第427話 縦断鉄道 その七

 内なる館ってやつは、俺やカリスミュウルのような紳士と呼ばれる種族が持っている特殊能力で、いつでも好きな場所から中に入り、また同じ場所に出てくることができる、不思議空間だ。

 ある程度の大きさのものを伴って出入りすることもできるので、便利なアイテムボックス兼持ち運べる住居的なものだと思っていたが、もう少し違った使い方もできそうだ。

 そもそも、元の場所に出るっていうのが微妙なところで、馬車などで移動中に入ると、馬車の中ではなく入った場所に出てくる。

 これはそういうものだと思っていたが、冷静に考えるとこの星自体も常に自転や公転で動き続けているので、そっちには追従するというのもおかしな話だ。

 もちろん内なる館がこの星の座標系に依存した仕組みである可能性もあるが、なにか空間上に出入り口の目印となるものが残っていて、それごと運べば出入り口を移動できるのかもしれない。

 もっとも、見てわかるものはなにもないんだけど、あらためて調べておく必要はあるだろう。


 それはそれとして、カリスミュウルと出入りを分担すると、離れた場所を行き来できることがわかった。

 これはゲートなんかを併用すればかなり融通がききそうだけど、宇宙船で惑星上を自由に行き来できる今となっては、そこまでありがたみがないかもしれない。

 むしろ密室トリックとかに使えそうだよな。

 俺が完全な密室を内側から作って、外にいるカリスミュウルに出してもらえば、あっという間に完全犯罪だ。

 探偵も飽きたし、怪盗方面で攻めてみたい気もする。


 まあ、今の問題はペルンジャだ。

 今夜も一緒にディナーの予定だったけど、偽ペルンジャはさっき体調を崩して寝込んでいることになっているので、少し遅れるらしい。

 偽物として入れ替わってるパシュムルを早くもとに戻したいんだけど、まだ難しいな。

 あっちにはフューエルもいるので大丈夫だとは思うが、色々心配ではある。

 とはいえ、あまり怪しい挙動を取ると、どこで敵が見張っているかわからないので、とりあえず時間をつぶすか。

 細かいところはスポックロンが色々手配してるみたいだし。

 フルンたちのいる客室をのぞくと、すでに暗くなった窓越しに外の景色を眺めていた。


「あ、ご主人さま、さっき他の列車とすれ違った!」


 とフルン。


「そうだったか、気が付かなかったな」

「ここ、線路が二本ある、でも一本しかないところもあった」

「よく見てるな」

「一本のところだとぶつかったりしないの?」

「ぶつからないように、交互に行き来するんだよ」

「難しそう、どうやって?」

「えーとなあ、俺の故郷じゃなんかこう、輪っかみたいなやつを使って……、あれなんて言うんだっけ」

「ご主人様の世界ではスタフやらタブレットと呼ぶようですね」


 どこからともなく湧いて出たスポックロンが代わりに説明する。


「ここの鉄道ではフラッグと呼ばれる旗を利用していますが、単線区間の片側に旗を置き、通る列車がそれを取ります。ついで区間の終わりに旗を置くことで、反対向きの列車が今度は旗を取ります。旗がないときは停止することで、常に単線区間に一つしか列車が居ないということになりますね」

「ふうん、でもそれだと、交互にしか行けないね」

「そうなりますね。それを解消する手法もいろいろあります。そもそも閉塞といって一定区間に存在する列車を一つにする排他処理の仕組みは単線に限らず必要なのですが、次の駅でフラッグ待ちの停車が発生するはずですから、見学してみると良いでしょう」


 なんかおもろそうだな。

 俺も見学したかったんだけど、どうも会食の時間にかぶるらしい。

 見学はフルンたちに任せて、俺は支度のために自室に戻った。

 今日はカリスミュウルも参加するらしく、正装に着替えている。


「それで、どうするのだ?」

「どうしようか」

「スポックロンの話では、今から三十分後に駅に止まるという。そのタイミングで私がパシュムルと化粧室にでも飛び込んで入れ替えるのでいいのではないか?」

「じゃあ、そんな感じで」

「まったく、後先考えずに入れ替えるからだ」

「まあ、そうなんだけどさあ」


 それから二十分ほどして、最後尾特別車両のラウンジに行くと、まだペルンジャに扮したパシュムルは出てきていなかった。

 ラウンジの入口では、少し心配げな顔を隠しきれていないラムンゼ隊長が控えている。

 この美人の隊長さんは、はたして敵なのか味方なのか。


 偽ペルンジャに化けてるパシュムルのところには、レクソン4427とクロックロン404、それに侍女が一人ついているらしい。

 ペルンジャの同行者のうち、文官っぽい小太りの中年男が、


「今しばらくお待ち下さい」


 などと頭を下げた。


 頃合いを見計らってカリスミュウルが席を立つと、奥の化粧室に向かう。

 奥のスペースはペルンジャの寝室もあり、お供の中でも男たちは入れないようだ。

 たぶん、レクソン4427の手引で、二人を入れ替えるつもりだろう。

 やがて音を立てて列車が停まる。

 そう言えばさっきスポックロンが話していた旗の交換をするのかな?

