第425話 縦断鉄道 その五

 湖は涼しかったんだけど、道中で汗だくになったので、列車に戻ってパンツ一丁で汗を拭っていると、盗賊幹部のビコットがふらりとやってきた。


「あら、昼間から色っぽい格好ね」

「これは失礼、湖見学に出かけたら、随分暑くてね」


 この状態で客を通しちゃううちの従者連中もどうかと思うが、俺も悪びれずに服を着て、あらためて彼女を迎える。


「レビオーヌ湖はどうだった?」


 こちらで用意したお茶を飲みながら、ビコットがそう切り出す。

 今日のビコットは、都会風のシンプルなスーツ姿で、できる商人風だ。

 家で言えば、仕事時のレアリーがこんな感じだな。

 昨夜の姿とはだいぶ印象が違うとはいえ、誰が見ても同一人物だとわかるが、以前のカジノとは別人で、ようするに完全に商人に変装しているんだろう。

 エレンもそうだが、灰色組の盗賊は、特に変装が巧みなようだしな。


「なかなか見事なものだったよ。石灰岩が豊富にあるのも、魅力的だね」

「北方では貴重な資材だけど、このあたりでは、よく見るわね」

「エビ団子もうまかったな」


 などと世間話を繰り広げつつ、様子をうかがっていたが、ふいにビコットがこんな事を言った。


「人を二人、スパイツヤーデまでこっそり運んでほしいのだけど」

「いいよ」

「ありがと、話が早くて助かるわ」

「話はそれだけかい?」

「ええ。おそらく一両日中に連れてくるから、お願いね」


 そう言ってビコットは去っていった。

 自分を運べと言わなかったということは、別の誰かを連れ出せということなのだろう。

 しかし、こっそり運ぶのか、悪事の匂いがするなあ。

 探偵が影で悪いことするのもまた、探偵っぽさがあっていいかもしれない。

 列車といえばミステリーの本場だから、きっと何かそういうあれなことが起きるんじゃないかとこっそり期待してるんだけど、起きたら起きたで面倒なので、なるべく傍観者の立場で面白いことが起きて欲しいものだな。

 それよりも、運ぶ人間の性別ぐらい聞いておけばよかったかな、やる気に多大な影響があるし。

 まあいいや、あとでエレンに丸投げしとこう。


 当面の問題が解決したので、ちょっと一杯引っかけようと食堂車に向かう。

 この時間はまだランチを食べてる人もいるようで席が埋まっていたが、隅っこの方でフルンたちがおやつを食べていた。

 さっき屋台でしこたま食ったのに、頼もしいな。

 席を詰めてもらい腰を下ろすと、エットが食い入るように手紙を読んでいた。

 まだ読み書きはちょっと苦手らしい。


「アンからの手紙! みんなちゃんとしてるかって何度も書いてる」


 とフルン。

 子供たちそれぞれに一通ずつ手紙を書いてるところがアンらしい。

 フルンはすでに読み終わって、焼きバナナがしこたま乗ったパンケーキを食べている。

 バナナもうまそうだな。


「ははは、アンも心配性だな」

「そんなに心配なら、一緒に来ればいいのに」

「アンは従者のボスだからな、家を守るという使命があるんだよ」

「うん、私もご主人さまをしっかり守れって言われた、ご主人さまは目をはなすとすぐ厄介なことに巻き込まれるから、そうならないように気をつけろって」

「そうかそうか、気をつけよう」


 もう手遅れかもしれないけど。

 フルン達は返事を書くと言って早々に部屋に戻ってしまったので、うっかり頼んでしまったパンケーキを一人で黙々と食べていると、スポックロンがやってきた。


「ご主人様にも手紙ですよ」

「ほほう、誰からだ」

「エレンから」

「なんか告げ口した?」

「告げ口とは人聞きの悪い。従者としての使命に差し支えないように、ご主人様の行動は余すところなく伝えておりますよ」

「これから慎重に言葉を選んでお願いしようと思ってたのに……」


 ブツブツ言いながら手紙を読むと、忙しいのでしばらく戻れないから自分で頑張れ、と書いてあった。

 先手を打たれたようだ。

 前途多難だな。


 夕方、空が真っ赤に染まる頃になると、窓から見える景色が少し変わってきた。

 ずっとジャングルかと思っていたが、亜熱帯ぐらいの感じになってるな。

 聞けば、高度が上がっているのと、大陸の東端に近く寒流の影響がどうとか言っていた。

 明日は更に高い高原地帯を抜けるので、かなり寒いらしい。

 メリハリがあって楽しいな。


(楽しい?)

