第423話 縦断鉄道 その三

 ペルンジャちゃんとの会食に満足して部屋に戻ると、ベッドがメイクされていた。

 カリスミュウルは上の段でぐうぐう高いびきだ。

 一方、さっきまでいたカプル達はおらず、パシュムル、カシムル姉妹が、色っぽいナイトドレス姿で待っていた。

 ご両親はこの列車に乗らずに、空路で別行動中だ。

 なんでも、こちらの協力者を訪ねるそうで、何人か護衛もつけてある。

 というわけで、気兼ねなく二人とイチャイチャしながら、夜の旅を堪能できるわけだ。


 窓には分厚いカーテンが掛かっていたが、少し開けると、先程と同じ星空が見えた。

 柔らかいベッドに腰掛けて、二人を抱き寄せる。


「なんだか、両親が迷惑ばかりかけてる気がするんだけど」


 と姉のパシュムル。


「まあ、いいってことさ。ご両親とも無事で何よりだ。それよりも、なにか新しい情報は入ったのかな?」

「どうかしら、ミラーが念話? そういうので逐一教えてくれるらしいけど、まだなにも」

「ふむ、件の塔は、どうやら天まで続く塔の一つっぽいし、俺としても行って見る必要はありそうだからな」

「そういえば、エンテル先生……じゃなくて、エンテルはまだ戻ってないの?」

「ああ、なにか用事か?」

「うちの両親と取引してたっぽいんだけど、うちの親って仕事のことはあまり教えてくれないから、エンテルに聞いてみようかと」

「ふうん、まあ、何かあれば教えてくれるだろうさ」

「ご主人様は、従者たちが勝手にあれこれしてても、気にならないの?」

「たまに顔を見せてご奉仕してくれれば、あんまり。そもそも従者も二、三人ならともかく、こんだけいると勝手に生活してくれてないと、とてもじゃないが目が届かんぞ」

「それはそうかもね。アンも、ご奉仕したい時は自分から積極的に行けって行ってたし」

「そうだろうそうだろう、じゃあ早速ご奉仕を」


 そう言って二人の柔らかい部分を鷲掴みにすると、キャンと声を上げ、それで目が覚めたのか、カリスミュウルが起きてしまった。


「むう、何だ夕食か?」

「何言ってやがる、とっくに晩飯の時間は終わったよ」

「なんだと、食いそびれたというのか」

「夜もラウンジはやってるらしいぞ、軽食ぐらいは出ると思うが」


 昼間の食堂車が、夜はラウンジになって、酒を提供すると聞いている。

 正装が必要なので、隣の部屋からチアリアールがやってきて、カリスミュウルを着せ替え始めた。

 俺も姉妹を伴って出向くことにする。

 ハイソな場で古代種がどの程度受け入れられるかは国や地域によって差がある。

 南方は北方よりも差別意識が強く、エットも幼い頃に苦労していたようだが、この国はかなり自由なようだ。

 特に都に近づくほどその傾向が見られるようで、古代文明の影響を受けているのもあるかもしれない。

 古代文明、すなわちノードの連中にとって、古代種こそがこの星の住民であり、アーシアル人は外宇宙からの移民だからな。

 そもそも、ペルンジャ自身が古代種だし、この国の貴族の三割程度はそうだという。

 なんにせよ、古代種の従者が多い俺としては過ごしやすい国だと言える。


 はでな夜会服に着替えた姉妹を両脇に従えてラウンジに入ると、ちょっと注目を集めたようだ。

 まあ、山羊娘全般に言えるようだが、二人共ムチムチだからな。

 続いてやってきたカリスミュウルも、これは血統のなせる技なんだろうが、黙っていれば高貴なお姫様っぽさが出るし、お供の透明人形チアリアールの醸し出す雰囲気もまた、インパクトがある。

