第424話 縦断鉄道 その四

「うへえ、飲みすぎた」


 さっき見た妙な金ピカ卵の夢を思い出しながら、ミラーの用意してくれた二日酔いの薬を飲む。

 こいつは十分もしないうちにすっかり二日酔いが収まる夢の薬だ。

 スッキリしてきた頭で、忘れる前に夢の内容を確認する。

 だいたい、予言っぽい夢はなんかしらんけどよく当たるので、さっきの夢も慎重に検討しておく必要がある。

 なぜなら、昨夜得た商人のおっさん情報によると、前に積んでるお宝はホロアの卵らしいという。

 でもって、夢に出てきた金ピカは、大きさこそ直径二メートル程度と小さいが、昔見たホロアの卵に似ていたのだ。

 あと、卵のそばに人がいた気もするんだけど、そこまでは思い出せなかった。

 さらにその前にもなにか出てきた気がするんだけど、よくわからん。

 大事なことは、夢に出てきたのがあの卵だとして、わざわざ夢に見たからには、俺に関わりがあるなにかなんじゃないだろうかということだ。

 というわけで、例のお宝の情報を集めようと思い、スポックロンに聞いてみた。


「あれは直径二メートル程の精霊石の塊ですね。純度などはわかりませんが、末端価格にして二十億Gはくだらないでしょう」


 末端価格って麻薬以外でも使うんだなあ、などと的はずれなことを考えてしまったのは、まだ酔いが残ってるせいだろう。


「出どころなどは不明です。レクソン4427も把握していない模様。あちらは鉄道警備隊の管轄だそうで、同じノード242系列のガーディアンもいますから、直接ナンパして情報を聞き出すのが手っ取り早いでしょうね」

「合理的だな、じゃあナンパしやすいように、セッティングしてくれよ」

「そこを自分でお膳立てするのがナンパの醍醐味では?」

「まあ、そうかもしれん。じゃあ、前の車両に行ってみようかな」

「二等車との行き来はできないようになっていますね。昼前に二時間ほどの長い停車があり、大半の乗客が一旦降りるそうです。そのタイミングを狙うのがよろしいでしょう」

「ふむ。そういえば……」


 と、昨夜のことを思い出し、ついでに尋ねる。


「ビコットが訪ねてこなかったか?」

「エレンの先輩格の盗賊ですね。今朝はまだ自室で睡眠中のようです」

「なら、慌てなくていいか」


 そこに朝食が届いた。

 朝食は自室でもらえるらしい。

 搾りたてのオレンジジュースがよく冷えててうまい。

 完全に目が覚めたところで、パンをかじると思ったより腹が空いていた。


(おいしい?)

「ああ、うまいな」


 と答えてから、ハッとなって顔を上げる。


「どうなさいましたご主人様、独り言が出るほど、孤独を病んでおられるのですか?」


 と言うスポックロンに、


「今だれか、『おいしい?』って尋ねなかったか?」

「いえ、何も聞こえていませんが」

「うーん、お前がそう言うならそうなんだろう。幻聴かな?」

「酔止めの副作用かもしれませんが、ご主人様におかれましては、まだ未知の能力があったりなかったりするかもしれませんので、センサーなどを追加しておきましょう。特にフォス波の変調波を検知できるようにしておきます」

「フォス波ってなんだっけ」

「時間の揺らぎそのものだと考えられていますね。重力波と似たようなもので、ゲートの境界面では時間が断絶しており、ゲートの通過時に衝撃波として観測されるのですが、我々の技術では作り出すことができません。ですが、アジャールなどの古代文明においてはそれを搬送波として利用していたと考えられています。すなわち女神の技術ですね。ご主人様がそれに等しい力を持つのだとすればそこのところから解析していくのが良かろうと、これはおポンチ魔女のパーチャターチの提案なのですが」

