第421話 縦断鉄道 その一

 滝に見とれて気がつけばビチョビチョになっていたので、一度宿に戻る。

 滝上にも登ってみたかったんだけど、どうもここから少し迂回して、関所を抜けなきゃダメらしい。

 ようするにこの崖が、デルンジャ王国の内地の境界みたいなもんだとか。

 まさか国がすべて崖で覆われてるわけでもないだろうが、こういう天然の要害は関を設けるのに適しているのだろう。


 宿に戻ると昼時で、モリモリ飯を食ったら眠くなってきた。

 我ながら自堕落の極みだな、とは思うんだけど、まあ仕方あるまい。

 しばらくぼんやりしていると、出発の時間が来たようだ。

 俺がぼんやりしている間に、人型ガーディアンのレクソンちゃんがきて、あれこれ打ち合わせてたらしいんだけど、ぼんやりしてたのでよくわからん。

 どうにか着替えて宿を出て、ペルンジャちゃんや、カリスミュウルたちと合流する。

 これから馬車で崖を登り、関所を越えるらしい。


 崖を登る緩やかな斜面は、なかなか絶景で、それなりに騒ぎながら眺めていたが、上に登ると再び視界いっぱいに広がるジャングルで、いささか景観がよろしくない。

 それでも上から見下ろす滝などは素晴らしい絶景で、来たかいがあったなあ、となんのひねりもない感想が出るぐらいにはすごかった。

 そこから木々を切り開いた道を三十分ほど進むと、大きな街につく。

 昨夜泊まった町と同じくコバの街で、上コバなどと呼ばれているそうだ。

 ここでまた、乗り物をかえるらしい。

 馬車を降りて背伸びをしていると、スポックロンがニヤニヤしながらやってきた。


「おまたせしました、今回の旅のハイライトですよ」

「ほう、また大きく出たな」


 案内されるがままについていくと、たどり着いたのは巨大な駅だった。

 そう、電車が発着する、あの駅。


「御覧ください。デルンジャ国における南の玄関口、コバ・ステーションです」

「うほっ、電車じゃねえか、すごい」

「正確には蒸気機関車なので電車ではありませんが、ご主人様の大好きな鉄道です」

「よく俺が電車、つーか鉄道好きだとしってたな」

「ご主人様のようなタイプは、大きな乗り物が大好きなものです」

「まあそうかもしれん」


 好きとはいっても乗って旅するのが好きなだけで、マニア的な知識はないんだけど、山とか行くときはよく乗ってたからなあ。

 特に特急に乗り込んだときの、さあ今から日常を離れるぞ、って感覚が好きなんだよな。

 船も悪くなかったけど、あまり乗る機会がなかったから、船ならではの楽しみをあまり知らないんだよな。

 その点鉄道は、休暇のたびに乗り込んであちこち行ってたからなあ。

 うーん、楽しみだ。


 南端の駅だからか、十車線ぐらいあって、こうしている間も何台か出入りしている。

 駅の中は汽笛の音がピーピー鳴り響いてやかましい。

 いやあ、楽しみだ


「しかし、よくもまあ、現行の技術で作り上げたものです。総延長は三千キロオーバーですよ、ノード242はそこまでの技術供与はしていないはずですが」


 というスポックロンに、フューエルが食いつく。


「あれは何なのです? 車輪がついて動いていますが、あのような巨大な、駅馬車を何台もつなげたようなものが乗り物なのでしょうか。いえ、あなたの持ってきた様々な乗り物には慣れたつもりでしたが、あれは遺跡のものとも違うようですし」

「追々説明いたしましょう。まずは乗車の手続きが必要な様子、あちらの待合室にどうぞ」


 案内されるままに奥の建物に進むが、そうしている間にも、一際立派な客車が連結されたりしてて、実にかっこいい。

 機関車も、真っ黒い円柱状のボディなんかは、俺の知ってるやつに似ている。

 細かいところは色々違うんだけど、構造的にああいう形に行き着くものなのかもなあ、と興味深い。

 スポックロンたちが乗車手続きをしている間も、全部丸投げして鉄道の様子に見入っていた。

 俺と一緒に見学していたカプルは、


「あれが、スポックロンの見せたいものだったようですわね。精霊石を使った外燃機関で動く巨大な鉄道ということですが、いわゆる蒸気機関の雛形はスポックロンが来る前に検証はしていたんですけど、実用には至らなかったんですの。それをこれほどの規模で運用しているとは驚きですわ」

