第419話 豪華客船

 山羊姉妹の父親は、カリスミュウル組にリッツベルン号で迎えに行ってもらうことにした。

 姉妹と母親もそちらに同行するだろうと思ったら、俺と一緒に行くらしい。

 曰く、空飛ぶ船も気になるが、娘の主人の持ち物ならこの先も乗せて貰う機会はあるだろうが、貴族の豪華客船で、未知の大国デルンジャの都を目指すなんてのは、今を置いて他にないだろうから、どちらを優先するかは自明だろう、とのことだった。

 そういうわかりやすいロジックは俺的にも受け入れやすいので、従者の姑に余計な気を使わなくて済むのは助かるな。

 フューエルの母方の親族なんかだと、価値観とかが違いすぎて世間話も満足にできないからな。


 で、俺達の方は豪華な船に乗って、ラウズ河と言う大河を、都に向けて遡上している。

 この船で一日かけてコバという街まで行く。

 そこの大瀑布はスパイツヤーデを始めとした北方大陸でも有名だそうで、フューエルやエームシャーラも、


「機会があれば一度は見てみたいと思っていたのですよ」


 などと無邪気に喜んでいる。

 そのご婦人方は、船の豪華なデッキでペルンジャとお茶を楽しんでいた。

 貴族の姫君同士、馬が合うのだろう。

 俺のことを胡散臭い目で見ていた、あの女隊長ラムンゼ嬢も、フューエルの立ち振舞を見て、少しは俺のことを信用したっぽい。

 やはり持つべきものはできた嫁だな。

 とはいえ、貴族様の相手は息苦しいので、俺は下層の一般向けデッキで一杯やっているところだ。

 一般向けと言っても豪華客船なので、周りの客はそれなりに裕福そうなのが多い。

 俺もまあ、裕福な商人っぽい出で立ちなので自然に混じっている。

 相席はというと、ルタ島で留守番してたはずのカプルとシャミの大工コンビだ。

 なんでも、


「面白いものが見られるので急いでこいとスポックロンから連絡が入ったんですわ」


 とのことで、乗船前に飛んできたわけだ。


「まじかよ、俺は何も聞かされてないぞ」

「ご主人様は、秘密にされる方が嬉しいのでしょう?」

「そうだったっけな」


 いつぞやのことをまだ覚えてたのか、スポックロンは根に持つタイプだな、頼もしい。


「それで、あっちは問題ないのか?」

「ええ、特に滞りなく。明日、第三の塔に向けて出発するはずですわ」

「まだそんなもんか」


 なんか色々あって、時間の感覚がアバウトになってるな。


「それにしても、こちらは暑いですわね、連日空調の効いた部屋で開発ばかりしておりましたから、少し堪えますわ」

「鍛えとかないと、すぐに体がだめになるぞ」

「ミラーにも言われましたわ。いくら便利な道具が増えても、大工は体が資本、しっかり鍛えておかないと。先日も久しぶりに鋸を引いたら手に豆ができてしまいましたもの」


 まあ、カプルは細マッチョなので、そうそうヘタることはないだろうが、シャミの方は不摂生がたたって、最近なまっちろくなっている。

 そんなシャミは小型のカメラで、船の記録を撮っていた。


「こっちのスタイルも、なかなか刺激的。昔は南方風が流行ってたこともあるけど、しばらく廃れてたから、そろそろ来る、かも」


 などという。

 うちのデザイナーであるサウやシェキウールはちょっと前衛的だからな、商売的にはこう言う既存の物を取り込むのも大事なのかもしれない、ようわからんけど。


 それにしてもでかい河だな。

 河と言ってもこのあたりはまだ河口の巨大な中洲で、広いところでは河幅が十キロを超える。

 そのため対岸が霞んでよく見えないぐらいだ。

 ぼんやりと雄大な河の流れを見ていると、スポックロンが例のロボットとともにやってきた。


「ご挨拶が遅れました、私ノード242所属のガーディアン、レクソン4427と申します」


 セラミック風のつるつるした端正な顔で、軍人っぽくキビキビした口調で話す。


「こちらこそよろしく。大人数でお邪魔して、迷惑を掛けると思うが」

「いえ、私一人ではいささか任務に支障が生じる恐れがありました。お力添えに感謝いたします。つきましてはご相談したいこともございますが、スコールが近づいております、一旦お部屋に戻られたほうがよろしいかと」


