第422話 縦断鉄道 その二

 鉄道はジャングルを切り開いた街道沿いに、南へと進む。

 時折、木々の切れ目から、広大な畑が見える。

 思ったより、人がたくさん住んでるっぽいなあ。

 こっちに来る前に見た地図だと、全部密林って感じだったけど。


「ご主人様、結構楽しそうね」


 タブレット風端末を覗き込んでいたペイルーンが顔を上げてそんな事を言った。


「そう見えるか?」

「そうとしか見えないわね」

「実はそうなんだ。鉄道は楽しいなあ」

「馬車旅とは違うたのしさ?」

「うーん、よくわからん」

「ま、私だって考古学の楽しさを逐一説明できるわけじゃないけど」

「こういうのは、楽しいと感じてる自分の心が証明になるのさ」

「また適当なこと言ってるわね。まあ、楽しそうなのはよく分かるわ」


 やがて鉄道は最初の駅に止まる。

 まだ一時間も走ってないんじゃないかな。

 降りる人より乗り込む人のほうが多いようで、前の二等客室のほうは騒がしい。

 様子が気になるので、ポケットからARなサングラスを取り出す。

 列車に張り付いている間諜虫からの映像で、列車の周りは自由にモニタできるのだ。

 しかも、精度が高いのかなんか知らんが、3D酔いしないところがイケてるな。


 いざ前方の客車を見てみると、窓からデカイかばんを放り込んだりしている。

 みんな活気があって笑ったり怒鳴ったりしているのだが、そんなにぎやかな客室の片隅に、薄汚れた格好の若い猫耳娘が、思いつめた顔でシートにうずくまっているのが見えた。

 妙に気になる娘だが、カメラの映像越しではどれほど間近に見えても相性を確認することはできないのだった。


「なあに、ご主人様、覗き見?」


 とペイルーン。


「まあね、俺好みのかわいこちゃんが乗ってるのを見過ごしたらまずいと思ってな」

「いい子はいた?」

「さて、どうかな。もうちょっと見てみよう」


 更に視線を前の車両に移す。

 あちこちに散らばる間諜虫の撮影した映像をシームレスにつないで、空間を自由に移動できるように見せてくれるので、まるでいながらにして別の場所を歩いているように見える。