「うちの近所にもほしいよな」

「工事中のノード229からノード18への直通トンネルには、チューブトレインを通すそうですよ、原理は違っても、あれも鉄道でしょう」

「そうなのか、でもほら、鉄道ってのは大量の見知らぬ人を決まったダイヤで一斉に運ぶところも醍醐味だろう。人が動くと色んなものが変わるもんだ」

「ダイヤとは?」

「あー、発着の時刻表のことだけど、説明はスポックロンから聞いてくれ」

「かしこまりました。しかし、たしかに船に匹敵する人数を、陸路で定期的に運べるとなると、社会の仕組みから変わりそうですわね」

「地方から労働力をかき集めたりな」

「労働力の集約がもたらす変化については、レアリーたちが以前論じておりましたわ、こう言うものを運用できるなら、現実味が増してきますわね。しっかりと研究して帰りますわ」


 だんだん鼻息が荒くなってきた。

 一方、子どもたちもわけが分からぬままに、機関車の異様な迫力に興奮しているようだ。


「ねえ、ご主人さま、あれに乗るの? 怖くない?」


 俺にしがみついて不安そうなエットの頭をなでてやりながら、


「そうだ、あのでかいのがな、ぐぉーって感じでしゅぱーっと走るんだ、人をいっぱい乗せてな、すごいぞ」

「ご主人さま、珍しく興奮してる。あれ、ご主人さまの好きなもの?」

「うん、あれはいいものだ、きっとお前たちも好きになるに違いあるまい」

「そうかな?」


 まだ不安そうなエットだったが、俺があんまり興奮しているので、徐々に興味が湧いてきたようだ。

 ふー、さっきまであんなにぼんやりしてたのに、今度は興奮してのぼせてきたぜ。

 早く乗りたいなあ。

 出発を待つ間、ぼんやり列車を眺めていると、ぶぉおおおおおっ、という音とともに機関車がピンクの煙を吐く。

 ピンクかよ、なかなか攻めた色だな。


「精霊石の燃焼が不完全だと、あんなふうに煙が出るのよ」


 とはどこからともなく出てきたペイルーンの言葉だ。

 古株の従者ほどマイペースに行動してるので、たまにしか顔を見なかったりするんだが、そういえばエンテルと一緒に来てた気がする。

 そのエンテルの姿は見えないが、所用でうちに帰っているらしい。

 片道三時間だと、日帰り出張も可能なレベルだしな。

 そのペイルーンと連れ立って見学していたカプルが、


「以前実験していた内燃機関では、火力を強引にあげようとするとああして煙が出るのでどうしたものかと悩んでいたんですけれど、気にせず撒き散らす、というのが正解だったみたいですわね」

「ちょっと錬金術師としては耐え難いわね。水と空気以外、出さないように変換するのが錬金術の基本なのよね」


 そいうやペイルーンは錬金術師でもあったな、なんか精霊石を加工する専門家だ。

 まあ、俺はなんの専門家でもないので、ただ楽しむだけだ。

 駅員の案内によると、俺たちの乗る車両は、さっき追加していた豪華そうな特別車両と、一般客室の一部だ。

 人数が多いこともあって、特別車両だけでは収まりきらないようだ。

 せっかくなので、俺は一般車両に乗ることにする。


 その前に駅弁だ。

 異世界でも列車に乗ればやることは食事と決まっているようで、売り子に客が群がっていた。

 フルンたちと一緒にお小遣いを握りしめてあれこれ買いまくる。

 食堂車とかもあるらしいが、まあまずは駅弁だ。

 木の皮でくるんだパンというかナンみたいなやつを丸めて具が挟んであるやつが名物らしい。

 うまそうだ。

 他にも色々買い込んで、どれから食べようか悩んでいると、護衛を従えたペルンジャがやってきた。


「おいしそうですね。あちらにいた頃は、毎日のようにみんなと買い食いしていたのに、こちらに戻っただけで、自分がそんなものとは無縁であると、思い込まされてしまいます」

