第426話 縦断鉄道 その六

 ペルンジャちゃんの抱える問題について、少し整理しておこう。

 そもそも、なんでペルンジャが狙われているかというと、俺が譲ったクロックロンと仲良くしてるからだ。

 つまり古代文明の遺産とも言えるガーディアンをパートナーにしていると言ってもいいんだけど、それはこの国においては特別な意味がある……らしい。

 デルンジャ王国ってのは、預言者と呼ばれるノード242と直接交渉する権利を持つ何人かの巫女が権力を握るシャーマニズムが支配する国であって、ペルンジャはその要職に突然名乗りを上げたことになるわけだ。

 厳密にはうちのクロックロンは所轄のノードが別なんだけど、この国の人間にそこまでの区別はつかないのだろう。

 詳細はよくわからないんだけど、ペルンジャを迎える使節に、突然レクソン4427が加わって、ペルンジャを巫女として迎え入れるという話になって大混乱みたいなことがあったそうだ。

 そりゃあ、権力絡みであれこれ起きたりもするだろう。

 ペルンジャの実家は名門貴族のようだし、影響もでかかろう。

 それならそれで、もっと本格的な護衛を用意すればいいだろうに、それがないということは、そうできない理由があるのかもしれない。

 彼女が単身、留学してたこととも関係するのだろうか。

 まあ、そういうしがらみは、俺には関係ないんだけど。

 大事なのは、かわいこちゃんが俺を頼ってきたという事実だけだ。

 というわけで、スポックロン曰く、無条件で信用できるのはクロックロン404と、レクソン4427だけらしい。


「クロックロンはともかく、レクソンちゃんの方は大丈夫なのか?」

「そうですね、彼女はどことも関係のないフリーの立場で待機していたガーディアンですから、むしろ、初めての任務に張り切っていることでしょう」

「ふうん、それで、なにかいいアイデアはあるかな?」

「ベストなのは、我々がペルンジャ氏を保護して、直接首都まで護送することです。ノード242の管理下に入れば、ひとまずは安心でしょう。あとは彼女自身の政治力の問題かと」

「そりゃあ、ベストだな。なにか支障があるのか?」

「レクソン4427曰く、力を見せすぎるとパワーバランス的に厄介なことになるだろう、とのことです。この国の人間は、ノード242を神のように崇め、そのわずかばかりの技術的おこぼれでやりくりしていますから、突然、飛行機などで乗り付けたら、かえってトラブルの元になるでしょうね。それは彼らが手にすることのできない神の技術ですから」

「めんどくせえな、つまりなるべくばれないようにやろうってことか」

「そうなります」

「うーん、要するに彼女の安全を確保すればいいんだから、彼女は俺が内なる館にでもしまっといて、パシュムルに変身してもらって身代わりを……、いや、それじゃあパシュムルが襲われたりしたら一大事だな」

「そうですね、せめて自分で身を守れるような人物でなければ。もっとも一時的な入れ替わりであれば有効でしょう。そういうこともあろうかと、昨夜のうちに練習して貰っておりました。もっとも立ち振舞いまではまだ真似できませんが、黙っていれば身内でもおそらく気が付かないでしょう」

「気が利くな。でも、そもそも、ここで打ち合わせて敵方に漏れたりしないのか?」

「妨害はしていますが、完全ではありませんね。盗聴する手段はいくらでもありますし」

「だめじゃん。じゃあ晩飯前に、ペルンジャちゃんを呼んで、内なる館で相談するか」

「それが良いでしょう」


 ちょうどいい塩梅に、次の駅で補給のために小一時間ほど止まるというので、ペルンジャちゃんを誘って列車から降りる。

 大きな駅で、果物を売る地元民などがぱっと群がってくるが、警備員に追い払われてしまった。

 貴族向けの店もあったので、そこで一服する。

 だが、護衛のラムンゼ隊長を始め、同行するメンツも多くてなかなかいいタイミングがない。

 そこで一計を案じて、身代わりを立てることにした。

 すなわちパシュムルにペルンジャに化けてもらい、気分が悪くなったとでも言って客車に戻る。

 その間にペルンジャちゃんと内なる館で打ち合わせようという算段だ。

 まあ、一時的な交換なら危ないこともないだろう。

 パシュムルは俺が内なる館に入れて何食わぬ顔でドリンクをすすり、その間にカリスミュウルとペルンジャが化粧室にお色直しに行く。

 中で変身したパシュムルをカリスミュウルが連れ出し、そのまま人を呼んで列車に連れ戻すと言う寸法だ。

 やってみるとパシュムルの変装、というか変身は見た目的には完璧で、気分が悪いフリも申し分ない。

 事情を理解しているレクソン4427がお姫様抱っこで運んだこともあって、お供の兵士ともども大慌てで列車に戻っていった。

 あとに残った俺は、さっそく内なる館に入ると、予備の服に着替えたペルンジャちゃんが待っていた。


「こう言ういたずらじみたことをやることになるとは、思ってもいませんでした」


 と楽しそうに笑う。


「俺はいつも大体、こんな調子さ」

「先程の彼女、驚くほどに私と瓜二つでしたが、あれも魔法なのでしょうか」

「彼女はああいうことができる種族でね」

「それにこの場所も実に不思議で、美しい場所ですね。こんなにも妖精が溢れる世界があるなんて」


 そう言って周りを見回すペルンジャの周りを、妖精たちが飛び回っている。


「俺のとっておきでね。さて、身代わりがいつバレるかわからんので、さっさと要件を済ませるか」


 話した内容は主に次の二つ。

 信頼できる人物はいるか、彼女を襲う人物の目処はついているのか、についてだ。


「信頼と言っても程度があると思いますが、さえずり団の皆や、サワクロさんのように無条件に信頼できる人物は、この一行にはいないでしょう。恥ずかしい話ですが、もとより私は政略結婚のために呼び戻された身、父母でさえ、政治のためなら私をどう処するか、判断が付きかねます」