 無論、壁だってすり抜けてしまうのだ。

 その気になればいかがわしい場所だって覗けるだろうが、俺は清い心の持ち主なのでそういうことはしない。

 そもそも、ログが残るので後でスポックロンがチクるに決まってるからな。

 混み合った客車を抜けると、急にガランとした貨物車になる。

 薄暗い車内で初めはよく見えなかったが、すぐ映像に補正が入った。

 車両の中央には天井まで届く巨大な木箱が置かれて、ロープでしっかりと固定されている。

 こいつがお宝だろうか。

 木箱の中まで入ろうとすると、急にアラートが出た。

 どうやら中の映像はないらしい。

 諦めて更に前に進むと、次の車両には武装した兵士がずらりと並んでいる。

 ペルンジャの護衛とは雰囲気からして違うので、別の部隊のようだ。

 最後は先頭の機関車だ。

 ムキムキのお姉さん方が、ギラギラと輝く赤い精霊石の山を前に談笑していた。

 貫禄あるなあ。

 もうちょっと進むと、運転手が誰かと話している。

 人型ガーディアンのようだがペルンジャの護衛であるレクソンとは違う型だ。

 そのガーディアンが不意にこちらを向くと、小さくウインクしてプツンと映像が途切れた。

 どうやら覗き見がバレてしまったようだ。

 メガネを外すと同時に、列車が動き出した。

 またしばらくは肉眼で車窓越しの景色を楽しむとしよう。


 次の駅では燃料を補給するために、少し長めに停車するというので、ちょっと降りてみた。

 小さめの駅では乗り降りする客もまばらで、人影の大半は乗務員や駅員だった。

 駅の周りこそ開けているものの、その外は一面生い茂るジャングルで、なんとも不思議な光景だな。

 あと暑い。

 時刻はそろそろ昼前で、空にはこれでもかってほどに太陽が輝いている。

 日焼けする前に戻ろう。

 外と比べると列車の中は結構涼しい事に気がついた。

 ずっと乗ってると暑く感じるんだけど、なにか簡単な冷房の仕組みでもあるのかもしれんなあ。


 再び走り出した車内に、ランチタイムを知らせる鐘がなる。

 正装は不要だと言うので、そのままフラフラと食堂車に出向くと、すでに大半の席が埋まっていた。

 そのうちの三割ぐらいは俺の従者だけど。

 お行儀よく料理を待っているフルンたちの隣に座る。


「この大きい馬車みたいなの、動いてるのに中に食堂とかあって、しかもご飯が出てくるのすごい」

「さっきお弁当食べちゃったけど、まだ食べられるかな?」

「食べられなくても、食べるしか無いと思う」


 などと頼もしいことを言っているが、俺はさっき買ったお弁当でお腹いっぱいなのでどうしたもんかなあと思いつつも、席につく。

 二人がけのテーブルでカリスミュウルと同席だったが、こちらもあまりお腹が空いていないようだ。


「貴様が弁当など買い漁るから、肝心の食事時に腹が減らぬではないか」

「自分だって一緒に買い漁ってただろう」

「まさかこんな立派な食堂がついているとは思わぬわ」

「船には付いてるじゃねえか、列車だって長距離用には付いてるんだよ」

「まあよい、せっかくなので食うがな。旅先で料理を堪能せねば、旅の魅力が半減するではないか」

「まったくだ、俺も頑張って食おうと決心したところだ」


 運ばれてきたのは、色とりどりのソーセージとよくわからない生野菜の盛り合わせみたいなのと、さっき食べたもっちりしたパンと、あとコーヒーだ。

 最初にコーヒーに口をつけたカリスミュウルが、


「む、風味はともかく、酸味と言うか、エグみが強いな」

「こっちは煮出してるっていうからな、家で飲むのはもうちょっとさっぱりしてるだろう」

「ふむ、まあ好みの問題かもしれぬが。これはこれで、癖になるかもしれん」


 俺達みたいな食いしん坊にとって、飯なんてものは食い始めたらいくらでも入るもので、後悔は遅れてやってくる。

 カリスミュウルと二人で膨れ上がった腹を擦りながら客室に戻ると、満腹すぎて動けなくなった。


「くるしい、うごけんぞ、これ」


 うめく俺の横で仰向けに寝そべったカリスミュウルも、


「出されたものを全部食べるからだ」

「自分だって食ってたくせに」

「食べられると思ったからだ、その判断が過ちであったことを認めるのにやぶさかではないが……うぷ、しゃべるのもしんどい。私は寝る」

「俺も寝よう。ペルンジャちゃんが呼びに来たら起こしてくれ」


 寝てる間に腹が減ってりゃいいけど。

 そもそも、彼女に危険があるから護衛しに来たんじゃなかったっけ?