「彼女とは仲良くやってんのか? リィコォちゃんを預かってるんだから、ちゃんと近所付き合いしとけよ」

「近所と言うには遠すぎるでしょう。あんなところに引っ込んで。まめに出てくれば遊んであげようものを」

「まあそれはいいんだけど、しかしなんだなあ、俺にそんなすごい力があるんなら、もっと困った時にズバッと解決できんもんかね」

「そういう都合の良い力ではないのでは?」

「ナンパの方には、関係あるのかな?」

「さあ、特にそういうことはなさそうですが。単にこの社会における紳士と言う肩書きに王侯貴族以上の箔がついているだけなのではと予想しております」

「身も蓋もないこと言うなよ、自信がなくなるじゃないか」

「しかし、ご主人様のナンパは相性頼みのようですし、細かいことは気になさらずに、数で勝負することをおすすめしますね」

「身も蓋もなさすぎて、逆に自信が戻ってきたよ。ナンパといえば留守番のレーンが新規に何人連れて帰るか賭けてると思うんだけど、どうなんだ?」

「そんな美味しい情報を私がリークするとお思いで?」

「いや、思わないんだけど、もしかしてボロを出すんじゃないかと」

「無駄な期待はなさらぬことですよ」


 仕方ないのでぼんやりとビコットが来るのを待っていたが、一向に顔を出さないうちに列車が駅についた。

 ここでは二時間ほど停車し、乗車客は近くの湖を見学に行くのが定番らしい。

 俺も従者とぞろぞろ連れ立って行ってみることにした。


 ジャンクルの只中にぽっかり空いた竪穴のようなレビオーヌ湖は、スポックロンの話では石灰岩の陥没した洞窟に地下水が溜まったものらしい。

 つか石灰岩も、あるところにはあるんじゃん。

 非常に水の透明度が高く、泳ぐと神秘的で最高らしいが、時間がないので見るだけにしておいた。

 ぼんやり美しい湖を眺めていると心が豊かになってくるが、豊かな心は燃費が悪いらしく腹が減ってきた。

 いい塩梅にうまそうな匂いも漂っている。

 みると色とりどりの装飾で飾られた屋台がたくさん並んでいる。

 当然のように並んであれこれ買い漁っていたフルンたちに、少し分けてもらう。


「ほほう、エビの揚げ団子か」


 最初に口にしたのはたこ焼きサイズの揚げ団子で、近くの川で取れた小エビを丸めて、とうもろこしの粉で揚げた最高にうまいやつだった。


「こりゃうまい」

「うん、昨日食べたパンもコーンミールだった。前にエメオが作ってくれたけど、甘くて美味しい」

「ははあ、よく知ってるな、フルン」

「食べ物で匂いを嗅ぎ分ける練習してたから、前よりすごくよく分かるようになった」

「ほほう、頼もしいな」

「とうもろこしおいしいけど、スパイツヤーデにはあんまりないんだって。暑いところでたくさん作るって言ってたから、たぶんここだといっぱいあるんだと思う」

「そうかあ、美味しいし、お土産にいっぱい持って帰ってもいいな。とうもろこしご飯とかも食べたくなってきた」

「それどんなご飯?」

「とうもろこしのな、実を切り分けて、芯と実を一緒に炊くんだ。うまいぞ」

「うまそう!」

「俺も食べたくなってきた。生のとうもろこし売ってねえかなあ」

「探そう!」

「いやまあ、今はあんまり時間無いしなあ、目的地についたら、市場でも探すか。いや、ファーマクロンに頼んで贈ってもらうほうが早いかなあ」

「そういうときは、ファーマクロンに頼みつつ、自分でも探すのが堅実な方法だと思う」

「フルンは手堅く攻めるな」

「うん、作戦は可能な限り、並行して実行するのがいいってローンが言ってた。成功がダブった時のムダはフォローしやすいけど、成功しなかった時の損失はなかなかフォローできないんだって」

「そういうもんか」

「とうもろこしご飯が食べられなかった時の損失は膨大だと思うから、いろいろやっておいたほうがいいと思う」

「そうかもしれんなあ」


 納得する俺の横でガーレイオンが、


「フルンは兵法も勉強してるの?」

「うん!」

「じいちゃんが、本格的な兵法は教えてやれんから、もう少し大きくなったら学びに行けって言ってたんだけど、結局そんな機会なかった」

「じゃあ家で学べばいいとおもう。うちは先生がいっぱいいる。ローンは騎士団の参謀だし、クメトスも指揮官として経験豊富、スポックロンも大昔の兵法とかいっぱい知ってる」

「すごい!」


 興奮する子供たちをおいて、のんびりと湖見学しているフューエルたちと合流する。

 ペルンジャちゃんは、列車でおとなしくしているようだ。


「いい眺めですね、南方はもう少し殺伐としたイメージでしたが、実に洗練された観光地といった趣ではありませんか」


 とフューエル。


「たしかに、スペツナのほうが、もっと地味だったよな」

「スパイツヤーデにも良い観光地はあるのですが、試練が終わったら、のんびり旅をしたいものです」

「そりゃいいな」

「のんびりといえば、列車というのは、運行時刻が随分と厳密なようですね」

「そうかもな」

「これが自分の馬車であれば、気の済むまで見学できるのですが」

「まあ、万能な乗り物は無いってことさ」


 ギリギリまで湖見学を楽しんだせいで、二等客車の乗客とお近づきになる機会がなかったようだ。

 戻って作戦を練り直すか。

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