第418話 ペルンジャ

「で、その404号がどうしたんだ?」


 セスら腕利き数人を伴い、宿を出た俺はスポックロンに尋ねる。


「おや、404号と聞いてわかりませんか?」

「うん? ああ、ペルンジャに譲ったクロックロンか。彼女はまだ帰省の途上だろう、こりゃまた随分と偶然だな……」

「そうです。ちょうど港の公館にペルンジャ氏と404号がいて、襲撃を受けている様子」

「襲撃ってお前、こんなのんびり歩いてて大丈夫なのか?」

「それは問題ないでしょう。ノード242管轄の対人制圧型巡回級ガーディアン・レクソンが投入されております」

「また物騒っぽいやつだな」

「人型で戦闘用のガーディアンですね、ミラーたちのボディをより戦闘に特化したモデルだと思っていただければ」

「ほほう、可愛いのか?」

「ご主人様視点であれば、十分イケる範疇だと思われます」

「そりゃいいね」


 などとくだらないことを言いながら港に向かうと、ひときわ立派な建物から煙が立ち上っている。


「派手にやってるな、ペルンジャちゃんは大丈夫かね?」

「問題ありません。組織だった襲撃ではなく、向精神薬でラリった四人組の襲撃ですね。こちらではまれにある様子」

「こわいな」

「ドラッグのたぐいは、記録では四、五百年前までは流通していたようですが、その後教会を中心にスパイツヤーデのような文明国では撲滅されたようで」

「ほほう」

「ただ、デール大陸の奥地などでは、残っている様子」


 野次馬に混じって建物の外から見学していたが、騒動は収まったようだ。

 加勢するんでなければ、なにしに来たんだろう。

 顔に出ていたであろう俺の疑問に答えるように、スポックロンがこういった。


「ペルンジャ氏が、面会を求めておられるようですよ」

「それを早く言えよ、かわいこちゃんのお呼びとあらば、星の裏側までひとっ飛び」


 ノコノコ公館の入り口まで行くと、いかつい警備の兵士に取り囲まれてしまった。

 まあ少数とはいえ武装したお供を連れた、いかがわしい成金男がこんな状況でやって来ればそうなるだろう。

 俺も最近、うかつになってきたなあ、などと反省していると、建物の奥からひょこひょことクロックロンが出てきた。


「ヘローボス、ヨク来タナ」

「おう、404号、元気だったか?」


 との問に、言葉ではなく、ドドンドンと景気の良い太鼓の音で答える404号。


「ヘイ、ラムンゼ。ペルンジャノ客人ダ、入レタレ」


 警備の隊長らしい女にクロックロン404号が気さくに話しかけると、女はしかめっ面で、


「クロックロン、貴公が姫のお側を離れてどうする」

「気ニスンナ、レクソン4427ガツイテル」

「しかしだな。そもそもこの者はなんだ」

「コノモノハボスダナ。偉イゾ、カシコマレ」

「貴公の言うことはいつも訳がわからん」

「駄々ヲコネルトシワガ増エルゾ」


 404号の軽口に周りの兵士は笑いを噛み殺すが、女はますます顔をしかめる。

 よく見ると美人だな。


「ホレ、行クゾボス」


 404号の案内で建物に入ると、中では元々美人のペルンジャが立派なお姫様の格好で俺を出迎えた。


「ようこそ紳士様。二度とお目にかかれぬかと思っておりましたが、よもやこんなに早く再会が叶うとは、嬉しゅうございます」


 以前の気さくな学生っぽさは薄れ、しっかり貴族の立ち振舞になっている。

 さっきの女隊長を始め、小煩そうなお供がたくさん控えているからだと思われるが、それだけでもないのかな。

 なにか、思うところがあるのかもしれない。

 そこのところが俺を呼んだ理由だろうか。

 俺の顔を知らない連中が大半っぽいので、表情を凛々しい紳士様スタイルに切り替える。


「私も会えて嬉しいよ、ペルンジャ君」

「お急ぎでなければぜひとも一献差し上げたいのですが」

「無論喜んで」


 というわけで、酒席が用意された。

 襲撃されてたみたいだけど、大丈夫なのかな?