 言われてみると、川上から低い雲が近づいて、滝のような雨をばらまいていた。

 慌てて中に入ると、たちまち叩きつけるような雨音が響く。


 俺があてがわれた客室は、竹製の家具で統一されたアジアンテイストなもので、船の中とは思えない広さの快適なスペースだった。

 しかし立派な船だな。

 この船はデルンジャ国有の外洋船で、少々オーバーテクノロジーな気がするが、ガーディアンを使役していることと関係があるのだろうか。


「竹をこんなに贅沢に使って、こちらでは潤沢に取れるんですわね、少しお土産に伐採していきたいですわ」


 などといいながら椅子を撫で回しているカプルはほっといて、レクソンの話を聞く。


「私の所属するノード242は軌道管理局配下でリング・アメルナへの軌道エレベータを管理しておりました。これが十万年前のゲート崩壊の折に大破、休眠状態に入りましたが、今から約三千年前にシステム維持のため活動を再開。以降は他のノードからは独立して、独自に運営しておりました。ですが機能維持のためには最低限の現地文明との交流は不可欠。そこで……」


 ノード242は自らを預言者にして精霊の王と名乗り、一定の人間を巫女として仕えさせ現地の文明、今ならデルンジャという国家に便宜を図らせ、その見返りに最低限の技術供与を行っているのだとか。


「南極大人との契約により、化学エネルギーのオーダーで収まるように維持してきましたが、こちらのスポックロンやノード7は、また違った方針で活動している様子。それも全て我らデンパー系電脳の主であるあなたのお力。我々にもそのお力で指針をお与え願いたいと、ノード242は考えております」

「まあ、あの南極お嬢さんが嫌がらせをしてくるならフォローしてやるのはやぶさかではないが、ノード……えーと242か、そちらはどうしたいんだ?」

「宇宙に出たい、というよりも、再びこの世界に宇宙に到達しうる文明が発展したときのために準備をしたいと考えております。そのために最終的には惑星の防御シールドを除去し、障害を取り除きたいと」

「そういえば、何万年も前にも失敗してたんだよな」

「はい、復帰後に入手した記録で確認しましたが、我々軌道管理局としましては、人類を宇宙に導くことこそが使命であると考えております」

「それは立派な心がけだ、俺の当面の目的とも合致するし協力しよう」

「ありがとうございます。あなたの目的とはメテルオール、すなわちアップルスターのことですね」

「うん、あそこに残ってるであろう人をどうにかしてやりたくてな」

「ノード242の軌道エレベータは崩壊しており、軌道リングまで到達できませんが、新しいエレベータの設置準備はできております。ただ、南極大人の許可が降りないことで、頓挫しております」

「あれだろ、黒竜が復活するかもしれないからって」

「そうなのですが、黒竜という物は、我々の認知できる存在ではありません。それ故、有効な対策が打てないのですが」

「うーん、どうしたもんかな。まあ、道中三、四日かかるんだろ、その間に少しは良い知恵もでるだろう」

「よろしくおねがいします」


 一礼して去っていくレクソン4427を見送りながら、ロボットにも慎み深いものもいるんだなあ、と考えているとスポックロンがにこやかな顔で、


「ロボットにもまともなものがいるのだな、とでも言いたげな顔ですね」

「言いたげなのと、実際に言ってしまうのとの間には、越えがたい壁があるもんだぞ」

「彼女も数日ご主人様の相手をしていれば、息をするように皮肉が唇からほとばしることでしょう」

「たまにはロボットにも夢を見させてくれ」

「夢ならいつも女の腹の上で見ておられるでしょうに」

「見すぎるとどんな夢でも悪夢になる気がしてな」

「それはお気の毒に。ところで……」


 とスポックロンが端末を取り出した。


「今後の予定を確認しておきましょうか。本日、日暮れ前にコバの街に到着。翌日はペルンジャ殿は当地の領主と会見があり、その間に我々は大瀑布の観光をする予定。明日の夜、コバを出発で、そこから三日でデルンジャの都、ラジアージャに到着予定となっております。もっとも、こちらの交通機関はアバウトなので、一日ほど伸びる可能性はありますね」

「ふぬ、まあなんだ、道中なにもないといいな」

「そういうセリフは、口にすると負けだと思いますが」

「いいこと言うなあ」


 明日からも大変そうだが、ひとまずは豪華な船旅を、堪能することにしたのだった。

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