 さらりというペルンジャちゃんは、完全に貴族の顔をしていた。


「襲う人物に関して言えば、いくらでも思い当たります。巫女を多く排出するラージモやディジョーといった貴族の他に、逆に現在巫女がいない家がさらなる格差をおそれて、私を排除しようと動くかもしれません」

「ふむ、身も蓋もないな」


 うちの貴族のご婦人方も、それなりにしがらみはあるものの、かなり恵まれてる上に本人の裁量権も大きいので、割とうまくやってるんだけど、たいていの貴族ってのは、これぐらい融通がきかない環境で生きてるものらしいからなあ。


「となると、どう転んでも最終的には力押しだろうなあ」

「ご迷惑をおかけしますが、私には頼れる人はあなたしかいないようです」

「おじさんはそういうセリフに弱くてね」


 おどけてみせると、突然足元から妖精たちがブワッと湧き出してきた。


「おじさん! オジサン!」

「太鼓、太鼓の匂いがする、たたこう、ドンドドン」

「ズンドドドン、ならせー」


 妖精たちがくるくる回って太鼓に転じると、勝手に自分で鳴り出す。


「まあ、妖精の太鼓。物語で妖精は鼓を好むときいたことがありますが、これは実に勇ましい」

「そうなんだ、良かったら叩いてやるといい、こいつらも喜ぶ」

「よろしいのですか? では少しだけ」


 ペルンジャの周りに浮かんだ太鼓を手で叩くと、小気味よいリズムを刻み始める。

 それに合わせて、他の妖精たちも輪を描いて光を放つ。


「やはり私は、こうしているのが好きなようです」


 そう言って少し色っぽく微笑むペルンジャ。

 なんだかやる気が湧いてきた気がするし頑張ろう、と決意を新たにしたところに水を指すようにカリスミュウルがやってきた。


「まだやっておるのか、そろそろ列車が出発するぞ」

「そりゃいかん、あっちはどうしてる?」

「今、自室で横になったところだ。まだ周りに侍女が付いているので、すぐに入れ替わるのは無理であろうな」

「ふむ、じゃあペルンジャちゃんにはもうしばらくここで待機してもらうか」


 中に控えているミラーにあとを任せて外に出ようとすると、妖精たちがまとわりついて邪魔をする。


「こら、お前たち、あとで遊んでやるから」

「そういってボスは全然こない」

「こない」

「今遊ぶ!」


 駄々をこねる妖精たちにしびれを切らしたカリスミュウルが、


「ええい、さっさと出ろ」


 俺の腕を掴んで引っ張り出すと、そこは列車の客室だった。


「あれ、なんでこんなところに」

「ここから中に入ったのだから、ここに出るのはいつものことであろう」

「けど、俺は外の店から入ったよな」

「む、そうであったか。つまり……」

「互いに別の場所で内なる館に入って相手に出してもらえば、そっちの現在地に出るわけか。じゃあ逆も行けるのかな? もう一回入って……いや自分じゃだめか、お前が入れてみてくれよ」


 あらためてカリスミュウルにつれられて内なる館に入り、妖精に絡まれる前に自分で外に出ると、さっきの店に出た。


「おほっ、こりゃすごい。悪いことに使えそうだ」

「言っている場合か、クリュウ。さっさと列車に戻るぞ」


 店で俺が戻るのを待っていたスポックロンらを伴って、大慌てで列車に戻る。

 間一髪で出発に間に合ったようだ。


「うーん、しかしこんな裏技があったとはなあ」

「本来、内なる館が中でつながるなど聞いたこともなかったからな。互いに勝手に出入りしておったが、考えてみれば今までも貴様が入れたミラーを私が連れ出せば私が入った場所に出ていたのだ。基本的に同じ家にいることが多かったので気が付かなかったというわけか」

「おまえ、いつも俺にべったりだもんな」

「貴様が私につきまとうだけであろうが」

「そういうことにしておこう。うーん、さっそく今回の悪巧みに使えそうだが、まずはパシュムルを連れ戻してこないと」

「あとで見舞いと称して出向けばよかろう。もう列車が動いておる」


 俺も自分の能力にとことん無頓着だったからなあ。

 魔法だってあれっきりなんの修行もしてないし。

 まあ、一流揃いの中で素人が半端に手を出しても足を引っ張るだけなので、もっと落ち着いたときにのんびりやるぐらいでいいとはおもうんだけど。

 それはとにかく、なんかやれそうな気がしてきたので、いろいろ考えてみよう。

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