「過ちはすぐに訂正すべきだな、ほら、一つあげよう」


 こっそり手渡すと、ペルンジャはにっこりと笑って、すぐに裾に隠してしまった。


「紳士様は……」

「サワクロでいいよ、お硬い人のいないところぐらいはね」


 お硬いというのは、護衛隊長のラムンゼ氏のことだ。

 美人だが、堅苦しいタイプだな。

 いつもべったりペルンジャに張り付いているのに、何故か今は車両の前の方で別の軍人らしい連中と言い合っている。

 そちらに目をやったペルンジャが、少し苦笑して、


「ふふ、そうですね。ではサワクロさん、前の車両に乗るそうですが、夕食ぐらいは、お付き合いいただけるのでしょう?」

「そりゃあ、お誘いとあらばね」

「では、時間が来たら、呼びに行かせましょう」


 お姫様モードのペルンジャは大人っぽいなあ。

 春のさえずり団の面々は、年齢的にはフルンより少し上ぐらいだったと思うんだけど、長身でスタイルがいいこともあって、ペルンジャの振る舞いは完全に大人のそれだ。

 こう言うところに育ちが出るのかねえ。


 そうこうするうちに、出発の時間が来た。

 フューエルたちは最後尾の豪華客車に、俺達は前の一般車両に乗り込む。

 まあ、一般と言ってもいわゆる一等車の個室で、更に前の方では貧相なボックスシートに客がギュウギュウ詰めになっている。

 そっちはそっちで興味あるが、あれで何日も旅行するのは大変そうだ。

 目的地の都までは正味四日の旅らしい。

 なかなかハードだが、次はいつ乗れるかわからない折角の鉄道旅行だ、堪能するとしよう。


 俺の荷物を持っていたミラーが、ポーターに荷物を預けていた。

 赤帽ならぬ赤シャツのぴしっと決まったマッチョなポーターがキビキビと働いている。

 マッチョだが大半は女性だな。

 船同様、列車のスタッフも女性が多いのだろうか?


 案内された車室は一等車だけあって、なかなか小綺麗な内装だ。

 幅二メートルほどのシートが向かい合わせに設置され、夜にはこれが二段ベッドになる。

 つまり四人部屋というわけだ。

 一車両にそうした部屋がいくつか並び、両端にはトイレも付いている。

 シャワーはないらしいが、言えば手桶にお湯をもってきてくれるんだとか。

 一つ前がラウンジ兼食堂車で、一等車の客だけが使える。

 食堂車を挟んで、もう一両、一等車があり、その先が二等車のようだ。

 俺たちの一つ後ろは、車掌やスタッフが控えており、さらにもう一台後ろに特別車両がくっついている。


「なかなか良いものではないか、馬車とも船とも違う、なんとも変わった乗り物だな」


 そう言ってシートでふんぞり返っているのはカリスミュウルだ。

 他の相席は乗り込む時に一緒にいたカプルとペイルーンだ。


「お、そろそろ出発みたいだぞ」


 窓から外を覗くと、前の方で別れを惜しむ人々が盛んに手を降っているのがみえる。

 こういう情景はかわらんねえ。

 ひときわ大きな汽笛とともに、ゴトンと地響きのような音がしたかと思うと、列車が動き出した。


「お、おお、なにやらすごい迫力だな」


 思わず窓に張り付いて外を眺めるカリスミュウル。


「あんまり顔出すなよ、危ないから」

「う、うむ、しかしみろ、動いたぞ。こんなにデカイものがなあ……」

「確かに、よくもまあ作ったもんだなあ」

「貴様の故郷にはこうした物があるのか?」

「ああ、日常的に使うほど、普及してるよ」

「たしか、何十億も人がいると言っておったな、馬車などでは移動もままならぬであろうしなあ」

「まあ、それはそうなんだが」


 やがて列車は速度を上げる。

 結構のんびりしたペースだな。

 車内の内装を確認し終えたカプルは、


「最高速度は時速八十キロと聞いていますわ、巡航速度は時速四十キロ程度で、ほぼ二時間おきに補給が必要らしいですわね。都までの千八百キロの道のりを、三日半で走り切るそうですわ」

「長丁場だな、都まで千キロぐらいって言ってなかったっけ?」

「東廻りでだいぶ迂回するそうですわ。それにしても汽車そのものの仕組みも気になりますけど、それだけの距離に、このレールというものを敷設して、燃料の精霊石を供給し続けるシステムのほうが興味深いですわね」

「たしかに、とはいえ、レールさえ敷いちまえば、物を大量に運ぶのが鉄道の真骨頂だろうから、どうにかなるんじゃないか」

「そうみたいですわね。運ぶといえば、なにやら前の方に、なにか重要なものを積んでいるそうですわよ」

「重要なもの?」


 それを聞いたカリスミュウルが、窓から外を眺めたまま、こういった。


「うむ、私も聞いたぞ。あとからペルンジャ嬢の一行が乗り込んできたので、警備の軍と揉めていたようだ」

「ふうん、なんか嫌な予感がするなあ」

「我々を巻き込むなよ」

「善処するよ」


 起きてもいないトラブルで気を病む趣味はないので、とりあえずさっき買った弁当を食べることにした。

 チキンのテリヤキサンド風のやつにかぶりつくと、思ったより酸味のきつい味付けでちょっとむせそうになったが、落ち着いて味わうとなかなかうまい。

 暑い地方だと、こう言う味付けも合うもんだな。

 暑いといえば、多少はなれてきたものの、車内には冷房もなく蒸し暑い。

 耐えられないようなら、携帯クーラーでも出すとしよう。

 しばらくは黙って弁当を食べながら、のんびりと南国の風景を楽しむのだった。

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