 そんな視線を軽くいなして、案内されたラウンドソファに腰を下ろし、まったりとくつろぐ。

 ラウンジの中央では、ハープとコンガのペアが、異国情緒たっぷりの演奏を披露していた。

 姉妹は場馴れしていないはずだが、持って生まれた神経の太さか、堂々と俺に寄り添ってグラスを傾けている。

 後で聞いたら、こう言う場所では穏やかに微笑んで周りのマネをしておけと教わったらしい。

 まあ大体それでうまくいくとは思うが、俺の場合は偉い人の相手をさせられることが多いので、それだけじゃ乗り切れないんだよな。

 今も、俺同様に美人を侍らせたおっさんが寄ってきたので少し相手をする。


「スパイツヤーデからおいでだとか」

「ええ、コーヒーの商いを少々」

「ほう、カカオではなく?」

「そちらも少々、商っておりますが、本命はコーヒーでして」

「あちらでは需要はないと思っておりましたが、風向きが変わってきたと?」

「これから変えてやろうという、所ですよ」

「それは頼もしい。私は茶の農園を持っておりましてな、まあ道楽のようなものですが……」


 話す間も眼鏡越しに情報がモリモリ現れる。

 相手の名はバルソン。

 デルンジャ有数の豪商で、広大な農園を持っているらしい。

 注意書きに、ホイージャ家とのパイプを作りたい、とあるが、ホイージャってなんだ?

 と思ったら、さらにコメントが追加されて、ペルンジャの実家、デルンジャ七王家の一つでどうのこうのとある。

 なるほど、便利だなあ。

 でもよく調べたな、あれか、こっちのノード経由で仕入れた情報かな。

 それはそれとして、せっかくくつろぎに来たのに、何が悲しゅうておっさんと商売の話しをしなければならないのか、と思いつつもまあこう言うのも旅の醍醐味だろうと適当に相槌を打っていると、


「そういえば、この列車には色々と面白いものが乗り合わせているようですな。例えば最後尾にはさる王族の姫君が乗っておいでですが」


 お、きたか、コネを作ろうと俺に話しかけてたんだろうが、ここから切り出すのかなと思ったら、そちらはスルーして、


「前の方にも、なにやら珍しいお宝が積まれているようで」

「そのようですね、物々しい警備を目にしましたよ」

「聞くところによると、ホロアの卵だとか」

「ほう、それはまたなんとも。しかし、私も一度神殿で見たことがありますが、あれは随分と大きかった。列車に積めるようなものでしょうか?」

「さて、私は拝んだことがないので。あるいは単に大きな精霊石の結晶かもしれませんな。あれも純度の良いものだと随分と値が張る。かつてはあちこちに鉱山があって、世界中から人が集まったと聞きますが、近年はさほど大きな物は出なくなったそうですな」


