃亡した二名のほかは、すべてこの場に居ます」


 報告するスポックロンの表情は変わらないが、俺のイタズラセンサーが違和感を覚えた。


「うーん」

「どうなさいました?」

「いや、今の発言内容におかしなところがなかったかなあ、と思って」

「人聞きの悪い事をおっしゃる」


 そう言ってニヤニヤ笑う。

 どうやら当たりのようだ。

 叙述トリックの基本として、あえて言わなかったところを突くべきだろう。


「……一等客室の乗客に変化は?」

「ありますね、一人増えております」

「どこだ?」

「ビコット氏の客室のクローゼットに若い女性が隠れております。助け出した人質を介抱していた乗員に化けて、ビコット氏が移したものと思われます。襲撃との関係性は不明ですが、隠れているのがピビという人物である可能性は低くないと考えられますね」

「ふーん」

「他にお聞きしたいことは?」

「さっきの青白いやつはどうなった?」

「不明です、こちらは完全に見失っておりますが、そう遠くないところにいる可能性が高いと思われます」

「そうか」

「どうなさいます?」

「とりあえずビコットの方はおいとこう。山賊とペルンジャ襲撃が同一犯なのかだけ調べといてくれよ」

「かしこまりました。それで、ご主人様は?」

「もちろん、かわいこちゃんを慰めに行くのさ」


 あとを任せて内なる館に入る。

 中ではカリスミュウルと共に先に入っていたフューエルらが、パシュムルを労ってくれていた。

 ほんとは最優先で俺がやりたかったんだけど、できた嫁がいると助かるねえ。

 パシュムルはすでに落ち着いていたようだが、俺の顔を見るとまた少し涙ぐんでいた。


「すまんな、怖い思いをさせちまったなあ」

「ううん、平気、とは言い難いけど。でも役に立てたかしら」

「そりゃもちろん」

「良かった。ホントはあの侍女に捕まってる間、怖くて何度も変身が解けそうになっちゃって」

「よく頑張ったな」


 そう言って抱き寄せると、まだ体が震えていた。

 久しぶりに駄目なレベルでしでかしちまったなあ、と反省しつつ、しばらくパシュムルを慰めていたが、


「もう大丈夫、お姫様ともお話があるんでしょう?」


 そういうパシュムルの顔にはいつもの笑顔が戻っていた。

 大丈夫とは言い難いが、こちらは妹を始め俺以外にも仲間がたくさんいるので大丈夫だろう。

 一方、仲間だったはずの人間に裏切られたペルンジャに声をかける。

 すでに情報は伝わっているようで、おとなしくテーブルについていたが、出されたお茶は手を付けないまま冷めていた。


「紳士様、この度は私のわがままでご迷惑をおかけしてしまいました」


 そう言って頭を下げるペルンジャ。


「他人行儀はよしてくれよ、そもそも同行をお願いしたのは俺のほうじゃないか」

「ですが……」

「幸い、襲撃の方は大した被害も出さずにすんだようだ。終わりよければ全てよしってね」

「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げるペルンジャは、まだどこかよそよそしい。

 まあ無理もないだろうけど。


「あの隊長さんとは付き合いが長いのかい?」

「我が家には長く仕えていますが、私個人としては特に。ですが、彼女が裏切ったとなると、敵は私の身内である可能性もありますね」

「心当たりは?」

「それはなんとも。異母兄弟には口をきいたことのないものも居ますので」


 彼女が巫女となることで、損する輩もいるということだろう。

 ここで俺がすべきことはただひとつ、全力で彼女を慰めることなんだけど、彼女が落ち込んでる原因がすべて彼女の属する社会的立場から来ているので、俺のような軽薄なナンパ男の口先だけで慰められるようなものではないのだ。

 こんな時に、俺に何ができるんだろうなあ、と悩んでいたら、突然、俺のへそがポンと鳴る。

 更に小気味よくポポンとなると、にゅうっとパルクールが飛び出してきた。


「辛気くさい! そういうときは太鼓! 太鼓たたく! はい、太鼓」


 そう言ってパルクールがあーんとばかりに口を大きくあけると中からクロックロンが出てきた。

 どうやら404号だ。


「ペルンジャ、太鼓ノ時間ダ、タタケタタケ」


 そう言ってクロックロン404はペルンジャの膝にポンと飛び乗る。

 はじめはあっけにとられていたペルンジャも、


「そうですね、やはり私はこれが一番」


 そう言ってポンとクロックロンの背を叩くと良い音がなる。

 更に小刻みに、やがて激しく、ペルンジャはいつになく情熱的に鼓を奏でる。

 いつの間にか周りでは妖精たちが輪になって踊り、他の者達も集まってきた。

 ペルンジャの額に流れる汗が、彼女の鬱屈を洗い流すかのように、叩けばたたくほど、太鼓の音は美しく響き渡る。

 つまり、今俺がするべきは、この美しい音色を守ってやることだろう。

 そう決めたら俺の鬱屈も晴れたようで、みんなと一緒に手拍子を打ちながら、演奏を堪能したのだった。

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