 だとすると、入れ違う列車が来るまでは、待ち時間があるはず……と思ったら、すぐに動き出してしまった。

 もしかして、旗の受け渡しがノータイムだったのだろうか。

 でもこのタイミングではカリスミュウルが二人を入れ替える時間はなかったはずだ。

 実際、すぐにカリスミュウルが戻ってきたが、目配せで失敗したことを告げる。

 それから十分ほどして侍女が顔を出し、ペルンジャは具合が悪く、今夜の会食は欠席したいと告げた。

 まあ、パシュムルではボロが出るだろうし、そうせざるを得まい。

 俺が婦人の寝室に見舞いに行くわけにも行かないので、後でカリスミュウルに再度チャレンジしてもらうことにしよう。

 そのまま特別車両のラウンジで夕食を取っていると、車掌と共にスポックロンがやってきてこう告げた。


「どうやらトラブルのようです。この先、レールに障害物があり、今から停車します」


 言い終わると同時にブレーキが掛かり、徐々に速度が落ちる。

 同時に、奥から武装したレクソン4427が出てきた。


「今から十分以内に襲撃を受ける可能性が非常に高い、総員持ち場につけ」


 そう指示を出してからスポックロンに向かい、


「お客人の保護はそちらにおまかせしたいが、よろしいか?」


 それを聞いたスポックロンは、無言でうなずく。

 同時に、ラムンゼ隊長は部下を率いて奥に駆け込んだ。


「どうなってる?」


 スポックロンに尋ねると、ARメガネを俺に渡しながら、


「レール上に車止めが設置されていました」


 説明をフォローするように、上空からの映像がメガネに映し出される。


「あぶねえな。しかし、そんな派手なトラップじゃ、みえみえなんじゃ」

「黒の精霊石で作られており、センサーでは発見できないのでギリギリになりました。停車位置は現場の三百メートル手前です。もう少し発見が遅れれば衝突していたでしょう。列車は止まれないものです」

「しかし足止めしたんなら、そこで襲撃してくるよな」

「すでに降下艇バクスモー三隻が上空に待機しており、ガーディアン六百体をいつでも投入できますが、まだ敵影は確認できておりません。なんからの方法で、カモフラージュしているのでしょう。これはよくない傾向ですね」

「というと?」

「敵は我々のセンサーをかい潜る手段を持っている可能性があるということです。我々と同等の技術か魔法の応用かはわかりませんが、そういう想定で体制を切り替えます」

「頼もしいようなそうでもないような」

「そもそも、敵の狙いがこことは限りません」

「ああ、前にお宝があるもんな」

「その場合、どこまでフォローすべきか判断を伺っておこうかと」

「前には一般客もいるんだろう。桃園の紳士様は、困ってる人を無節操に助けるらしいぞ」

「かしこまりました、ではそのように」


 その瞬間、前の方で爆音がなりひびく。

 どうやらお宝狙いの襲撃者のようだ。


「敵影確認、およそ三十人の集団が前の護送車両を襲撃」


 いうと同時に、メガネ越しに前方の映像が映し出される。

 なんかよくわからない格好をしているが、山賊にもハイテク部隊にも見える。

 もう少し良く見ようと目を凝らしていると、あの声がまた聞こえた。


(ピビを助けて)

「ん!? ピビって誰だ?」


 思わず口にする俺に、スポックロンが、


「また何か聞こえましたか?」

「うん、ピビを助けてくれって」

「一等車とここに該当する名前の人物は居ないようですから、二等車の乗客でしょう。こちらは名簿がありません」

「ふむ、とにかく前の連中を全員守る方向で」

「かしこまりました」


 うーん、なんか今、すごく切羽詰まった状況だと思うんだけど、どうにも他人事でいかんな。

 自分自身はへっぽこなくせに、何度も大ピンチに陥ったせいで、緊張感とか恐怖心が摩耗してる気もするんだよな。

 可愛い子に出会ったときのときめきはまだ失ってないので、そこに一縷の望みをつなぎたい。

 とりあえず、このドサクサにパシュムルを回収しておくべきだろうな。

 なんと言っても従者の安全が最優先だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る