 そんな話をしてから、男は先に休むと引き上げていった。

 世間話だけでいい感じの印象を残して去っていくあたり、なかなかの強者だな。

 喋りすぎてのどが渇いたので、カウンターに移動して一杯頼もうとすると、先にグラスを出された。

 バーテンダーいわく、あちらのご婦人から、というやつらしい。

 見ると見覚えのあるようなないような美人だったが、俺は軽薄な男なのでグラスを手にホイホイと美人の隣に移動する。


「あら、今度は受けてくれたの、嬉しいわ」

「君のようなご婦人の誘いを蹴る男は、まずいないと思うがね」

「でも、前に誘った時は、素気ない返事だったけど」


 声を聞いて思い出したが、別荘地のカジノでブイブイいわせていたディーラーのビコットだ。

 以前とは髪型や色まで変わってて、俺じゃなければすぐには気が付かなかっただろう。

 なんでこんなところに、などと野暮なことは聞かずに、別のことを尋ねる。


「何か賭けるかい? 今夜は勝てそうな気がするんだけどね」

「あら、景気のいいこと。ご自慢のあの従者は、連れてないのかしら」


 あの従者、とはエレンのことだ。

 ビコットはエレンの先輩格の盗賊幹部らしい。


「居たら必死に止めに入るだろうね」

「それがわかってて挑もうだなんて、大した自信ね。じゃあ、勝ったらなにを望むのかしら?」


 君の唇を、とか言おうと思ったけど、あとが怖いのでやめておいた。


「そうだなあ、俺も欲がない男だからな」

「私の聞いてる噂とは、随分違うわね」

「世間の噂より、本人の認識のほうが正しいとは必ずしも限らないが……、君はこっちに詳しいのかい?」

「ええ、私はこちらの出身よ」

「そりゃあいい、だったら一仕事済んだら、どこかこちらの名所を案内してもらいたいね」

「ふふ、高く付くわよ」

「構わないさ、君はどうする?」

「そうねえ、あなたを見込んで、ちょっと頼みたいことがあるの」

「女性の頼み事を断ったことはないんだけどね」

「それじゃあ、面白みがないわ」


 そう言ってビコットがバーテンダーに声をかけると、易者の使いそうな細い棒の詰まった壺を出してきた。

 バーと言えばカップとダイスだろうと思うんだけど、こっちの世界に見慣れたさいころは無いからなあ。


 ビコットは慣れた手付きで棒をジャラジャラとやって、壺にしまう。

 こいつには目が刻まれており、それを二本ないし三本ずつひいて、出た目の合計で競うゲームだ。

 オイチョカブとかブラックジャックみたいなもんだな。

 で、三本勝負であっけなく連敗した。


「まあ、びっくりするほど弱いわね。手を加える余地もないぐらい」


 あまりの負けっぷりに驚くビコット。


「勝てる気がしたんだけど」

「あなたみたいなタイプは、自分の直感に逆張りしたほうがいいかもしれないわよ」

「かもしれん。それで、俺はなにをすればいいんだい?」

「ふふ、明日連絡するわ。今夜はゆっくり休んでおいて。じゃあね」


 ビコットは手をひらひらと振って優雅に去っていった。

 並の男なら、面倒なことをしでかしたんじゃないかと心配するところだろうが、俺ぐらいになるとむしろしでかさなかった時に後悔するので、きっといいことがあるだろう。

 席に戻るとカリスミュウルがいやらしい目で睨んできたが、そちらは無視して、姉妹の間に座り直す。


「今の人、お知り合いですか?」


 と妹のカシムル。


「まあね」


 ついで姉のパシュムルが、


「すごい色気のある人。ご主人様もやっぱりああいうほうがいいの?」

「色気なら、お前たちも負けてないと思うがな。あちこちから、視線を感じないか?」

「え、うそ、ほんとに?」


 と慌ててキョロキョロするパシュムルを、チアリアールがたしなめる。


「そのように落ち着きのない素振りを見せると、せっかく醸し出した色気が、たちまち霧散してしまいます。まずはじっとすましていることが、婦人の立ち振舞の基本というもの」

「そうはいうけど、でもたしかにチアリアールも、透き通ってるのにすごい存在感よね。みんなあなたに注目してるんじゃないかしら」

「何割かはそうでしょうが、あなた達姉妹も負けていませんよ。このような場では、連れている女の価値が男を引き立てるのだと、理解なさい」

「考えてみれば、こんな高級なところでお酒飲むなんて考えたこともなかったものね、ちょっとは勉強しないと」


 などと話す横で、カリスミュウルは軽食のパンを何皿も平らげていた。

 こいつもブレないな。

 物おじしないのは持って生まれた紳士の貫禄か。


 負けじと俺もグビグビ酒を飲んで、すっかり出来上がって部屋に戻った頃には、夜もかなりふけていた。

 飲みすぎてぐるぐる回る窓越しの景色をぼんやり見ていると、きれいな月が近づいたり遠ざかったりして、面白いなあ。

 いや、面白がってばかりも居られないんだけど。

 なんせこの厄介な代物を、どうにかしなければならないのだから。




 ああ、またモヤの向こう側を見ているようだ。

 過去にあったことに干渉するのは趣味じゃないが、見えてしまうものは仕方があるまい。

 月の向こうからビーコンをたどってやってきた新たな犠牲者は、状況を把握して頭を抱えていた。

 この卵をここに残せば、厄介なことになるが、さりとて取り去ることもできぬ。

 彼女もまた、前任者同様に、見守るしか無いのだろうか。

 だが、彼女にはまだ、いくつか手段が残っている。

 この厄介なデストロイヤーの卵とコンタクトをとるのだ。

 下手にアクセスして上位枝とのリンクが断たれてしまえばヤブヘビだが、制御できればこの宇宙からうまく摘出できるかもしれない。

 あとは覚悟を決めるだけだ。


 もっとも、こちらの彼女の場合は、最初のコンタクトは偶然だった。

 蒸し暑いジャングルの奥に眠る黄金色の卵。

 それを見つけた時は嬉しかった。

 これだけのお宝だ、すごい財産になる。

 そう思った彼女は……、いや、なんか夢が混じってるな?

 なんの夢だろう、これは。

 夢を夢だと自覚した瞬間、急速に意識が覚醒する。

 と同時に、二日酔いの気持ち悪さが全身を支配して、俺は目が覚めた。

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