 まあいいや、頭に血が巡らず、なんも考えられん。

 寝よう。




 白いモヤが斑に浮かぶ空間で、ぼんやり空を眺めていたら、いつの間にか白いモヤが立派な入道雲になっていた。

 最後の食料が尽きて、もう随分と経つ。

 目の前の海に潜れば、新鮮な魚の一つも取れようが、テクノロジーの助けなしでは歩くことも満足にできない彼には、そうした発想さえ浮かばない。

 ただ、という感情だけが、彼の心を支配していた。

 目前に迫った死を紛らわすかのようにナノマシンが供給する過剰なエンドルフィンにより、恍惚状態のまま、どうやら彼は穏やかな死を迎えたようだ。

 だが、あとに残ったモノは、誰かが始末をしなければならない。

 吸い寄せられるようにやってきた次の犠牲者は、無事にここから逃れられたのだろうか――。




 何やら随分と腹が減る夢を見た気がするが、起きてみるとひどい胸焼けだった。

 気を利かせて早めに起こしてくれたミラーに胃薬をもらい、フォーマルな格好に着替えたところで車掌が呼びに来た。

 五十代ぐらいの落ち着きのある婦人で、制服も決まっている。

 彼女の案内で、最後尾の特別列車に移動すると、豪華なラウンジで、フューエルが飲んだくれていた。

 いやまあ、俺やカリスミュウルと違って、お姫様然とした態度はまったく崩してないんだけど。


「おや、カリスミュウルはどうしたんです?」

「昼飯を食いすぎて寝てるよ」

「旅を堪能しているようですね」

「そっちも楽しそうだな」

「ええ、あなたが入れ込むのもわかる、素晴らし乗り物ですね。車窓を流れる景色の美しさは馬車に引けを取らず、車内を歩き回れる広さは船のよう。スポックロンのもたらした様々な乗り物を体験していなければ、馬車から宗旨替えしていたかもしれませんね」

「随分とお気に入りだな。それにしても、このラウンジも洒落たもんだな」


 車内は華美な金細工の装飾で彩られ、まるで御殿のようだ。


「ゴールド・トレインと呼ばれる、最上級の客車を転用しているそうですよ」


 へえ、ゴールドね、ブルーじゃないんだな。


「この国の王侯貴族でもめったに乗れぬ、素晴らしいものだとか。しっかりとこの国と友好関係を築いて、いずれ乗ることができるように期待していますよ」


 列車が女の子なら、ワンチャンあると思うんだけどなあ、とは思うものの、ネタ的にマンネリ化してきた気がするので、別のジョークをひねり出そうとしたが、なにも思い浮かばないのだった。

 気の利いたジョークはなくとも、豪華な晩餐はゴージャスにすすみ、南方の旨い料理や酒に舌鼓をうちつつ、ペルンジャちゃんとも親睦を深めたのだった。

 そいやお硬い護衛隊長のラムンゼ氏は同席してなかったな。

 身分的なあれなのか、護衛の仕事が忙しいのか。

 彼女もきれいに着飾れば、かなりイケてると思うんだけどなあ。

 食事を終えたラウンジで、夜景を楽しみながらグラスを傾ける。


「久しぶりに、ゆっくりと夕食を楽しめた気がします」


 とはペルンジャちゃんの談だ。


「それはなにより、俺も優雅な旅を満喫しているよ」

「前の方は、にぎやかでしょう」

「いやあ、俺が乗ってるあたりは静かなもんだが、さらに前は、随分と活気があるな」

「庶民の活力こそが国の支えと申しますが、かつては森を焼き畑にしすぎて、荒野と化していたこともあるそうです」

「へえ、こんなに広いのに」

「人の欲のほうが、深いと言うことでしょう。民を治める側の私が言うことではないかもしれませんが、どこで折り合いをつけるのかは、難しいものなのでしょうね」

「そうなのかな」

「先程もフューエル様に、為政者としての心構えを教わって、大変勉強になりました」

「そうかい、俺が言うのも何だが、彼女は政治家としては優秀だからね」

「では奥様としては?」

「そこは語らないのが、俺の人徳だと思うよ」

「まあ、良いのですか、そのような言いようをなさって」

「庶民であれ、貴族であれ、円満な夫婦生活に必要なのは、沈黙と慣れだよ。もっとも、付き合い始めた頃は、沈黙すべき欠点が長所に見えたりもするものだが」

「良いことを聞きました。お礼に、久しぶりに一曲奏してもよろしいでしょうか」

「そりゃあうれしいね」

「鼓の楽しみが、私にとって長所か短所かは、サワクロさんのご想像におまかせしますよ」


 いたずらっぽくそう言って、ペルンジャは素晴らしい演奏を披露してくれた。

 窓越しに外を覗くと、線路沿いに一定間隔で置かれた外灯が、ペルンジャのリズムに合わせるように定期的に目に飛び込んでくる。

 旅は順調のようだ。

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