「ああ、たのしい……ってだれだ?」


 またどこからか声がして振り返るが、個室に居たのは、酒瓶片手に飲んだくれているカリスミュウルと、その相手をしている山羊娘姉妹だけだった。


「どうかなさいました?」


 と尋ねる妹のカシムルに、


「いや、なんでも無いよ。そっちも退屈してないか?」


 と答えると、カシムルは苦笑して、


「さっきも姉と話してたんですけど、南方に出発するときはあれほど緊張してたのに、いざ来てみると両親も無事だし、こんな優雅な旅は満喫できるしでちょっと……」

「拍子抜けか」

「やっぱり、多少はスリルのあるような冒険っぽいこともしてみたい、っていうのは本心ですね」


 すると姉のパシュムルも、


「そうそう、やっぱりデール大陸といえば、冒険の本場でしょう。一昔前なら、腕に覚えのある冒険者はこぞって海を渡ったっていうじゃない」

「そうなのか?」

「そうよ、きっとすごい冒険が待ってると思うんだけど」


 それを聞いた酔っぱらいのカリスミュウルは、


「よせよせ、冒険など聞こえがいいのは上辺だけで、実際は泥にまみれて面倒なだけ、こうして飲んだくれている方が、遥かに有意義というものだ」


 カリスミュウルの言うことはもっともだが、それはそれとして確認したいことがある。

 苦笑する山羊娘姉妹に、スポックロンを呼んで来るように頼むと、先にあちらから出向いてきた。


「また声が聞こえたようですね」

「よくわかったな」

「二十四時間、ご主人様を見張っておりますので。もっとも、何も検知できておりませんが」

「ふむ。そろそろ、なにか事件が起こりそうな気がするな」

「レクソン4427も、ペルンジャ氏になにかトラブルが起きるとしたら、一両日中であろう、と言っていましたね」

「ああ、そっちもあったか」

「どっちの話をしていたんです?」

「いや、なんかこう、何かありそうな、なさそうな……」

「ひとまず、警戒人員を増やしておきましょう」

「しかし、考えてみればレクソンちゃんみたいなお前のお仲間たちは、列車内の様子ぐらいすべてお見通しなんだろう。そこで悪さをするようなことができるもんなのか?」

「それは状況次第でしょう。この国の人間であれば、たとえ力を与えられておらずとも、我々がどの程度監視の目を光らせているか、その対応にかかる時間や手段はどうかといった知識ぐらいは持ち合わせていることでしょう。であれば当然、車内でそれと分かる形で行動することはありませんから、誰が敵かを予測することも難しいものです。また、なにか仕掛けをする場合も、センサーにかかりにくい原始的な手法を取ることでしょう」

「原始的とは?」

「例えば、夜に人力でレールに石を置いて脱輪させるといった手法だと、こちらのチェックから漏れる可能性は高くなりますね」

「大惨事だな」

「想定しうる事態に関しては、私の方でも手を回しておりますので、まず大丈夫だと思いますが、属人的な部分に関してはスキが出るかもしれません」

「スパイとかか?」

「そうですね、車両の従業員だけでも結構な数ですし、多くの乗客も言わずもがな。実際、怪しげな盗賊も乗り合わせていますし」

「そいやそうだな。兵士たちは信用できるのか?」

「それはわかりません。ラムンゼ隊長は先代から仕える信頼のおける人物だとのことですが、その他の一兵卒や、侍女の全員がそうだとは断言できません。ノード242の派遣したガーディアンも、直接契約しているのはレクソン4427だけで、他のガーディアンが敵方についている可能性もあります」

「うーん、ガーディアンが敵に回ると厄介そうだな、ノード242の権限で横槍を入れたりはできないのか?」

「それは難しいでしょうね。彼女たちも三千年もの期間、何代にも渡ってそれぞれに関係を構築してきた者もおります。そもそも、うちのクロックロンたちもそうですが、兵士としての任期は切れていわば退役軍人のようなものです。世界規模の非常時であれば再招集もしますが、基本的にはフリーなので、いかんとも」

「ふむ、そういうもんか」


 ちょっと列車旅に浮かれすぎてたけど、今のうちになにか対策を考えとかないとだめかもなあ。

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