 春のさえずり団が懐かしいとか、試練はどうかとか、たわいないことを話しながら、さり気なくそこのところを聞いてみると、


「恥ずかしながら、こちらはスパイツヤーデほどには治安がよくはありません。それに私の帰参をよく思わぬ者もおるようで」


 物騒なことを笑って話すペルンジャ。

 どういう風に話題をすすめるべきか、悩ましいな。


「ところで、君の国は随分と進んでいるようだね、頼もしい護衛が控えている」


 ペルンジャのそばには、さっきの女隊長とともに、セラミック風のツルッとした人形、いやロボットというべきか、そのロボット兵士も控えていた。

 これがおそらくスポックロンが言っていた人型ガーディアンだろう。

 404号をさらりと受け入れていたのは、そうした素養があったからかもしれない。


「多くは語れませんが、我が国にも紳士様同様、古代の叡智に触れたものがおります。その者が代々、預言者の巫女として国政の要職につくのです」

「ほほう」

「私にはその資格はなかったはずなのですが、紳士様から譲り受けたクロックロンのおかげか、このレクソンが私を迎えに来てくれたのです。それはすなわち私も巫女となる資格を得たということ」

「それはめでたいことなのだろう?」

「ええ、もちろんです」


 あまり喜んでいるようには見えないが、まあそこはいいだろう。


「でも、そのことをよく思わない連中がいると」

「はい。先程の騒動がそれと関係があるのかはわかりませんが……」

「うん」

「いえ、お耳汚しでした。さあ、もっとお召し上がりください」


 言われるままに酒を飲むが、まだ肝心の用事を聞いていないので、酔っ払うわけにも行くまい。

 行くまいが、彼女の口から聞くのは難しそうなので、俺の頼みを聞いてもらおうかな。


「南方の酒もうまいものだね、ごちそうになった上にさらに頼み事をするのは気が引けるが」

「なんでしょう、私にできることであれば何なりと」

「デルンジャの酒はどれもうまいと聞いている。ぜひとも都までご同行してご相伴に預かりたいものだと思ってね」


 俺がそういうと、ペルンジャは目を見開いて、


「それは……しかし、紳士様には試練があるのでは」

「なあに、あんな物より君と旅をするほうが面白みがあるものさ」

「では、では……」


 そこまでいって、急に涙ぐんで顔を覆うペルンジャ。


「姫様!」


 慌てて駆け寄る連中をペルンジャは無言で静止し、キリッとした顔で、こういった。


「では、デルンジャの都ラジアージャまで、ご招待いたしましょう」


 出発は明日の朝ということで、支度をしに宿に戻る。


「では、ペルンジャさんのお供で都まで?」


 いまさら呆れも驚きもしないフューエルがそう尋ねる。


「うん、幸い、例の塔も、都の近くらしいから、まとめてどうにかなるだろ」

「まあ、私は構いませんが」

「それにあんなかわいこちゃんが命を狙われてると聞いて、ほっとくような俺じゃあないだろう」

「それはまあ、そのとおりですが」


 気丈に振る舞っていたが、やはり助けを求めて俺を呼んだのだろう。

 呼んだはいいが、俺の試練やら護衛の体裁やらを考えて、頼みあぐねていたところに、俺の図々しい願いが飛び出たものだから、万事解決というわけだ。

 俺もだいぶポイントを稼いだに違いあるまい。

 もっとも、例の女隊長などはペルンジャに詰め寄り、


「よろしいのですか姫、このような時に」

「このような時だからこそ、紳士様のお力を得られたのは何よりの僥倖」

「護衛であれば私どもが」

「単に護衛の話ではありません。紳士様のお力があれば、全てがへと導かれるのです。スパイツヤーデでは今やそのことを知らぬものはありませんが、きっとここデルンジャでもそうなることでしょう」

「しかし、紳士と言っても……」


 女隊長は承服しかねる様子だったが、反対を押し通すだけの力はないようだった。

 八つ当たりのように俺のことをにらみつける表情は、きつくてかわいい。

 俺もこう言うタイプに睨まれるのは大好きだからなあ。

 まさか憎むべき相手がそんなことを考えてるとは想像もしてないであろう女隊長は、渋々納得したようだ。

 気の毒になあ。

 たぶん悪い男に苦労させられるタイプと見たので、生暖かく見守ってあげないと。

 一方、パシュムルのママはというと、


「へえ、デルンジャの貴族にコネがねえ、あの国は都に入るのがなかなか厄介なんだ。コネがあるならいくらでも使わせてもらいたいもんだ」


 などと言っている。

 そういう図々しい人間でなければ、探検家などという商売はしないのかもしれないなあ。

 俺も見習って、図々しくナンパに勤しもう。

 せっかく遠い異国までやってきたんだから、ガッツリ従者をゲットして帰りたいところだ。

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